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bMye  作者: ぱんだ郎
6/12

06 金喰いオオカミのみる夢は

寒い。春はまだか……

 

 尻をつけた階段からは、じんわり冷えが昇ってくる。このまま座り込んでいたらタツミは痔になるかもしれない。

 しかしタツミはなかなか立ち上がることができなかった。


 とにかくタツミの頭のなかは混乱している。

 なんで父がいる。ヤクザなのか。見るのは何年ぶりなんだろう。どこでどうしていたらこうなるのか。よりによってなんでここに。ここ、タツミのやっと見つけた職場に。


 わけが分からない。なにも分からない。


 本当に父なのか。父だった。見た目は父だった。間違いない。でも。家であんな雰囲気の人だったろうか。


 タツミは、父親のことをあまり知らない。

 知らないから、うろたえ怯えていた。


 パニック状態のタツミへひたひたと近づいてくる足音があった。

 廊下の角から小さな少女が姿を見せる。

 モズク、工房の金庫番だ。


 タツミを見つけたモズクはさらに近寄った。


ごいんごっと(タツミ)


「え、あ、モズクさん」


 確かに名前を呼ばれているのに、なぜだかタツミはこの少女には名前を呼ばれている気がしない。


ごいんごっと(タツミ)、具合が悪い?」


 モズクはいつも通り無表情だ。声音からも感情らしきものは読み取れない。

 それでもどうやらタツミを心配してくれているらしい。


「あ、いえ、あの、俺、大丈夫です、すみません」


 モズクはお人形さんのように整ったその顔を微かに傾げた。

 無表情のまま、突然タツミの胸へ手を当てる。


「ひょ」


「……心拍数、おかしい。明らかな異常」


「あ、あ、あ、ええっと」


 ついでモズクの手のひらがタツミの額に触れる。ひんやり冷たい。

 タツミはなんだか焦った。


「だ、大丈夫です。なんでも、ないんで」


 タツミの言い訳を信じたのだろうか。よく分からないがモズクは手のひらを離した。しかしその視線はじっとタツミに注がれている。

 決まりの悪さにタツミは声を上げた。


「いや、あ、えっと。あの、モズクさんは、なんで工房ここで働いてる、んですか?」


 モズクは人間のように見えるが魔獣だ。人間以外で魔力を持つ生き物、である。

 魔獣が人間社会に溶けこんで暮らしているのは、かなり珍しい。


 愛想のないモズクのことなので、あるいは質問を無視されるかと思ったが、意外なことにモズクはするりと答えた。


「ここは金を食べられる」


 金庫番の好物、金。ゴールド。


「好きなだけ金が食べられる。幸せ」


 モズクがかわいい舌をちろりと覗かせた。それはタツミが初めて見るモズクの表情だった。


「……なるほど」


 この工房の金庫にはたくさんの金塊が積んである。フルオーダーメイドの紋衣がとても高く売れるからだ。売れるというか、お客様(ヤクザ)の足元を見てぼったくってるのだ。


「そのためには工房長マスター工房ファミリーを守らないといけない」


 魔獣のモズクがクヅキに従い守る理由、そして金庫番として会計を正常に保つ理由。すべては()()のためだ。


「だから、ごいんごっと(タツミ)の具合が悪いのは困る」


 モズクの会計帳簿には、新人のタツミが5インゴット相当の資産として計上されている。ためにタツミの不具合は工房の損失である。困る。


「え、あ、はあ」


 タツミはそんな帳簿事情は知らない。だからモズクが、あのモズクがタツミを心配してくれている。が、心配されている気がしない。という、ちょっと不思議な感じになっていた。


「俺、大丈夫です」


 別に具合は悪くない、というのは本当だ。ただ、急に父親が登場してちょっと動揺しただけ、なのだ。

 なにか問題が起きたわけでもない。焦る必要は、ない。


 タツミはモズクと話して少し落ち着いた。


「俺。俺もこの工房、大事です」


 まあよく考えると、タツミが働きはじめてまだ四日かそこらなのだが。


 少しはうなずくとかの反応をしてくれるかと思ったモズクは、しかしタツミに興味はないらしい。まったくの無反応だった。


「えっと、あの。がんばって働き……いえ、俺、まず仕事覚えます」


 モズクは「よし働け」というように大きくうなずいた。


「なにしてんだ、こんなところで」


 クヅキの声が割り込んで、タツミとモズクは二人で振り返った。廊下の向こうから目を眇めたクヅキが歩いてきた。

 クヅキは二人の顔を見て、ふっと笑う。


「モズクとタツミって、なんか珍しい組み合わせだな」


 意味が分からないという風にモズクはクヅキを見つめ返して答える。


「別に。特になにもない」


「ふうん?」


 なにかの用事や不審なことでもなければモズクは金庫から出てこない。それがこんな階段のところにいて「なにもない」というのはちょっとおかしい。

 クヅキは小さく階段にうずくまるタツミへ視線を移した。

 まさかモズクに限って資産タツミをいじめるようなことはないだろうが。タツミが挙動不審すぎてモズクが尋問でもしてたかもしれない、と思う。


 座り込んだタツミは、なにか言いたげに口を開けてクヅキを凝視している。変な顔だ。


「大丈夫か、タツミ」


「あ、俺、大丈夫です、けど、あの」


 なにをどう聞けばいいのか分からず、タツミの舌が空回る。

 タツミは立ち上がった。


「ええと、さっきのお客様、はまだ?」


「いや、もう帰ったが」


「え、いつ?」


「今しがただ。それが? どうかしたのか?」


 タツミは息をのんだ。


「俺、あの、ちょっと行ってきます」


「は? 行くって? どうしたお前」


 クヅキの問いかけが耳に入らず、タツミは外へ向かって駆け出した。

 あまり深く考えてはいない。ただ、今なら追いついて確かめられるかもしれない、と反射的に思っただけだった。


「おい、タツミ!」


 ただならないタツミの様子と、そしてどうやら客を追いかけようとしているらしい意味不明な状況にクヅキも慌ててタツミを追いかけた。

 しかし先を行くタツミが無意識かわざとか扉を閉めてしまったせいで行く手を阻まれる。


「ちょ、おい! モズク、扉開けて!」


 階段下で身動みじろぎもせず成り行きを見守っていたモズクを振り返り怒鳴る。

 モズクは動いてくれなかった。


工房長マスターが出ていく必要はない」


「でもタツミが!」


ごいんごっと(タツミ)、ちょっと行ってくるだけ」


 モズクからするとタツミに危険が迫っていると思えるだけの根拠はなく、クヅキをあえて工房から出す理由はない、という結論だった。


「もう!」


 クヅキが扉を蹴っ飛ばしたが、当然扉は開かなかった。


 ***


 工房の階段を駆け下りたタツミは、きょろきょろと通りを見渡した。

 工房の前は広くない裏道で、工房下の一階にある大家のパン屋から香ばしい小麦の香りが辺りいっぱいに広がっている。

 しかし、さっきの客たちの姿はない。もうどこかへ行ってしまったのか。


 諦められないタツミは、もう少し広い通りへ向かって走りだした。もし乗り物を使って来たのなら、そっちの道を使うだろうと思った。


 工房のある裏町の道は、表も裏もごみごみしている。懸命に見回したタツミは、通りの向こう側へ来て停まった車に気がついた。

 その車へ近づき乗り込もうとする人影、さっきの客の男たちだ。


「あの、あの、ちょっと、すみません!」


 タツミはとっさに通りを渡りながら大声で叫んだ。


「少し待って、ください」


 車の扉を開けていたボディガードの男が気づく。叫んで走ってくるタツミを警戒して前に出てきた。


「なんだ、お前。止まれ!」


「あ、すみません、俺、えっと」


 屈強な男に立ち塞がれてタツミは立ち竦んだ。ボディガードはタツミを見て「ああ」と言う。


「お前、さっきの。工房の下っ端か」


 コーヒーを持っていったときの顔を見覚えていたらしい。さすが護衛だ。


「それ以上近寄るな。なにか用か」


 威圧されてタツミは縮み上がる。なにかと言われても、うまく説明できない。


「あの、俺、用っていうか」


「こっちはヒマじゃない。用がないなら帰れ」


「え、いえ、えっと」


 埒のあかないタツミに男はイラついたようだった。無意味な問答を止めてタツミを追い払おうとする。タツミがそれに抗って車に近づくことなどできそうもなかった。

 男はぞんざいに腕を振ってタツミを車道へ押しやる。


「さっさとあっちへ行け」


「マーレット、いい」


 ボディガードが動きを止めて振り返る。口をはさんだのは、もう車へ乗り込んでいたはずの主格の男だった。

 男はつかつかと二人へ近づいてくる。


「私も用がある。少し下がっていろ」


「はあ」


 ボディガードは不承不承下がっていった。


 タツミと二人になった男は黙ってタツミの胸ぐらを掴み、乱暴に引っ張った。

 引きずられたタツミは道の脇へ連れていかれる。放り出されて壁際に追い詰められ、あんまり嬉しくない壁ドンになった。


 タツミと男はまったくこれっぽっちも愉快でない近距離で顔を合わせる。男がずらしたサングラスから目が覗く。


 あ、やっぱり父だ、とタツミは思った。男の、タツミと同じ鈍色の目が、刃物のように冷たく光っている。


 なんで父が()()()()()()にいるのか。ただタツミはそう聞きたいだけだ。

 そのたった一言が出せずにタツミは息を止めていた。


「お前、なんでこんなところにいる?」


 耳元へ寄せられた口が発した声にタツミはびくりと震える。

 父も同じ事を考えているらしい。タツミとの邂逅は父親にとっても思わぬ出来事だった。


「あ、の俺、仕事を」


 父親の冷たい雰囲気に萎縮したタツミは、やっとそれだけ言った。

 父は苛立たしげに息を吐いた。


「お前」


 耳へ吹き込まれる声が言う。


「邪魔だ。消えろ」


 タツミは固まった。


 男はタツミを顧みることなく去っていく。

 車の横で待っていた部下が急いでドアを開ける。


「一体なんだったんですか、あいつ」


「さあな」


 さっさと車へ乗り込み、ほどなく車は走り去った。


 タツミはしばらくそこで固まっていた。

でも暑い夏はやだ

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