第9話 ストレイヤーの謎 2/4
物語の視点は、昨日、こころと林たちが体育用具室で拳銃ストレイヤーの出現を目撃した時間に遡る。
「こ、殺されるぞ!」
林は、へたり込んだ姿勢のまま後ずさりした。
ストレイヤーは一歩踏み出し、その場にいた四人の生徒を値踏みするように見回す。カメラが回転、伸縮する音が不気味に響く。さらに二歩目、三歩目を足早に踏みだして四人に迫り、右手の銃口を向けた。
「ひぃっ!」
「ちょっとやだ」
「何なのこいつ?」
林とその後ろにいる二名の女子生徒、北見と戸村は、怯えた表情で震える。
「林ぃ、やばいよ、逃げようよ……」
ロングヘアの北見が廊下に尻を付いたままの林の肩を叩く。
「お、おう……」
林はそう答え、立ち上がろうとしたが、
「ひぃっ!」「ひゃぁっ!」「ぎゃっ!」「ぶほっ!」
林、北見、戸村、こころまで同時に悲鳴を発した。
ストレイヤーの拳銃が火を噴き、廊下の天井に弾痕を作ったためだった。
北見と戸村もその場に座り込み、林と三人で体を震わせる。
ストレイヤーはその三人に近づき、普通の手となっている左手を伸ばす。
「や、やめてよ……」
かろうじてといった音量で声を出したのは、ショートヘアの戸村だった。他の二人は出したくても声を出せないかのように口を半開きにしていた。
「や、やめなさい!」
同じように廊下に座り込んでいたこころが立ち上がり、ストレイヤーと三人の間に立った。両手を広げるが、その腕、その脚は林らと同じように震えている。
ストレイヤーは、カメラが回転する音とともに頭部をこころの顔に近づける。そして、
「!」
こころは声にならない悲鳴を上げて崩れ落ちた。その体は廊下の床に倒れ込む前に、ストレイヤーによってキャッチされ、肩に担ぎ上げられた。
ストレイヤーの頭部から一瞬放たれた電気のようなもので、こころは気を失わされたようだった。
ストレイヤーはこころを担いだまま、廊下の窓ガラスを銃で叩き割ると、外へ飛び出した。駐車場で翔虎と相対したのは、それからすぐのことだった。
再び現在の文芸部室。
「……そう、そんなことがあったの」
林の話を聞き終えた美波は、そう口にした。
「別にお前たちを助けたわけじゃなくて、あの怪物をぶっ飛ばしてやろうと思っただけです」
こころは腕を組み口を尖らせて言った。
ふっ、と、林は少し笑って、
「お前がどうだろうと、俺たちが助かったのは事実さ。北見と戸村は気分が悪くてまだ休んでるけど、お前のところに行くって言ったら、自分たちの分も礼を言っておいてくれって頼まれたよ」
「ありがとう、林くん」
美波は微笑んで林に言った。
「みなみな先輩、そんなやつに礼を言う必要ないです……」
「権田原、今まで悪かったな。すまん」
林は座ったまま膝に手を付いて頭を下げた。こころに林の襟首まで見えるほどに。
「な、何ですか……」
「こころちゃん。林くん、謝ってるよ」
美波は真面目な顔でこころを見る。
「わ、わかりましたよ……許してやるですよ……」
「ありがとう……」
林はそのままの姿勢で言った。
「もういいから顔を上げろ、です」
こころのその言葉で、林はゆっくりと頭を上げた。
「林くん」
矢川が声を掛け、林が向くと、
「君は勇気があるよ。素晴らしいことだ」
「……ありがとうございます、先輩」
林の目がうっすらと潤んだ。
「じゃ、俺、行くわ」
林は冷めたお茶を一気に飲み干し、ごちそうさまでした、と美波に声を掛けて椅子から立ち、
「権田原、お前、変わったよ……」
そう言って微笑んだ。こころは、ふん、と鼻を鳴らして答えた。その反応に林は笑って、
「俺も、俺たちもこの呼び方、やめたほうがいいかな?」
「……別にいいです。名前は関係ないですから。でも、どうしてもと言うなら、これからはこころ、と呼んでほしいです。睡蓮先生、でもいいですよ」
「どうして先生なんだよ」
林は笑って、
「じゃあ、こころ、ありがとうな」
「うん……矢川先輩の言うとおり、お前は……林は勇気があるです」
「……じゃあな」
林はドアを開けて廊下に出る。
「林くん」
矢川の声に林は、何ですか、と振り返った。矢川は、
「この勢いを借りてさ、文芸部に入らない?」
「は? あ、いえ、俺、活字とか全然ダメなんで……それじゃ、失礼しました」
林は一礼してドアを閉めた。
「林くん、変わったね。こころちゃんが変えたんだよ」
美波はこころを見て言った。
「それは……」
こころは顔を赤らめて、
「みなみな先輩のおかげです。矢川先輩も。私、あの日、みなみな先輩に声を掛けてもらわなかったら……どうなっていたか……」
「こころ先輩。凄いですよ。昔いじめられた相手を怪物から守ったなんて。寛大です。私、尊敬します」
「はは、そう……?」
直の掛けた言葉に赤い顔のまま頭を掻いたこころだったが、
「ん? どうして成岡がそのことを知ってるんですか!」
「え? 南方先輩から聞いたんですけど」
「えー! みなみな先輩、どうして一年に話しちゃったんですか!」
「だって、いい話じゃない」
美波はにっこり笑って答えた。
「尾野辺! お前は?」
こころは翔虎を振り返る。
「あ、僕は、直から聞いた……」
「ひどいですみなみな先輩! もう知らないです!」
こころは部室のドアを開け廊下に飛び出していった。




