02 こんな感じで平常運転
おやどうもこんにちは
「またそんなカッコで寝たら風邪引くぞ」
床へ潰れたタツミをつんつんつつきながら、元凶はまったく悪気のない顔で宣った。
タツミだって寝ようと思っているわけではない。ただ、どうしようもない空腹と虚脱感で意識がバイバイしようとしてるだけだ。
「すみません、俺、ちょっと、魔力使いすぎて」
頭をふらつかせるタツミを見て、ようやくクヅキも気づいたらしい。
「え、大丈夫か? あ、お前の魔力、どちゃくそ低いんだったな。うーん、もっといい魔力回路があればなぁ。ダメだな、そのパンツ」
たっつん無敵モードで一分は攻撃を防げたとして、しかしそのあとタツミが力尽きてしまっては危なっかしくてしょうがない。
「いえ、あの、すみません、俺」
せっかく作ってもらったのに、とタツミも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
が、この場合、タツミの魔力量を考慮に入れなかった刺繍師がヘボいのだ。
タツミが謝る必要は、あんまりない。
「よし。パンツ作り直すから、お前ちょっと脱げ」
「ひょえい! や、それは、いえ、ちょっと!」
「冗談だよ。それはまた今度作り直しだ」
クヅキはへたり込んだタツミを引っ張りあげてソファへ座らせた。
「それにしても大丈夫か? えっと、こういうときどうする?」
クヅキはとても珍しい“魔力のない人間”だ。魔力のどちゃくそ低いタツミよりもさらにまったく魔力がない。魔力の使いすぎとか経験したこともない。
「あ、大丈夫です。ちょっと休めば、そのうち」
嘘だ。
本当は昨日からの出来事で、タツミは魔力どころか気力も体力も尽きかけている。
そのうえ空腹状態で燃料もからっけつなのだから、ちょっと休んだぐらいでタツミの魔力は湧いてこない。
いまタツミに必要なのは、しっかりとした休息と食事だ。
大変素直なタツミに増して素直なタツミの腹が、ぐぅぅと鳴った。鳴り響いた。
「なんだお前、腹減ってるのか」
「……あ、はい」
「そっか。夕飯あるけど。まずは服だな」
そう言ってクヅキがぱたぱたと作業机へ向かう。
「ただお前のパンツ……あ、ズボンのほうだぞ。補修する余裕なくってな。なんかダメージ加工ぽくなってる。ごめん」
向こうからクヅキがタツミのズボンを投げてきた。
きれいさっぱり汚れや血は落とされていたが、残念なことにあちこち切れてしまっている。
「……いえ、大丈夫、です」
穿ければ問題ない。
そう思ってタツミは破れたズボンをもそもそと穿いた。ズボンを穿いているのにあちこち足が見えるという情けない感じではあるが。とりあえずパンツ一丁よりかはマシだ。
「あとシャツ。こっちはさらにダメージがひどくてな」
昨日のヤクザに細かく切り刻まれて、ズボンのようにダメージ加工と主張するのも無理のある有り様だった。
タツミの服の持ち合わせはとても少ない。シャツ一枚を失うのも結構な痛手で、タツミは低く呻いた。
クヅキが言う。
「しょうがないから縫った」
「……へ?」
意味がわからず、タツミはアホ面をあげる。その顔面へシャツが飛んできてぶつかった。
「へぶぅ」
さらに立て続けに二枚。
「……え? これ……は作ったんですか?」
計新品のシャツが三枚。
「うん。サイズ、お前が着てたダボTよりちょい下げた。どうよ?」
タツミはそのうちの一枚をもそもそと着こんだ。厚手の綿のシンプルなシャツは、タツミの身体にぴたりと合った。
「……いいです。でも、これ、こんなに、だって」
クヅキはパンツに刺繍しただけでなく、タツミのためにシャツを三枚も作ってくれたのだ。まぁ刺繍の方はだいたい大きなお世話だったが。
嬉しいとかありがたいとか。そんな言葉にできる感情は軽くぶっちぎってしまった。
タツミはただただどうすればいいか分からず、おろおろとシャツをなでる。シャツの手触りはさらさらとしてやわらかい。
そんなタツミのよく分からない反応に、クヅキは苦笑した。
「お前な。そんなの、ミシンでちゃちゃちゃーっと縫っただけだからな」
クヅキとしては、そんなシャツ程度で喜ばれても片腹痛い。
別にそこらで既製服を買ってきてもよかった。が、買いにいくより作ってしまう方が楽だった。
ここは手練れの紋衣工房。ただのシャツなど仕事のうちにも入らない、ということだ。
「……え、でも。ミシンでって、クヅキさんミシン、どうやって?」
ミシン。つまり魔動ミシン。動力は魔力だ。
魔力のないクヅキに魔動機械は動かせない。はずだ。
タツミの疑問に対して、クヅキはあからさまに憮然とした。
「ミシンぐらい俺だって使えるぞ。てか、俺がミシン使えなくてどうする」
魔導紋の刺繍師クヅキ。専門は紋の生成と刺繍だが、もちろん縫製もできなければ紋衣は作れない。
「この部屋に俺のミシンあるだろが。気づいてないのか、お前」
タツミは首をかしげた。
クヅキのミシン? そんなものあっただろうか。
初めて来たクヅキの部屋は壊滅的に散らかっていて、なにがどこにあるんだかさっぱりだった。その後、凄腕家政夫のライドウによってきれいに片付けられたが。
はっきり言おう。一日にして部屋はまた散らかり始めている。ついさっきも派手に散らかったし。
タツミはこの部屋でミシンを見た記憶などはない。
「……え、どこ、に?」
あれ?と今度はクヅキが首をかしげる。立ってミシンのところまで行き、かけてあった布を剥いだ。
というか、布かけて隠しておいて気づけもなにもない。
「あ」
タツミが声をあげた。
布のしたから黒く優美な曲線を持つ機械がひとつ姿を表した。
それは、タツミが見たことのあるぼってりしたミシンや無骨なミシンとは、なにか違う。
「俺のミシン。足踏みミシンな。魔動機械が主流になるより昔に使われてたやつ」
なるほど、タツミも教科書で見たことがあるかもしれない。
「……すごい……なんか、かっこいいですね」
タツミはソファの背から身を乗り出して、それを食い入るように見つめる。
「むふふ。そうだろ? お前も触ってもいいけど、でも壊さないように気を付けろよ。もう修理するのも難しいんだ、これ」
足踏みミシンなど現役ではほとんど使われていない。かろうじて修理を請け負ってくれる人はいるものの、壊れると交換部品を手に入れるのに難儀する。
「でも、これがあれば無魔力だってちゃんとミシンできるんだ」
クヅキの言葉を聞いて、タツミは大きな息を漏らした。
魔力の少ないタツミも魔動ミシンを動かすのは不得手だ。いや、ミシンだけではない。魔術はおろか魔動機械も全然だし、そのせいでタツミは勉強も仕事も散々だった。
社会におけるタツミの評価は、どうしようもない無能、なのだ。
でも。ここは、この工房は違う。
クヅキは、タツミみたいな低魔力の人間を雇ってくれた。むしろ低魔力の人間が必要だと言ってくれた。
工房は、タツミにとってかけがえのない居場所になりつつある。
遅くてしょうがないミシンでも一生懸命練習して褒められたり。
初めての刺繍を器用で丁寧だと褒めてもらったり。
金塊ちらつかせて契約書にサインさせられたり、逆ギレしたチンピラが魔導銃ぶっ放して自殺したり。
ヤクの入ったパンを食べさせられそうになったり、ぶっ放された竜巻にまきこまれて吹き飛ばされたり。
とんでもない正体不明のおっさんにいいようにからかわれたり、雇い主に利用されて逃亡の手助けをさせられたり。
お客様がヤクザの一家で恐かったり、業務命令でジャム買ってこさせられたり、ヤクザに拉致られて脅されたり。切り刻まれたり、殺されそうになったり。パンツ脱がされたり、ハイパーパンツで破壊兵器にされたり。
……あれ、ろくな目に遭ってない。
……工房は、タツミのかけがえのない居場所になりそうな、そうでもないような。
タツミにもよく分からない。
なんだか考え込み始めたらしいタツミの目の前で、クヅキはぱちんと手を打った。
「おい。ともかく、お前は早く夕飯食べてこい」
回想を急に止められてタツミは目をしばたく。
「あ、はい」
そのまま考え続けていたら、さすがにタツミだって転職を検討し出したかもしれない。でも幸か不幸か考えるのは止められた。
「そんで、もう時間も遅くなってるからな。タツミお前、今日はもう泊まれよ」
この工房はあまり治安のよろしくない裏町にある。夜が更けてから帰るのは大変非常に危険だ。特にタツミは昨日の帰宅途中を狙われ拉致されている。さすがにクヅキも心配だ。
「え、俺。あ、ありがとうございます」
泊めてもらえることをタツミは純粋に喜んだ。
本音を言えば、タツミは帰りたくない。あんまり大きな声では言えないが、タツミは家に帰りたくはないのだ。
喜んだから、単純なタツミはやっぱりここは居場所にしていいんだろうと思った。
というわけで。
タツミの素晴らしくろくでもないわちゃわちゃ工房生活、続行します。
20/04/28 工事しました。




