2 言葉責めのほうが好きですか?
*
「どうにかして、話を聞けないもんなのかなー。うちらと同じゲームに巻きこまれて、クラスで最後に残ったっていう人たちに」
乙宮さんの蹴った空き缶を、ルカさんがパスを受けたみたいに蹴り返す。
「じゃあ、今週末にでも会いに行ってみるか?」
「相手の顔も名前もわからないのに?」
ぼくの指摘に、ルカさんが返してくる。
「だったら、明日にでも相手の学校に乗りこむか?」
少なくとも、ぼくらと同じ災難に見舞われたクラスがどの学校なのかだけは判明している。そこの生徒たちに聞きこみをすれば、クラスで唯一助かった生徒にコンタクトを図ることもできるかもしれない。
「わたしは、このゲームそのものをストップさせた人たちの話を聞きたいな」
そう意見したのは、今週になってはじめて登校してきた舞坂さんだ。
いま連れ立って帰宅しているのは、ぼくに舞坂さん、それに乙宮さんとルカさんというメンバー。
珍念さんは相変わらずの登校拒否だ。
「ま、そっちのほうが魅力的ではあるな」ルカさんも同意する。「最後にひとりだけが残ってゲームがクリアされたのって、要するに、最後までこのゲームのルールにやられっぱなしだったってことだもんな」
「うん」と舞坂さんがうなずく。
「もしも、このゲームのルールに打ち勝って、みんなが助かったクラスがあるのなら、わたしはその人たちに会いたいよ。いったいどうやって、そんなことができたのか……」
本当にそんな大逆転を果たした連中がいたとしても、探しだすのは難しい気がする。
いったん「眠り病」にかかった生徒たちが意識を取り戻せば、事件として扱われることもないだろう。ネットの海に潜ってその種の噂を発掘するのは、それこそ砂漠の中で砂金を探すようなものだ。
そもそも、誰ひとりこのゲームのルールにあらがえなかった可能性だってあるのに……。
ルカさん、乙宮さんと別れ、ぼくは舞坂さんとふたりっきりになった。リアルで顔を合わせるのも数日ぶりで、なんだか緊張してしまう。
「歩くの、だいぶ楽そうになったよね」
じじつ、舞坂さんは歩行器での移動が前よりもスムーズになり、そろそろこの補助器具なしでも長い距離を歩けそうに見えた。
しかし舞坂さんは答えない。ぼくが言葉の継ぎ穂を見失っていると、舞坂さんが咳払いをする。真剣に前を見つめたまま、つぶやくように言った。
「神永くんは、悪くないよ」
「え?」
ぼくが戸惑っていると、舞坂さんもつられたようにうろたえだした。
「あ、あの、落ちこんでるって思ったから。望月さんのことで」
「ああ……」
確かに、モンスターに変身したとはいえ、クラスメートを倒してしまった衝撃から完全に癒えたとはいいがたい。
それどころか、わかっていたとはいえ、望月さんが昏睡状態におちいったのを知らされたときは心底からショックを受けた。ぼくに反感を持つクラスメートたちのなじるような視線が突き刺さってきたときも、覿面にめげた。
「わたしが小笠原くんを倒してつらかったときは、あんなに支えてもらったのに……神永くんが苦しんでるとき、こっちは勝手に落ちこんで、学校休んじゃったから」
「あ、いや、ぼくは大丈夫……ってほどじゃないかもしれないけど、それなりに立ち直ってきてるし」
ぼくが空元気をふりしぼって上滑りな笑顔をこしらえると、舞坂さんが足を止め、歩行器ごとこちらを向いた。その大きく澄んだ目で、まっすぐぼくを見つめてくる。
「あの、神永くんは――」
「は、はい」
「励まされるよりも……言葉責めされるほうが、好きなの?」
「はああっ?」
ぼくが取り乱すと、舞坂さんもあわてたように弁解する。
「だ、だって、乙宮さんと話してるときはあんなに楽しそうにしてるのに……わたしのときよっかぜんぜん……」
舞坂さんの声がしりすぼみになってゆく。ぼくははふと、望月さんの変身したヒトデモンスターから乙宮さんを救いだしたときのことを思い起こした。
ルカさんをはじめ、クラスの大半があの場にやってきたとき、舞坂さんの姿がなかった。でも、途中まではいたのかもしれない。いや、もっと正確にいえば、ぼくたちを救いだそうと、いの一番に駆けつけてくれたのかもしれない。
……でも、ぼくが独力でモンスターを倒し、そのあとも乙宮さんと密着状態でいるのを目の当たりにして、いろいろ気を回してしまったのかもしれない。
……要するに、嫉妬されてるってこと?
いえいえいえ、それはないでしょう。舞坂さんのような殿上人がぼくごとき平民以下の存在の相手をしてくれるのは、こういう危機的状況のおかげなのであって、乙宮さんが主張するように、ぼくなんて舞坂さんにトモダチ扱いしてもらえるだけで、光栄に思うべきなのであるからして――。
「三十分」
「は?」
「大勢でなら、大丈夫みたい……でもふたりっきりになると、みんな気詰まりになっちゃうんだと思う。三十分以上はもう我慢できなくなって……なんか理由つけて、わたしのもとから逃げてっちゃう」
ぼくはまじまじと舞坂さんを見つめてしまう。冗談を口にしてるんじゃないかって勘ぐってしまったせいだ。しかし舞坂さんが涙目で顔を真っ赤にしていることからも、羞恥心を必死の思いで乗り越えて、本気の苦悩をさらけ出しているのは明らかだ。
「ごめんなさい」舞坂さんがうなだれるようにうつむいた。
「その……神永くんに、すごい甘えてるって……自分でもわかってる。いっつも重い告白ばっかり受け止めてもらって」
舞坂さんが顔をあげる。笑おうとして、かえって泣く寸前の顔になってしまったみたいな、痛ましい表情が浮かんでいた。
「これまで親友なんて呼べる相手がいなかったのも、わたしが堅苦しすぎるせいなんだって、ちゃんと自覚はしてるの――」
「ぼくだって同じだから。親友なんてこれまでひとりもいないマンだったし」
ぼくのほうは親友だと思いたかったけど、向こうはたぶんそうじゃないんだろうなあ、というくらいに親しい相手はいたけれど、その辺は割愛しておこう。
「そ、それに、こっちはぜんぜん平気だから。一時間でも、二時間でも、半日でも……一日中だって」
そう口にして、自分でも頭がくらくらしてきた。
乙宮さんもルカさんも、いまでは舞坂さん相手に気詰まりになることはなさそうだけど……そのあたりに触れなかったのはぼくのずるさのなせるわざだ。
舞坂さんはぽかんとしたように口を半開きにして目をみはっていたが、すぐ顔をそむけるようにして横を向いてしまう。
「か」
「う、うん」
「あの、名前で……かか、カムイくんって、呼んでもいいですか?」
ぼくは小刻みなうなずきの連打でもちろんの意を表した。正直言えば、小躍りしたいくらいに浮かれていた。
……このときのぼくはまだ、今夜の前座というべきあの誘拐劇が着々と進行していることを、知る由もなかったのだ。




