4 黒幕は剣士の中に?
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「悪いね。授業をさぼらせちゃって」
訪問者が缶コーヒーを手渡してくる。じつはこのどろりと甘いドリンクを飲むのって苦手なんだけどね。もちろんそんなことをこぼすわけにもいかず、素直に受け取った。
「まあ、こっちの話を聞けば、神永くんだって学校をこっそり抜け出すだけの価値があったって認めてくれるだろうけど」
ぼくがやってきたのは学校近くの神社だ。社務所もなく、とうぜん神職さんもいないので、森にかこまれた境内はひっそりとしていた。
彼は生徒手帳をかざし、武藤と名乗った。埼玉の進学高校に通う二年生だという。
「それで、用件っていうのは、なんなんですか?」
武藤さんは髪をきれいに七三に分け、優等生然としていた。彼に言伝を頼まれた安達くんの友人も、訪問者のことを真面目そうなやつと評していたので、いきなり暴力を加えられるような展開にはならないだろうと踏んではいた。
ただ、相手の背丈がけっこうあるので、威圧感をどうしても覚えてしまう。
「例のゲーム、そろそろ佳境に入った頃合いかな?」
不思議と、おどろきはなかった。この謎の人物とぼくのつながりといえば、そのくらいしかないだろう。ぜんぜん関わりのない用件だったらきっと失望していた。
それでもいちおう確かめておきたかった。
「どうしてご存じなんですか? ぼくがあのゲームに参加させられているのを」
マスコミが食いついてきたのは今日が初めてだ。だからまだ、ぼくたちのクラスに昏睡状態におちいった生徒が続出していることも報道されていないはずだった。
「ネットの書き込みだよ」
そう種明かしされると、あっさり腑に落ちた。
四方木くんを皮切りに、C組の生徒が次々と眠り病に侵された理由を、例のゲームのせいだと告白したからって、親も教師も部活仲間もまず信じてくれやしない。
そうした無理解の壁に、C組のみんなは直面していた。
だからといってすべてを自分の腹にしまっておくのもしんどい。匿名で、自分たちのおちいっている苦境をインターネットという公共の場にリークした者がいたとしても、不思議はなかった。
「でも、どうしてぼくの名前まで……」
「ネット掲示板は便所の落書きとも揶揄される。そこに、きみの名前が書きこまれていたんだ。きみは転校生なんだってね。で、武器は西洋の刀」
……そこまで暴露されちゃうものなのか。
それにしても、武藤さんがこのゲームにどういう関係があるのかわからない。舞坂さんから教えられたあと、ぼくは自分でも、このゲームに参加させられたクラスのある学校の名前を確認した。そこに、かつてぼくのホームであった埼玉県の高校名はなかったはず。
この武藤さんが、最後のひとりとして助かった四名のうちの誰かである、という可能性はないということだ。
と、ここでぼくはようやく別の可能性に思い当たる。
「やっと、気づいてくれたみたいだね」武藤さんも、ぼくの中に理解がきざしたのを見てとったようだ。「そう。おれはサバイバーだ。ただし、クラスでたったひとりの、ではない」
相変わらず境内は薄暗い。なのに武藤さんの背後から急に後光が射したかに思えた。そう。ぼくはいま、奇跡の顕現を目の当たりにしているのだ。
「じゃ、じゃあ、武藤さんたちは生還できたってことですか? クラスのみんなで」
「正確には全員ではない」武藤さんが不敵な笑みをその生真面目そうな顔に浮かべてみせる。
「獅子身中の虫、腐ったリンゴが一匹まじっていたからね」
ぼくは胸騒ぎで息苦しさを覚える。武藤さんがさらに言った。
「そうだよ。ぼくらのクラスが手にした成果はそっくりそのまま、たったひとりしか生還できなかったはずなクラスの状況を、ひっくり返したものなんだ。あのゲームはもともと出来レースとして構想されていた。最初から、誰が生き残るか当人にはわかっている。そういうクソゲームだったんだ」
ぼくはごくりとつばを飲み下してから、たずねた。
「黒幕は、クラスの中にいる?」
武藤さんがうなずいた。それからぼくを値踏みするようにじろじろ眺めてくる。
「これは、ひとつの賭けだったんだが、きみはどうやら合格みたいだな」
戸惑うぼくを安心させるように、武藤さんが手を伸ばし、ぼくの肩をはたいた。
「まあ、仮にきみが黒幕だったと見抜けたら、こっちはあらためてほかのクラスメートにコンタクトをとるつもりだったんだけどね。そこで、こう告げるつもりだった。『黒幕は転校生だ。きみらは一致団結して、その黒幕を討て』ってね」
ぼくの頭がひとりでに、めまぐるしく働いた。ゴールドホッパーはぼくの生みだした夢だった。願望の反映にすぎなかったんだ。黒幕は隠れているんじゃない。すでに、ぼくらの中にいた。あのクラスの中に――C組の中に、ぼくらをあんな過酷な状況に追いやった悪党がひそんでいるのだ。
でも誰なんだ? やっぱり徳伊くん? いや、これもぼくの願望だ。クラスでいちばん苦手な相手がラスボスであってほしいというご都合主義なぼくの――。
と、武藤さんがあらたまった口調で切りだした。
「ところで、きみのクラスに『剣士』は何人いるんだ?」
なぜそんな問いを? 心臓が不吉な鼓動を刻む。できれば身を遠ざけておきたい予感で身震いが全身を走り抜け、ぼくは立っているのもやっとになる。
答えあぐねるぼくから、何かを察したのだろう。武藤さんの目に同情の色がよぎる。
「もちろん、あのゲームで、剣士たちはおのずと苦楽を共にするようになるからね」
そのもってまわった言い方に耐えられず、ぼくは身投げするような勢いで最大の疑念をぶつけた。
「剣士の中に、黒幕がいる。そういうことなんですか?」
武藤さんがぼくの心中をおもんぱかるように咳ばらいをした。
「じつは、おれらのほかにもう二校、黒幕の正体を暴きだすことに成功したところがあるんだ。彼らのクラスではいずれも、おれらのところと同じく、黒幕は最初から有利な武器を手にしていた。やつらのアドバンテージはそれだけじゃない」
いっしゅん視界がうねった。まるで大波に揺られたみたいに。そんなぼくに、無慈悲な言葉が追い打ちをかける。
「やつらには常に、相方というべきモンスターが、影のように付き添っている」
ぼくの脳裏をかすめたのは、般若の面をかぶったあの忍者モンスター……。
「その用心棒モンスターを使って、黒幕は周到にライバルをつぶしてゆくんだ」
ルカさん――夢バトルワールドであの忍者モンスターによって敗北を喫した末に消滅し、いまはリアルで昏睡状態におちいっている……。
「おまけに、黒幕じしんもかなりの手だれと相場が決まっている。だからといって、悲観は禁物だぞ。もちろん黒幕には、仲間殺しの禁忌――あの鉄のルールが適用されない。だから不意を突け。正体がばれていない。黒幕がそう高をくくっているうちに」
ゆっくりと、心をけずるような痛みをともなって、理解がおとずれる。
あのクラスに、ぼく以外の剣士はたったのふたり――珍念さんと舞坂さんしかいないんだ。
ぼくらがみんなで生還するためには、そのどちらかを斬り捨てなければならない。そういうことなのか?




