第8話 こころはみなみ向き 2/5
「!」
翔虎は読んでいた本を伏せて立ち上がり廊下に出た。ドアを閉めて携帯電話を取りだして耳に当てる。
「もしもし」
「翔虎くん、ストレイヤーが出た」
亮次からの連絡だった。
「どこです?」
「言いにくいんだがな。またしても東都学園高校だ」
「またですか!」
小声で会話していた翔虎は、そこだけ大きな声を出してしまい、きょろきょろと周囲を窺う。誰も注目していないことを確認して、
「ちょっと、いったいどうなってるんですか?」
「しかも、今回はさらに悪い。出現箇所はおそらく学校の敷地内だ、それも多分校舎の中」
「えっ? どこですか?」
「そこまで正確にはわからないんだ」
「そうでしたね。わかりました。そこらを見てきます。ストレイヤーが出たなら、騒ぎになってるはずだ」
翔虎は電話を切ると、ドアを開け、部室に顔だけ入れて、
「部長、すみません。僕、ちょっと……」
「あら? お帰りね。もちろんいいわよ」
美波の了解を得ると翔虎は、
「すみません、それじゃ――」
翔虎の言葉はそこで中断された、生徒のものと思われる悲鳴が聞こえたからだ。
「何?」
「もしかして、また」
美波と矢川はそれぞれ立ち上がって言った。直は翔虎の目を見る。翔虎は頷いてそれに答えると、二人は足早に部室を出た。
「どこから聞こえた?」
「わからない。外だったかも……」
翔虎と直はそう言うと、部室の前を離れ、どこへ向かうか決めあぐねるように廊下を見回した。
「とりあえず変身を――」
「まだ生徒がいる! それに廊下だよ!」
携帯電話を取りだした翔虎の手を直が取って下ろさせた。
放課後とはいえ、廊下にはまだ数名の生徒の姿が見える。しかもここで変身したら、廊下に大きな穴が空いてしまうということも直は指摘した。
廊下にいる生徒は誰もが、翔虎たちのように先ほどの悲鳴を耳にしたらしく、窓の外を見回したり、話し合ったりして悲鳴の原因を探ろうかとしている。
「じゃあ、トイレに――」
男子トイレに入りかけた翔虎を再び直が制し、
「変身した姿で男子トイレから出てくるところを誰かに見られたらどうするのよ。男だって疑われちゃうわよ。女子トイレで変身しなさい」
「それは抵抗が……それにトイレに大穴が空いちゃうし」
「ああ、じゃあ、屋上!」
二人は階段を駆け上がった。
屋上には誰もいなかった。
「よし」
翔虎は携帯電話の画面をタッチしてディールナイトに変身する。屋上の床の一部がスーツの材料として使われ、クレーターと化した。
「翔虎! 外!」
屋上フェンス越しに直は下を見下ろして指をさした。翔虎も直の隣に駆け寄ると、校庭と校舎に挟まれた駐車場に、環状に生徒らの人だかりが出来ていた。その環の中心にいたのは、明らかに人ではない何者かの姿だった。
「ストレイヤーだ!」
言うなり翔虎はヘルメットを展開してフェンスを跳び越えた。
「気を付けて!」
叫びながら直はそれを目で追うと、自分も階段に向かって走った。
翔虎は校舎壁から数メートル離れた駐車場のアスファルト上に着地した。
「来た!」「ディールナイト!」
生徒らは頭上から降ってきた戦士の姿を見ると、口々に歓声を上げた。
「助けてあげて! 誰か捕まってる!」
歓声の他に、女子生徒のその声もディールナイトに掛けられた。
翔虎が目を向けると、ストレイヤーは左肩に制服を着た生徒を担ぎ上げていた。女子の制服だった。
俯せの状態で抱えられており、後頭部の左右から束ねられた髪が地面に向かって伸びていた。ツインテールと称される髪型だ。
ストレイヤーが後ろを向いた。不用意に近づきすぎた生徒に反応したのだろうか。その時、抱えられた生徒の足が見えた。内履で靴紐の色は赤だった。
「……もしかして」
翔虎は誰にも聞かれない小さな声で呟いて、ストレイヤーに向かって行った。
「うわ!」
しかしその勢いはストレイヤーの手前二メートル程度で止められてしまうこととなった。目の前に向けられたストレイヤーの右手、その先端が拳銃になっていることを見て取り、翔虎は急ブレーキを掛けるように立ち止まった。
「伏せろー!」
翔虎はそう叫んで、一番近くにいた生徒を庇ってストレイヤーに背中を向けた。
ディールナイトの叫びに従ったもの、同じように怪物の手に拳銃を見たもの、理由は様々だったが、その場にいた全員は一斉にアスファルト上に伏せた。
直後に銃声が響き、放たれた弾丸は校舎の壁に着弾した。
「こいつ!」
翔虎は生徒を庇う体勢のまま、アスファルトからリボルバー銃〈ハートツー〉を錬換すると、それを持ち構えてストレイヤーの正面に立った。
互いに拳銃を向け合う翔虎とストレイヤー。
このストレイヤーが翔虎の銃の腕を知っていれば、構わず発砲したかもしれなかったが、そのままの膠着状態が続く。
玄関から出てきた直は、翔虎とストレイヤーの状態を見て足を止めた。
生徒らも伏せた体勢から可能なものは顔を上げ、銃を向け合うディールナイトと怪物の様子を無言のまま窺っている。
「翔虎くん――」
亮次からの通信が入ったが、
「亮次さん。今立て込み中――」
翔虎はマスクの外に漏れないような小声で応答したが、亮次は構わずに、
「もう一体出たんだ。もうそっちに行っている――」
「えっ?」
静寂を破ったのは翔虎のその声と、近づいてくる爆音だった。
校門の方角から近づいてくるそれは、
「バイクだ!」「怪物バイクだ!」
生徒たちの声が音の正体を物語った。それは、バイクの座席部分から上半身が生えている怪物だった。
「あれもストレイヤー?」
翔虎は横目でその異様な姿を捉えて呟いた。
バイクは、それが普通のものでないことがひと目でわかる、異形かつ未来的なフォルムを持っていた。座席から生えている上半身の胴体及び腕は細いパイプのようで、バイクのグリップを握る以外のことをするつもりはない、と主張しているかのようだった。
バイクストレイヤーはスピードを緩めることなく突っ込んできたため、伏せていた生徒らは立ち上がり、あるいは転がり、その進路を開けざるを得なかった。
バイクストレイヤーは車体を横に向け、タイヤを鳴らしながら拳銃ストレイヤーの手前で急停止する。
拳銃ストレイヤーは肩に女子生徒を担いだまま、そのバイクに飛び乗った。
「待て!」
翔虎の声に構うことなく、バイクストレイヤーは前タイヤを軸にターンして校門の方向へ引き返す。
翔虎は走って追いかけたが、そのスピードに追いつけるはずもなかった。バイクは校門を抜けて走り去り、その姿は見えなくなった。
「くそっ!」
翔虎は小さく毒づきリボルバー銃を下ろし、
「あれ、こころ先輩じゃないか……」
ストレイヤーが逃げ去る瞬間、翔虎は捕まっている女子生徒の顔を目撃していた。
「こころちゃんがさらわれた?」
美波はそう叫んで飛び上がるように椅子から立ち上がった。すでにパソコンを閉じていた矢川も、神妙な表情で顔を向けた。
「はい……」
文芸部室に戻った直は、玄関先を起きた騒動を美波に報告した。直は説明を続け、
「体育用具室の前で、二年生四人が怪物を目撃して、その中にこころ先輩もいたんだそうです。怪物はこころ先輩を捕まえると、外に出て。ディールナイトが来たんですけど、他にバイクの姿をした怪物も現れて、そいつに乗って逃げて行きました」
こころと一緒に拳銃ストレイヤーを目撃した三名の二年生は、教師と駆けつけた警察から話を聞かれている。直はそこから漏れた情報と、自分の体験を交えて美波に話した。
翔虎は亮次と連絡を取り、亮次の車ですでにストレイヤーの追跡に向かっている。
「その二年に話を聞くわ」
美波はドアに向かったが、
「駄目ですよ。男子一名と女子二名らしいんですけど、女子のほうは気分が優れなくて病院に運ばれたし、残る男子はもう先生と警察にがっちりガードされて、これくらいの話を漏れ聞くだけで精一杯だったんですよ」
直は美波の背中に声を掛け、美波はドアに伸ばしかけた手を止めた。
美波はしばらくそのまま俯いていたが、顔を上げた。自分が開けようとしていたドアが、外から開かれたためだった。
「凛……」
「みなみな……」
ドアを開け立っていたのは、生徒会長、霧島凛だった。
「凛、こころちゃんがさらわれた時にいた生徒に話、訊けないかな?」
文芸部室に入り椅子に座った凛に、美波は質した。
「駄目よ。というか、本当に今わかってる話で全部みたい。体育用具室の前でこころちゃんと会って、用具室の中が光って、怪物が現れたんですって」
「それで、その怪物がこころちゃんを……」
「ええ、他の三人はいち早く逃げて、一番近くにいたのがこころちゃんだったらしいわ」
「はあ」
美波は深いため息を漏らして、
「その三人って、誰? こころちゃんが会って立ち止まるくらいだから、友達?」
「それがね……」
凛は直に目をやってから美波に向き直り、
「あの三人なの。林、北見、戸村」
「なんですって?」
「誰、なんです?」
直の質問には矢川が、
「部長、もう話してもいいんじゃないですか。こころちゃんだって、もう気にしませんよ」
美波はその言葉に頷いて直を見ると、
「その三人はね、一年の頃、こころちゃんをいじめてた連中なの」




