3 アテカ誘拐
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「もー、いったいどうしちゃったのかなあ」
母がそわそわとリビングを行ったり来たりする。
夕飯の時間になっても、アテカが帰宅しなかったのだ。いったん小学校から戻ってきて、仲良くなったクラスメートの家へ遊びに行ったところまでは、母も把握していた。
ところがそれ以降はナシのつぶてで、遊びに行ったクラスメートの家に電話を入れると、アテカはとっくに帰ったという答えが返ってきた。
いちおう位置情報を知らせるGPSアプリを仕込んだスマホは持たせてある。しかし、アプリは動作しているようすもなく、こちらからメッセージを送っても返事どころか、既読の表示さえつかない。
「こんなこと、これまで一度もなかったのに……いったいどこに寄り道してんのよっ」
母は現実逃避モードに入っていた。事件の可能性を排除することで。しかし、このままアテカの行方不明が続けば、いつかは警察を呼ばなくてはならない。
そう思うと、胃に穴が開いたような痛みがぐっと差しこんでくる。
ここへ引っ越してくる前、ぼくが中学一年生のときだ。
放課後、ぼくがとぼとぼ帰宅していると、ウィンドーをスモークフィルムでおおった白いミニバンが、獲物をさがす鮫のようにぬらーっと走っているのを見かけたことがあった。
その翌日、同じ中学校の女子生徒が何名か、ミニバンからあらわれた男たちに拉致されそうになったという話が広まり、警察も動くほどの騒ぎになったのだ。
もしも、アテカがこうした犯罪に巻きこまれたのだとしたら……そんな想像に胸をかきむしられそうになっていると、ぼくのスマホにメッセージが着信した。
差出人の通知はアテカ。間抜けにも、ぼくは本人からだとすっかり信じこみ、安堵の息をつきながらメッセージを確認し、打ちのめされた。
――妹を返してほしかったら、今夜、ゲームの途中で自殺しろ。
誘拐犯はそう、ぼくに要求してきたのだった。
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「犯人の正体はわかりきってる。うちのクラスの誰かだ」
最初に駆けつけてくれたルカさんがそう、ぼくの確信を裏打ちしてくれた。もっとも、犯人はゲームについて触れているのだから、クラスメート以外にありえないのだけれど。
「徳伊に決まってんじゃん。あいつ以外にぜってー考えらんねーっ」
次に駆けつけてくれた乙宮さんが、偏見をマックスにして第一容疑者を指名した。
「すまない」
安達くんは、とてもサイコパスには見えないほどの同情を示してくれた。
「何人かに連絡入れてみたんだけど、妹さんの居場所には心当たりないって」
かつてはクラスで人望の厚かった安達くんも、ぼくらの仲間と見なされたせいで、最近はクラスメートから煙たがられているのが顕著になってきた。これでは、たとえ犯人が誰か知っている者がいたとしても、それを安達くんに打ち明ける可能性も低いだろう。
「それで、警察には?」
安達くんの問いにぼくはかぶりを振る。
母には、アテカを迎えに行くとウソをついて、家を出てきたのだ。母に怒られるのが怖くてひとりじゃ帰れないみたいだと話を脚色すると、母は安心したのか、怒ってないから早く帰ってきてと言付けを頼んできた。
「だーかーらー、徳伊んところにちゃっちゃか乗りこんで、さっさとアテカちゃんを助けてこようよ」
意気込む乙宮さんの頭に、ルカさんが手を置く。
「まあ、落ち着けって。ああいう小心者は追いつめると、かえってナニすっかわかんないだろ」
「いや、少なくとも徳伊の家にはいないよ」
異論を差し挟んだのは安達くんだ。
「あいつの家、けっこう厳しい。あいつの母親、小学生のときはモンスターペアレントで有名だったんだ」
ぼくらが集まったのは、荒神第二中学校の学区内にある公園だ。
テニスコートや、林と一体になったウォーキングコースなどと一体化しているため、周囲の民家や公団住宅からもいくらか距離があり、ぼくら以外にひと気もない。
舞坂さんにも状況は伝えてある。けれど、捜索メンバーには加わらないよう頼んだ。リハビリ中の身で無理をして欲しくなかったんだ。
「じゃあ、徳伊以外にいったい誰がいるっていうの? アテカちゃんをさらって、カムイくんを脅迫して言いなりにさせようなんて、キングオブ悪役なこと、平気で出来ちゃいそうなやつってさあ」
乙宮さんが主張すると、ルカさんが冷静に指摘した。
「まあ、誰でもありえるよな。みんな、気持ちがすさんできてるし」
「あのな」安達くんがあらたまった口調になる。これから不愉快なことを口にするが、勘弁して下さいと断りを入れるように。
「犯人が男子だって決めつけるのは、よくないかもしれない。たぶん犯人は、いきなり神永の妹さんをさらったんじゃなくて、最初はもっともらしい理由をつけてどこかへおびきだしたんだと思うんだ。その役割は、たぶん、男子じゃないほうがうまくいくんじゃないかと」
言われてみれば、確かにそうだ。
徳伊の挙動は、彼が信用できない人物であるのを的確に発信している。彼を目の前にして、アテカがすんなりだまされるとも到底思えない。
「うきゃー、徳伊なんかに協力しちゃう女子、いるのかー」
おいっ! ぼくは、乙宮さんに心の中で突っ込みを入れずにいられない。あんたは何がなんでも徳伊を犯人に仕立てあげるつもりかいっ、て。
「いや、やったのは徳伊じゃねえ」
聞き覚えのある声。振り向くと、やってきたのはミッチーだった。
「まあ、そそのかしたのはたぶんあいつだろうけどよ」苦々しげに吐き捨てる。「仕切ってるのはリュウのほうだ」
茶髪の竜天寺くん――ミッチーの子分二号のほうか。
「閉じこめられてるのはたぶん、コイヅカの家だ」
誰? ぼくは首をかしげてしまう。クラスメートの氏名はほとんど把握できたけど、そんな名前聞いたこともない。
「隣のクラスのなんちゃってヤンキー」補足してくれたのは、乙宮さんだ。
「そういやあいつ、モッチーのこと、好きだったんじゃなかったっけ」
うう。だとしたら、ぼくが恨まれてもおかしくないのかもしれないけれど――。
「その人、ほかのクラスなんでしょ? だったら、このゲームのことは理解できないんじゃ」
もちろん、ぼくらの置かれている窮状をほかのクラスの面々に訴えようとしたC組の生徒もいたようだ。しかし、夢バトルワールドで殺されたら現実世界で意識も消されてしまうなんてばかげた話、じっさいにゲームに強制参加させられでもしない限り、信じるのはムリってもんだよね。
じっさい、C組で「眠り病」が流行りだした原因として、ぼくらのやらされているこのデスゲームについて正直に打ち明けたクラスメートたちは、部活仲間などのあいだで変人や虚言癖といった烙印を押されてしまったらしい。
しかしぼくの疑念を、ミッチーは「コイヅカは……まあ、いろいろ信じやすいタチだからな」という文言であっさり払拭してしまった。
「コイヅカの家、けっこうでかいんだけどよ、おふくろは駆け落ちでいま、沖縄にいるらしいし、オヤジは愛人のところに入り浸り。で、すっかりおれらみてえな連中のたまり場になっちまってるってわけよ」
ぼくのようなマジメキャラからすれば、悪の巣窟まっしぐらなシチュエーションにしか見えません、ハイ。
「決まり、だな」ルカさんが右のこぶしを左の手のひらに打ちつけ、総括した。




