第6話 ディールナイト狂想曲 4/5
なるべく休みの日にストレイヤーと戦いたいという、翔虎の願いは叶うことなく、その日土曜日と翌日曜日にストレイヤーは出現しなかった。
月曜日となり、登校した翔虎、直、弘樹の三人は、例によって翔虎の机の周りに固まっていた。
すでに一限目は始まっている時間なのだが、この授業は自習に当てられた。金曜日の騒動について、緊急全体職員会議が行われているためだ。
「ショウと成岡も見たか?」
「あ、ああ」
「うん、見たよ」
興奮した様子で話しかけてくる弘樹に、二人は答える。
「そっか、成岡は見たどころか、あの怪物に蹴りまで入れてたしな」
「深井! その話はするな!」
「ショウは? どの辺で見てた?」
「ぼ、僕は、遠かったからよく見えなくて……」
「そうかー、残念だったな。俺なんて、あの〈プリティーウォーリアくるみちゃん〉に抱きしめられたんだぞ」
「はあ?」
「何に何されたって?」
翔虎と直は揃って頓狂な声を出した。
「え? あの女戦士の名前だけど? 俺が付けた」
「何だよ〈プリティーウォーリア〉って! センスが古いよ! それに、〈くるみ〉って誰だよ! 二つ以上突っ込みが必要なネタをやるなよ! 突っ込むほうが疲れるわ!」
「何怒ってるんだよショウ」
「それに、何だよ、抱きしめられたって! そんなことしてねーだろうが!」
「お前は見てなかったからわかんないんだよ。俺はな、野球部の球拾い中、あの怪物に出くわしてな、そこに、助けに来てくれたんだよ、くるみちゃんが」
「だから、その名前やめろ!」
「いいだろ! 俺の中ではくるみちゃんなの! でな、恐怖で一歩も動けない俺に、『危ない!』って飛びついて、怪物の攻撃から守ってくれたんだよ! その後、やさしく『大丈夫ですか?』って!」
弘樹は翔虎の肩をバンバンと叩き、
「その時、俺の体に回したあの細い腕、密着する胸……いや、胸は鎧で全然感触なかったんだけどな。それに見たところかなり小さかったし……」
「お前、最低だな……」
「何でだよショウ。お前も一度抱きつかれてみろって、そんなこと言えなくなるから! それに、小さい体には意外な、あのハスキーボイス。あのギャップがたまらんよな。お腹は露出してて、結構腹筋があってさ……露出してるといえば、あの太腿……」
「お前、変態だな……」
「だから何でだよ! 女の子の腹筋や太腿に興奮するのは健全な男子の証で、決して変態ではないだろうが! 俺な、あの日の夜、それを思い出しながら……」
「ふざけんなよお前! 気持ち悪いわ!」
「深井」
二人の言い合いに、直が冷たい口調で割り込んだ。
「何? 成岡」
「絶交」
「ちょ、ちょっと! これは男のロマンだろ! ……いや、すみません。調子に乗りました。許して下さい! 成岡さん!」
弘樹は起立して、腰を九十度曲げ、深々と直に向かって頭を下げた。そしてゆっくりと上体を起こすと、翔虎に向き直って、
「……でな、話を戻すんだけどな」
「全然反省してないよ!」
「だから、何でだ! ショウ、お前ホモなのかよ!」
「違うわ! 少なくともお前よりは健全だわ!」
「ショウも一度くるみちゃんに抱きつかれてみろ、絶対考え変わるから」
「変わるか! ていうか、無理だから!」
「何なんだよお前、どうしてそこまでくるみちゃんを否定するんだよ! お前、やっぱりホモだな?」
「てめえ! ぶっ殺すぞ! だいたいさ、あの戦士、ヘルメットで頭部を完全防護してたじゃん、もし中身がすっげーブスだったらどうするんだよ!」
「ありえんね」
「どうして!」
「あんなに強くてかっこいい女の子がブサイクなはずがない」
「駄目だこいつ……」
額に手を当てて俯く翔虎。
「おい、お前らも見たのか?〈ミスティレディ〉」
と、弘樹と翔虎の会話を聞いていたクラスメートが話しかけてきた。
「俺はそんな怪しい名前の人は見てません」
弘樹は腕を組んで、
「俺が見たのは、プリティウォーリアくるみちゃん、です。あ、いや、間違えた。見た、じゃなくて、抱きしめられた、だった」
弘樹は、自分の額をぴしゃりと叩いて言った。
「何? 深井、お前!」
「聞き捨てならん台詞が聞こえたぞ!」
周囲から男子が集まってきた。新学期が始まり少し時間も経ち、気軽に話せるクラスメートも翔虎、弘樹ともに何人か出来ていた。
「やーね、男子」
「本当。頭の中、どうなってるんだろうね」
直も女子のクラスメートのグループに席を移動し、話に加わっていた。男子グループでは、謎の戦士のネーミングで一悶着起きているようだった。
「そのセンスのない名前だけは絶対に認めない」
「センス皆無なのはお前だ」
「今は一周回って漢字のネーミングがかっこいいんだぜ。〈美麗闘天使〉で、〈ビューティエンジェル〉ってどうだ」
「二周回ってダサいわ」
「おい、ショウも何かアイデア出せよ」
弘樹以外の男子にも、『ショウ』という呼び名は浸透していた。翔虎は、
「えー、僕はセンスないから……」
「駄目だ! 俺たちみんな恥ずかしいネーミングをさらけ出して誰かしらに笑われてんだ。お前だけ蚊帳の外は許さん」
「はあ、……うーん、じゃあ、〈ディールナイト〉……ってどうかな……?」
恐る恐るといったふうに、そう口にした翔虎を見て直は、
「……バカ」
と、小さく呟いた。
「……ディールナイト、だと?」
「……いいんじゃないか?」
「ああ、〈ディールナイトくるみちゃん〉いいんじゃないか?」
「〈くるみちゃん〉は、いらない」
「よし、決まったな」
「ちょ、ちょっと……」
盛り上がる男子たちを翔虎が止めて、
「そんな勝手に決めていいの? こういうのの決定権って、三年生にあるんじゃないの? 一年がしゃしゃり出て……」
「大丈夫だ、ショウ」
弘樹はそう言って翔虎の肩を叩き、
「このクラスには、ディールナイトと深く関わった生徒が二名もいる。自ずと発言権も強くなるはずだ。その二名とはすなわち、抱きしめられたこの俺と……」
弘樹はそこで女子のグループを指さし、
「勇敢にもディールナイトの助けに入った、成岡直が!」
「おお!」
男子の中から歓声が沸き起こった。
「え? あれ、成岡さんだったんだ!」
「本当? マジ凄いよ!」
女子からも直を賞賛する声が上がり始めた。
「あ、はは、いや……」
もて囃される直は、困惑した笑顔を見せながらも、
「……深井、やっぱ絶交」
一瞬だけ恐ろしい形相になり、鋭い視線で弘樹を射貫いた。
それを見た弘樹は、震え上がった後、今一度、深々と頭を垂れたのだった。




