異世界都市でおっさんハーレムを
「どーしちゃったんだ、この状況」
「初めて見たッスよ。こんなガラガラなの」
オータムリーフフィールドの街は、中央に大通りがあり、その両側に大きな塔が立ち並んでいる。街を突っ切って通り抜けると川があるのだが、ここには河馬が大量にスタックしており、遠距離から移動速度低下の魔法と攻撃魔法を合わせて撃ってくるため、無理に突っ切ろうとすると死ぬ。
その手前すれすれまでの大通りが背中に剣を背負った冒険者で埋め尽くされているというのが、この街の日常だったのだが……今は見る影もないほどに人口が少ない。
建物の影などからこちらの様子をうかがっている人影もチラホラとみられる。みな、警戒しているのだろうか。
「普段はもっと大勢いるんですか?」
「プレイヤー人口で言えば一番はアップフィールドだけど、広さが違うからこっちのが密集してる。それに、ここまで来れるって事はソコソコのダンジョンにも潜れるから、わりと強力な装備品とかが取引されてるんだ。それ目当てのプレイヤーで結構賑わってるはずなんだよ。初心者の多いアップフィールドと比べて、ここは最前線だから」
コウと同じく、この街まで来た事のないゴンザの質問にみなみが答える。
「NPCベンダーはいるけど、プレイヤーはチラホラしかいないッスね」
「ログインできないから……って事で良いんだよね。ちょっと他のプレイヤーに話聞いてみよう、ログアウトできない件とか、ダメージ通知の件とか」
「あとNPCが妙に良く喋る事もッスよ」
レベルはともかくゲーム歴も大して変わらないはずなのだが、どうもみなみが引率する立場になってしまう。世話焼き体質なのだろうが、イノはそれをいい事に面倒な事を押し付けている節がある。
「せっかくだから高値でNPCに売れるアイテムもついでに探しちゃって下さい」
「了解!」
もちろんコウも押しつける。
3人でのんびり露店を眺めながら、『旨い』という設定を持つ食料アイテムなど探していると、みなみが一人のプレイヤーらしき人を連れて戻ってきた。
みなみの後ろから付いてきたのは、現実ではありえない水色の髪の毛を緩くウェーブのかかったロングにしている神官服を纏った女性だった。
視線でカーソルを合わせてプロフィールを開いてみると、名前は『†漆黒の駄天使†』とある。
その下のパーティ欄は空欄だが、さらに下に『ギルド:聖十字騎士団のますこっと☆なのだ』と書いてある。
「コウさん、コウさん!私もう限界です」
「俺も一目見て胸やけしたような気分です」
堕天使の堕の字が違うのがわざとなら良いのだが、間違いなら可哀想過ぎる駄天使のプロフィール欄には、ギルドの他にもクランやレギオンなどの様々な項目が記載されていた。
ゲートワールドには経験値やアイテムの拾得権利を共有できる『パーティ』システムの他、共有のアイテム倉庫を持つ事が出来る『ギルド』や、対人戦闘を行う際に有利なMAP上への互いの位置の共有や遠隔メッセージ機能を持つ『クラン』や、さらに戦争特化の『レギオン』やら『リンクシェル』やら『同盟』など、よくわからない集団を組むシステムが無数にある。面倒な事にそれぞれ少しずつ得られる特典が違う。
ありすぎてプレイヤーもいまいち使い分けられていないし、そもそも面倒なので、大抵『ギルド』とひとくくりに呼ばれており、同じ参加者でクランもレギオンもその他のも重複して加入するのが一般的になっている。
おそらく聖十字騎士団もそのうちの一つなのだろう。
「みんな、この人は昔からの俺の知り合いで天さん。ギルドの人とかが全然ログインしてこなくて立ち往生してたんで連れてきた」
「こんにちゎ☆ 知力特化の支援魔法士だょ☆」
また濃いのが来たなぁと、無表情なまま心の中で防壁を築いておく。話を聞いてみると、やはりログアウトできなくて途方に暮れていたらしい。普段は大勢のギルド仲間と適当にパーティを組んで狩りに行っている時間なのに誰もログインしてこず、自分自身もログアウトできない為、ただ座っている事しかできなかったとか。
綺麗な人ッスねぇ!等と、はしゃいで囁いたつもりでオープンチャットで喋ってしまっているイノを無視して、駄天使さんに質問を投げてみる。
「他の街にギルド仲間がいたりしないんですか?他のトコもこうなのか聞いてみたいんですが」
「えー☆そんな事ないよぉ?うちのギルドの子にもっと可愛い子とかぁ」
「すいませんが」
「あ、ごめんなさぁい☆ ギルドメンバーはぁ、全員いないみたい☆ 別アカウントのキャラで入ってる人は居るかもだけど、この街では見かけてないからわかんない☆」
「誰もいないからずっと待ってたって事ですか。アップフィールドとか、バードバレーとかに移動したりはしないんですか?」
ログイン者無し、自分のログアウト不可という異常事態に対して何もしないで、待ちの一手だったという駄天使の行動に驚いて、思わず非難じみたツッコミを入れてしまうコウだったが、続く言葉を聞いて絶句する事になる。
「あたしはぁ☆お姫様だからぁ。戦ったりしないの」
可愛いからみんなが守ってくれるんッスね!と拳を握りしめるイノを冷たい目で見て、コウとゴンザは後ろを振り向いて囁き合う。
「コウさん、コウさん!私も胸やけです。どんなバッドステータスよりキツイです」
「いや……むしろ、俺もこのギルド入りたくなってきました!」
「えっ?!」
この世界には神も仏もいないので、職業神殿の神官以外にプリーストという職は存在しないのだが、回復魔法や支援魔法に特化したキャラクターは、他のゲームと同様に『プリースト』と呼ばれている。
この『回復・支援特化』という構成のキャラクターは、圧倒的に殲滅力が低いという弱点を抱えており、単独での戦闘力は最低クラス。同レベル帯の敵を倒す事も難しい為、自力でレベルを上げる事が困難という茨の道になる。
だが、パーティ戦闘の場合は仲間に回復系が一人いれば数ランク格上の敵と戦える為、その恩恵を受ける仲間たちがギブ&テイクとして、レベル上げ等を手伝ってくれる事も多い。
この『回復役が重要で、単独でのレベルアップが困難だから手伝う』という利害関係を自分への好意だと勘違いするプレイヤーが『姫』と、少なくともクソゲオンラインに置いてはそう呼ばれている。
そして『自分の受ける回復能力の恩恵をあげる為』の助力が、経験値を貢ぐ行為に見えてきて段々気持ちよくなって来たマゾ達が『姫の取り巻き』と呼ばれる。
役割を演じて遊ぶ『ロールプレイ』としての遊び方としてはなかなか高度な遊び方に入ると言える。『姫とその取り巻き』の完成とは、少数の勘違いと多数のマゾヒストにより構成されるのだ。
「もっと綺麗な人だって!困っちゃうッスよ、どうしますコウさん!」
「もっと凄いのが何人もいるなら、俺、下僕呼ばわりされてぇ。ギルド入れて貰っちゃおうか?」
「ログインできるようになったら下手したらハーレム状態ですよ!」
イノに続き脱線して暴走するコウも放置して、みなみが話をまとめる。結局駄天使の駄目な仲間は全員オフラインの状態で、単独では怖くて街から出られない為にじっとしていたらしい。
†漆黒の駄天使†もログアウトはできず、少し前まで居た他のプレイヤー達もできない人が多いようで、死に落ちを試してみようぜーという言葉が聞こえたけれど結果はしらない、との事。
これだけの事を聞くのに、なんだかドッシリと疲れた気分になる。
「みなみさん、いったん、休憩しませんか?始まりの村からもう結構経ってますよ?」
「まだ3時間ちょいだけど、いろいろあったしね。宿で仮眠でも取るかい?」
「そうしたいです。じゃ、万が一、寝落ちでログアウトできた場合に備えて全員の連絡先聞いておきましょうか?」
本来なら、ゲームをしたままプレイヤーの脳波が睡眠状態になると、自然にログアウトする仕様になっている。通称、寝落ちと呼ばれるログアウト方法だが、正常なログアウトができない今の状態では寝落ちもあり得ないはず。だがゴンザとしては寝落ちできるわずかな可能性でも信じたいのだ。
さっさと個人情報教えろやと告げられて、一瞬自分の本名何だっけとド忘れ仕掛けたコウも、ゴンザ宛ての囁きと呼ばれる単独メッセージで「西神田光司っていいます。電話番号はxxxxxxxxで」と伝える。
イノ・みなみ・駄天使と次々と個人情報を伝えて、全員囁き終わった時にゴンザがポロリと爆弾を落としてしまう。
「あれ、全員男性なんですね?」
しずまりかえる街角。街中では環境BGMとして雑踏の音が流れているはずなのだが、空気を読んだのかちょうど途切れる。
「ゴンザさん、そこは黙っときましょうよ」
「一応わかってても内緒にする優しさを」
「えーっ☆そんな事……いや、すいません勘弁して下さいそういうのホント」
「えーーーー!」
順に、コウ・みなみ・駄天使・イノの順で、声もこの順で大きくなっていく。
「うちのパーティ仲間が失礼しました。聞かなかった事にするんで、口調とかテンションも今まで通りでどうぞ」
「無理でしょ、どんな羞恥プレイですか!」
せっかく痛々しいロールプレイが楽しめると思ったのにと残念がるコウ。呆然とするイノにはみなみが、ここゲームだからグラフィックとか好きに選べたろ?と励ましにならない励ましを行う。フェイは話の内容がわからなくて暇だったのか、さっきから一言も口を効かずに足元の蟻を踏み潰している為、ひざから崩れ落ちている駄天使とゴンザ、一対一の好カードが組まれる事になる。
「あのー、スミマセンデシタ。こういうのも個人情報の漏えいになるんでしょうか」
「いや、知らないですよそんなの嫌だもう恥ずかしいうわーうわー」
「えっと、なんていうか。あの、声、綺麗ですね?」
「ボイスチェンジャーですよ!別にネカマしたくてゲームやってるわけじゃないですからね!自分のキャラって一番長い事見てるキャラじゃないですか。だったら可愛いキャラクターにしたいじゃないですか!でも声が野太い声だと変だし喋らないのも不自然だったから、たまたま!たまたま通販で売ってたボイスチェンジャー買ってソロでゲームしてたらちやほやされ」
「わかります!」
大きな声に混乱したセリフを遮られて思わず黙る駄天使。その両手をしっかりつかんで、わかりますと繰り返すゴンザ。
「一番長い事見ている自分のキャラクターこそ、自分の好みのルックスにするべきですよね!」
「……あの、俺、ちょっと忙しいんで」
手を振りほどいてNPCの雑踏の中に逃げて行く漆黒の駄天使。風になびく神官服がまるで漆黒の翼のようであった。
「可哀想に。ゴンザさんの中身が性別違うって思わなかったんだろうな」
「いや、それでも引きますって」
「何でですか!筋肉良いじゃないですか!胸毛頬ずりしたいじゃないですか!」
「例えそうだとしてもモヒカンはねぇッス」
何一つ得る物のなかったにも関わらずありえないほど疲れたみなみは、HPもMPもスタミナも減ってないのに疲労感感じるのってすげぇな、等と半分逃避しながらサーバでも有名なネカマ姫を見送るのだった。
更新がすげぇ間があいたのは、自分でもいろいろきつかったからです。
でも結構いるんですよね、こう言うキャラ。
でもわかります!ネカマキャラって楽しいんですよ!
Q:それはそうと、この話に[ハーレム]ってタグ付いてるんだが…?
A:あ、それはおっさんじゃなくてNPC増やそうぜなんて安心して。
ゴンザ:おっさんでもいいですよ、マッチョなら!