二十八話
「タイラーすまないが、武器のメンテナンスをしてもらえないか。あと紹介したい人がいる」
「わかった。なるべく早く来てくれ。師匠の仕事を手伝わないと俺がどやされる」
SM
「大暴走の詳細を説明致します。防衛側は大暴走終了時まで街の防衛力を残していれば防衛成功となります。今回のイベントに限り死亡した時点でイベントへの再参加は不可となります」
ポートロイヤル
防衛力一0000/一0000
城塞都市アンデス
防衛力一五000/一五000
クルト村
防衛力五000/五000
多分、この防衛力は壁の純粋な物理防御力と人の戦闘能力を数値化したものだろう。主要なNPCのみ防衛力として換算されているのかも知れない。
多分だがポートロイヤルではエバンスとエレメンタルブレイブのメンバーが戦死もしくは負傷すれば防衛力は低下し、街は破壊される。
零にならなくても防衛力が落ちた時点で復旧に時間を要するのかも知れない。クルト村ではカイト・フーカ・トルウェイ・アリスターが重要人物となるだろう。
何れにしろ負けた場合は録な事にならない筈だ。新規プレイヤーは録な戦力を持たないまま大暴走に巻き込まれている。
先発組のプレイヤーも戦闘職ばかりではないので直接的に役に立つものは限られ集団戦の経験など皆無なので基本的にパーティ単位での攻略となるだろう。
俺が知らないだけで強MOB以上のボスモンスターが討伐されている可能性はあるが、情報を秘匿すれば必ず他のプレイヤーに疎まれ、一部の者にしか相手にされなくなる危険性を秘めている。
武器や防具を見ればなんとなくの実力は分かる。素材を手に入れる事が出来なければ、良い武器は手に入れることが出来ないからだ。
エバンスの竜槍は見るからに高位モンスターの素材から作られた名匠の一品だし、俺の短剣は悪いとは言わないがありふれた素材で出来ているのは見る人が見れば一目で分かる。
ミスリルの短剣は良い武器だがまだ俺は完全に使いこなす事は出来ていない。今ではただ単純に良く切れる短剣というだけだ。
考え事をしながらもソラとハロルドはタイラーが良く露店を開いている場所へと向かう。
前は大通に面した場所で売買やメンテナンスを行っていたが面倒なプレイヤーに一度捕まってからは、裏通りの人気の少ない場所でひっそりと武器を売っている。
「タイラー。忙しい時に済まない。この短剣を頼む」
「ソラ。武器は丁寧に扱え、どんな使い方したらこんなに刃こぼれするんだ」
「蟻系の魔物と強MOBと戦ったらそうなった」
呆れた顔をしているがタイラーはハロルドが気になるらしく紹介しろと目で促している。
「タイラー。ハロルドだ。ピンチに陥っている時に助けて貰った。大剣を鍛えられるかは知らないがメンテナンス位はしてやってくれ」
「ハロルドだ。普段、大剣をメイン武器にしている。腕の良い鍛冶師だと聞いている宜しく頼む」
「ソラからなんて聞いているかは知らないが本職は鍛冶師ではあるが刀匠だ。短剣くらいなら鍛えることが出来るが、大剣の鍛え方は勉強中だ。こちらこそ宜しく頼む」
ソラは短剣を研ぐのに時間がかかる為にタイラーが売っている武器を眺めている。鉄・黒鉄・鋼の武器は置いてあるがそれ以外の武器は見当たらない。
掲示板ではミスリルは無理だが白鉄の武器は市場に少量ながら出回り、魔法師や魔法剣士のメイン武器として流行りだしているらしい。
「タイラー。白鉄の武器はないのか」
「ないぞ。鉄なら現実でも使っているからこの世界でも鍛える事は可能だが、白鉄なんていう魔法素材は無いからな。師匠は技術を懇切丁寧に教えてくれるタイプでもないしな」
タイラーが露店に置いてないのは満足のいく武器が出来ないからだ。オートであればタイラーでも鍛える事は可能だが、武器を鍛える鍛冶師の誇りが中途半端な武器を売る事を許さなかった。
タイラーが鋳造式でなく鍛造式に拘るのもそれが理由である。タイラーはソラが冒険者ギルドで保護されていた時に一人の侍に出会った。
そして師匠であるナガマサを紹介されたのだ。普段、許されているのは武器を鍛える準備だけで師匠の相槌さえ許されていない。
タイラーは短剣位なら相槌なしで鍛える事は可能だが本格的に小太刀や刀を鍛えるなら相槌は必須となる。そしてナガマサの鍛えた同田貫を見て師事する事を望んだのだ。
最初は相手にされる事はなかった。たが雨の日も風の日もナガマサの鍛冶場前で懇願する姿を見て遂にナガマサは折れた。
実力はなくても最初に必要なのは情熱である。技術は鍛えれば向上するがやる気のない人間に教えても時間の無駄になるだけだからだ。
中にはやる気はあっても中々、技術が向上しない者もいるがそれは別の問題である。
「オート制作でも無理なのか」
「あんな物は武器ではない。鋳造式と同じで武器の形をした鈍器に過ぎない」
ソラは短い付き合いだがタイラーの刀に懸ける情熱を知っている。
初対面であるハロルドだけがプレイヤーが鍛える武器はオート制作である事が常識である事が邪魔をしてつい口から言葉が発せられてしまったのである。
「気分を害したなら済まない。是非、本物の鍛冶師に武器を鍛えて貰いたいものだ」
「大剣は今すぐには無理だぞ。俺が出来るのはソラが所持している短剣くらいだ」
「それでも構わない。いつかタイラーの鍛えた武器で魔物を倒したいものだ」
鍛冶師として未知の金属を使った武器を鍛える楽しさはあるがその武器が鈍らでは意味がないと考えている。
タイラーはそれが例え習作で出来た短剣だろうと+性能がついた武器でないと販売しない事にしている。オート制作で出来た武器には+性能はつきにくい。
中級・上級鍛冶師が鉄製の武器を鍛えればつく事もある位のもので基本的には期待しない方が良い。
上位の素材を使用するほど顕著に現れ、ミスリル以上ではほぼつかないと考えた方が良い。
武器の芯としてエバンスの持つ竜槍のように魔物の素材を使用する事もあるがタイラーは純粋な刀鍛冶師で金属以外の素材を混ぜた武器は未だに鍛えあげられていない。
他のプレイヤーはというと既に成功している事を考えると一長一短ではあるが長期的にみれば確実にタイラーに分があるだろう。
オートとマニュアルでは武器のメンテナンスにも差が出る。徐々に最大耐久値は減少していく物だが、手入れの方法によっても武器のもちはだいぶ変わる様になっている。
だからこそ武器を扱うプレイヤーは鍛冶師に定期的なメンテナンスを依頼するのだ。
「ソラ。これで完成だ」
タイラーから短剣を受け取ったソラは武器を眺めている。
「タイラー。この短剣はもうどうにもならないよな」
折れてしまった鉄の短剣をタイラーに渡す。
「ああ。折れた~は修理は不可能だ。インゴットに戻す事も出来るが複数の金属が使用されていたり、魔物の素材が使用されていればインゴットにする事すら現状では不可能だな」
どの生産職にも言えることだが、なりたての初級職では、成功率は高くない。成功しても出来たアイテムの性能は悪く、それなら大地人から購入した方が安くて効果も高い。
「戦闘でソルジャーアントの素材を手にいれたんだが二体分で虫鉄は作れるか」
「無理だな。扱った事もないが基本的に鉱石をインゴットにするのには五つ必要になる。そこから良い物を作ろうとしたら最低でも三十は必要になる」
虫鉄の研究は生産職での現在の課題の一つだ。普通の鉄より軽く柔軟性がある為に防具に使えば移動ペナルティを受けないで十分な防御力を持たせる事が出来る様になると予想されている。
素材となる魔物によっても癖は異なり、魔物の素材を武器や防具に組み込むとしたら欠かす事の出来ない技術になるのだ。
「分かった。数が出来たら試作してみてくれないか。勿論、素材と費用は俺が持つ」
「それは良いがソラにメリットはないんじゃないか。俺はスキルが上がるし良い経験になるから別に構わないが」
「生産職の支援だと思ってくれて構わない。必ず武器や回復アイテムで攻略が行き詰まる事になる。その時に商人として稼がせて貰うさ」
そうは言ってもソラはまだ商人ギルドに所属していない。有益な情報を得られる代わりに商人ギルドは年会費を取られる。
露店などの規模が小さい物なら登録しなくても出来るが店を持つなら必ず登録する必要がある。ソラは行商をする事にも免状が必要な事を知らなかった。
小規模な物であればクライン領では課税をしていないからだ。税収は貴重な収入源ではあるが行き過ぎれば物流を阻害する。
生きるのに過酷な土地であるからこそ領外への品物には税をかけるが領内では黙認した方が得になることもある。ソラの場合はクライン領において商売するのに商人ギルドに登録する必要すらない。
クライン伯ジョセフがソラに与えた短剣は領内での特権を認めているからだ。
カイトが治めるクルト村では勝手は異なるが、カイトは外から来る食料に対して課税していないし、大都市では入るのにかかる関税もかけていない。
広さや防衛力の高さからすればクルト村は街と言っても過言ではない。現実でも東京では墓を建てる土地すらないことも珍しくないのに田舎では使われていない山を所有している人などがいる位には土地の価格も安く、無駄に広い駐車場があるくらいなのだ。
「それなら別に構わんが、二人はどこの防衛に回るんだ」
「俺は、アンデスの防衛に協力する」
ハロルドは引き返して来たが単独でもアンデスに行けるだけの実力はある。必要最小限の戦闘だけに限定すればそこまで難易度は高くない。
「ポートロイヤルの防衛に協力する。食料だけでもクルト村に送りたいが、実力がないからな。師匠に相談はしてみるつもりだがどうなるかはわからん」
「「師匠?」」
「ああ。冒険者に師事しているんだ。戦う術は自分で身に付けるべきだし良い機会に恵まれたからな」
嘘はついていない元ではあるがエバンスは冒険者だ。ソラのレベルは強い魔物を狩っていない為に低いがプレイヤースキルやゲーム上でのスキルは馬鹿に出来ない。
ソラはポートロイヤルに帰還する際にハロルドにステータス差がありながらもついて行く事が出来たのは気闘術を身に付けていたからであり、ステータスは表面上のデータでしかない。
「俺も固定パーティを持たないソロだからあまり人の事は言えないが、一人で出来る事なんかたかが知れてるぞ」
「ハロルド。戦う事だけが冒険者の仕事ではないぞ。魔物との戦闘を極力避けて素材を手に入れたり、街の中の雑事も重要な仕事だ。ローチ駆除依頼は二度と受けたくないがな」
「トラウマ製造機か」
「俺は冒険者を選ばなくて良かったと掲示板を見て思った。黒い悪魔がゲームでもいるのには運営の神経を疑ったがな」
ハロルドも思い出したのかかなり嫌そうな顔をしている。殆んどのプレイヤーが体験する事になるのだからこの反応も仕方がないだろう。
元々、亜熱帯地域に生息していた黒い悪魔は、地球温暖化と共に勢力圏を広げてきた。
日本なら北海道には生息していないらしいが、北海道民でないので分からない。ソラはローチよりも今は大暴走の解決の方が先決であると考え直した。
「とにかく武器のメンテナンスも終わったし、俺は冒険者ギルドに行くよ」
「ソラ。待ってくれ重要な事を忘れている」
SM
『プレーヤー【ハロルド】からフレンド要請がありました。承認いたしますか。【Yes】or【No】』
確かにフレンド登録はしていなかった。勿論、Yesを選択して了承する。
「何かあったら呼んでくれ。素材収集でも構わない」
そう言われてハロルドとタイラーと別れるソラ。周囲の店は食料と回復薬を求める住民で混雑しており、住民達はパニックには陥ってはいなかった。
だが、所々でトラブルが起きているのが見受けられた。命に関わる事だから仕方がないとは思うが、日本でも災害が起きた時に国民の全てが理性的に行動できた訳ではない。
火事場泥棒やプライベートのない空間に長時間、晒された事によって小さな諍い等は起きていたと聞く。
流石に他者を襲ってまで食料を得ようとした者がいなかっただけで極限状態になった人間は何をしでかすか分からない危険性をはらんでいる。
ソラはやっとの思いで冒険者ギルドに辿り着いた。混乱に乗じて略奪をしようとしていた住民と犯罪者を取り押さえようとしていた自警団との戦闘に巻き込まれそうになって慌てて逃げてきた。
ソラの場合、訓練でエバンスを相手にしているとはいえ、戦闘に関してはステータスとスキルのごり押しでしかない。数の暴力に屈することとなるだろう。
既にBランク以上の冒険者は全員召集されており、Cランク以下の冒険者も自分達に出来る事はないかと各パーティリーダー達が集結していた。
「ソラさん。ギルドマスターが呼んでいます」
そう話かけて来たのは顔見知り程度の受付嬢であり、他の冒険者を掻き分けてきた為に注目されてしまう結果となった。
「分かりました」
案内されてきたのはギルドマスター室ではなく、冒険者ギルドが冒険者に対して解放している会議室の一つであり中にはエバンスを始めとした今回のポーロイヤル防衛戦において主力となる冒険者達が勢揃いしていた。
「ソラ。とりあえず空いている席に座れ」
マルコもギルド専属の冒険者として他の冒険者達を率いて防衛に当たる部隊の副隊長として召集されている。
見たことのない和装の少女マドカや如何にも魔法使いですと主張しているローブを纏った男女など専属冒険者達が統一された紋章をつけているのに対して明らかにこの場では浮いていた。
「直ぐにポートロイヤルが魔物達に襲われる事はないだろう」
エバンスはそう切り出して現状を伝える。城塞都市アンデスとの連絡は断絶しているがまだ魔物に襲われているとの情報が無いために籠城して救援を待っているというのがポートロイヤル支部としての見解である。
「だがアルト殿からの手紙の内容では油断は出来ない状況だ」
クロウは単独での調査を繰り返しており、浅瀬でも普段は出ない様な魔物が出現していた事が判明している。
クロウは他国出身者とはいえ腐ってもAランク冒険者である。アンデスから魔境に入り単独で生還したのは一度や二度の話ではない。
「そしてここにいるソラが倒した魔物はボブゴブリンではあるがレア級であるというのが鑑定士による判断である」
リーダー級であればどの種族でも冒険者をしているのなら一度は相手にする魔物である。
レア級ともなれば半年に一回もしくは一年に数回しか討伐されない変異体であり、今回の様にボブゴブリンであればDランク以下の冒険者でも倒せる事はあるが、他の種族であれば死者が出ていても可笑しくはない。
「そのソラと言う冒険者が嘘をついている可能性は?」
「ない。クライン伯だけではなく儂も後見人を務めている。それにギルドの鑑定士が嘘を報告する事に意味はない」
ローブを纏った男はエレメンタルブレイブの魔法師だろう。
よく知らない低ランク冒険者が狩った魔物がレア級だった事は偶然が行き過ぎる結果ではあるが、それを為したのがEランクともなれば警戒しない方が可笑しい。エバンスは周囲に聞かせる様に淡々と告げる。
「ソラはギルド認定試験を受けていないだけでDランクの実力はある。結果が全ての世界だ。嫌とは言わせん」
「槍聖エバンスがそこまでいうなら事実なんでしょう。うちのサブマスターから他に連絡はありましたか」
ローブを引きちぎらんばかりに主張する胸は男なら視線を奪われてしまう物だがこの場にいる者は自重していた。
「その後の連絡はない。クルト村に急行した可能性が高いと考えている」
Aランククランの戦力を分断する事はあまり戦術的には正しいことではないが、クルト村が落ちれば必然的にポートロイヤルは甚大な被害を受ける事となる。
一番の重要拠点であるアンデスに戦力を送りたいところではあるが、留守となったポートロイヤルが魔物に蹂躙されては意味がない。
「エレメンタルブレイブには遊撃を担当して貰う。各専属冒険者は四方の防衛に当たってもらい東門を厚くする。」
責任者として各門の隊長が決められ、マルコは東門を担当する部隊の副隊長となった。マドカは実力はあっても経験が無いために東門を担当する一兵士として戦闘に加わる。
どの種族がメインとなって襲撃してくるかは分からないが、襲撃側の魔物は弱い魔物から徐々に強くなるらしい。
「ソラ。お前は東門でマルコの下で討伐に当たれ。各員、戦闘が始まるまで待機だ」
エバンスはそう宣言して会議の終了を告げる。マドカはアイカの安否が気になっているらしく、エレメンタルブレイブ所属らしき二人の魔法師に話を聞いている。
取り残されたソラは冒険者ギルドを訪ねたもう一つの理由である食料についてエバンスに相談するべく、歩き始めたのであった。




