青鬼もアリエル
進行方向に、天に突き立つような何本もの塔が見えてきた事で、ようやくコウは安堵のため息を漏らした。
あれこそはオータムリーフフィールドの街中にそびえるダンジョン、ストーンサークルの塔。あれが見えたら街はもう目と鼻の先らしい。
『らしい』というのは、コウは自力でここまで来た事が無いからだ。以前、他のキャラクターを使っていた時にも、なんとか始まりの村を出たとしても、アップフィールド周辺でチマチマとレベル上げをするのが精一杯だったのだ。
ここまで長かった。ここまで、デュラハンやフロスト・ジャイアントなどの明らかに勝てないレベルのモンスターに遭遇する事、数回。全て森の中に逃げ込んで息をひそめてやり過ごした。少しゲームバランスのおかしさを甘く見ていたようだ。
「どうせ死んだって経験値がちょっと減るだけじゃないですか。隠れてないでやっちゃいましょうよ」
などど、気楽な事を言って突撃しようとするフェイを4人がかりで押さえつけて茂みの中に引きずり込む様子は、現実世界なら懲役になること間違いなしのアリさまだった。
イノとゴンザにも、以前にみなみにだけ相談した、『死んだら再ログインができないかもしれない』事を伝えて、改めて出来る限り死なないように進む方針に同意して貰ったのだが、その際にフェイが奇妙な事を言い出したため、NPCにとっての『死』と言う物はかなりいびつな物だと言う事がわかった。
「プレイヤーの人はどうせすぐ生き返るのに、死を避けたいなんて奇妙ですね」
「すぐ生き返るってどういう事さ?」
「死んでもすぐ戻ってくるじゃないですか。私たちみたいなNPCは一定時間過ぎて再湧きするまで死んだままですよ」
「ああ、そりゃまぁ、キャラクターはね」
「……?」
これは、フェイが見ているのが『人間』ではなく『プレイヤーキャラクター』である為の思い込みだろう。キャラクターがログインできなくなる事もだが、連絡ができない事で生身のプレイヤー本人に被害がある事が怖いのだが、フェイには当然それはわからない。
「ねぇフェイ?『プレイヤー』って君たちからみたらどういう人の事?」
「えっと。やたら強くて何考えているかわからない暴力の権化で、『じゃ』とか『キャラチェンジ』とか言うと死ぬ生き物ですね」
この返答には首をかしげたコウだったが、みなみが謎を解いた。
「たぶん、消える事=死ぬ、なんだろう。ログアウトするのをNPCから見ると突然死んだと認識されてるのかも。ほら、ゲームだと死んでも死体って残らないから」
「そりゃ、ゲームの中のキャラクターにとって、ゲームからログアウトするのって死ぬのと同じッスよね」
「そもそも、ゲームの中では『死』って、ただの状態変化の一つですもんね。ねぇフェイさん、死ぬのと眠るのってどう違います?」
「あんまり変わらなくないですか?眠るって『睡眠』状態の事ですよね?受けるダメージが二倍になるから遠からず死ぬステータスですし」
「疲れたから寝るっていう事もないのね?」
「え!『疲労』って『睡眠』になると消えるんですか?私達だと、そのバッドステータスは同時に掛かりますよ?」
どうやらNPCは死ぬと言う事も睡眠する事も、状態変化の一種類としか認識していない
そして『プレイヤー』と『NPC』というのも、そういう種族の違い程度の認識だった。当然フェイは『ゲームの外』という単語の意味が理解できなかった。
この、余りにも自由に喋るフェイのAIも、イノが体験した『受けたダメージが本当に痛い』という現象も、ただのゲームのバージョンアップであれば良いのだが、イレギュラーな事態である気がしてならない。そもそもログアウトできない事自体がイレギュラーなのだ。
今の自分たちは、本当にプレイヤーなのだろうか。
NPCと同じように、死んでも一定時間後に復活できるなら気は楽なのにと思ってしまうコウだった。
こんな気の滅入る話をしながら、それでいて強力なモンスターから逃げ隠れしながらの移動だったのだ。木々の間からようやくオータムリーフフィールドの街の姿が見えた時は、ほっと気が緩んだとしても仕方がなかっただろう。
街の周囲がモンスターハウス状態になっている可能性が高いという事を皆はすっかり忘れていた。咆哮が響き渡って周囲を見回した時には、すでに複数の敵からターゲットされていた。
脂ぎった頭髪と血走った眼。不潔な乱杭歯に生臭い息。太った体を揺らしながら重そうに歩く見るだけで暑苦しい。それが手に巨大な棍棒を持って20体近くもひしめき合っている姿はまさに地獄絵図だった。現実の秋葉で良く見かける光景な気がしないでもないが、どっちにしろ地獄絵図。
「動きがトロい。とりあえず手前のから倒して突っ切りましょう!」
そう叫んでイノが【マジック・キャノン】の詠唱を開始する。さすがに範囲魔法撃って引きつける度胸は無い様だ。イノがここで範囲攻撃してタゲを取ってくれれば、それ以外の全員が街まで逃げ切る事もできそうだが、さすがにそんな提案もできない。
「あいつらはオーグルだ。設定上は人食い鬼だが、肉類全般を含めて餌には釣られてくれない。動きも遅いし頭も悪いけど、でも攻撃力だけ異常。通称・赤鬼。たぶん一発喰らったら俺でもアウト」
「だからなんでそんな攻撃力過剰な雑魚ばっかなんですか!」
「バランス悪いゲームだからなぁ」
回復アイテム無限で、最強クラスのレア武器持ってて、それでも雑魚が怖いってどういうバランスなんだろうとコウは思う。そして普通にオータムリーフフィールドまで攻略に来れてる連中は何者なんだろうと。
そんな事を考えていたせいで、止めるのが遅れた。
詠唱中のイノは当然動けない。会話していたみなみとゴンザも止めるのは間に合わなかった。最後尾にいたフェイが散歩に行くような気楽さでスルスルとオーグルに近寄って行くのを。
フェイが何の小細工も無く、正面から腹の分厚い脂肪の塊に『屠竜』を突き立てる。攻撃範囲に入られたオーグルが涎をボタボタとあふれさせながら棍棒を振りあげ、真上からフェイに叩きつけようとした瞬間、駆けつけたみなみの支援攻撃が間にあった。
「【武器落とし】!」
みなみの振るった剣が、棍棒の真芯を捕えて迎撃する。派手なエフェクトと共に棍棒が砕け散り、武器を失ったオーグルは素手でフェイを殴り飛ばす。ほぼ同時に、少し遅れて到着したコウの直接攻撃とイノの魔法攻撃が同時に着弾する。胴体を横に薙ぐ斬撃と、元々崩壊気味の顔面に炸裂した魔法砲弾のどちらがより有効だったのかはわからないが、オーグルはポリゴン片を撒き散らすように爆発して消えた。
「えっと『うわ、危ない!死にそうです』HP8割減りましたよ」
「フェイ下がって!」
コウは慌ててエリクサーをペット用ステータスウインドウにドラッグして使用する。
「『わーい、ありがとう!』あ、普通の回復薬で良いですよ?これだと過剰回復です」
「普通の持ってないし、良いんだよ!一杯あるから!」
「友好度稼ぎですか?」
「ちょっと黙ってて!」
コウは、フェイの危機に対して「NPCだし、いいか」とか考えたせいで一瞬助けに行くのが遅れた事にイライラする。みなみの動きは、族長ゴブリンとの戦いの時にイノの予想外の動きに反応して飛び込んだ時と同じ、躊躇いの無い早さだった。そして、そんなみなみがとてもかっこよく見えてしまったのが尚更腹立たしい。
「ニート廃人の癖に少女のピンチに身を呈して飛び込むとかヒーローみたいじゃないか畜生。そう言う役は俺にやらせろ」
「……コウさん気持ちはわかりますが口から思考が漏れてますよ?」
そんな言葉のログも、オーグルの雄叫びとレベルアップメッセージの表示に流されて消えた為か、みなみの目につく事も無かったようだ。
「フェイのお手柄だ。直接攻撃2発と魔法1で倒せる事がわかったし、フェイのHPで死ななかったのなら、武器落としさえ掛けて置けば一撃死は無い」
「じゃ、俺が範囲魔法撃ちますから、フェイ・コウ組と、ゴンザ・みなみ組で同時に攻撃当ててって下さい」
背後をチラリの覗き見て、にじり寄ってくるオーグルの攻撃範囲に入るまで、もう一発の魔法が打てると判断したイノが叫ぶ。
無言でうなずき、グレネードの爆発と同時に2組に分かれて駆けだす。
オーグル達のターゲットは、ダメージを与えたイノに向かっているので、コウは近寄っただけでは攻撃を受けない。勝手に攻撃するフェイに合わせるように剣を振るう。
魔法を撃った後のイノはみなみの背後につける様に移動。みなみ・ゴンザ組は「せーの」と声を掛け合い同時にオーグルを攻撃。確実に個別撃破していく。
「割りと良い感じじゃないですか?このまま勝てそうっていうか、これ稼げそうなんじゃないですか?」
「いや、これの変異種出たらマジ全滅する。逃げれるうちに逃げよう。稼ぐのとかは後回し!」
剣を振るう度に頭上に上がるレベルアップの花火と吹き鳴らされる大げさなファンファーレに興奮しながらゴンザが叫ぶが、みなみは冷静に危険を指摘する。
変異種はステータスが1.5倍になると言われている。HPが1.5倍になっただけでも、剣による攻撃2発では沈まない。防御力も1.5倍になっているのなら、3発でも沈まない可能性がある。全員で攻撃して誰か一人が攻撃を外したら一人死ぬ。そんな戦闘はしたくない。
「変異種は色が違うッス。族長ゴブの例から言って、こいつらの場合青鬼だと思うんで、いたらそいつのいない側に逃げまショ!」
数分後、無事にオータムリーフフィールドに何件もある「お祖父ちゃんの地図屋」に掛け込む事が出来た。
ターゲットのイノを追い掛けて街にまで入ってきたオーグルも数体いますが、それは街のガードがダガーナイフで無双して……
ってのは場所が場所だけに不謹慎でしょうか。書くのはやめておこう




