侵略
「あの建物の中には町長がいるんだ!!」
ブルニアは、橋に向かって必死に願った。
どうにか、橋に眠る冒険者の魂の力をもっと借りたい。
きっと町長は、建物の反対側にある〔危険をしらせる鐘〕を鳴らしに出てくるに違いない。
優しい町長が、モンスターに殺されるのを見たくなかった。
早くに親を亡くしたブルニアには、町長が親代わりみたいなものだった。
甘いもの好きのブルニアのために、仕事の報告の場には流行りのケーキをだしてくれることもある優しい町長。
ブルニアは、死者に頼ってばかりで自分を磨かなかったことを後悔した。
もし、力があれば、ここから石を投げてモンスターを殺すのに。
もし、魔力があれば、ここから魔法でモンスターを一掃するのに。
もし、弓が使えたら、ここからモンスターをハチの巣にするのに。
もし、剣が使えたら、風のように走ってモンスターを切り殺すのに。
力があったらと、いろいろ想像した。
しかし、そのどれもが人間離れしていて、現実的ではないということにブルニアは気づかない。
国の騎士団が何もできないなら、誰がやっても無理だろう。
「____力を貸してくれ!!」
ブルニアは心の底から叫んだ。
それに答えるように、円が青白く光る。
そして、円の中から〔青白い冒険者〕が数えきれないぐらい出てきて、町は亡霊であふれかえった。
「____ありがとう」
彼らに任せておけば、あとは大丈夫だろう。
ブルニアは、振り返ってワタ王子に問いかけた。
「……なぜ森から出てきた?」
「はぁ? お前、王族に対して失礼な言い方だなぁ」
フラフラになりながらも、王子がブルニアの言葉遣いを注意した。
だが、そんなの全然気にならなかった。
今朝、騎士団に対して「今日の様子を見る」と王子は言った。
なのに、森から出てきた。
「……ブルードラゴンを襲いに行ったな?」
騎士たちが驚いた。
王子が一人で森にドラゴン退治なんて行くわけがない。
行くなら護衛を何人か連れていく。
つまり、王子が連れてきた護衛の騎士は全滅したということ。
騎士たちの顔色が悪くなった。
「お、お前たちが、モンスターをしっかり倒しておかないからいけないんだ!
だから、やっぱりやめたと思っても、すんなり帰れなかった」
「お前のせいで、みんな無理をしてモンスターを倒したんだぞ!
かなり減っていたはずだ。
それに、ブルードラゴンはこの町に必要な存在。
倒してはいけないことになっている。
そんなことも知らずに森に入ったのか?」
「はっ、モンスターが必要なわけないだろう?」
話しても無駄だと思った。
ブルードラゴンのおかげで町は水で潤い、干ばつの年もこの町だけは水に困らなかった。それをこの王子は知らないと言い、部下を全滅させたらしい。
知らない人たちの命だけれど、許せない。
この王子は多くの命を危険にさらした。
しかも、その自覚がない。
ブルニアは拳を握った。
そして思いっきり王子の左頬に腕を突き出したが、よけられてしまった。
「は、ははは。あ、あれだぞ?
俺は強いからへなちょこパンチなんかに当たらないぞ」
悔しかった。
どうして自分はこんなに弱いんだと、ブルニアは思った。
そんなブルニアの横を、スッと風が通り抜けた気がした。
「どすっ」
重い音が聞こえて顔をあげると、アイリス騎士団長が王子の腹に右手の拳をめり込ませていた。
「そうだ。ブルニア殿。
話をしても通じない相手とは、拳で語り合うのが一番だ」
さわやかな笑顔を向けてくるアイリス騎士団長。
その足元に、ワタ王子は崩れ落ちるようにうずくまった。
「……あ゛、アイリス。王族に……手をあげたな。
第二騎士団なんか、潰してやる」
王子がそんなことを言うものだから、騎士たちは青ざめた。
かすれた声で「反逆罪だ」とか唸ってるワタ王子に、アイリス騎士団長はため息をつく。
「はぁ____。
元婚約者が、かわいい彼女を見せびらかしに来たので嫉妬して殴ってしまった__。
……ということで、よくある痴話げんかだ。問題ない」
とても嫉妬しているように見えなかった。
だが、騎士たちはうなずいていいのかよくないのか悩みつつ首を縦に動かして、「そうですね」「ち、痴話げんか。痴話げんかです」「王子が姫とのイチャイチャを見せつけてました」と、肯定した。
第二騎士団の騎士たちは、王族に逆らうより、自分たちの団長に逆らうことに恐怖を感じたようだった。
「……そんな。
…………それにしても、お前は俺より、弱かった……はず」
「婚約者に本気を出すわけがない。
しかも、あなたは王子だ。
うっかり殺してしまったら大変なことになる」
「……うっかり……殺してしまう……」
アイリス騎士団長の返事に、ワタ王子はうなだれた。
「やぁっだぁん♡
王子は女騎士より強いって言ってたのにぃ。
予定が狂っちゃう~」
この場にそぐわないかわいらしい声が響いた。
明るいピンクの縦巻きロールの髪が、「コロン、コロン」と揺れる。
「姫!!」
隣国の姫が、森の中から出てきた。
アイリス騎士団長が渋い顔をした。
ワタ王子を殴る所を見られたからかと思ったが、そういうのとは違った緊張感。
なぜ、彼女は可愛らしい姫に、こんなにも警戒するのか。
ブルニアはアイリス騎士団長を、じっと観察した。
「か弱き姫が、お一人で森からいらっしゃるとは思いませんでした」
そういうことかと、ブルニアは納得した。
この森はさっきワタ王子がモンスターを引き連れていた。
女性が一人で森の中を歩けるわけがない。
彼女はただの‷隣国のお姫様″ではない。何か隠している。
「ビバー姫!!
俺を助けに来てくれたのか!」
ワタ王子は姫の登場を喜んだ。
「やぁっだぁん♡
ビバー、そんなことできなぁい。
ビバーはね?
この町を乗っ取ることに忙しいのぉん♡」
姫がかわいくウインクすると、森の中から黒いローブを着た魔導士が現れ、魔法陣を描き始めた。
「ねぇ、知ってるぅ?
この大陸からずっと離れた〔アルムス大陸〕にはねぇ、〔暗黒聖女〕がいるのですって。
ウワサでは人々をゾンビに変える恐ろしい人なんだけど、民衆には愛されてるのぉ。
自分の手を血で染めてでも国民を守るってぇ、かっこいいわよねぇん♡
ビバーもねぇ? 彼女みたいになりたいのぉ♡♡
だから、髪型も同じにしたくてぇ、でもマネするのは難しいのよぉ。どうやっているのかしらぁん?」
姫が何か話しているが、よくわからない。
よくわからないが、異国の悪女に憧れていることは何となくわかった。
今、魔導士が描いている魔法陣もよくないものに違いない。
ブルニアはビバー姫の話を聞くのを途中でやめて、魔導士が描いている仰々しい魔法陣をほうきでかき消した。
「何だ? なぜ消えた!?」
魔導士たちは、何をされたのかわからなかった。
描いている途中の魔法陣が消えるのは、初めてのことだったのだろう。
「やっぱりハシバミだ!
ハシバミのほうきには、そんな使い方もあったのか!!」
アイリス騎士団長が興奮して部下をバシバシと叩き、「よく見とけ」と言いながらワクワクした顔をした。
「くぅぅぅぅ……。
この町にあらかじめ仕掛けた魔法陣が発動しなかったのは、お前のせいなのねぇ。
でも、そんなの問題ないのん♡
我が国から、たぁくさん、兵士を呼んでるのん♡
いっぱい死んじゃったけど、お前たちを倒して町を乗っ取るぐらいはできるわん♡」
森の中から、北側の隣国である〔パデル王国〕の兵士たちが現れた。
500人ぐらいはいる。
それに対して、こちらは疲弊した第二騎士団が約15人と、殴られてうずくまっているワタ王子と〔煙突掃除人〕のブルニアだけ。
橋を墓標とする〔青白い冒険者〕は、ワタ王子のせいでさっき出尽くした。
町に入り込んだモンスターと、町の近くに潜んでいるモンスターを倒しに行っている。
ブルニアは焦った。
今までは、町に入りそうなモンスターを一匹か二匹、倒すか追い払えばよかった。
人間が侵略してくるのは、初めてだった。
「……ブルニア殿。
どうか、そのほうきをお貸しいただけないだろうか?」
アイリス騎士団長が不気味に笑いながら、ほうきを貸してほしいと言った。
一生懸命マジメな顔をしようとしているが、どうにもにやけ顔が止まらないようだ。
「花束のおかげで魔力が回復したので、試したいことが……大事な仕事道具とは思うのだが、あなたの“お守り”が素晴らしい力を発揮したので____」
何を言っているのかよくわからなかった。
お守りが素晴らしい力を発揮したとは、どういうことなのか。
今までも、「お守りがあったから帰ってこれた」と言われたことがある。たまたまそう思い込む何かがあっただけだと、ブルニアは思っていた。
(もしかして、このほうきは何かあるのだろうか?)
アイリス騎士団長が、迷信やウワサに振り回されないのは知っている。
家の裏にある木で、自分で作ってみたほうき。
彼女が興奮するには、何かあるに違いない。
ブルニアは、アイリス騎士団長にほうきを投げ渡した。




