第12話 ミステリ作家の苦悩 5/5
「また銃のやつだ」
翔虎は走りながら、ヘルメット内のマイクにだけ聞こえる声で言った。
「銃タイプか、これで三体目だな」
ヘルメット内のスピーカーから亮次の声が答える。
「うん、でも、いつかのやつとは違う。もっと大きな銃だよ、リボルバーの。44マグナムみたいな。あれに当たったらことだよ。幸い……」
足を止めた翔虎は周りを見回して、
「怪我人は出てないみたいだけど。こんな町中で撃たせるわけには絶対にいかない」
翔虎は足を止めて立ち止まった。
ストレイヤーとの距離は数メートル。ここへ来るまでにすでに武装を錬換して、右手に剣〈スペードシックス〉、左手に盾〈ハートツー〉を装備している。
ストレイヤーはディールナイトの接近に気付いたかのように、獲物を物色する動きを止め、頭部正面を向けた。
翔虎はストレイヤーを見据えたまま、ゆっくりと歩き、自分の背後がビルとなるように位置を移動した。
ストレイヤーの構えた銃口も、それに連れて動く。
「流れ弾がギャラリーに当たらないようにしたな」
それを見た神崎が呟き、
「さすがに戦い慣れしているな」
翔虎は体を庇うように盾を構えながら、右手に持っていた剣を背面にマウントした。亮次の改良で、ディールナイトの鎧には、背面に剣などを掛けておけるマウントポイントと、鎧の左脇に銃のホルスターを追加されていた。
そして、ストレイヤーから目を離さないようにしながらタッチパネルを操作して、ドラムを〈ダイヤ〉と〈3〉に合わせ、背後の壁からオートマチック銃を錬換した。それを右手に構える。
それを合図としたように、ストレイヤーの銃口が火を噴いた。
弾丸は盾に着弾し、その衝撃で翔虎はよろめいたが、すぐに体勢を立て直してビルの壁伝いに走り出した。
ストレイヤーはそれを追うように距離を保ったまま翔虎と平行に走り、さらに銃声を轟かせた。
「やっぱりだ。あいつ、銃が大きい分、命中精度は前に戦ったやつよりも悪い」
翔虎の言葉通り、今しがた放たれた弾丸は、翔虎の体を捉えることはできず、ビルの壁面に着弾しコンクリートに亀裂を作っていた。
しかし、その代わりに命中した時のダメージは比ではない。
弾丸を受けた盾は着弾点で陥没し、大きくひしゃげており、もはや盾としての機能を果たす期待は持てない状態だった。
小型リボルバー銃のダイヤツーストレイヤーの弾丸は、同じ盾ではじき返すことができていたことを考えると、威力の差は明らかだった。
翔虎は銃をホルスターにしまい、背中に背負った剣の柄に手を掛けながら足を踏ん張りブレーキを掛け、壁伝いから一転、ストレイヤーに向かって駆け出した。
ストレイヤーの銃口が火を噴いたが、弾丸は今度は地面に着弾した。翔虎は一直線にではなく、わずかに左右に動きながら、さらに姿勢を低くしていたため狙いをぶれさせる効果があった。
翔虎は剣を抜き両手で構えると、ストレイヤーの目前で振り下ろした。その狙いは右手の銃。
狙いは外さず剣はストレイヤーの右腕肘のすぐ下に命中したが、切断するには至らず、刀身をシャフト状のストレイヤーの腕に食い込ませるに留まった。
翔虎はそのまま力を緩めず、剣を押しつけ続ける。
ストレイヤーの右腕もそれに合わせて下がっていき、中腰の体勢となった。
シリンダーが回転し弾丸が発射されたが、銃口が下向きに地面を向いた状態のため、弾丸はすぐそばの路面に着弾した。
ストレイヤーは開いた左手を翔虎の顔面に向かって突きだした。
第一関節から先が弾丸状になっているストレイヤーの六本の指が節足動物のように動き、ヘルメットのゴーグル部分に覆い被さる。
翔虎は右手のみを剣の柄から離してホルスターから銃を抜き、銃口をストレイヤーの左肘に下方向から密着させて引き金を引いた。
肘関節は弾け飛び、ヘルメットを掴んでいた左手は灰燼と化して消えた。
翔虎は続けざま銃口をストレイヤーの胸部に向けたが、ストレイヤーは抗うように右腕を振った。
右腕に食い込んだ剣、それを掴んだ翔虎の左腕はその動きに釣られ、翔虎は体勢を崩された。剣を押さえる腕が左腕一本のみとなっていたため力負けしたのだ。
その勢いでストレイヤーの右腕に食い込んでいた刀身は外れ、翔虎は半回転して投げ出され、ストレイヤーとの位置関係が当初とは逆になってしまった。
すなわち、ストレイヤーがビルの壁側へ、翔虎は背後に多くのギャラリーを背負う形となった。
投げ出された勢いから体勢を整えた翔虎は、目の前に黒い銃口が向けられているのを見た。
同時に背後からは悲鳴が響く。
「理事長!」
矢川が叫んで神崎の腕を引いたが、神崎は動かない。神崎と矢川はディールナイトのちょうど真後ろに立っていた。
周りのギャラリーは悲鳴を上げながらその場から散ったが、神崎は微動だにせずその場に留まったまま、自分の手を引く矢川の腕を逆に掴み、庇うように自分の背後に回し込むと、
「どうする? ディールナイト」
ただ、僅かに汗と微笑みを浮かべたまま、そう呟いた。
翔虎は咄嗟に横に飛んで銃撃を躱そうとしたのか、足に力を込めたが、また、咄嗟にそれを止めた。
代わりに右手のオートマチック銃を投げ捨て、右手で剣先、左手で柄を持った状態で剣を自分の胸の前に水平に構えて足を踏ん張った。
銃声が轟き、翔虎は後方に吹き飛んだ。
胸の前で構えた剣は真っ二つに折れ、鎧は心臓の位置を中心に放射状に亀裂が走っている。
折れた剣と鎧の破片を宙に舞わせながら、翔虎は路面に背中から倒れ込んだ。
「ああ……」
神崎の背後から体を出した矢川は、路面に倒れたまま動かないディールナイトを見て声を漏らした。
神崎は満足そうな表情を浮かべている。
「モロに命中したぞ……」「やばいんじゃないか?」
ギャラリーの中からそんな呟きが聞こえてきた。
「翔虎くん! 翔虎くん!」
ディールナイトのヘルメットの中では、スピーカーから亮次の呼びかけの声が途絶えることなく聞こえていた。
ストレイヤーは倒れたディールナイトに向かってゆっくりと近づきながら、リボルバー銃のシリンダーを引き出した。
失われた左腕はすでに再生していた。
その先端、弾丸の形となっている指を空になっているシリンダーの弾倉に突き刺すと、指は第一関節から分離し、弾丸の装填が完了した。
ディールナイトの右手が僅かに動いた。その手は開かれ、路面を押してその反力で上体を起き上がらせようとする。左手もその動きに加わる。
「翔虎く――」
「大丈夫です……亮次さん……」
同時に翔虎は、ようやく亮次の呼びかけに答えた。
翔虎は上半身のみを起こしたが、両手を路面についたまま、それ以上起き上がろうとしない。起き上がれないのかもしれない。マスクの下の呼吸は荒く、上半身を支える両腕は震えている。
ストレイヤーは弾丸の装填を六回繰り返し、右手を振ってシリンダーをもとのように格納して立ち止まる。翔虎のすぐ正面だった。
そして、この距離であれば絶対に狙いは外さない、とばかりに右手の銃をディールナイトのヘルメットに近づける。
ヘルメットの眉間の位置で銃は止まった。
「撃たれる……」
呟いて飛び出そうとした矢川の腕を神崎が掴んだ。
矢川は神崎の冷静な顔と、銃口を向けられたディールナイトを交互に見て、為す術ないように立ち尽くす。
リボルバーのシリンダーが回転を始めようかという刹那、そのシリンダーに翔虎の両手が覆い被さった。
真剣白刃取りのような形で、翔虎は銃のシリンダーを左右の手で押さえつけている。シリンダーは回転を止められた状態となり、銃口はいつまで経っても火を噴かなかった。
「……撃鉄を引いていないリボルバー銃は、シリンダーを押さえられると撃てなくなるんだよ。『シティーハンター』を読んでいなかったみたいだな」
翔虎はヘルメットの中で小さく呟き、ストレイヤーの銃を掴んだままそれを軸にして起き上がって右手を離した。左手は銃の上から被せるような形にして、依然シリンダーを押さえたままだ。
自由になった右腕で左腕のタッチパネルを操作して、
「質量以上のものに錬換したら、どうなるんだ?」
ディスプレイのドラムは〈クラブ〉と〈ジャック〉に合わせられた。
翔虎は光を放つ右掌をストレイヤーの胸に叩きつける。
ストレイヤーは消え失せ、代わりにバイクが出現した。ストレイヤーの体だけでは質量が足りなかったらしく、その直下の路面もわずかにえぐれている。
ストレイヤーがいた空間からは、ゴルフボール大の球体が飛び出して路面に転がった。球体の表面は複雑なモールドで覆われ、所々にあるスリットからは光が漏れている。
その球体がそのままの姿を晒していたのは僅かの間だけだった。
球体から細い針金のようなワイヤーが伸び、地面に突き立った。ワイヤーは、うねるようにぜん動する動きを見せると、球体は見る間に鋼鉄のようなパーツに覆われていき、徐々にもとのストレイヤーの姿を形作っていく。
「ストレイヤーのコアか?」
すでにバイクに跨っていた翔虎はそれを見て言うと、速度計があるコンソールのボタンのひとつを押した。すると、バイク前方のカウル部分が左右に開いて鋭利な槍のような部品が飛び出てきた。
「これで行くぞ!」
翔虎はシャットダウンアタックを発動させてスロットルを握る。いつもの武器がそうなるように、バイクが粒子に包まれて輝き出す。
翔虎はアクセルを吹かしバイクを走らせ、ストレイヤーと十数メートルの距離を取って反転させた。
ストレイヤーはようやく四肢を備えたもとの体に再生しかけていたところだったが、
「行けー!」
翔虎の叫びとともに突撃してきたバイク先端の槍に貫かれ、今度こそその体全てを灰燼と化し、夜の繁華街に舞った。
ブレーキを掛け、横滑りで止まった翔虎のバイクもまた、同じように塵となって消えた。
ギャラリーから歓声が沸く。
「かっこよかったぞ!」「大丈夫か?」「結婚してくれ!」
その活躍を賞賛する声がディールナイトに浴びせられる。
翔虎は手を上げて歓声に応えながら、ストレイヤーのプログラムを回収した。ディスプレイには、〈ダイヤ〉と〈4〉が表示点滅した。
「翔虎くん」
亮次から通信が入り、
「そこから東に百メートルほどのパーキングにいる。うまく逃げ出してきてくれ」
「了解」
翔虎はそう答えて裏路地に姿を消し、変身解除した。
「……すばらしい」
神崎は深いため息を吐き出すと、興奮冷めやらぬ、といった表情で呟き、矢川を向いて、
「今度こそ帰るんだ」
と、札入から一万円札を抜き矢川に差し出して、
「私はすぐに行かねばならないところがある。これでタクシーに乗りたまえ」
「いえ……」
矢川はそれを固辞して、
「歩いて帰ります」
「そうか」
札を札入にしまい、踵を返して歩き始めた神崎の背中に、
「理事長」
と、矢川は声を掛け呼び止めた。
「何かな」
振り向いた神崎に矢川は、
「ありがとうございました」
と言って頭を下げた。
「次回作。期待しているよ」
神崎はそう言ってすぐに前を向いて歩き出した。
週末が明けた月曜日の放課後、文芸部は全員部室に出席していた。
先週と違うのは、矢川がパソコンのキーを叩く音が戻っていたということだった。
「矢川先輩、スランプ脱出したんですね」
嬉しそうに翔虎が声を掛けた。
「いやー」
と、矢川はキーを叩く手を止めないまま、
「相変わらずだよ。何を書いたらいいか、全然わからないままだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん、でも、何か書いてないと不安だからさ。とりとめもなく、文章を綴ってるってだけ」
「そうなんですか。僕、あの小説の続きを書いてるんだと思ってました」
「ああ、あれは捨てたよ」
「え! 捨てた?」
「うん、捨てた。尾野辺くんが言ってくれたように、あれは違うよ」
「何だかもったいないですね。僕、酷評するようなこと言っちゃいましたけど、面白いことは面白いと思いましたよ」
「はは、ありがとう。でもね、違うんだよ。よかったらあれ、尾野辺くんにあげるよ」
「え? 本当ですか……いや、それは駄目です」
「尾野辺くんならそう言うと思ったよ」
矢川はキーを叩く手を止めて、
「人まねはしてもいい、だけど、それは枝葉にとどめろ。幹、根っこだけは、絶対に自分の中から湧き出てきたものだけで作れ」
「今朝の理事長の話ですね」
矢川の言葉を聞いて、直が言った。
「矢川先輩まで理事長のファンになったんですか?」
と、翔虎が言うと、矢川は、
「はは、そういうわけじゃないんだけどね」
矢川はノートパソコンを閉じて、
「さて、俺はそろそろ」
「いつもより随分早いわね、矢川くん」
立ち上がって鞄を手にした矢川を見て、美波が声を掛ける。
「ええ、バイト始めたんですよ」
「バイト? 矢川くん、何か入り用が――」
「ああ」
美波の声を制して矢川は、
「心配してもらうような事情じゃありません。社会勉強の一環です。勉強できて、ネタを拾えて、おまけにお金までもらえる。働くって、いいことづくめですよ。それじゃ、お先に」
矢川は挨拶をして部室を出た。
「矢川先輩、先週とは全然違うです」
こころが矢川の背中を見送って言った。美波も、
「そうね。この週末に何かあったのかしらね」
「翔虎、何か聞いてる?」
直の問いかけに翔虎は、
「ううん、全然」
と、首を横に振って答え、
「でも、よかった。矢川先輩が復活してくれて」
そう言って、閉じられた矢川のノートパソコンを見て微笑んだ。
――2016年6月6日




