十話
「エバンスさん。もうギルドでお世話になって三日経ちますが、何の連絡もないんですか」
「無いな。辺境伯も忙しい身だし、直ぐに連絡は来ないだろう」
日課となりつつある朝の訓練を終えて今は休憩中である。
「ならマルコさんの監視下でも良いので狩りに行かせて下さい。冒険者なのに狩りに行けないとかどんな罰ゲームですか」
魔法言語を覚える為にギルド図書館に行くが、自己流であり教えてくれる人間はいない。マルコは生活魔法は使えるが攻撃魔法は使えないし、回復魔法を使える者は希少だ。
魔法師でない人間が魔法言語を理解している筈もなく、魔法言語を覚える上では役に立たない。
肝心の護衛任務であるが、冒険者ギルドの中に居る限りは安全が保障されており、そもそもギルドとしての体面を保つ為につけられているに過ぎないのだ。
訓練相手には申し分ないが、エバンスとマルコだけでは本当の意味での経験は積めない。何より他プレイヤーとの交流が出来ないのは致命的だった。
「別に構わんが、男爵家から刺客が送られてくる可能性もあるぞ。マルコが遅れを取るとは考え難いが危険であることは間違いないぞ」
「なら攻撃役を一人つけてくれれば問題ないはずです」
「簡単に言ってくれるがその費用はギルド持ちだぞ。下手な冒険者はつけられんな」
少し考えるエバンス。この辺りならCランク冒険者であれば魔物に遅れを取ることはまず有り得ない。だが人が相手となれば勝手が違う。
刺客であれば毒を使う事もあるし耐性のない人間なら解毒する前に手遅れになる可能性が高い。それに最近は執務ばかりで訓練で息抜きは出来ているが腕を維持するのには足りない。
「良し。分かった。条件の合う者を用意しておく。準備を怠るでないぞ」
「ありがとうございます」
この話を聞いたギルド職員の悲鳴が聞こえて来そうだが、エバンスは敢えて無視することにした。この程度の息抜きは雑務に追われている者の権利だ。
そう、新米冒険者に対して先人が技術を伝えるのは寧ろ義務ではないか。この街の外にいる魔物では手応えは無さすぎるが、魔の森に行くのにはソラには早すぎる護衛のマルコは盾として優秀だ。
ソラに一流の技を見せておくのは、無駄ではない。槍だけが儂の技の全てではない。人にはその者の戦闘スタイルというものがあるし、武の道は長くそして険しい。
槍聖と呼ばれる様になった儂でさえ更なる高みを目指しているし、当代の剣聖も何度かあった事はあるが、まだ己の力に納得していないようだった。
カイトが剣の道を進んでいなければ槍を教えていただろうし、気闘術には身体強化だけではなく武器強化もできる。
気と魔力を混合した様な【覇闘術】という戦闘術もあるがそれは基本的には相反する性質を持つ魔闘術と気闘術を極めた者しか使用できないとされる近接格闘の秘奥義とされる技だ。
反対する者には、そうだ。魔の森に調査をする髄行員になって貰うとでもしようかの。戦闘能力がない人間が魔の森に入る事は自殺行為でしかないし、儂に意見すること自体が自殺行為というものだ。
未来ある若者を教え導くのも老人の務めだ。だったら行動するのは早い方が良い。本部が問題視するのなら後進に後を譲る形で引退するのも悪くないだろう。
サブマスターに連絡して文句を言われる前に早く出発してしまえば問題ない。
マルコはポートロイヤルの周辺で狩りをするという話だったが普段、愛用している盾と片手剣。回復ポーションと解毒ポーション数点を魔法袋に入れて、ソラを待っていた。
エバンスは動き易い服装に槍を持っているだけであるが、エバンスは敵の攻撃を極力受けない様に回避し、隙を見て攻撃する戦闘スタイルなので問題ないし、愛槍は竜の牙を加工して出来た竜槍だ。
竜は無駄になるところが無いと呼ばれる位、全身が何かしらの素材になる。竜の牙を素材にすれば折れにくい武器が完成し、革は防具になる。
肉は滋養強壮によく、血と内臓は薬や錬金術の媒体になる。竜一体を仕留めるのに労力は必要となるがリスクにあったリターンもまた大きいため古来より竜狩りを行う事で富と名声を人は得て来たのである。
竜を単独で倒した者には【ドラゴンキラー】の称号が与えられる。
亜竜であるワイバーン・レッサードラゴンやベビードラゴンなら単独で討伐することは可能だが最低でも、ギルド公表討伐ランクB+である。
属性竜と言われる存在に至ってはA+、それが混じり毛のない純血種であった場合S~SSランクとなるだろう。
純血種は希少で現在確認されているのは【深緑の森】の元クランマスターのトルウェイの愛龍と竜王の愛龍ぐらいであり、その他は混血種であるとされている。
言わなくても分かると思うが三人の中でソラの装備が一番貧弱である。どこにでも売っている数打ちの短剣二本に格好だけなら冒険者ではなく町人と勘違いされても不思議ではない。
冒険者になったばかりの人間が装備に金を掛けられる訳もなくソラだけが特別みすぼらしい訳ではない。
戦う事だけを目的にするのなら冒険者は一攫千金の夢はあるが多くの冒険者は豊かな生活をしていた訳でなくやむおえない事情によってなるべくしてなった者たちだ。
兵士になれば、冒険者より収入は安定するだろうが、貴族の意思によって戦場で命を落とす事になる。
貴族が持つ私兵、領主軍の兵士はその地方を治める領主に雇われているし、兵士でない村人にも大抵は税の一種として兵役の義務がある。
大枠で捉えれば領主は領主派に属する貴族ではあるが、領主派の中にも派閥があるし、隣接した貴族同士は利権の関係もあって仲が悪いのが普通で本格的な武力闘争は王家が禁止し、貴族同士の決闘もしくは代理人による決闘。
集団による模擬戦などで決着をつけるのが一般的だったが、貴族からしてみれば民は所有物。王家の法を遵守していれば生かすも殺すも貴族次第となるのが一般的だった。
冒険者になることで貴族の支配から一部解放されるが、ここで面倒なのは冒険者の最大の依頼主は貴族である事が多いと言うことだ。
下級貴族の最たる例である騎士爵は元は平民の家系であるし、それほどの歴史を持った家ならとっくに男爵へと陞爵されているはずなので武の家系ではあるが故に豪商や豪農より慎ましい生活をしている事が多い。ぶっちゃけたところ平民の方が豊かだったりする。
だが身分は絶対の世の中で貴族と平民では雲泥の差があり騎士爵には爵位に対する年金が出る。一番なのは王家が任命したのが貴族であるため歴史ある四公爵家でも王家の臣下という意味では爵位による序列はあっても命令できる権限は王家にしかない。
当代限りの準騎士爵は、身分は貴族であるが、文官が成れる準男爵と同じで年金が出るが叙勲された者が死ねば爵位は剥奪され子は平民となる。貴族も平民も柵の中で生きており、比較的な自由が得られるのはやはり冒険者となる。
自由か束縛か。人類に与えられた永遠のテーマではないだろうか。身分に縛られ、金に縛られる。男は仕事に縛られ、女は家庭に縛られる。
支配する人間と支配される人間に分かれる。物々交換から共通の価値を持つお金が生まれた事で人は分業化していった。自由業は収入は安定しないが、労働者の中では貴族に似た特権階級だと言える。
「お待たせしました」
「ソラ。先輩冒険者からの忠告だが、武器や防具には金を惜しむな。」
マルコが忠告したのも、片方の短剣は実用に耐えられる代物であり、Bランクのマルコでさえ投擲用に使用できる出来であるがメインウェポンとしては貧弱も良いところだ。
鉄の武器は安価で、流通量こそ多いが一生の友にはならない。最低でも黒鉄、魔法を使う者なら親和性は白銀には遠く及ばないが白鉄は必要になる。命を懸ける冒険者だからこそ、命を護る武器や防具にどれだけ金を注ぎ込めるかで生存率が変わってくるのだ。
兵士であれば防具に金を掛けられる人間は騎士以上であり、ある程度の地位もしくは金にゆとりのある人間だと考えられるため、手柄を挙げたい雑兵に集中的に狙われる事になる。
冒険者は基本的に犯罪者や同じ冒険者同士ぐらいとしか対人戦を行わないため、防具に金を掛けても問題はない。
防具の値段の高さは防御力の高さでもある。スモールラビットの皮で作った鎧よりもオーガの皮で作った鎧の方が値段も性能も高い。
何時死ぬか分からない職業の為に宵越しの金を持ちたがらない冒険者でさえ、武器や防具を作る為に金や素材を溜め込むのだ。
装備に金を掛けない者から死んで行く世界だ。一般的にCランクの壁を越えてしまえば死亡率は低下するがそれはBランク以上を目指さない者に限った話だ。
冒険者ギルドの指定したBランク以上の魔物は生命力が高く魔法を使う種も多い。Cランク以下の魔物ですら毒を持つので厄介だ。
人間には外部からの干渉に対する抗体を持っているが毒にも色々な種類がある。蜂種の代表格のハニービーなら弱毒でソルジャービーやキラービーの毒もそれほど強い物ではない。
だが、キングビーやクインビー、ナイトビーは集団という時点でかなり厄介なのに毒を解毒するには、毒液を手に入れなくてはならない。
薬も過ぎれば毒になるが、毒は薄めれば有効な薬になることが多い。薬師は定期的に薬を作る為に討伐依頼を冒険者ギルドに要請するし、ハニービーが作る蜂蜜は甘味料の少ないこの世界の女性を魅了している。
養蜂できる【モンスターテイマー】の数は少なく、外敵のキラービーによって巣が全滅する事も珍しくないため貴重品となっている。
「分かっていますよ。この辺りなら強い魔物は出ないですし、鉄で十分な筈です。それに鍛冶師の知り合いがいるので何れは特注で作って貰う予定です」
タイラーなら素材を集めれば喜んで短剣を鍛えてくれるだろう。素材の質は武器の質に影響を及ぼす。幾ら鍛冶師の腕が一流でも武器の素材が屑鉄なら強度はなく数回の戦闘で折れてしまうような鈍らしか鍛える事は出来ないだろう。
タイラーの武器は前線組やトッププレイヤーですら愛用できる潜在能力を秘めていると思う。ベータ時代に攻略が進まなかったのもNPCの店売りの既製品では性能に限界がある。
エリアボスやフィールドボス、ダンジョンボスを倒すのには火力が不足していたというのがベータテスターの中にある攻略が難航していた理由の一つである。
ベータ期間が短かったこともあって正式サービスが開始されてからも修正される箇所もあるだろうがスタートダッシュに失敗した俺には既に関係がなくなっている。
本当なら既にレベルは十近くになっている筈であり、ログイン時間の短いプレイヤーでさえ五以下というのは珍しいだろう。だが現実に俺のレベルはまだ二のままだ。
生産職でさえ、生産活動をすることで魔物を倒さなくても経験値が入りレベルアップするが、俺が目指している商人はある意味では不遇職で、スキルアップはあっても商売をすることでレベルアップはしない。
大抵の場合、商人になる前に冒険者や生産職をしているのでレベルは低くはない。商人の価値は資産をどのくらい保有しているかであり、身体的な強さはそこまで求められないが盗賊や魔物から身を護る為には最低限の戦闘は必要になる。
だから最低限の対人経験とDランクの魔物を問題なく倒せる実力を得る為に冒険者になっている。商人が戦闘まで出来る必要はないのだ。
駄目なら金を出して優秀な護衛を雇えば良いだけでコネを作るためにも冒険者であった経験は優位に働く。一度の狩りで得る金額は狩る量と質を考えれば、納得のいく値段であるが安い。
ゴブリンなどの低位魔物は幾ら狩ってもあまり金にはならない。生活するのにも費用が掛かり武器や防具のメンテナンス費用は馬鹿にならないからだ。鍛冶師によっては武器に【硬化】等の特殊能力をつけられる鍛冶師を【刻印鍛冶師】と呼び属性を付与出来る鍛冶師は俗に【精霊鍛冶師】と呼ばれている。
彼等が作る武器は強力な物が多く、等級もレア以上で能力を十全に扱うなら相応の技術は要求されるが恩恵は大きい。
魔法剣士が扱うオーラブレードとは異なり、少ない魔力で誰にでも使えるのが特徴だ。ここで重要なのは【精霊石】を武器に上手く取り込ませる事にある。
純度の高い精霊石には高位の精霊が宿る為に武器の性能は鍛冶師の腕以外にどれだけ質の良い精霊石を用意できるかにも掛かっている。
「既に鍛冶師の知り合いがいるのは驚きだが、ギルド公認店から買った方が良い」
上級者なら武器に依存しないで窮地を脱する事は出来るだろうが、初心者にはそれは難しい。ギルド公認店は店主の技術力、人柄、販売している商品の質などをギルドが審査しそれを合格した店のみが認定される。
悪質な商品を販売する店を排除するのは命を懸けて依頼をこなす冒険者をサポートしそこから利益を得る冒険者ギルドとしての義務でもある。
「腕と人柄は信用しているので大丈夫ですよ。数打ちとは言えメインに使う短剣を鍛えたのはその鍛冶師なので」
厳密には同じ素材を使用して鍛えたとは言い難いが、製作された物には製作者の腕が如実に反映されるものなのだ。
ギルド公認の鍛冶師が鍛えた短剣も初心者用と言うこともあって鍛冶師の全てがそこに集約されているとは断言できないが、単価が安いからといって手を抜く様な人物が作った武器に命を預けられる奇特な人はいないだろう。
「マルコ。新人であるソラを指導する事は悪い事ではないが、早く出発しなければ意味がない。モタモタしているなら置いていくぞ」
エバンスとしてはマルコが懸念することには一定の同意を示すが、この辺りには強い魔物は出ない。クライン辺境伯領で最前線となっている城塞都市アンデスであれば話も変わってくるがソラの話を聞いている限りでは無茶をする様な性格ではない。
未だにボブゴブリンとも戦闘をしたこともなく、専らスモールラビットの狩りに精を出しているみたいだ。受付のアリシアに確認を取ったので先ず間違いはないだろう。
ギルドとしても冒険者に無謀な狩りをして死亡もしくは引退されるよりかは低位の魔物であろうと定期的に成果を上げる冒険者の方が好ましい。そのためギルドランクで受けられる依頼を制限しているのだ。
実力がものを言う世界なので強さこそが正義という訳ではないがそれに準じた考えがあるのも否定できない事実だ。
迷宮の中では魔物や罠など以上に怖いのが仲間以外の冒険者だ。ソラがまだ迷宮に入れる資格を有してはいないが、入る様になれば嫌でも分かる事だ。
魔物との戦闘を避ける事は冒険者としては間違ってはいないが他の冒険者に魔物を意図的に襲わせる者もいる。
そしてその死体から価値のある物だけを剥ぎ取る。犯罪を検知する水晶の力でも直接犯していない罪は判断することが出来ない。
死体から有用な物を持ち去るのは誉められた行為ではないが、冒険者だって聖人君子ではないし生活もしていかなければならない。
実力がなければ死ぬだけなので文句は言い辛い。所有者が死んでしまっている時点で所有権を主張されても明確な犯罪行為が確認されない限りは未熟とされる司法制度が整備されているこの世界では従うしかないのだ。
門から出た際には恐縮しきった門兵の姿と空耳だと思うがギルドの方向から男性の叫び声が聞こえたような気がした。




