第2話 ヒーローの魂 3/5
「死ぬ、って?」
「何言ってるの……?」
それを聞いた翔虎と直は、唖然とした表情で呟いた。
亮次は、ため息をひとつついてから、
「現在の装着者が死亡しても装着者を変更できないのでは不便だろ。
ディールナイトのプログラム端末は、常に登録した装着者の生命活動をマークしている。それが途絶えたら、正確には装着者の生命活動が途絶えて二十四時間経ったら、装着者の情報はクリアされる。そうすれば、新しい装着者を選び直すことが可能になる」
「ば……馬鹿なこと言わないで!」
直は青い顔をして立ち上がると、
「翔虎、帰ろう」
素早く財布から抜き出した千円札をテーブルに叩き付け、翔虎の手を取って席を離れた。
「待ってくれ! 二人とも!」
亮次も立ち上がって手を伸ばしたが、直は翔虎の手を引きながら足早に店を出た。
亮次は諦めたように席に座り直したが、すぐに立ち上がり、直の置いていった千円札を懐に入れて伝票を手に取ると出入り口に向かった。
テーブルに置かれた亮次のコーヒーは一度も口をつけられていなかった。
喫茶店を出てしばらく歩くと、直は気が付いたように握っていた翔虎の手を離して、
「翔虎、もう帰りなさい。明日は入学式でしょ」
「直だって同じじゃないか」
「どうせまだ準備終わってないんでしょ」
「うっ、それは……」
「私は買い物してから帰るから。道草食わないで、まっすぐ帰るのよ」
「あっ、直……」
「じゃあね。明日の朝、家まで迎えに行くからね。バイバイ!」
駆けだして手を振った直に、翔虎も手を振り返した。
雑踏の中に直の姿が紛れて見えなくなると、翔虎は直に掴まれていた手を名残惜しそうにさすってから歩き出した。
「あ」
「翔虎くん」
直と別れてから数分後、翔虎は亮次と再び出会った。
「しょ、翔虎くん、話、できないか?」
「……いいですよ」
翔虎は亮次に連れられて、商店街の歩行者専用道路に設置されているベンチに並んで腰を下ろした。商店街の通りの上にはアーケードが覆い被さっている。
「私は、失われた錬換武装の行方を追って、あちこち飛び回っていたんだ。そして、とうとう発見した。錬換武装が実体化して現れるポイントを」
「それが、ここ? この町?」
「そう。どういう理由でこの町にだけ現れるのかはまったく分からないがね」
「十三掛ける四の五十二。五十二体も、昨日みたいな怪物が、この町に現れるっていうんですか?」
「ああ。正確には、ディールナイトはすでに二つ武装を持っていて、翔虎くん、君が昨日一体倒してくれたから、残りは四十九体だな」
「二つ……昨日使った剣と、もうひとつ?」
「ああ、あの剣は〈スペード〉の〈6〉だ。もうひとつは、〈ハート〉の〈2〉これは小型の盾だ」
「昨日倒した怪物は、斧でしたね」
「そう。〈スペード〉の〈7〉だったな」
「その話が本当なら……っていうか、本当なんですよね。僕は昨日、確かに……」
翔虎は携帯電話を取りだして、ディスプレイに貼り付けてあるアイコンを見た。〈Deal Knight〉と表記されているアイコンを。
「何て言いましたっけ? ……レンコン?」
「それは穴の空いているやつだ。錬換。錬金術の錬に、換える、と書く」
「その、錬換って、いったい何なんですか? 亮次さんが作ったんですか?」
「いや違うよ。私はそれを発見しただけだ。物質の原子構造を操作して、まったく違う材質と形に変えてしまうという、とんでもないテクノロジーだ。私は、その錬換技術と、それを使って作られたディールナイトの研究途中に、錬換武装を失ってしまったんだ。なあ、翔虎くん」
亮次は体ごと翔虎を向いて、
「戦ってくれないか? もちろん私も全面的にサポートする。錬換武装が実体化した〈ストレイヤー〉は、ディールナイトにしか倒せないんだ。君も見ただろう。ストレイヤーはダメージを受けても、周囲にある材料を取り込んですぐに再生してしまう。とどめを刺すには、昨日翔虎くんがやってくれたように、ディールナイトの〈シャットダウンアタック〉を使うしかないんだ。
シャットダウンアタックは、ストレイヤーの稼働プログラムを強制終了させて、プログラム粒子状態の光球に戻すことができる。その光球をディールナイトが取り込めば、もうプログラムはこっちのものだ。怪物化することは二度となくなる」
「ストレイヤー……昨日の怪物……」
「返事はすぐにくれなくてもいい。とりあえず、携帯番号だけ教えてくれないか? これからは翔虎くんと直接連絡を取りたい」
「直のこと、怖いですか?」
「こ、怖いとか、そういうことではなくて、だな……」
そう言って困惑したような表情になった亮次を見ると、翔虎は笑って、
「いいですよ。番号教えて下さい。掛けます」
「あ、ありがとう。いいかい? 言うぞ、私の番号は……」
亮次の携帯電話番号を聞いた翔虎は、自分の携帯電話で発信した。亮次はその番号をすぐに登録する。
「亮次さん、直は、ああ言ってましたけど、僕は戦ってもいいと思ってます」
「本当かい?」
「はい。戦ってもいいっていうか。戦わなくちゃいけませんよね。あんな怪物をのさばらせておいて、それと戦う力を持っているのにやらないなんて、違うと思いますから。『大きな力には、大きな責任が伴う』」
「いいこと言うじゃないか」
「『スパイダーマン』の受け売りですけど」
「とにかく、ありがとう!」
亮次は満面の笑みを浮かべて言ったが、翔虎は、ただし、と付け加えて、
「ひとつだけ、条件があります」
「条件? それは?」
「はい……あ、あのですね、あの、ディールナイトの鎧のデザインを……変えてほしい……」
亮次の笑顔は引っ込み、固まった。翔虎は顔を赤くしながら、
「だ、だって、おかしいでしょ。あれ、どう見ても女性用じゃないですか。もっとかっこいい、別のデザインに……」
「できない」
「え?」
「すまない。あのデザインを変えることはできないんだ」
「ど、どうして?」
「さっきも言ったが、ディールナイトは私が作ったわけじゃない。鎧を生成する根幹のプログラムは完全にブラックボックス化していて、いじることはできないんだ。下手に手を加えたら、最悪、プログラムを破壊してしまいかねない」
「そんな……」
「だから、あのデザインは変更できない」
それを聞いた翔虎は、がくり、と項垂れた。亮次は、
「で、でも、翔虎くん、あの鎧、結構似合ってたぞ。元々かわいいんだから。全然違和感ないって……」
亮次の言葉は次第にトーンを落としていった。翔虎が恨めしそうな目で自分を見上げていたためだった。
「……じゃあ、いいよ」
翔虎はぶっきらぼうに言い放つと、立ち上がって走り出した。
「しょ、翔虎くん……」
亮次も立ち上がって手を差し出したが、翔虎は振り返りもしないで雑踏の中に消えた。
亮次は力なく差し出した手を下ろすとベンチに座り、今度は亮次が、がくり、と項垂れた。
「振られちゃいましたね」
声を掛けられて亮次が顔を上げると、
「な、直くん……」
目の前に直が立っていた。
「き、聞いていたのかい?」
「はい」
直は先ほどまで翔虎が座っていたベンチに腰を下ろして、
「もしかしたら、亮次さんが翔虎のことを尾行するんじゃないかと思って。案の定でした」
「ち、違う! 私が翔虎くんと会ったのは偶然で……」
「わかってますよ」
直は笑ったあと、神妙な表情になって、
「ごめんなさい」
「え?」
「私、言い過ぎたかもって」
「そ、そんなことは。当然の反応だよ」
「翔虎ひとりなら、やる、戦うって言うと思ってたんです。案の定、っていうのはそっちです」
「そ、そうか……直くんは、翔虎くんのことを心配してるんだな。二人は付き合ってるのかい?」
「え? ち、違いますよ」
直は、わたわたと顔の前で手を振って、
「ただの幼なじみです。小さい頃からよく一緒に遊んでて。私、こんな性格だから、私が兄で翔虎が妹、なんて間違われることもありましたよ」
「翔虎くん、いまいくつなんだい? 十五? じゃあ、この春で高校生か。今であれなら、小さい頃は随分とかわいかったんだろうな」
「ええ、それは。でも、翔虎自身は結構そのことがコンプレックスになってるんです。あんな見た目に加えて、名前もあんなだし」
「そうだよな。だからだよ。昨日、君たちの会話を聞いて、私はてっきり二人とも女の子だとばかり……」
「ふふ。翔虎の名前は、お亡くなりになったお爺さんが付けたんですって。〈翔る虎〉字で見ると確かにかっこいいですけど。声に出すと女の子の名前にしか聞こえませんよね」
「ああ、まったくだ……でも、いい名前だと思うよ」
そう言って亮次は笑った。直も笑みを浮かべて、
「翔虎のお爺さんは尾野辺家では一番名前の売れた剣道師範で、あ、翔虎の家って昔、剣道の道場開いてたんですよ」
「そうなのか?」
「はい、翔虎の親も剣道強くて、師範なんですよ」
「そうか、昨日見せた翔虎くんのあの剣さばきなんかは、そこにルーツがあるのかもな。お父さん仕込みというわけか」
「違いますよ」
「え? 翔虎くんは剣道やってなかったのかい?」
「そうじゃないです。違うっていうのは、師範のことです。剣道やってるのは、翔虎のお母さんのほう。お父さんは普通のサラリーマンですよ」
「ああ! そうだったのか。私はてっきり……」
「亮次さんって、若そうなのに、意外と考え方が古いんですね。親が剣道師範って聞いて、お父さんのほうだって真っ先に思い込んで。翔虎のことも」
「い、いや、翔虎くんについては、仕方ないだろ。それより、翔虎くんの家のことの続きを聞かせてくれよ」
「はいはい。その前に、ジュース奢ってくれますか? カフェオレ、最後まで飲みきらないで出ちゃったから、喉渇きました」
「あ、ああ、もちろんいいよ。あ、そうだ、これ、喫茶店の」
亮次は懐から千円札を取り出して、直に差し出した。
「え? これは翔虎の分も合わせた代金ですよ」
「高校生の千円って貴重だろ? 私に奢らせてくれよ。大人の顔を立てると思って」
「……わかりました。じゃ、遠慮なく」
直は差し出された千円札を笑顔で受け取り財布に入れる。
亮次は、近くの自販機から直のリクエストしたお茶を買ってきた。
直は礼を言ってそれを受け取ると、話を再開した。
「翔虎の家、今はもう剣道の道場は閉めて、師範のお母さんが時々学校や警察に指導に行く程度なんです。で、ですね、翔虎のお爺さんはかなり強かったらしく、当時名も通っていた師範で、その名も、『昇龍』さん。『昇り龍』の昇龍。尾野辺昇龍師範。強そうでしょ?」
「あ、ああ……何となく話が見えてきたぞ……」
「ちゃんとオチまで話させて下さい。で、昇龍師範には、女の子、つまり翔虎のお母さんひとりしかお子さんがいらっしゃらなくて。翔虎のお父さんはお婿さんなんですよ。そんなだったから、昇龍お爺さんは、自分に男子が産まれたら付けると決めていた名前を、孫に託すことにした。その名も、『翔虎』」
「竜虎相打つ、ってことだね」
「そうです。『しょう』の字だけは翔るに変えて。翔虎のお母さんもお父さんも、いい名前だって、喜んでたそうですよ。お爺さんも含めて三人とも、声に出すと女の子の名前に聞こえるって気付いてなかっただけなのかもしれませんね」
「尾野辺翔虎誕生秘話、か。……しかし、昨日私が翔虎くんを女の子と間違えたのは、名前の響きもさることながら、あの容姿のせいでもあるぞ」
それを聞いて直は、ふふ、と笑った。
「大体、女の子みたいな名前と外見を気にしてるんだったら、どうしてあんな髪型してるんだ。さらさらショートヘアが最高に似合ってるだろ!」
亮次のその言葉に、直はさらに声を出して笑った。
「そうですよね。かわいいですよね、翔虎。背も低いし。でも、他の男らしい髪型が翔虎に似合うと思います?」
亮次は腕を組んで視線を上げる。頭の中で、翔虎に様々なヘアスタイルを乗せている。
「……似合わない」
「ですよね。翔虎はあれでいいんですよ。ただ、回りが『女の子みたいだね』なんて言ったりしなきゃいいだけなんです。翔虎、周りの友達には、自分のこと『ショウ』って呼ばせてるんです。
翔虎、見た目はあんなだけど、中身は正真正銘の男の子だから。ヒーローもののテレビとか、漫画とかよく好きで見てたし。正義感強いし」
「実際、昨日の翔虎くんの戦いぶりは見事だったと思う」
「そうでしたね。翔虎、意外と強いから。小さい頃あんまり私に守られてばっかりが嫌だったのかな。嫌がってた剣道も小学校から始めたし。結局中学の途中で止めちゃったけれど。部活はサッカー部だったし」
「サッカー部? 本当かい? 全然イメージ湧かないんだが」
「三年になってからは不動のセンターバックでしたよ。ま、翔虎が不動のレギュラーって時点で、うちの中学のサッカー部の実力は推して知るべし、でしたけれど。……じゃあ、私、帰ります」
「それじゃあ、家まで送ろう」
腕時計を見て立ち上がった直に続いて、亮次も腰を上げた。




