第2話 ヒーローの魂 5/5
「直!」
叫び声とともに、滑り込むように屋上に躍り込んできたものがあった。
青と白の鎧、そしてビキニパンツに身を包み、腹部、太腿と二の腕を露出させたディールナイト、翔虎だった。
「てめぇ!」
翔虎は叫びながらストレイヤーに跳びかかり前蹴りを蹴り込むと、ストレイヤーは床に転がった。
「直!」
翔虎はその足で直のもとに駆け寄り、倒れた体を抱き起こす。
「怪我ないか?」
「翔虎ぉ……」
直は翔虎に抱きついて涙を流した。翔虎は直の肩に手を置いて、
「うん、もう大丈夫。ちょっと下がってて」
そう言うと、立ち上がり、
「あいつをやらなきゃ」
まっすぐにストレイヤーを見据えながら、左腕鎧部分に埋め込まれたタッチパネルを操作した。
翔虎は画面上のドラムを、〈スペード〉と〈6〉に合わせて〈Go〉の赤いボタンを二回タップ。両手が光ると、屈んで右手をコンクリートの床に打ち付ける。床から回転しながら飛び出てきた剣〈スペードシックス〉をキャッチした。
蹴り飛ばされたストレイヤーは立ち上がり、左手を翔虎に向ける。
「何だ? 武器?」
「翔虎、飛ばしてくるよ!」
直の声と同時にアンカーは射出された。
翔虎は体を捻ってアンカーを躱す。目標を逸すると、アンカーはすぐにワイヤーで巻き取られ、元のようにストレイヤーの左手に収まった。
「あ、危なかった……直の警告がなかったら、やられてたかも……」
「あいつ、撃つときに必ず立ち止まって左手を向けるから。だから、私でも何とか避けられてたんだよ」
「そうか。よく頑張ったな、直――」
再び翔虎をアンカーが襲った。
翔虎は今度も体を逸らして躱し、そのまま剣を構えてストレイヤーに向かって走り出した。
「撃つモーションがバレバレなら、当たるものか!」
翔虎は走りながら両手に構えた剣を振りかぶった、が、
「うわっ!」
突然後方に転倒した。翔虎の右足首にワイヤーが絡まっていた。
アンカーが目標を逸した直後、ストレイヤーは左腕を振ってワイヤーを走り込んでくる翔虎の足元に入れて引き、足を絡み取ったのだった。
ストレイヤーは高速でウインチを巻き、そのまま翔虎を引き寄せる。屋上の床とディールナイトの鎧が擦れ、火花が散る。
翔虎は何も抵抗できないまま引き寄せられ、ストレイヤーに蹴り飛ばされた。
「ぐわっ!」
「翔虎!」
翔虎の悲鳴と直の叫びが同時に上がった。
翔虎の体が床から浮き上がると、ストレイヤーは左腕を上から下に振り下ろす。その動きに釣られ、足首をワイヤーで絡み取られている翔虎は今度は床に叩きつけられた。
両腕で頭を庇い、頭部をコンクリートに打ち付けられることは回避した翔虎は、素早く立ち上がって剣を振り、ストレイヤーの左腹部に刀身を叩き込んだ。
右脚首を絡み取られた不十分な体勢からではあったが、その一撃は有効なダメージを与えたようだった。ストレイヤーは傷口から破片を撒き散らし仰け反る。
さらに翔虎は剣を逆手に持ち直し、切っ先を床に突き立て、両者の距離が詰まっていたため弛みが生じ地面に這っていたワイヤーを切断した。
切断された先、翔虎の足首に絡みついていたワイヤーは塵と化し、翔虎は戒めから解かれた。
翔虎は剣を引き抜き横に振ったが、いち早くストレイヤーは後ろにステップしてその一撃を躱した。翔虎の一刀は切っ先がストレイヤーの表皮を掠めただけに終わった。
着地したストレイヤーは、屋上床のコンクリートを取り込むことでワイヤーを修復していき、先端のアンカーまで完全に再生された。腹部に受けた傷も塞がっていた。
ストレイヤーは距離を取り、左手を翔虎に向けてアンカーを射出した。翔虎はそれを躱して、ストレイヤーに向かって走り込む。
ストレイヤーは先ほど翔虎の足を絡め取ったのと同じように、左腕を振ってワイヤーを地面に這わせたが、
「同じ手をくらうわけないだろ!」
翔虎は剣を床に深々と突き立てると、その剣に足を掛けて跳び上がる。
ワイヤーは翔虎の足首でなく、剣に絡みついた。ストレイヤーがウインチを巻くと、突き立った剣とストレイヤーの左腕の間で、ワイヤーが、ぴん、と張った。
跳び上がった翔虎は空中で左腕のタッチパネルを操作。
ストレイヤーの二メートルほど手前に着地した翔虎は、光を放つ両掌のうちの左掌で床を叩き、飛びだしてきた斧を右手でキャッチしてストレイヤーに跳びかかる。
振り下ろされた斧の刃は、袈裟懸けにストレイヤーの左肩から食い込み、その腹部にまで達した。
ストレイヤーは、がたり、と音を立てて膝を突いた。
翔虎は斧を引き抜くと、タッチパネルに次の入力を終えた。掌が輝き、その光は斧に移動するように広がっていく。斧はシャットダウンアタック粒子を帯びて輝きを放つ状態となった。
光り輝く斧は立ち上がりかけたストレイヤーに振り下ろされ、その胴体を砕き、ストレイヤーは翔虎が手にしていた斧とともに塵と化した。
「今度のは〈ハート〉の〈4〉だ」
翔虎は手を翳すことで塵の中から浮かび上がってきたプログラム光球を回収すると、タッチパネルの表示を見て呟いた。
「翔虎!」
直が翔虎の背中に飛びついた。
「な、直。だ、大丈夫?」
「うん。翔虎のほうこそ」
「ぼ、僕は、平気だよ……」
「本当に?」
直は翔虎の肩を掴んで振り向かせると、
「あんなに蹴られて、コンクリートに叩き付けられたんだよ?」
「大丈夫さ。この鎧、すごいよ」
翔虎はそう言って自分の体を見て、
「この鎧……」
腰回りを覆うビキニパンツで視線を止めた。
直も同じところに視線を向けているのに気が付いたのか、翔虎は、
「み、見るなよ……」
と言って手でパンツを押さえる。直は笑って、
「いいじゃん。かっこよかったよ」
「え? 本当に? ……いや、かっこよくは、決してないだろ!」
「よくやってくれた、翔虎くん!」
亮次の声が聞こえた。道路を挟んだ向かいのビル側面に設置された非常階段の踊り場からだった。
「亮次さん!」
翔虎は手を振って答える。
直は屋上階段室のドアを指さして、
「ねえ、翔虎。あのドア、鍵が掛かってる」
「そうか、どうしよう……僕ひとりなら飛び降りても平気なんだけど……」
頭を掻く翔虎に、
「翔虎くん、今入手した武装を使うんだ」
と、亮次が声を掛けた。
「……そうか!」
翔虎は左腕のタッチパネルを操作して、ドラムを〈ハート〉と〈4〉に合わせ、光る掌で屋上の床を叩くと、今しがた倒した怪物の左腕に似た装備〈ワイヤーアーム〉が飛びだしてきた。翔虎はそれを左腕に装備して、
「これ、左腕のタッチパネルの部分は回転できるようになってるんだな。装備で塞がれないように。当たり前だけど考えられてるな」
翔虎の言った通り、ディールナイトスーツの左腕の鎧部分は、腕を軸に回転できるようになっていた。通常左腕の外側に位置しているタッチパネルを腕の内側に持ってくる事もできる。これで左腕に装備を付けても、タッチパネル操作の妨げにはならない。
「よし」
翔虎は屋上手すりぎりぎりの位置まで行き、直を右手に抱きかかえ、左手を床面に向けてアンカーを射出した。
アンカーはコンクリートの床に打ち込まれ、翔虎は強度を確認するように、数回左手を引いて、
「じゃあ、行くよ。しっかり掴まってて」
そう言って、直が頷いたのを見ると、手すりを跳び越えた。ビルの壁面に足を突きながらワイヤーを伸ばし、ゆっくりと地上に向かって降りていく。
「到着」
翔虎は道路に足を付いた。直も翔虎の体に回していた腕を解いて、自分の足で地面に立つ。
「翔虎くん。直くん」
亮次も非常階段を降りてきて二人に駆け寄る。
「亮次さん」
翔虎は変身を解きながら言った。
翔虎の体を包んでいた鎧、屋上からぶら下がったワイヤーアーム、そして、屋上に突き立ったままの剣も、同時に塵と化して消えた。
亮次は翔虎の背中を叩いて、
「見てたぞ、凄かったな。よくやってくれた」
翔虎は、はにかむような笑みを見せた。亮次は真面目な顔になって、
「ありがとう、翔虎くん」
「何ですか? 改まって」
「助けに来てくれたじゃないか、……直くんを」
「……直だからじゃないですよ」
翔虎はため息をついて、
「正直、亮次さんから、直が怪物に捕まったって電話で聞いた時は、すぐに戦う決心をしました。
でも、それって、自分の知り合いが命の危険に晒されたから仕方なく戦う、ってことなんじゃないかって思ったんです。じゃあ、見ず知らずの人がピンチだったら、放っておくのかな、って。
ヒーロー番組やアニメでよくあるじゃないですか、悪人がヒーローの身内を人質に捕ってヒーローを脅すっていう展開。僕、ああいうの見る度、身内じゃなきゃヒーローに対する人質として機能しないのかな? って疑問に思ってた。
ヒーローなら、身内じゃなくても、全然見ず知らずの一般人が人質でも、身内が捕まったのと同じように苦しむと思う。助けるために全力を尽くすと思う。
それなのに僕は、直が捕まったって聞いて初めて、何とかしなきゃって思った。直以外の他人が危ない目に遭うかもなんて、考えもしなかった。
僕が子供の頃見てたテレビのヒーローなら戦うはず。危険に晒されてるのが、知り合いじゃない、見ず知らずの他人でも。
かっこいい外見じゃなくても、男なのに女みたいな格好になったって、そんなの気にしないで誰かを守るために戦うはずだって思ったんだ。だから、僕も……」
翔虎はそこまで言うと、直の顔を見た。
「翔虎。ありがとう。かっこよかったよ」
「……うん、ありがと」
直が翔虎の頭を撫でると、翔虎は少し赤くなって笑みをこぼした。
「そうとも。翔虎くん、君は間違いなくヒーローだ」
亮次もそう言って右手を差し出して、
「一緒に戦ってくれるか?」
翔虎は頷いてその手を握り返した。
「さ、早く帰ろ。明日は入学式だよ」
「入学式か……」
直の言葉を聞くと、翔虎は空を見上げて呟いた。
東は濃い藍色、西は赤い夕焼けに、空はその領域を二分していた。
――2016年4月3日




