九話
今日もエバンスと訓練をした後にギルド図書館にきていた。ここに置いてある本は日本語以外の文字で書かれてある本もあり、読むためにはスキル【解読】があった方がよい。
無くてもイラストがあるためある程度の内容は分かる様になっているが、魔法書などの専門書の内容を理解する為には必須のスキルとなる。
ベータ期間に時間を掛けて覚えた為に内容はある程度は覚えているが解読は探検にも使える技術なので取得しておいて損はない。
手にとったのは幼児向けの絵本である。ランスカ王国の建国王アレキサンダーについて書かれた本だがアレキサンダーの出自については分かっていない事の方が多い。
有力な説はアレキサンダーが稀人であったという説だがアレキサンダーは既に故人となっている為、確かめる術はない。アレキサンダーが生まれ育った時代は厳しいものだった。
現代では魔人は魔大陸の奥地に隠れ住んでいるとされているが、この時代には魔人を束ねる者【魔王】が人種、亜人種に関わらず生まれ持った圧倒的な魔力を存分に使用し、蹂躙していた。
魔人は魔王に与する者たちの総称であり、亜人として見られている鬼人族も元は魔人とされていた。
そして、今の鬼人族の立場は微妙なものだ。知性を失い魔物に分類されるゴブリン(小鬼族)はもとは同じ鬼人族であったとされるからだ。
存在進化したボブゴブリン・オーガも勿論、魔物に分類されている。魔物の条件は体内に魔石を有する人類にとって有害な生物という意味であり、魔王に抵抗する人種がそう名付けた。
亜人種も集団を作り国を形成する社会的な生き物だが、人種に比べると汎用性が低いため、ある程度の集落を作る事は出来ても、人種の国家に比べてしまうとその規模は小さいものになる。
亜人種の特徴としては力こそ正義といった風潮がある。その代表格が獣人である。
仲間内の結束は固いが力の無い者であった場合その者が例え族長の血縁者であったとしても部族の中での発言力はない。
その代わりに力のある者は弱き者を助けるのが強者としての義務なのだ。今では獣人たちは【獣王】のもとで一つになっているがそれは獣王が獣人の中で一番強いからという理由でしかない。
弱肉強食のそれが悪い事だとは思わない。自然とは厳しいもので努力しない者に厳しいのは当たり前だからだ。人と違い力で全てを決めて仕舞うことに文句を言っても仕方のないことだからだ。
虐げられるのが嫌なら力をつければ良いだけである。人間社会では力が強いと言うだけで何でも出来る訳ではないが、力がなければ自身の身を守る事も出来ないもまた事実だ。
近代の様にちゃんと法整備がされた法治国家であれば話は別かも知れないがここはばりばりの身分制度のある封建国家だ。
他の国の様に人種至上主義ではないのは、【英雄王】とも呼ばれるアレキサンダーのパーティには、エルフがおり妻として複数の亜人種を迎入れたからだ。
ランスカ王国では身分の差はあるが、種族の差はそこまでない。創造神オリエンタルを崇める教国では亜人種を不浄のものとして扱い排斥してきたがランスカ王国は種族に関係なく、誰もが平和に暮らせるはずだった。
建国から数百年の時が経てば当時の理想が確実に受け継がれるとは限らない。エルフの血が王家にも流れており、人種としては長寿であるが、国のトップである王は世襲制であり、サイクルが短いのも問題だが長すぎるのもまた問題だった。
それでも魔の森に隣接し、魔物被害が大きいランスカ王国は他国との戦争をしている余裕はなく、多種族にも寛容だが、貴族の腐敗もまたどうしようもない。
四公爵家はまだ比較的ましな方だがそれ以下の侯爵・伯爵の上位貴族の殆んどは民の事より自分の懐と欲を満たす事に邁進しているのが現状である。
エルフの美姫と知られ、初代国王の妻を初代として創立したアブム公爵家。秘伝とされる秘薬は製薬するのには稀少な素材を多く使用するがその効果は高い。
商人でありその細腕で巨万の富を築き、初代国王を支え、代々の宰相を輩出してきたミニスター公爵家。ドワーフの血を継ぎ、多くの武器や精霊武器を生み出してきたカシム公爵家。
純血の竜姫を祖とし、ランスカ王国を武で支えてきたゴドラム公爵家。誓約により裏切る事のない忠臣ではあるが、王家に男児が生まれなかった場合、四公爵家から次代の王を選出するため王家の血を継ぐ者も降家する。
アレキサンダーの話は勧善懲悪の分かり易い話で実在した人物の話だから成功を望む者にとっては好まれ、庶民の間でも寝物語としてよく語られるが、実際はどうなのか良く分からない。
ここには著作権の切れた児童文学も多くあるが出来ればゲームに必要な情報は得ておきたいものだ。
SM
『プレーヤー【ソラ】はスキル【解読】を取得しました』
建国物語、英雄譚を読み終えた頃に念願であった【解読】を取得できた。魔法言語は古代文字で今は神語と呼ばれる文字の組み合わせで効果が異なりその言葉が呪文だ。
魔法言語を理解しないで呪文を必要としない天才は中にはいるが多くの凡人は汎用語を覚えたうえで魔法言語を覚える。
日本人ならば汎用語は漢字・平仮名・片仮名と日本語に準じており、他の言語を使用するプレイヤーは母国語となっており稀人であるプレーヤーが問題なく生活できる様に配慮されているが魔法言語は独自言語らしくシステム補助であるスキルがなければ解読は難しい。
汎用語で奇跡を起こす者を魔法師、魔法言語で奇跡を起こす者を魔導師と呼び分けている位には出来る範囲と威力が段違いなのである。俺は汎用性の高い土魔法を取得したいと思っている。
この世界では派手な魔法の方が好まれ土魔法の地位は決して高くはないが建築にも使え、その辺りにある土を使えば魔力消費は少なくて済む。物質の性質を変化させる【錬金術】とも相性が良い。
欲張り過ぎるのは良くないが、薬師、錬金術師は金の成る木である。薬草をポーションに製薬できるだけで商品価値は数倍になるし、ポーションの需要は減る事はあっても無くなることはない。
中世の錬金術師は半ば詐欺師と純粋な研究者の玉石混合のうさんくさい職業だったが、錬金ギルドがあり生活に多大な影響を与える様になった錬金術師は日陰者ではない。
奇人変人が多いと認識されながらも受け入れられている。ポーションが一つあった事で命が助かった者は少なくない。
ゴブリンぐらいなら訓練を積んだ村人でも倒す事は出来るが基本的に魔物を相手にするのは本職である冒険者の仕事だ。ある程度の大きさがある街には支部が置かれ冒険者をサポートしているのもその為だ。
国内を移動するのにも普通の村人であったのなら時間と金が掛かるが冒険者であればスムーズに移動できる事が多い。
領民は領主の持ち物という考え方が主流で税も高い。国に納める税金だけを領民から取っていては、領地経営は出来ず良心的と呼ばれる領主が治める土地であっても半公半民ということは珍しくなく、中には七公三民という暴挙とも言える税を取る領主もいる。
クライン辺境伯領は半公半民であるのにも関わらず基本的に領民に対して兵役を課していない。
領主軍が精強な事も理由に挙げられるが、農民は畑を耕すのが仕事であって戦うのが仕事ではないからだ。魔物も強く戦いを生業にする傭兵や冒険者でないと生きていくのに困難だという理由もある。
NPCにもスキルの概念は有るが職は親から子に引き継がれるものであって基本的に職業選択の自由はない。
土地や財産が継げない次男以降は冒険者になったり兵士として働く世の中なのだから魔法師の家系や錬金術師の家系でしか引き継がれない秘伝が各家にはあるとされている。
錬金術の基本である【上位互換】や【下位互換】の情報もその一つであり、薬師の家系であるのならポーションの製薬方法がそれにあたる。
何が言いたいのかと言うと金がある商人ならまだしも生きるのに精一杯な人間が師事する為の費用を調達できる訳もなく、生きる為に選べる仕事が制限され、平民が魔法師や錬金術になるのは難しいと言うことだ。
貴族でない者も勿論いるだろうが成功を手に出来る者は限られている。平民の識字率は三割あれば良い方でそれも自分の名前が書けるだけの者も含まれるのだから驚きだ。
支配する側からしてみれば被支配者側が無知な方が都合が良いとはいえ限度があると思うのは俺だけだろうか。この世界では当たり前の事かも知れないが何となく抵抗感を覚えたのだ。
汎用語で書かれた植物図鑑を見ているうちに【薬草学】を取得した。平仮名と片仮名が混じりあっており非常に読み辛い文字の構成となっていたが、【解読】を取得してからは文字変換をサポートしてくれている気がする。
グリーンリーフは回復ポーションの原料となる薬草だが、良く似た毒草クリーンリーフとの違いも何となくだが分かった。
ベータ時代に買取り拒否をされて今では間違って採取する事はなくなったが余裕が出来たら初級薬草図鑑を購入するのも良いかも知れない。本は貴重で一万コルと少し高めだがイラストが入っているのは高ポイントだ。
ギルド所有の本は貸出しがなく、ポートロイヤルには貸し本屋はない。高い保証金を支払える位なら購入した方が良く蔵書数を求めるなら王都にある大図書館か学術都市に行くしかない。
金があれば移動も楽だが基本は徒歩であり、馬は高い。長居してしまった様で一度ログアウトしてから再ログインするつもりである。
実用化されてから十分なデータが取れていないとしてある制限だが、俺の様な無職には必要なのだろう。働いていればゲームをする時間なんて休日くらいしか取れないし、学生も同様だ。
働かないでも暮らして行ける人間は極少数で廃神と呼ばれる人間だってRMTだけで生活できるのは極一部でしかない。現実は糞ゲーだと良くゲーマーは言うがそれは避けがたい真実だ。
俺も出来るなら汗水流して働いた金で生活したいものだが社会は一度、躓いた者に対しては厳しい。諦めずに就職先を探したが今では働いたら負けかなと考え始めている俺がいることに自分でも驚いている位だ。
再ログインしたら訓練所に行こう。レベルは上がらないがスキルレベルを上げるのは悪い事でないし訓練相手には護衛のマルコがなってくれるだろう。昼食と昼寝をした後でログインする。
「リンクスタート」
取得スキルが増えたことで出来る事は増えたがまだ肝心の詳細鑑定が取得できていない。商人として鑑定スキルは生命線であるのと同時に商人ギルド登録に必要な最低資格でもある。
前線組が何レベルになっているのは分からないが、今のままでは確実に差が開く一方であることは間違いない。現時点でも最低でレベル五、最悪の場合、十五近くはあるかも知れない。
前線組とは言えなくても中堅以上の冒険者と知り合いになっておいて損はない。冒険者も知らない人間に素材を売るぐらいなら多少損はしてもギルドに売るものだからだ。
クラン設立要件を満たしてしまえば売買は殆んど御用商人としか行わなくなる事は容易に予想が出来る。だがプレーヤースキルを磨くのであれば今の状況は悪くない。
エバンスもそうだがマルコだって今のトッププレーヤーでさえ、たちうちの出来ない存在だ。スキルレベルを上げておけば魔物と戦う際に役に立つしいつ起こるか分からない対人戦でも役に立つだろう。
知識も直接的な武力にはならないが戦うだけが冒険者でないしそもそも商人として必要になる資金を稼ぐ為に冒険者になったに過ぎない。
元冒険者が引退するまでに貯めた金で新しい商売をする事は珍しくないし、何時までも冒険者を続けていけるほど甘い世界ではない。
限界を知って死ぬ前に引退出来れば良い方で初戦であっけなく魔物に喰われることもあるし油断した冒険者がゴブリンに負ける事もあるのがこの世界の厳しいところだ。
【投擲】、【短剣術】は人相手にスキル上げをするのは難しいため今日はこの2つに絞って訓練するつもりだ。ギルドの藁人形はどれだけ壊しても費用を請求される事はない。
低位冒険者から金を巻き上げる位なら早く一人前の冒険者になって貰い討伐した魔物の素材から利益を得る方が利口であるし、討伐依頼が行われる魔物は例外なく人に害を為すモンスターだ。
何時までも討伐されなければギルドは信用を失うし、良いことは何もない。低位冒険者にオーガを仕留める事はまず不可能であり、そのためのギルドランクではあるがそれを理解していない者も多い。
普段は兵士に向かって税金泥棒と言っている人間が有事の際には税金を払っているんだから死ねという世界でもある。
兵士からしてみれば私腹を肥やしているお前だけには言われたくないといった感じだろうが、同じ平民でも金を持っている商人は冒険者や兵士を見下す傾向にあるのだから笑えない。
短剣を構えて藁人形と対峙する。人型の魔物は人間と同じ用に頭、頸、胸などの弱点を持つ。この世界でも急所に攻撃を当てる事が出来ればクリティカルとなり、男特有の弱点もまた存在している。
少しの衝撃でも致命傷となりうるデリケートな物だ。女はその痛みを知らないからこそ攻撃できるが、それは仕方ない事だ。
頸に向けて刺突を行うがどうしてもしっくりこない。日常生活で刃物を使うのは料理をするとき位だから逆に慣れすぎていたら怖いがゴブリン魔石作戦で金を稼ごうと思っている俺からしてみればこんなところで躓く訳には行かない。
何より現実の生活が掛かっているのだから手は抜ける訳がない。
短剣は基本的に斬る、刺す、払うだけで矢の様な軽い物だけならまだしも片手剣や両手剣の攻撃を受ければ耐久値はなくなり簡単に折れるのだ。
だからといって片手剣を扱える技量はないし、スキルを取得する余裕もない。強い魔物なら話は変わるが弱い魔物なら短剣で十分なのだ。
短剣の素材に良く使われるミスリルの短剣があれば、気闘術・魔闘術の武技【オーラブレイド】で間合いを伸ばすことも可能で属性攻撃も出来る様になる。
ベータ時代に剣聖カイトと練習試合をした際に最後に見せてくれたのである。オーラブレイドも気を纏わせるのと魔力を纏わせる二種類あり、カイトはその両方が出来る為に剣聖と呼ばれる様になったそうだ。
伯爵を救った英雄に対して国が何もしない訳には行かず政治的な理由があったとしてもカイトの剣の腕が達人級なのは変わりがない。
それに両手に短剣を持って別々の属性を纏わせて戦う俺、格好良いじゃんという厨二的な考えもあるがファンタジーな世界にいるのなら郷に従うのは当たり前だ。
その日の訓練は短剣術と投擲のスキルレベルが一つずつ上がって終了するのであった。