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bMye  作者: ぱんだ郎
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04 気合いのお腹ぐっ(不発)

 

「えと、すみません、『さいす』って、なんですか?」


 ブロッサは先にたち、軽やかに階段を下りていく。タツミはその背中へやっと聞くことができた。


「さ・い・す・ん。タツミの丈の長さを測るやつ」


「さい、ああ、採寸!」


 意味が分かった。タツミはブロッサを追っかけながら、そっと腹へ手をあててみる。

 いましがた朝ご飯をたらふく詰め込んだところである。お腹が出てたりしちゃうかもしれない。

 タツミのお腹ぽよぽよ。なんて言われないように、ぐっと力をいれないといけない。


「ちゃんとした測定システムは応接室にあるんだけどね。クヅキが午前に使うって言ってたし」


 三階で足を止めたブロッサが自分の作業部屋を指差す。


「あたしの部屋でやりましょ。用意してくるから部屋で待ってて」


 颯爽と二階へ下りていくブロッサを見送って、タツミは指示された部屋へ向かった。

 ときおり、ぐっと力をいれる練習をしてみる。ついでに息も足も止まる。


 開けっ放しになっている部屋の扉をくぐると、ブロッサの部屋には先客がいた。

 縫製管理のヒナコ、だ。ブロッサの右腕的存在である。

 入ってきたタツミに気づいて、ほんわか癒し系の顔を向けた。


「タツミ、おはよう」


「お、おはようございます」


 やや緊張した面持ちで挨拶を返すタツミに笑みを深める。


「ふふ。なにか、ご用?」


「あ、えと。ブロッサさ……に採寸するから、ここで待つようにって、言われて」


「ああ。そう。なら、ここに座ってて」


 ヒナコは作業台横の椅子を示す。


「あ、はい、ありがとうございます」


 作業台にはたくさんの指示書や進捗表が広げられている。タツミはそれをぼんやり眺めた。


「タツミ、昨日は大変な目に遭ったんでしょう? 体は大丈夫?」


 奥へなにかを取りに行きながらヒナコが尋ねる。タツミは慌ててかくかくとうなずいた。


「俺、大丈夫です。その、心配かけてすみません」


「そう、それなら良かった」


 戻ってきたヒナコの手には、黒い箱があった。


「これ、ちょうど渡そうと思っていたの」


 タツミは箱を慎重に両手で受け取った。ちょっとした重みがある。艶やかに光る黒い、大きな玉手箱のような、箱。


「ええと、なんですか?」


「タツミ用の道具箱。開けてごらんなさい」


 そっとテーブルに置いて、かぱりと被せ蓋を開ける。

 煙の代わりに新品の裁縫道具一揃いが姿を現した。タツミは目を見開いた。


「俺、の?」


「そう、タツミの。仕事道具」


 一番上にあった大きなハサミを取り上げ、タツミは目の高さへ掲げる。ハサミはずしりとした重みがあった。

 ハサミのハンドルにはタツミの名前が彫られている。


「俺、俺の名前」


「それは裁ち鋏。いい? 布を裁つためのハサミだから、布以外を切ったら絶対に駄目よ」


 タツミはハサミを見つめたまま、一心にうなずいた。


「とりあえず基本のものしか入れてないから。どのみち針なんかも消耗品だし。欲しいものや補充したいものがあるときは、私かモズクに申請してね」


 ハサミをおいたタツミは、次はまだ封に包まれたままの針を手に取った。裁縫用と刺繍用がそれぞれ揃っている。

 他にもなにに使う道具かタツミには分からないものがいろいろ詰まっていて、どれもこれもピカピカ輝いていた。


「使い方や手入れの仕方は、クヅキに教えてもらってね」


「はい、あの、ありがとうございます」


 なんだかタツミは専用の道具をもらっただけで、すごい仕事ができる気がする。

 あれこれ手に取って見ているタツミを横目で見守り、ヒナコは自分の仕事を始めた。


「タツミー、お待たせ」


 荷物を抱えたブロッサが戻ってくる。

 名前を呼ばれて上げたタツミの顔は、にまにまとしまりがなかった。


「……タツミ……なにその顔」


「ぴ。その。えっと、これ、これ見てください! 俺、道具箱もらいました」


 タツミが持ち上げて見せる。ブロッサはそれを確認し、にやりと笑みを返した。


「あら。カッコいいじゃない、タツミ」


「俺、最初、お弁当かと、思いました」


 さすがに照れ臭くなったタツミははにかんだ。

 横で聞いていたヒナコが小さく吹きだす。


「さすがにそれがお弁当箱は大きすぎるでしょう」


「タツミなら食べられそう」


「えっ」


 ブロッサが横のカゴからバンドを一本引っ張り出してくる。


「ほら、これとかちょうどいいでしょ。フタ留めるのに使ったらいいんじゃない」


「あ、ありがとうございます」


 赤いそれで留めると、タツミの裁縫箱はますますお弁当箱のようだ。

 だがまあ、カッコいい。タツミは満足している。

 そんなタツミにブロッサは「さあ」と声をかけた。


「ちゃっちゃと採寸するからね」


 運んできていたマットのようなものをブロッサが床に広げる。


「とにかく採寸しないことには、パターンは作れないんだから」


「あ、はい。あの、パターンて、型紙、ですよね」


 マットにはなにやら複雑な魔導紋が刺繍されている。


「そうそう。採寸の数字で計算して作った原型とデザインで作るの、型紙は」


「え、計算?」


 首をかしげるタツミに向かって、ブロッサはマットに乗ってと命令する。

 タツミは立ち上がったものの、もぞもぞとマットの手前で足踏みした。


「あ、えと、俺、いま食べたばっかなんで、ちょっとだけ重いかも」


「別に体重とか測らないから。身体測定じゃあるまいし」


 ぴしり、とブロッサが切り捨てる。


「だいたい、あんたは食後に苦しくなるような服が欲しいわけ?」


「いえ、それは、どっちかっていうと、困ります」


「でしょ。だったら自然体でそこに立つ!」


「あ、はい」


 ようやくそっと足を乗っけた。

 僅かに足元の紋が光を放つ。


「ええと、これって」


「自動採寸マット。乗った人間の魔力を力に、必要な箇所の採寸をして数字を出してくれるっていう、優れもの」


 そう説明するなり、ブロッサは次々に「身長」だの「胸囲」だの「腹囲」だのと測定箇所を口頭で指定し、現れる数字をメモっていく。


「尻囲、胸幅、下腹周り、背丈、袖丈、背肩幅、首周り、肘周り、」


 それはものすごい早さで、タツミにはどこを測られてるのかも分からない。


「手首周り、頭周り、頭長、ついでで股下、股上、股周り、膝周り、あと体重」


え? 体重? とタツミが思う前にブロッサが軽くタツミの二の腕を叩いた。


「はい、タツミ腕開いて! 腕付け根と腕周り」


 そして急に黙ってブロッサはメモ紙をじいっと見つめる。


「え、ええと、あの?」


「とりあえずこんなもんか。よし、じゃタツミ。もう一度のんびり立ってみて」


「え? ええ?」


 よく分からないまま立たされ続ける。

 前へやって来たブロッサは、シャッとメジャーを引き出した。


「ええ? えええ?」


 さらに近づいてきたブロッサが、タツミの脇の下へ手を突っ込んだ。


「ぴゃ。え、だって、え、さっきもう測った、んじゃないんですか?」


「はい、動かない。力抜いて。手でも測るの。直接こうして触る方がいい服作れるの。今度は、後ろ向く!」


 メジャーを回したりタツミを回したり、ブロッサはあちこち好き勝手測る。


「んー、やっぱ着丈はこのぐらいがベストか。そしたら重心は少し落とそうか。うん、やっぱり自分で測れるとイメージ取りやすい」


 普段の客の多くは反社会的勢力の皆さんだ。自衛の意味もあり、ブロッサはあまり表で接客することはない。

 だから客の採寸もクヅキに任せることが多いのだが、ときおり痒いところに手の届かない数字を持ってくることがあり、ブロッサは蹴っ飛ばしたくなる。というか、蹴っ飛ばす。


 ブロッサはすっかりタツミで楽しんでいた。


「むふふ。これですぐにタツミの原型作っちゃうから。そしたらパターン作って、そのパターンに合わせてクヅキが紋を組むってわけ」


「原、型? ええと?」


「その間にタツミは生地を選んで。布は地直ししてから、印付けと裁断。仮縫いと補正をはさんで」


 ブロッサがタツミの目の前で指を鳴らす。ぱちんといい音が響いた。


「縫製と刺繍。そして、完成。どう? 難しくないでしょ」


 タツミは戸惑って目をしばたいた。ブロッサの言葉はまったく意味が分からなかった。


「あの、すみません俺、まだちょっと」


「今のはだいたいの流れ。ああ、別にまだ覚えなくていいから」


 ブロッサもクヅキがタツミに実践で覚えさせようとしていることを知っている。

 タツミが一回聞いたぐらいで流れを理解できるだなんて思っていなかった。


「とりあえずはね、デザインできたら採寸して、そこからパターンを作るってこと。それはあたしの仕事。クヅキは紋を組む。で、タツミが次にするのは」


 とん、とタツミの胸を叩く。


「服の布を決めること」


「え、俺、どうやって?」


「大丈夫、一緒に選んであげるから。どんな色が好きかだけ考えときなさい、あんた」


 どんな色がいいか。タツミはわくわくし出した。

 服の色が選べるだなんて、初めてだ。


 ところでそういえば、タツミの紋衣のデザインはどんなのに決まったんだろう。

 タツミはそっと首をかしげる。


 一生懸命思い出してみると、どうやら昨日の朝、ヘロヘロになって工房へ戻ったタツミへブロッサがなにか見せてくれたような、なにか言われたような、なにかうなずいたような、そんな気がする。

 ……あの瞬間にタツミの紋衣の形は決まったのだろう。

 たぶん、ブロッサのデザインなら信用していいとは思うが。


 決定デザインを知りません、とは言えないタツミだった。


「それじゃあパターンができたらクヅキのところへ持っていくから、そのとき布を選びましょ」


 にこりと笑ったブロッサにつられ、タツミも一緒に笑った。


 そこへちょうど家政夫のライドウがタツミを探して現れた。

 歳は見た感じ30半ばぐらい、だろうか。うっすら笑みを浮かべたその顔は老練な雰囲気が漂い、なにか良からぬことを企んでいそうだ。

 そしてこの男の場合、まじで良からぬ、というか、くだらないからかいを企んでいたりするから、気が抜けない。


「お、タツミいた。取り込み中か、お前」


「ううん、採寸終わったとこよ。もう大丈夫」


「そうか。少し仕事を頼みたいんだが」


 ライドウに仕事を頼まれる。その状況にタツミはやや緊張する。

 一体なんだろうか。


「えっと、俺、なにか」


「今、下でクヅキが接客してるんだが。そこへ茶を運んでほしい、それだけだ」


 できるだろ、とライドウは軽く言った。


 できる、というか。

 タツミは、あの応接室でお客様に会ってロクな目に遭ったことがない。


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