第11話 あなたの秘密 2/6
「試験、ご苦労さん」
亮次は翔虎に缶コーヒーを手渡した。
「うちは冷蔵庫ないんで、冷えてなくて悪いけどな」
「いいですよ、そんなこと。いただきます」
翔虎は缶のタブを開けて口を付けた。
翔虎がひとりで帰宅途中のバスの中。亮次からメールが入った。
「ストレイヤー感知プログラムと、錬換エネルギー残量表示を携帯に入れるため、帰りに立ち寄ってくれ」
というのがその内容だった。
「そうか、いやに早く来たと思ったら、部活は休んだのか」
「はい。試験で疲れが溜まってて」
「翔虎くんの場合はそれだけじゃないからな」
「あ、はい……でも正直助かりました。試験期間中にストレイヤーが出たのは、初日の一回きりで」
「そうだな。あれも短期決戦で片付けてくれたしな……おっと、インストールが終わったぞ」
亮次はパソコンと繋げていた翔虎の携帯電話からケーブルを外し、翔虎に返した。それを受け取った翔虎はディスプレイを見て。
「あ、アイコンが増えてる。これですね、これがレーダー」
翔虎が指さしたのは、地図に十字の赤いラインが重ねられたデザインのアイコンだった。
「ああ、私のほうでストレイヤー出現を感知したら、自動で翔虎くんの携帯にも通知が入る。通知設定はただバイブ振動だけにしておいた。必要に応じて変えてくれ。通知とともにレーダーアプリが自動で立ち上がるようになっている」
「わかりました。隣のこれは?」
翔虎がレーダーアプリの横のアイコンを指さした。それも新たにインストールされたものだった。
「ディールナイトのエネルギーインジケーターと一緒に入れたんだ。要はディールナイトのシミュレーターだよ」
「シミュレーター?」
「立ち上げてみてくれ」
亮次の言葉で翔虎はそのアイコンをタップした。すると画面は横長にドラムが三つ配置された、ディールナイト変身時と同じ構成に変わった。
翔虎はドラムをフリックして、〈スペード〉と〈4〉に表示を合わせる。
「あ、武器アイコンの横に目盛りが」
翔虎が言った通り、武器のイメージを現す右ドラムのさらに横に、光沢のある目盛りのようなものが表示された。〈スペードフォー〉は、保健室で翔虎が倒したストレイヤーから回収したものだ。右ドラムには細身の剣が表示されている。
「その目盛りは、その武装を錬換するのに必要なエネルギー量だ。目盛りの表示は、一から三までだ。ほとんどの装備は一目盛りの消費で錬換出来る。現在錬換に二目盛り必要なのは、〈クラブ〉の〈J〉から錬換されるバイクだけだな」
「あ、本当だ」
翔虎はドラムを〈クラブ〉と〈J〉に合わせると、右ドラムにバイクのイラストが現れ、目盛り表示が初めて二つとなった。
「細い剣、レイピアって言うんだっけ? も、ドリルも同じエネルギー量で錬換出来るってことですか?」
「もちろん厳密には違うよ、レイピアっていうのか? あの武器〈スペードフォー〉よりはドリル〈クラブセブン〉のほうがエネルギーは若干多く使う、だけど、あんまり細かい表示にしても面倒だろ? 戦闘中に。大まかなイメージが掴めればいいと思って」
「そうですね。細かい計算しながら戦うってのも隙ができそうだし。それで、上に表示されてるのが、エネルギーの総量ですね?」
「その通り」
画面の一番上には、横長に目盛りが羅列していた。
「一、二……全部で十八ある。二つ空になってますね」
「現在二次元クラウドに蓄えられるバッテリーをフル充電した総量がそれだ。その表示はリアルタイム連動だから、実際のエネルギーと同じだよ。それはシミュレーターだから、起動した時点で変身したものとして自動で二目盛り減るようになってるんだ」
「変身だけで二目盛り使うんですね。シャットダウンアタックは?」
「シャットダウンアタックには三つ使用する」
「そうですか。えーと……今まで一番多く錬換を使ったのは……ドリルのやつと戦った時かな?
あの時は変身して最初に剣と盾、これで四。シャットダウンアタックに失敗して、七。ワイヤーアームで八、斧で九、ガンダムハンマーで十、もう一回斧を出して十一、最後にとどめのシャットダウンアタックで十四。結構ギリギリだったんですね」
「その頃はまだ最大量が十六目盛りだったから、さらにギリギリだな。もちろん、今後も最大量は増やしていくよ。ところで、ガンダムハンマー、ってなんだい?」
「亮次さん、知りませんか? ガンダム」
「名前くらいは知ってるけれどね」
「そうですか。亮次さんくらいの年齢のほうが、むしろストライク世代だと思うんですけれど」
「まあ、実際にいじってみてくれ」
亮次の言葉に翔虎は改めて携帯の画面を見て、
「これをですか?」
「そうだよ。シミュレーターだからね」
「よし……」
翔虎は基本装備として使っている、〈スペード6〉を錬換。上部エネルギー残量目盛りが一つ消灯した、続けて〈ハート2〉また一つ消灯する。
「何だかこうやって実際にエネルギーが消費されていくのを見ると、もったいないなって思っちゃいますね」
「翔虎くんはそんなこと考えるな。エネルギー節約のためじゃなく、あくまで戦術利用としてあるものだぞ」
「わかってますよ……じゃ、ここでシャットダウンアタックをまた不発したとしよう……」
翔虎はシャットダウンアタック発動操作を行う。さらに目盛りが三つ消費された。
「しまった、外した。こうなったら、武器を斧にして……さらにストレイヤーが逃げたことにしてバイクで追おう」
翔虎は〈スペード7〉、〈クラブJ〉を立て続けに錬換。目盛り三つ消費した。
「もう残り目盛りは十だ。シャットダウンアタックに最低三残すとして、あとバイク以外なら七回錬換出来る。そう考えると余裕が生まれますね。敵が二体いたとしても、四回。これはいいイメージトレーニングになりますよ」
「有効に使ってくれ。直くん以外の人に見られないようにな」
「そうですね――あ、噂をすれば」
翔虎の携帯電話が振動し、着信を告げた。
「もしもし、直?」
翔虎は携帯電話を耳に当てて、
「うん、今、亮次さんのところ。え? ……違うよ。遊んでるんじゃないって。そうだ、直もレーダー入れてもらいなよ。……うん、うん……それじゃ」
翔虎は電話を切って、
「直もこれから来るって」
「そうか。直くんの携帯にレーダーアプリを入れたら、三人でご飯でも食べに行くか?」
「あ、いいですね」
直は、それから五分も経たないうちに亮次の部屋にやってきた。
「お邪魔します」
「どうぞ。直くんはジュースかお茶のほうがいいかな?」
「あ、お構いなく。すぐお暇しますんで」
亮次に携帯電話を渡した直は、そう言ってフローリングに敷かれたラグの上に腰を下ろした。
「直、これから三人でご飯行かない?」
翔虎の提案に直は、
「駄目。翔虎は疲れてるんだから、早く帰ってあったかい家庭料理を食べて、お風呂入って歯を磨いて早く寝なさい」
「何だよ。そこまで指示されなくても……」
ははは、と、インストール残り時間を現すゲージを見たまま亮次は笑った。
「私と亮次さんの二人だけで行きますか?」
亮次に向けて直が言った言葉に翔虎は、えっ? と亮次を見る。
「そうだな……」
亮次は翔虎の顔を見て、
「いや、直くんも早く帰りなさい。試験で疲れてるのは一緒だろ」
「はーい」
と、直は返事をした。翔虎はそれを聞き、小さくため息を漏らす。
亮次は翔虎の安堵したような顔を見て、もう一度、ふふ、と笑った。
「何がおかしいんですか、亮次さん?」
「いや、何でもないよ。そら、終わったよ」
レーダーアプリのインストールが終了した直の携帯電話を返して亮次は言った。
直の肩越しに、亮次と翔虎は目を合わせた。




