05 そしてサングラスのおっさん
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ライドウは忙しいらしい。タツミに手が空いたら来てくれと言い残し、さっさと上へ戻っていってしまった。
情けない顔になったタツミは、及び腰で二人に尋ねる。
「お客様ってもしかして、えっと、またヤクザの人、だったりする、んですかね……?」
今のところタツミが応接室でお客様に会ったのはたった二回。どちらも相手はヤクザで、しかもお客様死亡率100%なのである。
へっぴり腰になるのも仕方なかった。
ブロッサとヒナコはちらりと顔を見合わせる。
「あー、そうね。十中八九そうじゃない?」
「多いものねぇ、うち」
とはいえ、いつもいつもドンパチしているわけでは、もちろんない。大抵は大切なお客様、だ。
曖昧な笑みを浮かべる女性陣とは対照的に、タツミの顔は白くなる。
「ねぇタツミ。恐いんだったら無理しないほうがいいと思う。なんだったら、あたしとか他の人がいってもいいんだし」
タツミが酷い目に遭ったのは、つい一昨日のことである。ブロッサたちもタツミが怖じ気づくのは当然だと思った。
しかし、タツミは少し考えて、その白い顔を横に振った。
「いえ。いえ、大丈夫です。俺、いってきます」
さすがに恐いなんて理由でブロッサに危険を押し付けたらすごく情けないだろう、とタツミは思う。少年なりの、精一杯の強がりだった。
まぁどうせロクな目に遭わないのだろうが。
採寸の礼を述べてタツミはブロッサの作業部屋を後にした。
まずは教えてもらったロッカーへ行って鞄と裁縫箱を大切にしまう。空きロッカーを好きに使っていいとのことで、タツミは中に貼っつけられていた鍵をかけてポケットへ入れた。
そうしてから、四階のライドウのところへ向かう。
ダイニングにいたライドウは、なんともいい匂いを漂わせる大鍋に向かっていた。
「おう、タツミ。ちょっと待っててくれ」
しきりにアクをすくっている。タツミには分からないが、中身はブイヨンだ。
タツミがそわそわ待つこと数分、ようやくライドウはアク取りから手を離した。
「それ、お昼ですか?」
いい出汁の匂いに引かれて尋ねると、ライドウはコーヒーを三人分注ぎながら答えた。
「ああ、明日のな」
「明日!?」
手の込んだ話だ。あるいはライドウなら、すごい魔術でちちんぷいぷいと簡単に美味しい料理が作れるのではないか、とタツミは思っていた。
「飯に魔力が混ざると吐くやつがいるからな」
ライドウは軽く肩をすくめる。ついでカップを並べたトレイに固定の魔術をさっとかけた。
「よし、これを持ってってくれ。入る前に『失礼します』って声をかけろ。それで固化は解ける」
「あ、はい」
トレイを持たされて、タツミはやや不安げな顔をライドウに向けた。
ライドウにもその視線の意味は分かる。
「安心しろ。今日は馴染みの得意客だ。滅多なことは、そうそう起きない」
そうでなければ、さすがにライドウだって昨日の今日でこんなことをタツミに頼まない。
その一言だけでタツミもすっかり安心できるわけはなかったが、でも大丈夫なのだと自分に言い聞かせてうなずいた。
「い、いってきます」
「おう。転ぶなよ」
ライドウに見送られ、タツミは二階の応接室へ向かう。
トレイの上にはカップがみっつ。ということは、クヅキとお客様が二人、なのだろう。
タツミは名推理をすることで現実逃避しながら階段を下りた。
着いた応接室の扉は、開け放たれている。
タツミはそっと近づき、外から「失礼します」と声をかけた。
カチャンと小さな音がして、トレイとコーヒーカップの固定魔術が解ける。今回はライドウのいたずらは仕組まれていなかった。さすがにライドウも、というかやはりライドウはちゃんと分別のある大人だ。信用できないが、信頼できる。
中からクヅキの招く声がする。タツミは足を奮い立たせて応接室へ踏み入った。
そう、中にはクヅキがいる。クヅキは一人で平然と接客している。それに応接室は、この堅牢な闇工房のなかでもとりわけ防衛措置の張られた物理的安全圏、だったはず。タツミだって大丈夫だ。
そのわりに今までがあんまり大丈夫じゃないってのは、ともかくおいとけ。
「あの、コーヒー、持ってきました」
応接室は広くて豪奢な部屋だ。タツミはクヅキだけを視界に入れるよう努めながら言った。
「お、ありがと。お客様にお出しして」
クヅキがソファ向こうの客とローテーブルの上を示す。ちっちゃくうなずき、タツミはそろそろと視線を動かす。
豪華な革張りの応接ソファ。クヅキの向かいに男が一人座っている。真っ黒なサングラスにシルバーグレーのスーツ、胡乱げな顎ひげ。よく分からないが、うん、堅気ではなさそう。
もう一人、その背後に控えて立っている男はがっちり体格のいい黒スーツの男で、まさにボディガードという感じだった。真っ当でないほうの。
行く先を見据え、慎重にタツミは歩み出す。その足がもつれてトレイをひっくり返しコーヒーの飛んだ先がヤクザ、というのが最悪のシナリオだ。
もちろんこの“相手を害することのできない部屋”では、たとえ不慮の事故でも人に熱いコーヒーをぶっかけることなどできない。タツミの杞憂だ。
ほんの数メートルをじりじり進む。
クヅキと客の商談は、タツミがやって来たために中断している。紋衣、ことに戦闘紋衣の術式内容は機密なのだ。
もしそれが漏れれば、どんな戦闘スタイルでどんな戦略をとっているか、敵に知られてしまうことになる。
二人はじりじりとタツミが進むのを黙って待つ。
「あの」
やっとたどり着いたテーブル、タツミは尻を落として高さを慎重に合わせる。うっかり目が合わないようにやや顔を俯けたまま、座る客の前へそっとカップを移動した。
「いらっしゃい、ませ」
これで合ってるんだろうかと思うが、恐くて客の反応などとても見られない。
そして、後ろの立ってる人。あの人はコーヒーをこのテーブルへ置かれて、それで飲めるんだろうか。手が届かなくないか。もしかして渡しに行くべきなのか。
迷ってそっとクヅキを窺う。クヅキは微かにうなずいた。構わず置け、ということだろう。
後ろの人の分もテーブルの上へ置き、ついでクヅキの分も置く。
「ありがとな」
目の合ったクヅキが、タツミに向けて笑みをくれた。タツミは無事に仕事を果たせたのだ。
タツミはほっとして、小さく息をついた。
「それじゃあ、あの、」
目は泳いでいるが、なんとかお客様の方へ体を向け、タツミは頭を下げる。
「失礼しま」
ゾクリ、とするような視線を感じてタツミは咄嗟に顔を上げた。
サングラスのヤクザとまともに目が合――ったのかは、分からない。相手の目は濃いグラスの向こうだ。
むしろ男の顔は、タツミの方を向いていない。タツミの存在など気づいていない、かのようだ。
それでも、確かに、タツミはこの男の視線を感じた。
サングラスに隠されたその顔をタツミはまじまじと見つめた。
まじまじと見つめ――
「おい。どうかしたか?」
そっとクヅキに声をかけられ、ようやくタツミは我に返った。
「あ、いえ、なんでも、ないです」
慌てて顔をそらす。
男は変わらずタツミの方など見ていない。
タツミが男を見ていた時間も、恐らくほんの数秒だ。
「ええと、それじゃあ、俺、失礼します」
トレイを腕に抱き、そそくさと立ち上がる。
入ってきたときとは比べ物にならない素早さで戸口へ向かう。
「ほんとすみません、失礼しました」
瞬間風速二メートルで頭を下げ、身を翻すように部屋を出た。そのまま一気に廊下を進み、奥の階段下へつく。
タツミは一番下の段にへたり込んだ。
知らないうちにタツミの心臓はバクバクと強く脈打っている。
ぎゅうとトレイを抱きしめ、今しがた脳裡に焼き付いた光景を反芻する。
できれば気のせいであってほしい、のだが。
それでもタツミは自分の認知を打ち消すことはできず、むしろ考えれば考えるほど間違いないと確信していく。
サングラスのお客様。非合法な闇工房のお得意様。極道者の匂いを纏ったお客様。その男は、タツミが数年ぶりに見る父親その人だった。
('ー')ノシ




