018_フェーベの港
テミスの町を出発してから四日目の昼過ぎ、小さな丘を登り切ると、右前方に真っ青な海が広がっていた。
太陽に照らされてキラキラと輝いている。
「海ですよ!」
その時たまたま俺の隣に乗っていたリリアが興奮した声で叫んだ。
彼女の声を聞いて、エステルとグロリアも御者台の後ろから顔を出す。
「とうとう西海岸まで来たわね」
考え深げに呟くエステル。
そう、この海の向こうに最終目的地であるヴァイロン王国があるのだ。
街道はほどなくして海岸付近に到達し、そこから海岸線に沿う形で南に向かって伸びていた。
馬車は心地よい潮風を右から受けつつ軽快に走る。
「風が気持ちいいですね」
リリアが淡い緑色の髪を軽やかにたなびかせた。
そのまま海岸線を走り続けること約二時間、太陽が少し傾き始めた頃、前方に何隻かの船が浮かぶ大きな入り江が出現した。
その入り江を縁取るようにして、たくさんの家や倉庫のような建物も並んでいる。
「あれがフェーベの町ですね!」
リリアが宝物でも見つけたように大はしゃぎで指差した。
フェーベの町は、ラビス公国の公都にして大陸西海岸で最大の港町だ。
ヴァイロン王国や南方の島々と盛んに交易を行っており、とても繁栄しているらしい。
城壁はないようだが、そのかわり小高い丘が町をぐるりと取り囲んでいるため、それが城壁の役目を果しているのだろう。
その丘の中腹には、白壁の大きな建物がぽつぽつと建っている。
金持ちの別荘といったところか。
俺が驚いたのは、入り江に停泊している船だ。
ほとんどは帆船のようだが、その中に、煙突から青白い煙を吐く大型の船が混じっている。
側面には水車のような物もあり、まるで歴史の授業で習った黒船のようだ。
「あんな船もあるんですね」
「私も初めて見ます」
リリアも興味を持ったのか、目を凝らしてその船を観察している。
そんな俺達に、
「機械仕掛けで動くヴァイロン王国の船よ」
御者台の後ろからエステルが教えてくれた。
「……と言っても、私も実際に見るのは初めてなんだけどね」
エステルもリリアもグロリアも、フェーベの町は初めてなのだ。
「……そういえば、チャロの故郷ってこの近くよね?」
エステルが思い出したようにチャロに尋ねる。
チャロの故郷である猫族の村ニャッカは、フェーベの町から馬車で二時間ほど南に行ったジャングルの中にあるらしい。
「恋しくない?」
「……特に」
チャロは興味なさそうに答えた。
俺達はそのままフェーベの町に入った。
町は活気に満ちていた。
通りの両サイドに小さめの商店がずらりと並び、今までに見たこともないような魚や果物、色鮮やかな鳥や動物、ヘンテコな形をした道具や人形など、一風変わった商品が店頭を彩っている。
まさに海洋交易の町、といった感じだ。
「あの鳥、羽が綺麗ですね!」
「何あの薄気味悪い人形、魔除けかしら」
この町が初めてのエステル達も、物珍しそうに店先の商品を眺めている。
俺達はその商店街をゆっくりと通り抜け、まずは港に向かった。
ヴァイロン王国へ向かう定期船の運行状況を確認するためだ。
定期船の事務所は港のすぐ脇にあった。舵輪を模した看板が掲げられた二階建ての建物だ。
俺がその前に馬車を停めると、
「ちょっと行ってくるわ」
と、エステルとグロリアが馬車を降り、その中へと入って行った。
……それにしてもすごいな。
俺は目の前の光景に感動してしまった。
港には、大航海時代を思わせる帆船が数隻、黒船のような船が二隻ほど停泊している。
まさにペリーが来航しちゃったって感じだ。
ただ、今日出航する船はもう無いらしく、港に人影はほとんどなかった。
わずかに、水夫達が桟橋に積まれた荷物をせっせと倉庫に運び入れているのが見える。
しばらくしてエステル達が戻ってきた。
「出航は二日後の昼よ」
エステルの話では、俺達はこの港からヴァイロン王国のナディアという港に向かう定期船に乗るらしい。
ヴァイロン王国には大きな港が三つあり、フェーベからはそのどの港にも定期船が就航しているが、今回ヴァイロン王国がバウギルドに依頼してきた仕事は、ドーラという町が拠点になっているため、その町に一番近い港であるナディアに向かうのだ。
フェーベからナディアへは週に一度定期船が出ていて、二日ほどでナディアに行くことができるらしい。
「出航までこの町で休養ね」
エステルがそう言うと、リリアが嬉しそうな顔をした。
この町で売られている珍しい物を色々見て回りたいのだろう。
その後、辺りがだいぶ暗くなってきたため、俺達は急いで宿を探すことにし、
「せっかくだから海が一望できる宿にしましょう」
というエステルの提案で、高台に建てられた三階建ての宿屋に泊まることになった。
白壁が美しい南国風の宿屋だ。
馬車から荷物を下ろすと、グロリアは宿屋の主人に掛け合い、ここで馬車を引き取ってもらうことにした。
残念ながら、馬車は船に載せられないのだ。
思えばミロン王国のカリオペの町からずっと乗ってきた馬車だ。
非常に名残惜しい。
「ここまでありがとな」
俺は感極まって思わず馬の頭に抱きついてしまった。親友と別れるほどに辛い。
が、しかし、馬は何の感慨もなかったらしく邪魔臭そうに俺を払い除ける。
……まあ、馬はここでお別れだとは思ってないだろうからな。
そう思ったが、ちょっとショック。
******
次の日、朝食をとった後、
「買い物でもしながらヴァイロン王国の情報でも集めに行かない?」
と、エステルが提案。
「行きます!」
もちろんリリアは嬉しそうに即答し、グロリアも頷いている。
ただ、
「……私は部屋にいるニャ」
チャロだけは行かないようだ。
……そういえば、彼女は昨日から元気がないような気がする。
そう思ってチャロの様子を眺めていると、
「タケル様も一緒に行きましょうよぉ」
と、リリアが俺の手を引っ張りながら甘えた声で誘ってきた。
彼女はハーフエルフでもエルフの血が濃いせいかぱっと見は「美人」という感じなのだが、わずかに混じる人間の血の影響か、ちょっとしたお茶目な仕草で途端に美少女に変身してしまう。
……かわいいなあ、リリアは。
俺はデレデレしながら当然のように「はい」と答えようとした。
が、その直前、彼女の背後にある二対の眼差しに気付いてしまう。
「……」
「……」
エステルとグロリアの身も凍るような冷たい眼差しを。
「す、すみません、せ、洗濯物がたまっているので」
「そうなんですか、残念」
咄嗟にリリアのお誘いを断ると、彼女は仕方なさそうに俺の手を離した。
「じゃあ、行ってくるわね」
結局、エステルとグロリアとリリアの三人は、楽しそうに町に繰り出していった。
「はぁ……」
エステル達がいなくなった後、俺は仕方なく洗濯をすることにした。
といっても、洗濯物は大してたまってないから、すぐに終わってしまうだろう。
俺は宿屋の裏にある井戸で洗濯物を洗った後、それらを干すために自分達の部屋に戻った。
この宿屋は海の景色をウリにしているらしく、各部屋に小さなバルコニーが付いているから、洗濯物を干すにはちょうどいいのだ。
……ん?
部屋に入ると、中にはチャロが。
ベッドに寝転がっていかにも退屈そうだ。
「チャロ様もみんなと一緒に町に行かれたらよかったのに。美味しそうな魚がたくさん並んでましたよ」
俺が声をかけると、彼女は寝そべったままでポツリと呟く。
「……この町は、私にはちょっと危険ニャ」
「えっ、危険?」
「……な、何でもないニャ」
彼女は早口で取り消すと、それ以上俺と話す気がないのか横を向いてしまった。
……危険てなんだろう?
この町が危険だとはとても思えないのだが。
でも、チャロが話す気がないのであれば無理に聞くわけにもいかない。
俺はチャロとの会話を諦め、バルコニーに出て洗濯物を干し始めた。
天気は快晴だ。水平線の向こうにモコモコの入道雲が見える。
こういう景色を見ると、何となく心がウキウキしてしまうのは俺だけだろうか?
洗濯物を干し終わり、俺は太陽いっぱいのバルコニーから部屋の中に入った。
「……」
相変わらず、中ではチャロがベッドで寝そべっている。
外が明るいせいか、妙に不健康に見える。
夏休みなのに風邪をひいて寝ている残念な小学生のようだ。
……仕方ないか。
危険というのは嘘かもしれないが、何か外に出たくない特別な理由でもあるのだろう。
俺はとりあえず宿屋の備品である洗濯物の籠を返すために、部屋のドアに向かって歩き出した。
すると突然、
「ニャー!!」
という大きな悲鳴を上げながら、チャロがいきなり俺に抱きついてくる。
「ええっ!?」
あまりに唐突だったため、俺は彼女の勢いに押されて倒れそうになったが、辛うじて堪えた。
彼女は俺の胸に顔を埋め、ガタガタと震えている。
「チャロ様、どうしたんですか!?」
それにしても尋常じゃない震え方だ。
……もしかして、さっき彼女が言っていた「危険」が迫っているのか!?
俺は緊張した。
チャロは震える手で、恐る恐る部屋の隅を指差す。
そこには!? …………小さなねずみがいた。
「……チャロ様はねずみが苦手なんですか?」
俺が尋ねると、彼女は震えながら小さく頷いた。
ねずみはしばらくウロチョロしていたが、俺が床を蹴ると、驚いて窓から外に出て行ってしまった。
「行っちゃいましたよ」
まだ震えているチャロに教えてあげると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
そして、ねずみがいない事を確認すると、ほっと強張った体の力を抜き、安心した表情で俺の顔を見上げ――
「っ!!」
途端、彼女は俺から慌てて離れ、ベッドの上に座り込んだ。
ねずみに驚いて知らない間に俺に抱きついていたことにやっと気付いたらしい。
「……ご、ごめんニャ」
彼女は顔を真っ赤にしながら謝った。
「いえいえ」
チャロは普段クールで、俺からは常に一歩離れた所にいるから、こんなにべったり彼女の体に触れたのは初めてだ。
彼女の体は未発達の中学生といった感じで、胸もぺったんこだった。
……でも、これもまたいい。
グロリアに抱きつかれるのとはまた違った心地良さがある。
グロリアの話によると、チャロは今十三歳だ。
でも猫族は十歳で成人らしいから、もう立派な大人なのだ。俺の下半身が反応してもまったく問題はない。
それに、小さな体の彼女にぎゅっと抱きつかれると無性に守ってあげたくなる。
……まあ、チャロは俺よりずっと強いのだが。
俺はチャロを抱っこしたことに感動しつつ、でも、顔にはできるだけ出さないようにして部屋のドアに向かいまた歩き出した。
カラン、カラン。
その時、窓から何かが入ってきて床に転がったような音が。
……ん?
不審に思って床に視線を走らせると、次の瞬間、今度はシューという噴出音が聞こえ始め、部屋の中があっという間に白い煙のようなものに覆われてしまった。
「なっ、何だ!?」
視界ゼロ、まったく何も見えない。
この突然すぎる状況の変化に俺は何の対処もできず、その場でおろおろしていると、
「ニャッ!!」
というチャロの切迫した短い悲鳴が!?
「チャ、チャロ様、どうしたんですか!? チャロ様!」
俺は不安に駆られ、何も見えない中、彼女のいた方向に手探りで進もうと試みた。が、駄目だった。
そのすぐ後に、何の前触れもなく、みぞおち辺りに息が止まってしまうほどの強い痛みを感じたからだ。
「くぅ……」
真っ白だった視界が、瞬く間に真っ黒へと変わっていく…………
******
******
………………い、いたい。
気付いた瞬間、俺はみぞおち辺りの鈍い痛みに思わず顔を歪ませた。
目の前には、……汚れた木の壁が見える。
俺が横になっている床も、……木の板でできているようだ。
……ここは?
まったく見覚えがない。どうやら宿屋じゃないようだ。
俺は自分の居場所をはっきりさせたくて、とりあえず起き上が、……あれ、手が動かない。
後ろ手にされた状態で縛られてしまっているようだ。
仕方なく、俺は横になったまま辺りを見回した。
俺のいる場所は小さな部屋のようだ。
全体的に薄暗いが、足の向いている方向から光が若干差している。
その光をたどると、少し離れた所にろうそくが置いてあるのがわかった。
ただ、その手前に黒い格子の模様が見える。
……なんだ?
よく見ると、それは光に照らされて影になった木の格子だった。
どうやら俺は木でできた牢屋の中にいるらしい。
みぞおちを殴った奴に誘拐されたってことか?
……そういえばチャロは?
俺が気絶する直前、チャロの悲鳴が聞こえた。
……チャロも俺と同じように誘拐されてしまっただろうか?
あの白い煙で突然視界を奪われ、しかも彼女は丸腰だった。
恐らく彼女も誘拐されてしまっただろう。
……チャロは無事だろうか?
そう思ったら無性に心配になってきた。
俺は奴隷だから、たぶん、誘拐犯の目的はチャロだ。
あんな手荒な手段で誘拐したのだから、彼女に危害を加える可能性は十分ある。
……何とかしなきゃ。
俺は勢いをつけて何とか起き上がり、手の縄を解こうと色々やってみた。
が、全く解けそうにない。
「誰かいませんかー!」
「チャロ様ー!」
思い切って何度か叫んでもみたがまったく応答がない。
……くそぅ。
どうすることもできず、俺は一人、牢屋の中でうなだれていた。
******
それから二時間ほど経っただろうか、突然、牢屋の床に人の影が映った。
はっとして頭を上げると、ろうそくが置いてある方から小柄な男が二人歩いてくる。
……ね、猫族!?
頭の上に猫のような耳が付いていて、瞳が縦長の楕円。間違いない、猫族だ。
二人は黒装束で腰にダガーを差し、手には長い棒を持っていた。
あいつらが俺とチャロを誘拐した犯人なのか?
男達は俺のいる牢屋の前までくると、鍵を取り出し、扉を開け放つ。
「出ろ、族長がお会いになるニャ」
……ゾクチョウ!?
俺は訳が分からぬまま、とりあえず牢屋の外に出た。
「付いて来いニャ」
俺が牢屋を出たのを確認すると、男の一人がそう言って今来た通路を戻り始める。
……どうしよう。
何かおかしな事に巻き込まれたような気がする。
そう思って俺がもたもたしていると、
「早く行けニャ!」
と、後ろの男に棒で背中を突かれてしまった。
……くっ。
仕方なく、俺は前を行く男の後を追った。
……こいつらを振り切って逃げるか?
彼らは小柄な中学生程度の体格だ。
……体当たりして吹っ飛ばせば。
と思ったが、やっぱり止めた。
彼らがチャロと同等かそれ以上の強さなら、俺などまったく歯がたたないからだ。
……とりあえずもう少し様子をみよう。
彼らに従いジメジメした牢屋の通路を抜け、細い階段を上ると、急に広い場所に出た。
どうやら大きな建物の中にいるらしい。
壁や天井、床までもが木材で造られており、何となく和風の雰囲気だ。
今まで見てきたこの世界の建物は全て石造りだったから、とても違和感を覚える。
右側には大きな窓があり、外はもう薄暗くなっていた。
そこからさらに進むと、左側に引き戸のようなものがあった。
これもまた今までになかった扉の造りだ。
前を歩く男はそこで立ち止まると、引き戸に向かって大声で告げる。
「族長、容疑者を連れてまいりましたニャ」
……よ、容疑者!?
「…………」
男が告げた後、しばらくの沈黙があり、やがて、
「……入れニャ」
と、低音の男性の声が引き戸の向こうから聞こえてきた。
その声に、前の男は引き戸を静かに開けると、
「来いニャ」
と、少し緊張した面持ちで中へと入っていく。
俺は、なぜ自分が「容疑者」なのかわからぬまま、黙って男の後に続いた。
引き戸の向こうは三十畳ほどの広間になっていた。
端にろうそくが等間隔で立てられており、部屋の中をほのかに照らしている。
全体的に質素な感じだが、壁の板には虎や龍の彫刻が施されていて何とも重々しい雰囲気だ。
右側には床が一段高くなっている場所があり、向こう側が見えないよう綺麗な御簾で目隠しされていた。
前を歩く男は部屋の中央まで進んだ所で立ち止まり、俺を御簾のある方に向けて座らせた。
たぶん、この向こうに族長と呼ばれる人がいるのだろう。
俺を連れてきた男達も両脇に、片膝をついた形で控えている。
「族長、御前に」
「……うむ」
堅苦しい返事が聞こえ、目の前の御簾がゆっくりと上がり始めた。
御簾の向こうには二人の猫族が。
左側は年配の男性、右側は……
「チャロ様!!」
俺は思わず叫んでしまい、隣の男に棒で肩を強かに叩かれた。
……くっ。
それでも何とか上段の女性を確認する。
「……」
それは、紛れもなくチャロだった。
彼女は前合わせで和服のような花模様の服を着て、すまし顔で座っている。
……ど、どういうことだ!?
俺が困惑していると、チャロの隣に座っている男性が「俺を無視するな」と言わんばかりに咳払いをし、その後、おもむろに口を開いた。
「わしは第三十六代猫族族長、ペペ・デ・ラ・クエスタであるニャ」
……やはり族長か。
彼は白髪頭で、額には何すじものシワが刻まれている。中年以上の年齢だろう。
チャロと同じように前合わせの服を着て、髪は頭頂部で束ねており、まるで日本の時代劇に出てくる殿様のようだ。
全体的に威厳を感じるのだが、白い顎ひげが前側にカールしており、どことなく滑稽な印象も受ける。
ペペは名乗り終えると、俺に鋭い眼光を向けた。
「お前が我が娘をたぶらかし、連れまわした者かニャ?」
……娘をたぶらかし連れまわした?
俺はペペが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「……あのう、言っている意味がまったく分からないのですが」
「とぼけても無駄ニャ。お前がフェーベの宿屋で娘と一緒にいたのはわかっているニャ」
……フェーベの宿屋で一緒にいた?
もしかして、娘ってチャロのことか?
誘拐された時、俺は彼女と同じ部屋にいた。そして、今のこの状況。
間違いない。彼女は族長の娘なのだ……。
…………まあ、とりあえずそれは置いておこう。
でも、俺が彼女をたぶらかしたり連れまわしたりしたというのは全くおかしい。
俺は奴隷だ。どちらかといえば、俺が連れまわされている方なのだ。
ペペは大きな勘違いをしている。
「私はチャロ様をたぶらかしてはいません。だいいち私はチャロ様の奴隷です」
「嘘を申すニャ」
「嘘ではありません。私は奴隷です。ほら、これを見てください」
俺は体をひねってペペに手首の拘束リングを見せた。
「……そのリングがどうかしたかニャ?」
「えっ? あの、拘束リングですけど。知りませんか?」
「そんな物知らぬニャ」
「ええっ!?」
ペペは奴隷の証である拘束リングを知らないようだ。
「と、とにかく私はチャロ様が所属するバウパーティーの奴隷なんです。本当です。チャロ様、そうですよね?」
堪らず、俺はチャロからも言ってもらおうと呼びかけたのだが、
「……」
何故か彼女は押し黙っている。
「フッ」
そんなチャロを見て、ペペは勝ち誇ったように薄笑いを浮かべながら、
「いくらお前が嘘を申してもネタは挙がっているニャ」
と言うなり、指をパチンと鳴らした。
すると、左側の入り口から一人の男が風のようにすっと入ってきて、部屋の隅の方で片膝をついた。黒装束に身を固めた猫族の男だ。
「お前がフェーベの宿屋でチャロを救出しようとした時、この男は何をしていたニャ?」
「はっ、チャロ様に抱きついておりましたニャ」
その男が答えると、ペペは満足げに頷いてからまた俺を睨みつけた。
「どうだ、これでもしらを切るつもりかニャ?」
……何を言っているんだか。この人達は俺を陥れようとしているのか?
と疑ったが、しかし、よく考えてみると、誘拐される直前、確かに俺はチャロと抱き合っていた。
でもそれは、ねずみに驚いたチャロが俺に抱きついてきたのであって、俺が抱きついたわけじゃない。
「ご、誤解です、それは――」
「チャロ、相違ないかニャ?」
釈明しようとしたが、ペペは俺の言葉を遮るようにしてチャロに問いかける。
彼女は、……黙って小さく頷いた。
「チ、チャロ様、な、何で本当の事を言ってくれないんですか!?」
俺は焦って彼女に駆け寄ろうとしたが、隣の男達に押さえつけられてしまった。
「問答無用! よくも可愛い我が娘をたぶらかしおったニャ! お前は死刑だニャ、明朝執行するニャ、覚悟しておけニャ!!」
「ちょっ、本当に違いますって!」
「連れて行けニャ!」
俺は必死に抵抗したが、男達に引きづられるようにして族長の部屋から出されると、またさっきの牢屋に入れられてしまった。
……どうなっているんだ。
チャロはいったいどうしてしまったんだろう?
何で彼女は本当の事を言ってくれないのか。
俺は混乱した。
ただ、このままでは本当に死刑にされてしまうかもしれない。
……エステル達が助けに来てくれるだろうか?
いや、残念ながらその可能性はゼロに近いだろう。
彼女達は俺が猫族に誘拐されたことすら知らないのだから……。
俺は必死に助かる方法を考えたが、良い案が浮かばず途方に暮れてしまったのだった。