019_火事場の馬鹿知恵
また牢屋に入れられてから三、四時間ほど経っただろうか、
「うっ!」
突然、ろうそくが置いてある通路の向こうで人の呻く声が聞こえた。
見ると、誰かが足音を立てずにこちらに向かって走ってくる。
チャロだ。
ただ、さっき着ていた綺麗な服ではなく、地味な布の服を着ている。
「タケル、一緒に逃げるニャ」
彼女は小声でそう言うと、素早く牢屋の鍵を開け、中に入って俺の手首の縄をダガーで切った。
「……ど、どういうことですか?」
さっきとはまるで違う態度のチャロに俺は戸惑ったが、
「話は後ニャ、私について来るニャ」
と、俺の怪訝な気持ちなど一向に構わず、彼女は牢屋の外に出て「早くこい」と言わんばかりに何回か手招きする。
「……は、はい」
俺は色々聞きたい衝動を抑え、とりあえず彼女の後について行くことにした。
辺りをうかがいながら音も無く走って行くチャロ。
建物の中は迷路のように入り組んでいるのだが、何の迷いもない。
よく知っているのだろう。
俺は彼女に誘導してもらいながら、できるだけ音をたてないように注意して進んだ。
しばらくして、チャロは細い階段の脇にある扉をそっと開けた。
そして、軽く中をうかがってから、俺に入るよう尻尾で促す。
彼女の指示に従って中に入ると、そこは小さな物置部屋だった。
壁に棚が設置されており、大小の木箱が整然と並んでいる。
全体的に埃がたまっているところからすると、あまり使われてはいないようだ。
「ここに私しか知らない秘密の出口があるニャ」
そう言うと、チャロは部屋の一番奥に置かれていた大きな木箱を押し始める。
彼女の体よりずっと大きい箱だ。
「うーん、うーん」
彼女は必死になって押しているが、重いのか箱はなかなか動かない。
「手伝います」
「たのむニャ」
俺も箱に取り付いて、彼女と一緒に押し始めた。
すると、ズズズッという音を立てながら箱は少しずつ横に動き出す。
「もういいニャ」
チャロに言われて押すのを止め、さっきまで箱があった所を見ると、奥の壁に穴が開いているのがわかった。
直径五十センチほどの穴だ。
「行くニャ」
チャロは早口で俺に声をかけると、その穴を何の障害もなくすっと通り抜ける。
が、
……通れるかなぁ。
俺にはちょっときつそうだ。でも、そうも言っていられない。
俺は床に這いつくばって強引に体を穴の中に押し込んだ。
「くっ、……うーん、……」
やはりきつかったが、俺はあちこち掴んだり、蹴飛ばしたりしながら、少しずつ匍匐前進し、何とか穴を通り抜けることができた。
外は真っ暗だった。
木々の間からかすかに星が見える。
牢屋からは外の様子がまったく分からなかったが、尋問を受けた時に窓の外が薄暗かったことを考えると、今はたぶん真夜中だろう。
「こっちニャ」
チャロは物陰に隠れつつ、建物から遠ざかるように走っていく。
俺は暗闇の中、チャロを見失わないよう必死に追いかけた。
その先に現れたのは二メートルほどの高さの板塀。
俺達の行く手を遮るようにして建っている。
……結構高いな。
そう思っていると、チャロがぴょんと飛び跳ねて簡単にそれを越えてしまった。
さすが猫族。
「タケル、早く」
チャロに急かされたが、人間の俺はそうもいかない。
まず軽く助走をつけて板塀に飛びつき、体をねじって何とか塀の上側に足をかけ、やっとの思いで越えたのだった。
塀を越えると、目の前は木々がうっそうと茂っていた。
ジャングルだ。
……「猫族の族長」に「ジャングル」、ここは猫族の村ニャッカに違いない。
そんなことを考えていると、
「早く来るニャ」
と、チャロはすでにジャングルの中に少し分け入り、俺に向かって手招きしている。
「は、はい」
俺が慌てて駆け寄ると、彼女はそのままジャングルの奥に躊躇せずに入って行った。
どうやら細い道があるようだ。
チャロに遅れないよう、俺もジャングルの中に飛び込んだ。
道は完全な獣道だった。
右も左も上も草木で覆われており、まるで小さなトンネルのようだ。
その中をチャロは小走りで走っていく。
俺は腰を屈めながら懸命に彼女の後を追った。
「もう少しニャ」
時々振り返っては俺を励ますチャロ。
彼女はまったく息を切らしていない。
一方、俺は大量の汗をかき、ゼーゼー言いながら何とか足を前に出している状態だった。
ジャングルの中は蒸し暑く、地面もぬかるんでいて非常に走りづらい。
ただ走っているだけでも体力がかなり消耗するのだ。
そんな状態でしばらく進むと、今までより若干広い小道に出た。
何となく木々の間隔も広がったように思える。
「ここまでくれば多分大丈夫ニャ」
チャロはそこで走るのを止め、今度は歩き始めた。
「はぁ、はぁ、はぁ、……」
俺はふらふらになりながら、顔の汗を手で拭い、呼吸を整えた。
「……タケルには悪いことをしたニャ」
前を歩きながら申し訳なさそうに謝るチャロ。
「いえ、ただ俺が尋問を受けていた時、チャロ様の様子がおかしかったのでちょっと心配しました」
「あそこでタケルの無実を訴えても、父ニャんは世間知らずの上に頑固だから、何も聞いてくれないニャ」
……娘にひどい言われようだな、あの族長。
「だから、父ニャんを油断させるためにわざと従順なフリをしていたニャ。タケルには不安な思いをさせたニャ」
「いえいえ、そういうことなら仕方ありません」
……最初から逃げ出すつもりの芝居だったのか。
「それより、チャロ様って族長の娘だったんですね」
「…………そうニャ」
チャロは歩きながらため息をついた。
「お父様はチャロ様がたぶらかされたっておっしゃってましたけど、俺と一緒に逃げ出してよかったんですか?」
「私はたぶらかされてなんかいないニャ!」
いつもクールなチャロが珍しく大声を出した。
「ジャングルの外の世界が見たくて、自分の意思でジャングルを出たニャ。父ニャんが勘違いしてるだけニャ!」
そう言うと、チャロはわずかに歩を緩めつつ自分の過去について語り出した。
彼女の本名はチャロ・デ・ラ・クエスタ。
第三十六代猫族族長ペペ・デ・ラ・クエスタの一人娘にして次期族長。
彼女は四年前までジャングルの中だけで生活していた。
族長である父親が過保護で、彼女をジャングルから出さないようにしていたためだ。
だから、彼女はそれまでジャングルが世界の全てだと思っていた。
そんな時、ジャングルに一人の人間の男が倒れていて、たまたま通りがかった彼女が助けてやった。
男は冒険商人で、珍しい植物を求めてジャングルに入り、道に迷ったとのことだった。
その男から、
「このジャングルは確かに広いけど、世界全体から見ればほんの一部だよ」
という話を聞いて、彼女は強い衝撃を受ける。
男は世界の事を楽しそうに彼女に語った。
大きな都市、色々な種族、珍しい生き物など、彼女の知らない事ばかりだった。
好奇心を強く刺激された彼女は「ジャングルを出て世界を見たい」と父親に頼み込んだ。
しかし父親は「危ない」とか「猫族が世界を見ても仕方が無い」とか言って、許してはくれなかった。
結局、チャロはその男がジャングルを去る時、頼んで連れて行ってもらうことにした。
もちろん父親には内緒だった。
「その人とはしばらく一緒に旅をしたけど、いわゆるその、……男女の関係ではなかったニャ、本当ニャ」
何故かその事をことさらに強調するチャロ。
その後、商人よりもバウの方が自分に向いていると感じ、彼女はその男と別れてバウの道に進んだ。
彼女は小さい頃からダガーの稽古はしていたから、ローグを名乗ることができた。
「父ニャんはまだ私があの男と旅をしていると思って、商人が立ち寄りそうなフェーベの町にずっと家来を張り込ませていたニャ」
……なるほど、チャロもそれを見越していたから、フェーベの町が危険だと言っていたのか。
「だから、父ニャんはたまたま私と一緒にいたタケルをあの男と勘違いしてるニャ」
「それであんなに怒ってたんですね」
……まあ、宿屋で昼間っから愛娘と抱き合っていた男を許せる父親などいないか。
でも、勘違いで死刑になってはたまらない。
俺はやっと全てが腑に落ちて、頭の中を整理することができた。
その時、ふっと小さな音がして、目の前を上から下へと移動する縄のような物が。
「んっ?」
それを反射的に目で追おうとした瞬間、いきなり胴と両腕が一緒に締め付けられるような衝撃に襲われる。
「うげっ!」
俺は後ろに引っ張られ、体勢を崩して倒れ込んだ。
投げ縄だ!
「タケル!」
異常に気付いて俺に駆け寄ろうとするチャロ。
「ニャッ!」
しかし、暗闇から幾つもの手が現われてチャロの両腕を掴み、彼女の自由をあっさりと奪ってしまう。
「えっ!?」
よく見れば、周囲の暗闇にはたくさんの光る目が!
いつの間にか俺達は猫族に包囲されていたのだ。
俺は黒装束の男二人に地面に押さえつけられ、まったく身動きがとれなくなった。
「このジャングルから出られるとでも思っているのかニャ?」
そこで、族長のペペが暗闇の中からぬうっと姿を現す。
目を細め、冷徹な顔で俺をじっと睨みつけながら。
「また娘を連れ出すとは許せん! 今ここで処刑してやるニャ」
彼はそう言うと、ゆっくりと俺の方に近付いてきた。
「父ニャん、止めてニャー!!」
チャロがじたばたしながら叫ぶと、ペペは一旦歩みを止め、彼女に視線を向ける。
「チャロ、お前には失望したニャ。まさかまたこの男について行くとは」
やはり彼は、昔チャロを連れ出した男が俺だと思い込んでいるようだ。
「タケルは別人ニャ。それにジャングルから出たいと思っているのは私の意思だニャ」
「ジャングルの外は危険だと何度言ったらわかるのだニャ!」
ペペはチャロを叱りつけ、その後、酷く悲しそうな顔をした。
「お前が行方不明の間、わしがどれほど心配したかわかるかニャ。怪我をしてはいないか、病気をしてはいないか、この四年間安心して眠ったことはないニャ」
「……」
「お前にもしものことがあったら、わしは死んだお前の母ニャんに何と詫びればいいんじゃ……」
「……」
するとチャロはじたばたするのを止め、諦めたようにふうっと息を吐いた。
「……わかったニャ。もうジャングルからは一生出ないニャ。だからタケルだけは自由にしてやるニャ」
彼女は観念した様子でそう誓った。が、何故かペペの表情がまた冷徹に戻る。
「だめだニャ」
「何でニャ! タケルはあの男じゃないニャ、タケルはまったく関係ないニャ!」
チャロは大声でペペに抗議したが、しかし、ペペは冷静に言った。
「あの男かどうかなどどうでもいいニャ。……お前は、この男を好いているニャ」
「なっ!?」
ぺぺの指摘に、チャロは顔を真っ赤にして見るからに狼狽した。
……あのクールなチャロが俺のことを好いている!?
「この男が生きていれば、お前は必ずまたジャングルを抜け出すニャ。だから悪いがこの男はここで死んでもらうニャ。この男の死ぬところをよく見ておけニャ!」
ペペは腰からダガーを抜き、俺の目の前に立った。
「お願いニャァァ、殺さないでくれニャァァ」
とうとうチャロは泣き出してしまった。
けれども、ペペは彼女の言葉に耳を貸す様子はまったくない。
ペペの殺気がジンジン伝わってくる。
……やばい、殺される。漏らしそうだ。今からでも命乞いするか、……無駄だ。どうする……
ペペは腰をかがめ、俺の髪の毛を上に引張って頭を強引に上げると、首にダガーの刃を当てた。
……し、死にたくない、……こんなところで、……死んで、たまるか!!
そう思った瞬間、俺の頭の中が一気にクリアになり、火事場の馬鹿力ならぬ、火事場の馬鹿知恵がフル回転を始める。
「わははははは!!」
俺は命乞いも弁明もせず、ただその場で大声で笑い出した。ここはもう開き直るしかない。
「な、何がおかしい!?」
さすがに今首を切られようとしている者が大声で笑い始めたので、ペペは動揺したようだ。俺の首からダガーを少し離した。
「チャロ様の父親というからどんなにすばらしい族長かと思っていたが、まさか暴君だったとは!」
「な、なに!」
「よくそれで今まで族長としてやってこれたな!」
「な、なんだと!!」
ペペのヘイトが急上昇した。
彼の手が怒りでプルプル震えている。
「……ほら、もう冷静さを失った」
「うっ!?」
ペペはうなった。
「あんた、もしかして自分は優れた族長だとでも思っているんじゃないのか?」
「と、当然ニャ」
怒りで震えながらも必死に平静を装うぺぺ。
「じゃあ、優れた族長とは何だ?」
「一族をよくまとめ、正しい方向に導くことニャ」
先祖代々の家訓なのか、ペペは即答した。
「そうするために族長には何が必要だ?」
「……知識や経験、それに、それらに裏付けされた自信ニャ」
「なるほど、それでその知識や経験とやらをこのジャングルの中だけで得られると思うか?」
「もちろん得られるニャ。わしもこのジャングルの中だけで今まで生きてきたが、うまくやっているニャ」
「はぁ……」
俺はそこでわざと大きなため息をついた。
「それはただ運がよかっただけだ」
「なんだと!?」
「あんたは俺がはめているこのリングを奴隷の証だと知らなかった。もう十年も前に発明された物なのに」
「……」
「これは奴隷の証だから『知らずに殺した』でも済むかもしれない。だが、これがもしどこかの大国の王子の証だったらどうなる? 当然、知らなかったじゃ絶対に済まされない。怒り狂った大国はこのジャングルを焼き払い、猫族を皆殺しにするだろう」
「……」
「あんたは猫族を滅ぼした無知で間抜けな族長として歴史に名を刻むことになったはずだ」
「……」
「……あんたは運がよかっただけだ。……ただ何も起こらなかっただけだ」
ぺぺは黙り込んでしまった。
心なしか気落ちしているように見える。
掴んでいた俺の髪の毛も、いつの間にか離してしまっていた。
チャロは泣き止み、黙って俺の話に耳を傾けている。
「だが、これからもずっと何も起こらないとは限らない。世界は絶えず動いている。この先、猫族存亡の危機だって起こるかも知れない。そんな時に世界を知らない族長が一族を守れるだろうか?」
俺はそこで一呼吸おき、
「……いや、守れまい」
と、大げさに首を横に振った。
「だから、族長として上に立つ者は、危険を冒してでも世界に出て知識を得、経験を積む必要があるはずだ」
俺は力強い口調で畳み掛ける。
「世界を旅して見聞を広め、色々な人々と交流し、たくさんの信頼できる仲間を作る。そうすればたとえ一族が危機に瀕する状況になっても、一族を守り、正しい方向へ導くことができる族長になれるはずだ」
俺はここで残念そうな顔を作った。
「チャロ様もそれに気付き、自ら進んで危険な世界に出て行こうとしているのに、あんたはそんな娘をこの狭いジャングルに閉じ込めようとしている。なんと愚かしいことか」
ペペはうつむいてしまった。殺気はもう完全に消え失せている。
ダメ押しだ!
「あんたはチャロ様を無知で愚かな族長に仕立て上げようとしているのがわからないのか!」
「……そうかもしれん。そうかもしれんが、わしはただ一人の親として娘が心配なだけニャ」
ペペは弱々しく反論した後、ぼんやりチャロを眺めた。
もう彼には、族長としての威厳がまったくなかった。
思いっきり哀愁が漂っている。
……ちょっと言い過ぎたか。
俺は今度はやさしくペペに語りかけた。
「自分の娘を信じてあげてください。チャロ様は十分強いですし、しっかりしています。バウパーティーのメンバーもとても強いですし、信頼のおける人達です。俺が保証します」
「タケル……」
「…………」
長い沈黙の後、ペペは諦めたように大きくため息をついた。
「……わかった。お前の言ってることは正しいニャ」
彼はそう言うと、手を軽く横に振る仕草をする。
すると俺の縄は解かれ、チャロの両腕を掴んでいた手も闇の中に消えた。
「タケル!!」
俺が立ち上がると同時に、チャロが飛びついてきた。
ペペはその様子を寂しそうに眺めながら小声で言う。
「チャロよ、もう何も言わん。好きなように世界を見てくるがいいニャ」
「……父ニャん」
「ただ、気が済んだら必ずまたこのジャングルに戻ってくるのニャ」
「はい、必ず」
ペペはチャロの頭を軽く撫でた後、俺に視線を移した。
「手荒な真似をして済まなかった。娘を、よろしく頼むニャ」
そう言って、深々と頭を下げるペペ。
「任せてください!」
頼まれるほど俺は強くないが、ここで気弱な事を言うわけにはいかない。俺は胸を張って彼の願いを聞き入れたのだった。
すると、ペペは吹っ切れたように晴れ晴れとした表情になり、その後、今度は興味深げに俺の顔をのぞき込んだ。
「それにしてもお前はあんな状況でも命乞いもせず、あろう事か、わしに説教までするとはニャ。見上げたやつニャ。奴隷にしておくのは勿体ないニャ」
「……は、はは」
俺は苦笑してしまった。殺されたくない一心でやったことだ。
「……そうだニャ!」
そこでペペは何かひらめいたのかポンと手を打つ。
「わしがお前を奴隷から解放してやるニャ。だからお前はチャロの婿になるニャ!」
「と、父ニャん、急に何を言い出すニャ」
チャロの顔が真っ赤になった。
「俺は人間ですよ?」
「かまうもんか、お前がチャロを補佐してくれれば猫族は安泰ニャ。産まれてくる子供もきっと優秀にちがいないニャ。そうだ、決めた、もう決めたニャ」
……彼はやっぱり暴君だった。
******
俺とチャロは、猫族の馬車でフェーベの町の入口まで送ってもらった。
ちなみに、猫族の馬車は馬ではなくライオンのような動物だ。
東の空が白み始めている。
どこからか小鳥のさえずりが聞こえてきた。
夜明けだ。
町の入口から歩いて宿屋の近くまで来ると、早朝にもかかわらず、通りに三人の女性が立っているのが見えた。
エステル達だ。
彼女達は寝ないで俺達の帰りを待っていてくれたようだ。
「あっ!!」
俺とチャロを見つけると、彼女達は慌てて駆け寄ってきた。
「どこ行ってたのよ、町中捜したのよ!」
俺とチャロの顔を交互に見つつ、少し怒り気味に言うエステル。
「ご迷惑をおかけしました」
俺は頭を下げた。
「まあまあ、でも何があったの?」
そんなエステルをなだめながらグロリアがチャロに聞くと、突然チャロが俺に飛びつき、そして言い放つ。
「何にもないニャ、ねえダーリン」
「はぁ?」
チャロの唐突な発言に、呆気にとられるエステルとグロリアとリリア。
「……は、はは」
俺は、苦笑するしかなかった……。
******
「……そんなことがあったのね」
朝食をとりながら猫族に誘拐された事を話すと、エステル達はやっと納得したようだった。
「チャロが族長の娘だったとはね……」
グロリアがチャロの横顔を見ながら不思議そうに呟く。
「……それにしても」
エステルが目を細め、話は理解したが、現状は理解できないといった感じで、俺の膝の上のものに視線を向けた。
「食べる時くらい、離れた方がいいんじゃない?」
「やだニャ」
チャロは俺の膝の上にチョコンと座ってパンをほおばっている。
あのクールなチャロは一体どこへいってしまったのだろう……。
******
俺達は昼前に港に向かった。
天気は今日も快晴だ。
カモメがふわふわと気持ちよさそうに飛んでいる。
「あれに乗るんですね!」
入り江に停泊している黒船のような船を指差しながら、リリアが嬉しそうに叫ぶ。
「そうよ、魔汽船というらしいわ」
エステルが教えてくれた。
ヴァイロン王国への定期船は、全てヴァイロン王国所有の魔汽船だ。
風向きに関係なく進めるため、この世界でも重宝されているらしい。
あんな船に乗れるのかと思うと俺までワクワクしてしまう。
俺達は桟橋で小船に乗り、その後、入り江の真ん中に停泊している魔汽船に乗り移った。
甲板には三本の巨大なマストが聳え立ち、黒い煙突からは盛んに煙が吐き出されている。
壮観な眺めだ。
これから大海に乗り出すんだ、という気分がいやが上にも盛り上がってくる。
やがて、横付けされていた数隻の小船が遠ざかると、ブゥオーという汽笛が鳴り、船の側面にある外輪がしぶきを上げて勢いよく回り始めた。
「おおっ!」
船が外海に向かって力強く進んでいく。
いよいよ最終目的地であるヴァイロン王国だ。
ワイルドローズのメンバーは甲板に立って、意気揚々とヴァイロン王国のある西の水平線を眺めていた。
(前半終了です。)




