第8話 こころはみなみ向き 1/5
「
「翔虎ちゃん……どう? 私の体? 二年前から、少しは成長したかな?」
美波はそう言うと両腕を開いて、一糸まとわぬ裸身を露わにする。
「み、南方先輩……」
同じく裸体のままベッドに寝そべっていた翔虎は声を震わせた。
「何?」
美波はベッドの縁に腰掛け、その指を翔虎の滑らかな肌の上で滑らせる。
「あっ……」
熱い吐息を漏らす翔虎。
「翔虎ちゃん、どうなの……?」
美波は翔虎の耳元に唇を当てて問い直す。
「き、綺麗です、先輩……い、いえ、二年前も綺麗でしたけど、その頃よりも……ずっと……綺麗に」
「嬉しい……」
美波は翔虎の熱く、堅くなった体の一部をそっと握る。
「あっ……ダメです、南方先輩……」
体を悶えさせて翔虎は言ったが、言葉とは裏腹に抵抗する素振りは見せなかった。
「美波、って呼んで。ね……」
美波はそのまま握った手をゆっくりと動かす。
「せ、先輩……美波……先輩」
「うふ。翔虎ちゃんも、私の触って……」
美波は翔虎の手を取り、自らの秘部へ誘う。
「……み、美波先輩の……ここ……」
……って、何ですかこれはー!」
こころは、美波のパソコンのディスプレイに打たれた文章の朗読を終えた。
「私もみんなに負けないように小説書いてみようと思って。部長だしね」
マグカップを手に、こころが朗読する様子を笑顔で見ていた美波は言った。
「何なんですかこれ! エロ小説じゃないですかー! しかも、どうして登場人物が、みなみな先輩と尾野辺なんです!」
「書きたいものを書いてみるっていうのが、創作の第一歩じゃない?」
「そ、それにしたってこれは……」
「でもね、全部が全部フィクションってわけじゃないのよ。翔虎ちゃんが実際に私に言ってくれた言葉をアレンジして使ってるのよ」
「なな、何ですとー!」
こころは、がくり、と頭を後ろに倒した。そのまま床に倒れるかと思われたが、二、三歩後退して、再び頭を前に振り戻し体勢を復帰させた。
「尾野辺! お前、放課後屋上にツラ貸せです!」
こころは鋭い視線を翔虎に向けた。
「な、何で僕が……しかも、もう放課後だし……」
「みなみな先輩!」
こころは美波に向き直り、
「せめて、この小説の『翔虎』のところを『こころ』に変えて下さい!」
「でもー、そうすると、こころちゃんに、おち○ちんが生えることになっちゃうわよ」
「いいです! みなみな先輩のためなら、おち○ちんの二本や三本生やします!」
「ちょっと! 何て会話してるんですか!」
業を煮やしたように直が立ち上がって抗議した。
「成岡! あんたの出る幕じゃないです! あんたは、忍者の末裔が探偵になる、『忍者探偵ハンゾウくん』の続きでも書いてなさい」
「そんなの書いてません! 何ですか、私、それ読みたいです『忍者探偵ハンゾウくん』」
「くっそ、こうなったら、私がみなみな先輩と私との熱いラブドラマを書いてやるです! この燃えたぎる情熱を原稿用紙、じゃなくて、パソコンに叩き付けてやります!」
メラメラと背景に炎を背負った、かのようなポーズのこころに美波は、
「こころちゃん、『時空探偵トキオ』のほうはどうなの? 古典ミステリの読書は進んでる?」
「……うう」
こころは一転肩を落とし、
「『ギリシャ棺の謎』は、犯人の仕掛けた罠とか色々ややこしくて、全然ページが進まないです! みなみな先輩のいじわる!」
こころはそう言い残して部室を飛び出していった。
「南方先輩も、変なの書かないで下さい。間違って先生がそれを読んだらどうしますか」
直は美波に向かって諭すように言った。
「わかってるわよ、直。これはここだけの秘密。ねえ、直もこの小説に登場させていい?」
「絶対ダメです!」
その一連のやりとりを黙って見ていた翔虎は、
「……それにしても、こころ先輩は本当に南方先輩のことが大好きですね」
「そうね。ちょっと危ないくらい」
直も同感という言葉を口にした。
「部長はこころちゃんの恩人なんだよ」
先ほどの騒ぎの中もまったく動じる素振りも見せず、パソコンのキーを叩いていた矢川が、視線は画面に注いだまま口にした。
「矢川先輩。そういえばずっといらっしゃったんですね……」
「この集中力。さすが作家……」
直と翔虎は感嘆した声を出した。
「で、恩人って、どういうことなんです?」
翔虎の問いかけに矢川は、
「部長、言っちゃってもいいですか?」
「駄目よ。個人的なことなんだから」
美波はそう言いきって、
「いつものコースだと、こころちゃん、五分くらいで帰ってくるから、変な空気出したら駄目よ」
「そうですか。俺はいい話だから、みんなに聞いて欲しいと思ってるんですけどね」
矢川はキーを叩く手を止めて言った。
いつもであれば疾走して駆け抜けている体育用具室の前を、今日のこころはゆっくりと歩いていた。ぶつぶつと何かを呟きながら。
「……みなみな先輩の家に私がメイドとして雇われる、主人とメイドの危険な関係……みなみな先輩が未亡人になって、私が慰めるというのは……そうだ、死んだ夫役は尾野辺にしてやるです。……あ、でもそれだと、みなみな先輩が一度は尾野辺と結婚しているということに……」
「お、ゴンちゃんじゃん」
後ろから掛けられたその声に、こころは足を止め、振り返った。
「……やっぱりお前らですか」
こころの目はきつく絞られ、表情にも、ひるむような様子は一切なかったが、その瞳の奥に、わずかだが怯えたような光が見て取れた。
そこにいたのは、三人の男女だった。
「二年なってクラスが変わって寂しくなったよ」
茶色い髪とその化粧が高校の制服とは不釣り合いな女子生徒が言った。
「別に私は寂しくないです。むしろ清々しました」
「何だとこの――」
こころの答えに声を荒げたその女子生徒を、隣に立つ男子生徒が制した。妙な癖のついた長髪と、耳に複数開いたピアス穴が、この生徒の休日の格好を想像させる。男子生徒は一歩前に出て、
「おい、あんまり調子に乗るなよ。何か力のある先輩にかわいがられてるみたいだけどよ」
「こころは調子に乗ってなんかいません。いつも普段通りですよ」
「何がこころ、だ。権田原のゴンちゃんよ」
「用がないなら失礼するです」
「おい、待てよ――」
振り返って歩き出そうとしたこころを呼び止めた男子生徒は言葉を飲み込んで、
「……おい、何だあれ?」
半開きになっていた体育用具室の扉の隙間から漏れるフラッシュのような光を指さした。光とともに、放電するような奇妙な音も聞こえる。こころもそれを見て扉の前まで引き返してきた。
「中に誰か、というか、何かいるみたいです……」
扉に手を掛け、そっと中を覗き込む。その姿を見た男子生徒も、他の二人の女子生徒の制止も聞かず、こころと同じように中を覗き込んだ。
「これは……」
「何ですか……」
男子生徒とこころは、その中で起きている光景を見てそう呟いた。
部屋の床から二メートル程度の高さの空中に光の塊が浮かんでいる。その塊から稲妻のような放電が不規則に放たれており、音の正体はその稲妻が放たれる際に発せられるものだった。その間隔は次第に短くなっていき、光の塊もそれに比例して大きさを増していく。直径が三十センチ程度になったところで、塊が大きくなる早さは急速に増し、一気に直径二メートル程度にまで膨らんだかと思うと、大きな破裂音とともに消えた。
こころと男子生徒はその瞬間に発せられた風圧と眩い光に目をつむり、その目を再び開けた時、
「な、何だ……」
男子生徒はそこにいるものを見て床にへたり込んだ。
「……ロボット? ……怪物です!」
こころの言葉は、その外見をおおざっぱに、また的確に捉えていた。
胴体と頭部、四肢を備えてはいるが人間ではない。機械のようなその体の、腕や首などは中に人が入ることが不可能なほど細く、しかし、人間のように動いていた。腕や脚を動かし、頭部を回す。
頭部にはカメラのレンズのような、人間でいえば目を思わせる意匠が三つ付いている。その目は、ただの飾りではないと主張するかのように、ピントを合わせるかのごとく駆動音とともに回転、伸縮した。
怪物の周囲では、壁、バスケットボールの入った籠、床の一部などが、えぐり取られるように削られていた。その断面を繋いでいくと、見えない球体がそこに存在していて、そこにあった物質を切り取ったかのように見える。
まるで、その消えた物体を材料にしてこの怪物は作られたかのようだった。
床には、籠の一部が消え去ったことでこぼれ出たバスケットボールが数個、転がっていた。
「こ、殺されるぞ!」
男子生徒は、へたり込んだ姿勢のまま後ずさりした。男子生徒がそう叫んだ理由は、恐らくその怪物の右手にあった。
怪物の右手は手首から先がそのままオートマチック型の拳銃になっていた。




