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錬換武装ディールナイト  作者: 庵字
第10話 嵐を呼ぶ中間考査
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第10話 嵐を呼ぶ中間考査 3/5

 日が開けた翌日、一学期中間考査が始まった。

 高校生になって初めての試験を、翔虎(しょうこ)は緊張の面持ちで迎えていた。それは高校初の試験という理由からだけではなかった。


 昨夜、亮次(りょうじ)は翔虎に電話をして、試験時間中にストレイヤー反応があっても、試験時間が終わるまで翔虎への連絡は待とうか、と提案をした。その間、自分のみで追跡を行い、出来得る限りの対処をしようということだった。

 翔虎はこの前の戦いで、移動手段であるバイク〈クラブジャック〉を入手しているため、亮次の車がなくとも独自に現場に駆けつけられるという判断もあった。

 しかし、翔虎はこれを断った。試験だろうと関係なく、敵が現れたら戦いに赴く。それがヒーローとしての覚悟だと、殊勝に語った。


「わかった。翔虎くんの試験時間にストレイヤーが出現しないことを祈ろう」


 亮次はそう言って電話を切った。


 しかし、亮次のその願いは、早くも叶わぬものとなってしまった。


 翔虎が小さく体を震わせた。

 試験初日一時限目。まさに高校生活最初の試験のさなか。コールのバイブレーションは、一回ちょうどで止まった。

 これも亮次と取り決めた合図だった。コールが一回なら、ストレイヤーの出現場所は東都学園高校か、その最寄り。二回なら、学校から離れた場所。

 翔虎は黒板の右上に掛けられた時計を見る。試験が始まってまだ十五分も経っていなかった。


「せ、先生……」


 シャープペンシルを置いた翔虎は、意を決したようにゆっくりと手を上げた。


「ん? どうした、ショウ」


 教卓に立ち、顔を伏せて答案用紙と睨み合っている生徒らを見回していた、四組担任木下真吾(きのしたしんご)は翔虎に声を掛けた。


「ちょ、ちょっと体の具合が……」

「おい、大丈夫か?」


 木下は教卓から早足で翔虎のもとへ移動し、顔を覗き込んだ。


「は、はい、ちょっと、保健室で休んでもいいですか?」


 そう言って立ち上がろうとする翔虎に、


「少し待ってろ」


 木下は急いで教室を出て隣の教室に入り、試験についての質問受付のためクラスを巡回していた数学教師の木津(きづ)を呼んできた。


「大丈夫? 一緒に保健室まで行きましょう」


 中年女性教師の木津は、翔虎の腕を取ってゆっくりと教室を出た。

 クラスの誰もが心配そうに翔虎の後ろ姿を見送ったが、(なお)だけは、他の生徒とは別種の心配を含んだ目で翔虎の背中を見送った。


 ひとりで教室を出て保健室へ行くふりをして、学校敷地内でストレイヤーの探索。翔虎がそう目論んでいたことは明白だ。

 付き添いの木津とともに一階の保健室まで階段を下りる翔虎は、気持ちがはやるように足取りを早くしていた。


「ちょっと、尾野辺(おのべ)くん。あんまり急いだら駄目。大丈夫、試験は後日にまた受けさせてあげるから」

「す、すみません……」


 木津の言葉に、翔虎は素直に謝った。


「ほら、汗も出て来てるじゃない」


 翔虎の頬を伝う汗の原因は、容体が優れないためではないだろう。


「ここで大丈夫ですから」


 階段を下りきり、保健室まであと十メートルもない廊下で翔虎はそう言って、しきりに心配する木津を戻らせようとしたが、木津は結局翔虎の腕を取ったまま進み、保健室のドアを開けた。


「すみません。新田(にった)先生」


 木津の声に、机に向かっていた保険医の新田は、座っていた椅子の座面ごと回転してドアへ体を向けた。


「あら、木津先生」


 そう言って新田は立ち上がった。

 清潔感のあるショートヘアが揺れ、白衣の裾が翻った。


「こちらの生徒、一年四組の尾野辺くんが具合が悪くなってしまって」


 木津に紹介され、翔虎はぺこりと頭を下げた。翔虎は東都学園高校の保険医と顔を合わせるのは初めてだった。


「新入生ね」


 新田は少し屈み込み翔虎の顔を覗き、


「汗かいてるわね。とりあえず横になろ」


 と、腕を取り、木津から翔虎を引き継いだ。

 木津は、よろしくお願いします、と頭を下げて保健室を出た。

 新田はベッドまで翔虎を連れて行き、体温計を持ってきて、翔虎の脇の下に入れようとしたが、翔虎は、自分でやります、と、体温計を受け取った。

 新田は机に立ててある生徒名簿を手に取り、ページを開きながら、


「えーと、一年四組の……尾野辺……翔虎くん?」

「そうです」


 と、体温計を脇に挟み、ベッドに腰を掛けたまま翔虎は返事をした。


「かっこいい名前ね。私、(はる)、なんて単純な名前だから、あこがれちゃうな」


 そう言った新田に翔虎は、


「はる……先生?」

「春は、季節の春。名前よ。名字は新田」


 翔虎のほうを振り返った新田は、


「あ、駄目じゃない、ちゃんと横にならなきゃ」


 新田はベッドに腰を掛けたままの翔虎を注意し、靴を脱がせて横にならせ、その上から毛布を掛けてやった。

 翔虎は少し顔を赤くして、


「新田先生、ですか」

「よろしくね」


 新田は微笑んで、毛布の上から翔虎の体を、ぽんぽんと軽く叩いた。


「は、はい……」

「私、自分で言うのも何だけど、若く見えるでしょ」


 新田は顔を近づけて、


「でも、年齢聞いたらびっくりするよ。だから、それなりにベテランの女医だから、安心してね」

「え、おいくつなんですか? ……あ! すみません」


 翔虎は慌てたように質問を打ち消した。


「ふふ、内緒。さて、このまま問診始めようか。あ、ちょっと待っててね」


 新田は奥の応接セットへ向かった。


「気分はどう? 水野(みずの)くんも横になる?」


 新田の声が聞こえてきた。

 翔虎の寝ているベッドからでは、応接セットは死角になって様子を窺うことはできないが、翔虎の他にもうひとり生徒がいるようだ。


「……って、こんなことしてる場合じゃないぞ」


 新田がいなくなった隙を狙って、翔虎は音を立てないようにゆっくりと毛布をめくり、靴を履いた。片足を履き終えたところで、突然電子音が鳴った。翔虎の脇の下からだった。


「あ、熱、計れたね」


 体温計の音を聞いて新田が戻ってきた。翔虎は慌てて靴を脱ぎ、毛布を被った。

 翔虎から手渡された体温計を見て新田は、


「平熱はわかる? わからない? 普段計っておかないと駄目よ。……微熱ってところね」


 そう言って体温計をしまい、問診票を手に戻ってきた。


「あの、先生」

「なあに?」


 問診票に翔虎の名前を書き込みながら新田は答えた。


「何か騒ぎがあったとか、聞きません? 学校で」

「ああ、怪物とヒーローの騒ぎね。私も見たわよ。何ていう名前だっけ……」

「いや、過去のことじゃなくてですね、今、つい十分前くらいに、何か騒ぎがなかったかなって……」

「ディールナイトです」


 応接セットのほうから声がした。

 翔虎は上半身を起こし、死角の向こうを覗き込むようにして声の主を伺う。

 ソファに小柄な男子生徒が座っていた。背は小柄な翔虎よりも低いかもしれない。テーブルには答案用紙と筆記用具が置いてある。

 一瞬目があったが、その男子生徒はすぐに翔虎から視線を離してしまった。


「あら、水野くんも見たの?」


 新田の声に、水野と呼ばれた男子生徒は、


「いえ、僕、あんまり学校来られないから、まだ実際に見たことないんです」

「そうなんだ。じゃあ、そのなんとかナイト目当てで、ちょくちょく学校にも来てみたら――あ、ごめんね……」


 新田は寂しそうな顔になった。

 水野はソファに座ったまま、俯いていた。


「尾野辺くん、ちょっとごめん。これ、書けるところは書いておいてくれる?」


 翔虎に問診票を渡し、新田は応接セットのほうへ向かった。

 これを二度目のチャンスと見たか、翔虎は問診票をベッドに置くと、今度は多少の物音が立つのも構わず、急いで靴を履き始めた。

 応接セットのほうからは、新田と水野が話し込む、小さな会話の声が聞こえる。

 よく聞くと、それは会話というよりは、新田のほうばかりが水野に話しかけているように聞こえた。

 靴を履き終えた翔虎は、もう一度応接セットのほうを窺ってから、今度は物音を立てないように抜き足でベッドから離れ始めたが、二、三歩進んだところでその足を止めた。

 翔虎の視線は窓に向けられている。正確には、その窓の向こうにいるものに対して。


 窓ガラスの向こう数メートル先に、右手首から直接細身の剣を生やした甲冑姿の物体が立っていた。甲冑というには、そのサイズは異様に細く、どんな痩せた人間でもその中に入ることは不可能だろう。

 二メートル前後はある身長のその甲冑は、縦に数本入った頭部のスリットの向こうに不気味に真っ赤な単眼を光らせながら、ゆっくりと窓ガラスに、つまり保健室に向かって歩いてきた。

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