ブルニアの力
「え?」
最初にブルニアがアイリス騎士団長を見て、驚いた。
彼女は顔を真っ赤にしていた。
まさか自分が花を贈って、顔を赤くしてくれるとは思わなかった。
つられてブルニアも、顔がさらに赤くなった。
「……え?」
次にアイリス騎士団長が驚いた。
ブルニアの告白を聞いて、顔が赤くなった自分に驚いているようだった。
なぜ、顔が赤くなるのかわからなくてペタペタと自分の顔をさわり、何かを確かめようとしている。
「え!?」
次にバイモ副騎士団長が驚いた。
上司が顔を赤くするのを初めて見たようだ。
乙女のようなその反応に、少し恐怖を感じているような顔をしていた。
いや、失恋したと思ってショックを受けた顔なのだろう。
「「「「「え!?」」」」」
最後に、第二騎士団の騎士たちが驚いた。
目の前で起きていることを受け入れるのに、時間がかかったようだ。
よく考えれば、彼らは仕事中だ。
仕事中の人に告白はよくなかった。
せめて仕事終わりにすればよかったとブルニアは反省した。
それでも、彼らは、驚いたあと励ますようにブルニアをバシバシと叩いた。
「なんて勇気のある奴なんだ」
「団長を赤面させられるのはお前だけだ」
「団長をよろしく頼む」
「俺達にはマネできない」
「心から尊敬する」
みんなが、告白した勇気を称えてくれた。
なんていい人たちなんだと、ブルニアは思った。
バイモ副騎士団長も、そっと肩を叩いてくれた。
さっきは酷い人だと思ったが、内気な自分に告白する勇気をくれたのかもしれないと、ブルニアは考え直した。
「たとえ偽装や契約でも、俺はアイリス騎士団長とつき合うのは無理だ。
君の勇気は本当に素晴らしい。
あの人は____まさに猛獣だ」
どうやら、バイモ副騎士団長はアイリス騎士団長が怖いらしい。
「アイリスさんは強いので怖いかもしれませんが、人のいい所を見つけてほめてくれる優しい人です」
ブルニアの言葉を聞いて、騎士たちは歓声を上げ、アイリス騎士団長はさらに顔を赤くして「____ありがとう」といった。そこで、〔帰宅の鐘〕が鳴ったので「急いで帰りましょう」ということになった。
かなりの数を減らしたとはいえ、夜はモンスターが活発になるので危険だ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「王子!?」
とつぜんワタ王子が、森から走って出てきた。
和やかな雰囲気に緊張が走る。
ワタ王子の後ろから、たくさんのモンスターがついてきた。
「王子をお守りするのだ!!
ブルニア殿は下がっていてくれ!」
騎士たちが、一斉にモンスターに切りかかる。
しかし、劣勢だった。
皆、疲れ切っている。
森に続く道は、馬車がギリギリ通れる幅しかないため、2匹ずつ相手をすればいいのが救いだった。
しかし、もし、飛べるモンスターがいたり、川に入れるモンスターがいたら、状況が変わってくる。緊迫した戦いとなった。
そんな中、ブルニアは橋の真ん中に立ち、ほうきで橋に大きな二重の円を描いた。
腰を抜かしたワタ王子に「おまえ、何してんだ?」とか「こいつ、おかしくなりやがった」とか言われたが、気にしなかった。アイリス騎士団長を助けたいという思いでいっぱいだった。
「____みんな、力を貸してくれ」
ブルニアが描いた円が青白く光る。
ただならぬ気配を感じ取ったのか、アイリス騎士団長が戦いに集中できなくなりキョロキョロした。モンスターも何かを感じ取ったのか、しっぽをバタバタと地面にたたきつけて警戒した。遅れて騎士たちがキョロキョロした。
「……何だ? このまがまがしい気は!?」
「悪寒がしますね」
ブルニアが描いた円から、〔青白い冒険者〕が次々と現れてくる。
それは、かつてのこの町の冒険者たち。
一攫千金を夢見て戦い続けたが、戦いで命を落としてしまった者たち。
この橋を墓標として、静かに眠る魂。
彼らは、自分たちの墓標となる〔橋〕をキレイにしてくれるからと、ブルニアが助けを求めれば力になってくれる存在だった。
それは、剣術も魔力も関係ない間柄。
一日では築けない関係。
日々の行動からくる信頼だった。
「モンスターを倒してくれ」
ブルニアの声に反応し、〔青白い冒険者〕は次々とモンスターに向かっていった。
その数、約200。
橋の前の森へと続く道は、モンスターと〔青白い冒険者〕で埋め尽くされた。
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
ワタ王子が叫んだ。
とつぜん現れた〔青白い冒険者〕の中に、この国一番の冒険者であるレンギョウの姿を見つけて、脅えているようだった。
(そうか。レンギョウさん、お亡くなりになったのか____)
ワタ王子の脅えようからして、何かあったのだろう。
しかし、死者の魂となったレンギョウは、ブルニアの願い通りにモンスターを倒していただけだった。
強い恨みがあるなら、ワタ王子に敵意を向けるはず。
だが、その様子はない。なら、冒険者として仕事を受けて、任務を全うし、命を散らしたのだ。ワタ王子がこうして生きているのが、その証拠。
やましいことがあるのか、ワタ王子には、レンギョウが復讐しにきたように見えるようだった。
「お、俺に復讐しにきたのかぁ?
俺は悪くない。よ、弱い貴様が悪いのだ」
その間もモンスターは襲ってくるし、レンギョウはそれと戦っている。
なのに、ワタ王子には守ってもらっているという自覚がないようだった。
ワタ王子は「モンスターと亡霊に殺される!」といってバタバタ地面をはった。
「そうだ! 注意をそらせばいい」
そう言って、ワタ王子が町の方を見た。
嫌な予感がした。
ブルニアは訳も分からないまま、「やめろぉ!!」と叫んだ。
薄笑いを浮かべながら、ワタ王子は震える手で杖を取り出し、呪文を唱えた。
「____神々の怒りよ、ほとばしれ!
アンガー・サンダー!!」
杖から出た光が町に伸びる。
それほど高くない建物を乗り越え、光が届いた先は、一つの鐘。
「カラーン、コローン……カラーン、コローン」
翼のあるモンスターは、音の鳴る方へ飛んで行った。
音の鳴る所に敵がいると判断したのだろう。
しかし、そこには人がいない。
いないけれど____。
「あれは、外出可能を知らせる鐘だぞ!
市民を殺す気か!!」
町役場の右に設置された鐘は、〔安全をしらせる鐘〕だった。
その鐘が鳴ると、たとえ夜でも外出して良いことになっている。厳重な警備をした上での、年に一度のお祭りの時しか鳴らない鐘だった。
妖精の笑い声を模したとされる鐘の音が、モンスターに囲まれながら軽やかに鳴り響く。
「カラーン、コローン……カラーン、コローン」
鳴るはずのない鐘。
さっき、〔帰宅の鐘〕が鳴ったばかりなのに、また鐘が鳴った。
不思議に思った町民が、玄関から顔を出しはじめた。
最悪だ。
このままでは、町民がモンスターに食べられてしまう。
ブルニアは橋に描いた円のところまで走った。
そして、急いでほうきを円の手前につく。
「____すまない。
町を、町の人を守ってくれないか!」
橋を墓標として眠る冒険者の魂は、自分たちの拠が壊されたり汚れそうになったときには力を貸してくれる。それは、知っている。
だが、それ以外のことで力を借りたことがない。
これは、賭けだった。