第2話 ヒーローの魂 4/5
「そうか、二人はバスで来たのか」
亮次は隣を歩く直を見て言った。直も亮次を見て、
「はい、家からちょっと距離がありますから」
「悪かったね。バス代出すよ」
「平気です。定期持ってますから」
「定期? 翔虎くんもかい?」
「ええ、ちょうど、学校に通うバス路線の途中なんです」
「そうか、あの、昨日の学校に入学するのか。東都学園高校、だっけ」
「はい」
「新しく通う学校の下見に来ていた、というわけか」
「おかげで、とんでもないことに巻き込まれちゃいました」
「すまない……」
「亮次さんが謝ることじゃないですよ」
それを聞いた亮次は笑みを漏らして、
「……ありがとう」
「え? 今度はどうしてお礼を言うんですか?」
「私のこと、亮次さん、って名前で呼んでくれたじゃないか。ベンチに来てくれたときから」
「そんなことですか。ところで、翔虎に電話しなくていいんですか?」
「電話? どうして?」
「きちんとお願いして下さい。なんとかナイトになって戦ってくれ、って」
「直くん……」
「でも、その代わり……」
直は表情を暗くして、
「翔虎のこと、守って、サポートしてやって下さい」
「あ、ああ。それはもちろん――」
亮次は言葉を止めて懐から携帯電話を取りだした。その携帯電話は振動し、着信ランプが点滅している。
「電話? もしかして翔虎から?」
「いや、違う」
亮次の表情が険しくなった。
直が覗き込むと、亮次の携帯電話の画面は、地図表示になっており、画面を縦と横に貫く線が、中央でクロスしている。その十字の交点から少し離れた位置で、赤いマーカーが点滅していた。
「亮次さん、これは?」
「私が作った探知機だ。実体化した錬換武装プログラム、〈ストレイヤー〉が出た」
「えっ? どこにですか?」
「この地図の中央の交点が私の現在位置、そして、点滅している赤いマーカー、それが……」
「昨日みたいな怪物がいる位置ですね?」
「ああ。とりあえず私は行ってみる」
「危険です!」
「だが、放っておくわけには」
亮次は携帯電話を持ちながら走り出した。
少し逡巡した様子の後、直もその後を追いかけた。
亮次が十分ほど走ったところで、携帯電話画面の交点、すなわち現在位置と赤いマーカーがほぼ重なった。
亮次は立ち止まって周囲を窺う。
その後から息を切らせて走ってきた直が、
「亮次さん!」
「直くん! 君も来たのか! 危険だ!」
「そんなことより……怪物は?」
「分からない。このレーダーは作ったばかりで、精度があまりよくないんだ。だいたいこの辺り、としか」
亮次は改めて周囲を見回し、
「ここはどこだ? 随分と静かだが」
「オフィス街です。今日は休日だから、人はほとんどいないと思います」
「そうか。とりあえず、そこらを捜索してみる」
亮次はそう言うと、大通りから脇道に入っていった。直もすぐにその後を追う。
「直くん!」
振り返って亮次が諫めたが、直は「でも」と言いながら、亮次について周囲を窺いながら歩く。亮次は諦めたようにため息をつくと、再び歩き出した。
「怪物どころか、人の姿も見えないな。誰かしら人に見つかっていたら騒ぎになっていると思うんだが、静かなものだな。……直くん?」
亮次はもう一度振り返った。
直は亮次の数メートルほど後ろに立っていた。直が立ち止まったのだが、亮次はそれに気が付かず歩いていたため、二人の距離が空いたのだった。
「直くん、どうした? やっぱり帰ったほうが……直くん?」
亮次は直の視線が斜め上を向いているのに気が付いた。
「亮次さん……」
直はそう呟いて、ゆっくりと指をさす。
指を向けたのは、視線と同じ方向、直の斜め上方向だった。亮次も釣られて顔を向けると、
「……あれか!」
亮次と直の視線の先に、怪物の、ストレイヤーの姿はあった。
ストレイヤーはビルの四階程度の高さの壁面にへばりついている。よく見れば、左手が壁に突き刺さっており、ストレイヤーはそれを支えにして垂直の壁面に取り付いていた。
壁を地面に見立てるならば、ストレイヤーは左手を壁に突き刺して、しゃがみ込むような体勢を取っており、だらりと右腕を垂らしていた。
「亮次さん……」
「直くん、動くな」
亮次のもとに駆け寄ろうとした直を、亮次が制した。
その間にストレイヤーが動いた。左手を壁から抜き、支えがなくなったストレイヤーの体は重力に任せて落下を始める。
着地点はふたりの数メートル先になるかと思われたが、ストレイヤーは地面に足を付きはしなかった。
落下途中に左手を斜め上方向に向けると、手首に相当する部位が勢いよく射出された。それはアンカーのような形状となっており、ワイヤーで腕と繋がれている。前腕部分はウインチのようなワイヤーが巻かれた構造となっていた。
飛びだしたアンカーはビルの壁面に打ち込まれ、そのためワイヤーで繋がったストレイヤーの体は垂直落下から振り子運動に動きを変化させ、二人の目前に迫った。
「きゃぁっ!」
「直くん!」
悲鳴を上げて立ち尽くす直に亮次が覆い被さった。
ストレイヤーは右手を広げて、直を掴み去ろうとするような体勢で迫っていたが、亮次が直を庇うように押したため、ストレイヤーは直も亮次も捉えることはできずに、亮次の背中を右手が掠めるだけの結果に終わった。
だが、掠めただけとはいえ、勢いよく飛んできた鋼鉄の腕による一撃は、亮次の体を突き飛ばすのに十分な威力を持っていた。
「亮次さん!」
直が叫んだ。突き飛ばされた勢いで、亮次はビルの壁に叩き付けられ、膝を付いた。
「直くん……逃げろ」
「でも、亮次さんが――」
直の声が風切り音とともに掻き消えた。
ストレイヤーが振り子運動の復路、最初とは反対方向から再び直を襲い、今度こそその右手に直の体を掴み去ったのだった。
「直くん!」
ストレイヤーは振り子運動の頂点に達する直前にアンカーを抜き、高速でワイヤーを巻いて回収、落下しながら再び射出したアンカーを、さらに前方のビルの壁面に打ち込み振り子運動を再開。その動作を繰り返しながら、どんどん亮次から遠ざかっていく。
「くそ! 何てことだ!」
亮次は立ち上がると、携帯電話を探知機モードから電話モードに切り替えてダイヤルした。
翔虎はベンチを離れてから、あてもなく繁華街をぶらついていた。
一度ベンチに戻ってみたが、直と亮次が話しているのを遠目に見て、面白くなさそうな顔をして再びそこを離れた。ちょうど翔虎の話をしている時で、二人の顔に笑みが浮かんでいたのを見た直後だった。
ゆっくりとした歩調で翔虎がアーケードの下を歩いていると、小さな子供と、その母親らしい女性の会話が耳に入ってきた。
「駄目でしょ、ひとりであんなところ行ったら。怖い人がいるかもしれないでしょ」
「怪人が出るの?」
「そうよ、怖い怖い怪人が出てくるんだからね」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃありません」
「大丈夫、僕が変身してやっつけるから。お母さんも守ってあげる」
子供はそう言うと立ち止まり、勇ましい表情で両手を回し何かのポーズを取った。背負ったリュックに下げられた特撮ヒーローの人形が揺れた。
翔虎の携帯電話に着信があったのは、それからすぐだった。
亮次はストレイヤーを追跡していた。
直を捉えたまま、アンカーとワイヤーによる振り子運動を続けて逃走するストレイヤー。
それを追ってビルの隙間を進む亮次は、ストレイヤーがとあるビルの屋上に飛び上がっていくのを見た。
亮次はそのビルに走り、裏口らしいドアに飛びつくとノブを握って回したが、ドアは開かなかった。
「くそ!」
亮次はビルの周囲をぐるりと回ったが、非常階段はない。通りに面した正面玄関も施錠されていた。その分厚い両開きのガラス扉に両手を付き、
「破るしかないな……」
と、扉から数歩離れて距離を取った、そこへ、
「亮次さん!」
手に携帯電話を握りしめた翔虎が駆けてきた。
「翔虎くん!」
「亮次さん! 直は?」
「このビルの屋上だ。出入り口はどこも鍵が掛かっている」
亮次はビルを見上げた。翔虎も同じように見上げて、
「この高さならいける」
そう呟くと、携帯電話の画面に指を持って行き、アイコンのひとつをタップした。画面の表示がテンキーに変わり、続けてゼロを四回タップ、さらに表示された二つのボタンのうち、〈Yes〉のほうを最後にタップした。
翔虎の体は一瞬光に包まれた後、その姿を変えた。白と青の鎧を纏ったディールナイトの姿へと。その足下は翔虎を中心にクレーターのように窪んでいた。
翔虎は数歩後ずさると、助走を付けて地面を蹴った。ビルは四階建て。跳び上がった翔虎の体は三階と四階の間程度の高さまでしか届かなかった。
「いけなかった!」
手を伸ばしながら翔虎は叫ぶ。
「翔虎くん!」
「――でも」
翔虎は上昇の頂点に達し、落下を始める直前にビルの壁を蹴って、反対方向に跳んだ。その先には道路を隔てて六階建ての別のビルが。翔虎はそのビルの壁を蹴って、残り一階分の高さをクリアして屋上に飛び込んだ。
「翔虎くん、頼むぞ……」
翔虎の姿が屋上に消えると亮次は呟いて、今しがた翔虎が壁面を蹴ったビルに向かった。こちらのビルには非常階段が付いており、亮次はその鉄製の階段を駆け上がった。
直は足をもつれさせて倒れた。屋上のコンクリートの床に肘と膝を突き、転がる。
ストレイヤーが屋上に降り立つと、直は着地した衝撃により掴まれた手から逃れることができたが、ストレイヤーは再び直を捉えようと迫り、直は決して広くない屋上を逃げ惑っていた。
一度、階段室のドアに取り付くことができたが、ドアは屋内側から施錠されているらしく、ノブを回しても、ガタガタと音を鳴らすだけだった。
ストレイヤーは幾度か、左腕からアンカーを射出して直を襲ったが、直は何とかその攻撃を躱すことに成功していた。
もし、コンクリートの壁を穿つほどの威力を備えたそのアンカーを体に受けてしまっていたら、重傷、悪くすれば絶命も免れないだろう。
今までも何度か転倒していたが、その度に直は立ち上がって逃走を続けていた。が、今度は両手を床に付いたまま立ち上がろうとしない、いや、立ち上がれなかった。
直の口からは荒い呼吸が絶え間なく繰り返され、額、頬は汗で濡れていた。目には涙も浮かんでいる。
直の背後から不気味な足音が近づいてくる。鋼鉄製の足でコンクリートの床を踏む、甲高い足音が。
足音は止み、直の背後数メートルの位置でストレイヤーは立ち止まった。
ストレイヤーは身の丈二メートルを越える長身だが、胴体、腕、脚ともその身長には不釣り合いに細い。円柱のような頭部に埋め込まれたカメラのレンズのような一つ目が、不気味に輝きを放っていた。
その鋭いアンカー状の左手が直に向けられる。
直の呼吸はさらに激しさを増し、脚、腕が震え始めた。
「助けて……助けて……」
直は涙声で呟きながら立ち上がろうとしたが、脚に力が入らないのか、再び転倒して仰向けの体勢になった。
まっすぐに向けられているストレイヤーのアンカーが陽光を受けて煌めいた。
「いや……助けて……」
直は震える足で床を掻く、
「助けて……翔虎――!」




