第6話 ディールナイト狂想曲 5/5
「もう学校中の人気者だね、くるみちゃん」
「や、やめろよ! 仕方ないだろ……」
「……ねえ、どうして本当の名前言っちゃうわけ?」
「だ、だって、咄嗟に何も思いつかなくて――」
放課後の文芸部室。部室には直と翔虎の二人の他にはまだ誰も来ていなかった。それを幸いにか、直は自習時間での翔虎の言動を諫めている。
「もし、ディールナイトのことを知ってる人とか、狙ってる悪人がいたら、どうしてこの学校の生徒は、ディールナイトの名前を知っているんだろう、って疑問に思うよ。それで、名前の出所を突き止められて、翔虎が狙われるんだよ」
「そんなことまで考えてなかったよ……」
「戦ってる時と全然違うね、翔虎。あー、ディールナイトはかっこいいのになー」
「え? かっこいい?」
「それとさ」
直は翔虎の聞き返しを無視して、
「翔虎も、少しは深井たちの話に乗ったほうがいいよ」
「どうして!」
「当たり前でしょ。男子があんなに盛り上がってるのに、翔虎ひとりだけ醒めてたらさ、怪しまれるよ」
「うーん、それもそうか……」
翔虎は腕を組んで考え込むように唸った。
「それとも、もしかして翔虎、本当に男が好きなの?」
「そんなわけあるか!」
「……だよね。いつも南方先輩にデレデレしてるもんね」
「別に……デレデレなんてしてないだろ」
「それにしても……」
と、直は、まじまじと翔虎の体を見回す。
「な、何だよ……」
「いくら顔が隠れて、ビキニみたいな鎧を着てるっていってもさ、女の子と間違えるかな? 翔虎、そんなに女の子みたいな体つきしてるかな?」
「知らないよ、そんなの……」
「ちょっと見せてみて」
直は翔虎のシャツに手を掛け、ボタンを外そうとする。
「やめろよ!」
翔虎は声を上げるが、直はそんな翔虎を見て、ボタンを外す手を止めて、
「……やめろ、なんて言いつつ、どうして全然抵抗しないの? 変態?」
「ち、違う――」
廊下を歩いてくる足音で、翔虎の言葉は中断され、直の追求も終了となった。翔虎は慌ててボタンをかけ直す。
「あら、まだ二人だけ?」
ドアを開けて入室してきた美波が言った。
「南方先輩、お疲れ様です」
「お、お疲れ様です」
直と翔虎は挨拶をした。それを見た美波は、
「んー? 二人で何してたの?」
と、笑みを浮かべて目を細める。
「な、何もしてませんけど――」
翔虎は少し体を震わせて答えた。
「翔虎ちゃん、ワイシャツの裾、ズボンから出てるわよ」
「え? いや、これは……あれ? 出てないじゃないですか!」
「うふ」
美波は給湯セットのほうへ歩いて行った。
「……バカ」
直は顔を赤くして翔虎を睨む。
「だって――」
「ごめんくださいっ!」
声とともに部室のドアが開いた。その音と声で言葉を止めた翔虎、直、美波も一斉にドアのほうに目を向ける。
「あ、すみません。ノックもなしに……」
そう言ってそこに立っていたのは、ひとりの女子生徒だった。
肩の高さで切りそろえられたストレートヘアは、顔の上でカチューシャで左右に分けられ、形の良いおでこを露出させている。目にはオレンジ色のフレームのメガネ。制服のリボンの色は緑、一年生だ。
左足の脛に包帯を巻いており、左手にはスケッチブックを抱えている。
「……あれ? この子?」
翔虎はその姿を見て呟いた。
「……あら? いらっしゃい」
美波は微笑みを浮かべて女生徒のもとに向かい、リボンに目をやって、
「一年生ね。入部希望かしら?」
「い、いえ、私はもう……と、ところで、成岡さんはいらっしゃいますか?」
「……私ですけど?」
女子生徒の言葉に直は小さく右手を挙げて答えた。
「成岡さん?」
女子生徒は歩み寄って、スケッチブックを脇に抱えたまま両手で直の手を握り、座っている直を見下ろした。
「は、はい?」
直は困惑した表情で答える。
「も、申し遅れました。私、一年三組の明神あけみです。漫画部に所属してます」
直の手を離したあけみは、直立して言った。
「わ、私は四組の成岡です……で、私に何か?」
「取材をお願いします」
「取材?」
直は頓狂な声を上げた。あけみは頷いて、
「はい、私、この前の騒ぎで、あの謎の戦士に命を救われたんです――」
「あー! あの時の!」
翔虎が声を出した。あけみは、校庭での戦いで翔虎が助けた女子生徒だった。
「ああ」
と、美波も手を叩いて、
「大丈夫だった? その包帯はその時の怪我ね?」
「はい。でも、軽い打ち身だけだったので、明日にも完治します」
あけみはそう言って自分の脚の包帯に目をやったが、すぐに視線を直に戻し、
「成岡さんは、あのとき、勇敢にもあの怪物に戦いを挑みましたよね」
「あー、あれ……」
「私、感動しました!」
あけみは右手で握り拳を作った。
「はは、参ったな……で、取材って?」
「はい、私、あの謎の戦士の漫画を描こうと思ってるんです」
そう言って、直の前の机の上に抱えていたスケッチブックを広げた。
「おお」
「あら、上手ね」
それを見た直と美波は声を上げた。そこには、ディールナイトの全身図が描かれていた。
「ありがとうございます。友達に頼んで、昨日の騒ぎの写真や動画をかき集めてもらって、それを参考にして描いてみたんです」
あけみは少し照れたように頬を掻き、すぐに真剣な表情に戻って、
「それでですね。もっとも近くであの戦士を見た成岡さんに、話を聞かせてもらって、アドバイスをもらいたいと思って」
「えー、でも、近くで見たなら、明神さんも同じくらいじゃ?」
直は困ったような表情で答えた。あけみは二、三度首を横に振って、
「私、あの時メガネが外れてしまって、満足に見られなかったんです。だから……それと、あの怪物に立ち向かった時の心境とか、怪物の様子も聞かせてほしいんです」
「えーと……困ったな」
「協力してあげようよ、直」
美波はそう言って直の肩に手を置き、
「すごく上手じゃない。もしだったら、文芸部原作、作画漫画部で協力作品が作れるかも」
「あ、それいいですね」
あけみもそれを聞いて表情を明るくした。
美波はスケッチブックのページをめくり、次のページに描いてあったものを見て、
「あら? これは?」
「は、はい」
あけみはことさら照れたように、
「わ、私があの戦士の素顔を想像して描いてみたんです……」
そこには、バストアップの見目麗しい美少女のイラストがあった。ディールナイトの鎧を着けているのは上半身のみで、マスクを外した状態で描かれている。
「ぷっ」
それを見た直は少し吹き出した。
「え? 変ですか?」
「え? いやいや、そうじゃなくて……ううん、とても上手だなって思って。そうね、私もあのマスクの下はこんな感じじゃないのかなって思うわ」
「そ、そうですか! 嬉しいです!」
あけみは笑顔を見せた。
「ねえ、翔虎はどう思う?」
と、直はスケッチブックを翔虎のほうに向ける。
「……」
翔虎は先ほどからずっと黙ったままだった。
「翔虎」
直の促しに翔虎は、
「う、うん。すごくいいと思うよ……」
そう言いながら複雑な表情でイラストの美少女を見る翔虎を、直は面白そうに眺めていた。
「ありがとうございます」
あけみはぺこりと頭を下げた。
「ねえ、同じ一年なんだから、もっとフランクにいこうよ」
直は立ち上がって、
「改めて、私、四組の成岡直。文芸部。よろしく」
「はい――う、うん、じゃあ私も改めて、三組の明神あけみ、よろしく」
二人は笑顔で固い握手を交わした。
「それで、こっちが」
と、直は翔虎に手を向けて、
「私と同じ四組の、尾野辺翔虎」
翔虎も立ち上がり、よろしく、と、あけみと握手を交わした。
「私は文芸部部長の南方美波です。三年一組です。よろしく」
美波も自己紹介のあと、あけみと握手をしてから、
「ねえ、その謎の戦士、もう名前付いてるんだよね」
「え? そうなんですか? 何て?」
あけみは美波に問う。
「確か、〈ディールナイト〉っていうんだよね」
「先輩! どうしてそれを?」
翔虎は美波を振り返って訊いた。
「名付け親は翔虎ちゃんなのよね」
「え? そんなことまで?」
「うふふ、三年の情報収集力を甘く見ないでね」
美波はそう言って片目をつむった。
「ディールナイト、ですか……」
あけみはスケッチブックを持ち上げて、自分の描いたイラストを眺め、
「ディールナイト……〈美少女戦士ディールナイト〉ですね」
「ぷっ」
またしても直が吹き出した。
「直! いい加減にしろよ!」
翔虎は顔を赤くして声を張り上げた。
「どうしたの翔虎ちゃん?」
その様子を見た美波は小首を傾げる。
「あ、いや、そのですね……失礼だって言いたかったんです。明神さんの描いたイラストを見て吹き出して、また今も……」
「ごめんごめん」
直はあけみに右手を立てて、
「おかしいとかそういうんじゃなくてね……ね?」
最後の「ね?」は、翔虎に視線を向けて言った。
翔虎は、はあ、とため息をつくと椅子に腰を下ろし、憮然とした表情で天井を見つめた。
――2016年4月11日




