01 気分屋刺繍師と一緒!
どうもこんにちは。
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パンツも穿いてないのだが。
少年はまどろんでいた。
柔らかなクッションに支えられ、暖かな毛布に包まれている。いくらでも眠っていられるだろう。
でも少年の目は、覚めてしまった。
少年タツミの腹がぐうと鳴る。お腹が空きすぎて起きたものらしい。
もそもそと身を起こす。今日はどこで寝たんだったっけ、と寝ぼけたタツミは辺りを見回した。
明るい灯りの点った部屋。たくさんの棚や布や糸に囲まれている。ここはタツミの家ではない。タツミの働く工房、それも雇い主クヅキの仕事部屋だ。
うっかりタツミはクヅキの部屋のソファで眠り込んでいたらしい。
慌てて窓の外を振り返る。真っ暗だ。どれだけの時間タツミは寝こけていたのだろう。
急いで立ち上がったタツミは、真っ裸だった! やっぱり慌てて毛布のなかに隠れる。
暖かい毛布のなかでタツミは状況を確認。パンツも穿いてない。うん、やばい。
さて、そもそもなんでタツミは主人のソファで服も着ず寝ていたのか。それには、まぁさして深くない事情があった。
ヤクザに拉致られて切り刻まれてるとこを助けられたけど服を剥がれたんである。前回のあらすじ以上。
寝てしまう前になにがあったか、タツミは懸命に思い起こす。
服を脱がされたあとだ。シャワーで身体を洗って、傷の手当てをしてもらって、スープを一杯もらって。汚れていた服は、家政夫のライドウが洗ってくれることになった。すぐに出来上がると言うから、タツミはここで待っていることにしたのだ。
待っている間、クヅキが横でなんかパンツ強化計画とやらをずっとしゃべっていたと思う。タツミはそれを真面目に聞いていた……つもりなのだが、どうやら途中で寝たらしい。覚えていない。
タツミの顔から血の気が引く。
まずい。職場で眠り込んだ。だけでなく、雇い主が話している最中に眠りこけた。まずい。
タツミはあわあわあわと動揺した。飛んでいって謝ったほうがいいのではないか。慌てて飛び出したタツミは、……パンツがない! パンツもない! 毛布の中へ回れ右だ!
どうしようどうしようとタツミは毛布の中で震えた。
「あ、タツミ。起きたのか?」
急に声をかけられて、タツミの全身がびくりと跳ねた。どうやら主のクヅキが部屋へ戻ってきたらしい。
あわあわあわ、とタツミは縮こまって息を潜める。
「あれ? 動いてたかと思ったけど。まだ寝てる?」
そう思うならそっとしておいてくれればいいのに、遠慮容赦ない手が毛布を引き剥がしにかかる。まずい。いろいろまずい。タツミは必死に毛布へしがみつきながら顔を半分だけ出した。
「あ、すみません、起きて、起きてます」
タツミの雇い主であるクヅキが立っていた。
タツミと同じぐらい若くて、やや小柄な痩身。目つきの悪い顔は一見不機嫌そうだが、そういう顔なだけで別に怒っているわけではない。
タツミの顔を見たクヅキがにかっと笑う。ついで、ぱっと手を離した。
「お、元気そうだ。よかったよかった」
「あ、はい。あの、俺、すみません」
タツミは震えながらクヅキに謝った。寝てしまってすみません、だ。しかしクヅキはそれに頓着せず、作業机へ向かってしまう。
「お前、めっちゃよく寝てたな」
ひい、とタツミの喉がなる。
「す、すみません」
「でもな。タオル一枚で寝たら風邪引くぞ、お前」
俺が毛布をかけてやったから大丈夫だけどな!とクヅキが恩きせがましいことを言う。
なお、腰に巻いていたはずのタオルは毛布をかける際に剥ぎ取られた模様。それは余計だったろう。
でもタツミはさらに恐縮した。
「俺、ほんと、すみません」
作業机からまたタツミの前へ戻ってきたクヅキは、ばーんとパンツを突き出した。
「ほら、完成した!」
ぽかんとタツミはパンツを見つめる。
パンツだ。タツミのパンツだ。それはもうびっしりと紋が刺繍された、パンツだ。
「……え? これ」
紋、それは魔術の行使を補助する魔導紋だ。タツミレベルでは読み取れないような緻密な文様がパンツを覆っている。ほんの数時間でこれだけの刺繍をしたのか、この人。
「お前のパンツだよ。早くパンツ穿け、お前」
やや呆れたようにクヅキは言うが、呆れたいのはタツミのほうだ。なにやってんだ、この人!
「あり、がとうございます」
タツミは受け取り、毛布の中でもそもそパンツを穿いた。
「よし、これで安全だな」
タツミが防御魔術を使えるように魔導紋を刺繍したハイパーパンツ爆誕。
……刺繍の入ったパンツの穿き心地とかどうなんだろうと心配したが、穿いた感じは案外悪くなかった。むしろ、なんかいいかもしれない。ということは、タツミはちょっと秘密にしておくことにした。
「タツミのパンツ、でかいパンツで助かった」
クヅキが言う。
「けっこう大変だったんだぞ、防御魔術組むのは」
タツミのパンツはなんの変哲もない5枚1,980円のボクサーパンツ(安売り)である。別に特にでかくはない。
「ともかくちょっと立って見せてみろ」
「え?」
タツミは無意識に毛布を引っ張り寄せた。
「俺、でも、いま、パンツだけ、で」
「だから、そのパンツ穿いてるとこ確認させろって」
ひょーうとタツミは内心で悲鳴をあげた。
セクハラだ! タツミは純真な思春期真っ只中である。パンツ一丁とか見られて平気ではない。
けれども、そもそも服とパンツを脱がされた時点でセクハラも極まっているし、パンツもクヅキに弄くり回された事後である。
むしろこの確認はアフターサービス。拒否権はない、とタツミは観念した。
イヤならイヤと言えばいいだけなのだが。
タツミはもそもそと毛布から出て立ち上がった。部屋は裸にやや肌寒い。タツミは腕を抱いた。
「ええと」
ぷるぷるするタツミの周囲をクヅキは回る。その目は鋭くタツミのパンツを見ている。職人の目だ。タツミはさらに縮こまる。
途中、クヅキがタツミのパンツのゴムを引っ張って確認しようとしたときは、さすがにタツミも抵抗した。
「うん、問題ないし。いい感じだな。似合ってるぞ、タツミ」
似合ってるもなにも、もともとタツミのパンツだ。
「あ、ありがとうございます」
情けない顔でなぜか礼を言うタツミ。
「よし。で、その防御魔術だけど」
「あ、はい」
パンツ程度の布面積とはいえ、びっしりと紋の入った紋衣である。しかも、紋を組んだのは、泣くヤクザも黙る非合法紋衣工房の闇刺繍師。どんなことになっているか、とんと知れない。
「起動条件は『たっつん無敵モード!』って言いながら、腕を前でこうやって交差する」
「………………………………………………。」
タツミはこの人のノリがいまいち分からない!
「ほら、ちょっとやってみ」
念のため補足説明しておくと、日常でうっかり魔術が誤爆しないよう、わざと変で使わないようなワードをチョイスしているのであって、別に嫌がらせとかではない。
たぶん嫌がらせとかでは、ない。
「ほら、早く」
「え、えっと。すみません、『たっつん』のあと、なんでしたっけ?」
「『たっつん無敵モード!』」
「……たっつんむてきもーど……」
「腕はこう。胸の前でぐーで交差」
クヅキがテレビに出てくる幼児向けヒーローの決めポーズみたいな珍妙な格好を見せてくる。
やっぱりこのポーズも、誤爆を防ぎかつ起動条件の幅を狭め、発動難易度を下げるためなのであって、そんなに嫌がらせのつもりはない。
タツミは懸命に羞恥心を飲み込んでそのポーズを真似た。
もう今自分がパンツ一丁なこととかはどうでもいい気がしてきた。
「うん。そのポーズでトリガーワード」
「『たっつん無敵モード!』」
やけくそだ。タツミは思いっきりヒーローになったつもりで叫んだ。
途端に。ぶぉぁんと。タツミは謎の赤い波動に全身を包まれた。
「うわあ! なん、なんですか、これ!」
「あ、そのポーズは続けなくていいぞ。好きに動けるから」
そう言いながらクヅキが足元に転がっていた紙屑を拾い上げる。
「見てろ」
丸めたそれをタツミに向かって放る。
飛んできた紙屑は、タツミの波動に触れ――そうになった瞬間、止まってひしゃげてねじれて反対方向へ弾丸みたいな勢いでぶっ飛んだ。
吹き飛んだ先、紙屑は叩きつけられた作りつけの棚を破壊する。本やケースがばたばたと落ちて散らかった。
「と、このようにあらゆる干渉を拒絶します」
満足げな顔のクヅキとは反対にタツミの顔から血の気が引く。
「ひっ、は、あ、え? え、これ、えっと、い、いつまで?」
「ん。継続、つまりもう一回トリガー引かなきゃ、だいたい一分ぐらいで終わる」
「……一分。は、はは」
「あ、バカ、ダメだ!」
力が抜けて座り込みそうになるタツミをクヅキが慌てて止める。
「その状態で尻とかついたら、お前、ソファが粉砕するぞ! 気を付けろ!」
「え? あ、え? え? え?」
とんだ破壊兵器状態だ。タツミはおろおろとするしかない。
ほどなく謎の赤い波動は収束、“たっつん無敵モード”は終了した。
「な! すごいだろ!」
クヅキのどや顔を見せられて、タツミは急激で強烈な疲労感に襲われた。いや違う。魔力を一気に使った息切れだ。
そう、問題は。タツミはあまり魔力が高くない。というか、ぶっちゃけどちゃくそ低い。
あまりの出来の悪さに高校は退学になり、バイトは面接で落とされ、やっと雇ってもらえても使いものにならないと即クビになり、とうとう家族からも追い出されそうになる。そんな筋金入りの無能だ。
クヅキの組んだとんでも防御魔術は、たった一回でタツミのなけなしの魔力を根こそぎ使い果たしてしまったのだ。
タツミは力尽きてへなへなと座り込んだ。
こんなパンツ、タツミには使えそうもない。
20/04/28 工事しました2。
20/03/31 工事しました。
20/03/26 一部改稿、描写を増やしました。