第7話 ディールナイトは誰だ? 5/5
校舎の外に出たストレイヤーは、逃げ惑う生徒らを威嚇するようにドリルを振り回しながら歩いていた。
そのストレイヤーの背後から、金属音とともにチェーンが飛びついてきた。先端には船の錨のようなものが付いており、それがジャングルジムのような胴体に引っかかったことでストレイヤーは動きを止められた。
チェーンのもう一方先はトゲの突いた鉄球となっており、それは翔虎の手に握られていた。翔虎がチェーンを引くと、ストレイヤーの体はバランスを崩され引き寄せられる。
「来いよ」
翔虎が挑発するような声とともにチェーンを引くと、ストレイヤーはさらに体勢を崩され、地面に膝を突いた。そのポールハンガーのような顔が翔虎に向けられる。
ストレイヤーは立ち上がると、ドリルを回して翔虎に向かって突進した。
「こっちだ!」
翔虎はチェーンでストレイヤーと繋がったまま、一定の距離を保って走り出す。その先にはフェンス、そのさらに先には、東都学園高校のプールがあった。
「向こうでディールナイトが怪物と戦ってるぞ!」
逃げ惑うしかなかった生徒らだったが、ディールナイトが来たと聞いたら話は別だった。歓声を上げながらディールナイトの後を追う。
「プールのほうだぞ!」
生徒らがプールの周りに集まる頃には、翔虎の誘導は成功しており、翔虎とストレイヤーはともにプールにその身を沈めていた。
プールサイドを囲うフェンスには、生徒たちの顔が鈴なりになった。
濁ったプールの水の中、ディールナイトは胸の下、怪物は腰の辺りまでを水面にに沈め、相対している。
プール開きの直前。秋、冬、春の季節を経たプールの水は濁り、水面下の状態は一切目視できなかった。
「翔虎」
後を追って外に出た直は、足下に落ちていた、先ほどまで翔虎が腰に巻いていたバスタオルを拾って呟いた。プールに浸かる翔虎を見て、その意図を理解したようだった。
ストレイヤーはプールのほぼ中央、翔虎はプールの壁際に位置していた。
翔虎の両手は未だ、ストレイヤーの体に引っかかった錨から伸びる鎖を握っている。
シャワールームでの戦いで使っていた斧〈スペードセブン〉はすでにデリートしており、現在の武器は鉄球と錨が付いたチェーン〈クラブファイブ〉のみだった。
ストレイヤーは自分の体に引っかかった錨を外そうとするかのように暴れたが、翔虎は馬の手綱をさばくようにチェーンを引いて、それを制した。
ストレイヤーはチェーン部分に回転させたドリルを突き当て切断しようとしたが、翔虎はそれもチェーンを引いて制する。
「どうあっても、このプールで決着を付けさせてもらう……」
翔虎の言葉は並々ならぬ決意を秘めているようだった。
チェーンの切断を諦めたのか、ストレイヤーは顔を翔虎に向けてドリルを回す。その先端がプールの水面に着水し、船のモーターのように水しぶきを上げる。
翔虎の両手はその間に水面の下に沈められていた。棒立ちのようにも見える。
プールの底を踏みしめる鈍い足音を鳴らし、濁った水を切り裂いてストレイヤーは突進を開始した。翔虎は動かない。
ドリルの間合いに入る直前、翔虎の両腕が水面下から上げられた。両手には斧が握られている。その斧はシャットダウンアタックの粒子の光を纏い輝いていた。
「とりゃー!」
頭上に高く振りかぶられた斧は、翔虎の気合いの叫びとともに振り下ろされ、ドリルの間合いに入るより前にストレイヤーの肩口にその刃をめり込ませた。
翔虎は水中で背後の壁から〈スペードセブン〉を錬換し、水中でシャットダウンアタックを作動させていたのだった。
斧を叩き付けられた勢いでストレイヤーの体はプールに沈み、同時に塵と化した。塵の半分は空中に舞い、半分はプールの濁った水面に浮かんだ。
翔虎は宙に浮いたプログラムを回収した。
生徒らから歓声が上がる。翔虎は小さく右手を挙げ、歓声に応えた。
「出てこないな」「どうかしたのかしら」
戦いが終わっても一向にプールから上がらないディールナイトに対し、生徒たちの中から疑問の声が上がり始めた。
「……翔虎、まだ、ああなの?」
生徒らの中から少し離れてプールを見守っている直は、小さく呟いた。
「出たぞ!」
生徒の中から上がった声の通り、ディールナイトはプールの中から跳び上がるとプールサイドに着地し、そのままフェンスを跳び越えて校舎裏へ走り去った。
「どこへ行くんですか! せめて名前を!」「顔見せて下さい!」「待ってくれ、くるみちゃん!」
生徒らは声を上げながらディールナイトを追って走り出した。
「ふう……」
ため息をついた直が見たディールナイトの腰を覆うビキニパンツは、通常の状態に戻っていた。
「おお、ショウ」
「ヒロ、どうした」
シャワールームの脱衣所から出てきたジャージ姿の翔虎は、廊下で弘樹と顔を合わせた。
「お前、シャワー室にいたのかよ」
「うん、汗が気持ち悪くて、結局シャワーした」
「じゃあ、ディールナイトを見損ねたな」
「え、外がやけに騒がしいと思ったら、またかよ」
「そうなんだよ。でも見失っちまったんだよ……どこ行っちゃったんだよー、くるみちゃーん」
弘樹はきょろきょろと周囲を見回しながら廊下を歩き去った。
その日の午後の授業はすべて自習となった。
「……あら、珍しい」
文芸部部室のドアをノックする音に、どうぞ、と美波が応えると、ドアを開けて入ってきたのは、生徒会長、霧島凛だった。
「あら、みなみなひとりだけ?」
「うん、他のみんなは帰っちゃったわよ。私ももう帰るところだけど。二人きりじゃなくても、その呼び方でいいのよ」
「生徒会長という立場上、それはまずいでしょ。ねえ、少し話せる?」
「いいわよ」
美波は椅子を勧めた。
「今日、またあの謎の戦士が出たわ」
凛は椅子に座り、出されたお茶をひと口飲んでから美波に言った。
「そうらしいわね。私は見られなかったけど。ディールナイトって名前が付いたのよ」
「そう言えば、そんな話を聞いたわ」
「名付け親は、うちの部員なのよ」
「へえ、そうなの……ねえ」
凛は真面目な顔になって、
「あの人、何者なの?」
「そんなこと、わかるわけないじゃない」
「……うちの生徒なんじゃないかしら?」
「えー? どうしてそう思うの?」
「私、その謎の戦士、ディールナイトに会ったのよ。会ったって言うか、今日、戦いに巻き込まれて命を救われたわ」
「本当に? 凄いじゃない。凄い、ってのは変か。命の危機だったんだもんね。よかったじゃない。助けてもらって」
「ええ、でね、その時、ディールナイトがね、私のことを、『会長』って呼んだの」
「えっ?」
「そう。どうして私が生徒会長だって知ってるの?」
「……それは、ここの生徒じゃなくても、凛が生徒会長をやってるって知ってる人は大勢いるんじゃない?」
「……そうかもしれないけど、だったら、うちの生徒以外の人が、わざわざ私のことを『会長』なんて呼ぶ?」
「うーん……」
美波は考え込むように頬に指を当てて首を傾げた。凛はさらに、
「それに、校内ではディールナイトのことを、謎の美少女戦士、なんて言ってるけど」
「そうよね、顔も見たことないのに、美少女ってね」
「そうじゃなくて、ディールナイトって、本当に女性?」
「どういうこと?」
「戦いの時の振る舞いとか、口調とか、何だか男性っぽい荒々しさを感じるの」
「それは、必死に戦ってれば、女だってそうなるんじゃない? 私だって、夜道で怪しい人を見かけたときあったけど、『きゃっ』なんてかわいい声で叫ばなかったよ。ドスの効いた声で『どわぁっ!』って言っちゃった、思わず」
「聞かなかったことにしてあげるわ。うーん、でもね」
「まだ何かあるの?」
「私、ディールナイトに下着を見られたの」
「はい?」
「その時の反応がね、どうも、同性のものじゃないなー、って……」
「ディールナイトは男?」
美波の言葉に、凛は、こくりと頷いた。
「しかも、うちの生徒?」
これにも、こくり。そして、
「その可能性はあるんじゃないかと」
と、付け加えた。
「それはないよー、凛ー」
美波は笑って、
「うちの生徒はともかくさー、男ってのはねー」
「どうして?」
「だって、あの格好よ。男だったら、どうしてあんなビキニみたいな格好してるの?」
「……そういう趣味、とか。それで恥ずかしくて顔を出せない、とか」
「恥ずかしがるくらいなら、最初からあんな格好しないでしょー」
「ああいう格好してるところを人に見られることで興奮する異常な性癖の持ち主とか。でも身元がバレると、これからの社会生活に支障をきたすんで、顔だけは隠してる」
「何言ってるの? 凜……」
「うーん……私の考えすぎかー」
「そうそう、考えすぎ。あんな格好をした人が男なわけないじゃない。あれが男だったら、ヒーローどころか、正真正銘の変態よ。お茶、もう一杯飲む?」
「あ、うん、いただくわ」
美波は急須を手にポットの置いてある給湯場所まで歩いた。
凛は、頬杖をついて、
「ディールナイト……か」
そう呟いて、夕暮れに染まった窓の外を見つめた。
「あけみだよね」
「えっ? 何が……」
バス停でバスを降りての帰り道。直がそう声を掛けると、翔虎は一瞬体を震わせた。
「翔虎がああなった原因。あけみだよね」
「原因って……」
「私、聞いたよ、あけみから。シャワー浴びてたら、ディールナイトが壁を突き破って入ってきたって」
「そ、それは、ストレイヤーの攻撃で……不可抗力ってやつで……」
「壁を突き破ってまであけみの裸を見たかったの?」
「どんなパワフルな痴漢だよ!」
「で? 見られたの?」
「何を?」
「翔虎の、あ、あの状態を、よ。あけみに!」
直が顔を赤くして問い詰めると、翔虎も赤くなって、
「み、見られてないって! 明神さん、シャワーでメガネ外してたから。うん、バレてない。見られてはいないよ!」
「ふーん……でも、翔虎のほうは、あけみをばっちり見たんだね」
「うん、それは――って! 違うよ! 見てないよ!」
「嘘つけ! じゃあ、何であんなになってたの!」
「な、直だって、僕のを、まじまじと見てたじゃん!」
「誰が、まじまじと見てた、よ! ……あ、今気づいた! 私が翔虎の手を取ったときさ、変身してた翔虎の力だったら、私の手くらい簡単にほどけてたよね。それなのに……そうなんだ。翔虎は見られたいって思ってるんだ。見られると興奮するんだ!」
「思ってないって! あの時は、混乱してて……」
「変態! 変態! あ、もう翔虎の家だね。じゃ、バイバイ、変態のヒーロー」
「ちょっと! 直ー!」
翔虎の声を背中に、直は自分の家に向かって足早に駆けていった。
――2016年4月19日




