エルとフェリー
最終章第一部です。宜しく御願い致します。
闇に蠢く幻影が幾何の猶予も無く二人を取り囲み、雄叫びや断末魔にも似た悪しき悲鳴が怨嗟している。躊躇いも無く強烈な攻撃呪文を連発し殲滅を図るが、手応えが在らず、突入早々に撤退の二文字を脳裏に過らせた。
「チッ! かなりだなコイツは!!」
「ダメだ! コイツら斬ると増えるよ!!」
首を失った影の断面が、まるで蟲が踊り湧くように溢れ出し、落ちた首からも大量の影が溢れ出していた。
「ダメだダメだ!! 俺達二人だけじゃ足りねぇ!! 逃げるぞ!!」
逃走へと転じた二人は、退路を確保し速やかに撤退を始めた。ダンジョンを抜け出した二人の近くには、同じく命辛々逃走したと思われる探索者達が数名居た。
「なあ、場違いにちんちくりんな小娘を中で見なかったか?」
「さ、さあな……俺達ゃ其れ処じゃなかったからよ……」
「そうか、すまねえ……あ、いや質問を変える。場違いに目立つチャイナドレスを着た女を見なかったか?」
「それなら居た。誰かと一緒だった。中でしたすれ違ったぞ」
「そうか、ありがとう」
情報をくれた探索者に礼を述べ、エルは再びダンジョンの入口を見た。
「もし、アイツと一緒なら、魔物に襲われて死ぬ可能性は、低いだろうよ。後はどうやって後を追うかだな……」
「あの影に囲まれたらオイラ役立たずだよ~」
「……畜生、背に腹はかえられねぇ」
エルはカフェテリアに向かって歩き出した。
「え? 何処行くのさ」
「お前はそこで待ってろ! 誰か来たら足止めしとけ!」
エルがカフェテリアに辿り着くと、いつものテーブルにはフユハが一人座ってリースの写本を眺めていた。その顔は無表情で、ペラペラと頁をめくる手つきには、生気が感じられなかった。
「あ……」
エルが近付くと、フユハが気配に気が付き、不意に目を逸らした。
「ダンジョンは変動期に入った。今回はマジでヤバいから、絶対に入るなよ?」
「え? あ、はい……分かりました」
エルは席に着き、注文を取りに来たウエイトレスに向かって、オレンジジュースを一つ注文した。
「蜜柑飲料?」
テーブルの下からひょっこりと崙崙が顔を出した。エルはニヤリと笑い、崙崙の首根っこを掴んだ。
「先ずは飲め。そして俺達と一仕事したらたらふくオレンジジュースを飲ませてやる」
「暴飲蜜柑飲料!? 是非是非是非是非!!」
そしてオレンジジュースが運ばれると、ものの数秒でそれを飲み終え、やる気満々の顔で更なるオレンジジュースをねだり始めた。
「よし、決まりだ」
エルが席を立つと、フユハも席を立った。
「あ、あの……!」
「ん?」
「何処に、行かれるのですか……?」
「…………」
「きっと、ダンジョンに向かわれるのですよね……? 今回の変動期とリーゼットさんと、何か関係があるんですか!?」
「まだ分からない。ただ、お前は連れて行けない。守れる自信は皆無だ。そして蘇生術を使える数少ない逸材を死なすわけにはいかない」
「なら、私一人でも行きます」
「アホ!!!!」
エルが酷くフユハを怒鳴り付けた。周囲の視線もお構いなしに、エルは唯一つ、フユハの身を案じての事だった。それでも──
「連れて行って下さい……フランシスもそこに居るのですね?」
「…………」
「お願い致します!!」
「あーもう!! わーった! わーったよ!! ただし! 危なくなったら容赦なく帰すからな!!」
「あ、ありがとうございます!!」
フユハはそれでも自らの意志を貫くことにした。そしてフユハの目には生気が満ち溢れ、生き抜く強い意志が現れていた。




