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 校舎裏からぎこちない足取りで校門の前まで歩いてくると、不安そうな顔で高地と鈴がこちらを見つめていた。

 中途半端な時間のせいか周囲に他の生徒の姿はなく、すぐ近くのグラウンドで活動している野球部員の姿がみえるくらいのものだ。


「終わったの……?」


 恐る恐るといったかんじで、高地が不安そうな顔で尋ねてくる。


「うん、全部終わった。相当ショックだったみたいだから、はやくいってあげて」


 私のその言葉を聞いているのかいないのか、高地は唇をグッとかみ締め、未だに納得のいかなそうな表情を浮かべている。


「本当に、よかったの?」

「いいから実行したんでしょ、いまさら話しちゃったことをなかった事になんかできないんだから、心配するだけ無駄ってものよ」


 もう和人は全てではないにしても核心には触れてしまったのだ、後からごまかしなんてできるわけないのだから、考えたって仕方ない。たしかにこれから先、不安だったり怖かったり、大変なこともあるだろうけれど。


「それに秘密がばれたって、私が可愛い事には変わりないもの。私の正体を知っててもあんただって可愛いって思ってるんでしょ? 別に性別なんて細かいことなのよ。だから大丈夫よ」


 そう言って泣きそうな彼女の頭をやさしく撫でてやる。

 私なんかのために泣くなんて本当にこいつは、泣き虫なやつである。


「私なんかよりこれからの高地のほうが大変でしょう? 今度の事だってようやくスタートラインにたったのとかわらないんだからさ。和人に好きになってもらって、告白して、全部一人でやらなきゃいけないんだから」


 彼女は目じりにたまった涙をぬぐい、顔を上げて無理に平静を装っていつものように憎まれ口をたたく。


「性癖のばれた変態のあんたなんかより、よっぽどわたしの方が楽にきまってるでしょ、馬鹿にしないでよ。あんたさえいなければ吉池君と両思いになるなんて楽勝なんだから、あんたこそ自分の心配でもしてなさいよ」


 その彼女の様子に自然と笑みが漏れる。

 そうだ、高地美咲はこうでないといけない。殊勝な態度や、泣いている彼女なんてそんなのらしくない。長い付き合いでもない私がそんな風に言うのも変だけれど。それでも、これが一番しっくりくる。

 私はそんな彼女のために頑張ったのだから。


「うん、私は私の事は自分で出来るから、はやく和人の所いってあげて」


 高地は静かに頷いて駆け出すと、不意に途中でぴたりと足を止めた。

 最後までしまらないやつだなと半ばあきれながらどうしたのかと彼女の言葉を待つ。

 高地は背中を見せたまま、しばらくの間その場に立ち尽くし、それから急に叫んだ。


「ありがとう、長月!」


 叫びとともに彼女は走り出す。私と鈴はびっくりした顔でその後姿が見えなくなるまで見送って。それから二人して軽く噴出してしまう。本当に最後まで、らしいやつだったと思う。

 これで、高地への協力も終わり。

 私が側にいては和人の心を傷つけるだけだろう。だから全部終わり。

 失ったものはきっと大きかったけれど、その分守れたものはそれ以上にきっと価値のあるものだったはずだ。


「それじゃ帰ろうか鈴」

「はい、姉さん」


 鈴に預けておいた通学用のスポーツバッグを受け取って二人で帰路をゆっくりと歩き出す。まだ少しだけ足の震えは続いていて、すこしだけ情けない気分になる。やっぱり理想なんかには程遠い。

 夏を目前に控えた夕暮れ時はなぜだか少し寂しげに思える。それは季節のせいだけではないかもしれないけれど。

 あんなことがあった後だというのに、街はいつもどおりで、周囲の人々が私に向けてくる視線にもなにも変わりはない。私のほうはもしかしたら明日から学校に行く事も出来ないかもしれない状況なのに、何も、変わったりはしていない。

 私と世界の間にあるギャップ、不思議な違和感。

 たいした事じゃなかったのかもしれないなんて、そんなことがあるわけもないのに楽観的に考えてしまいそうになる。

 あぁでも、今日くらいはやっぱり何も悩まずにいられるほうがいいだろう。

 だから少しだけ元気を振り絞って、軽く、いつものように鈴に話題を振る。


「夕飯なんにしようか?」


 ただ答えは返ってこない、視線をむければ彼女はうつむいて、口元を指先でいじっている。子供のようなその癖は、彼女が考え事をするときの癖だ。

 かなり思い悩んでいるのか、しばらく待ってもやはり鈴は何もいわない。

 思わずため息が漏れる。


「姉さん」

「ん?」


 ようやく鈴が口を開いたのはまだ家は遠い交差点、ちょうど赤信号で足を止めたところ。

 だが、その後の言葉はなかなか続かない。

 信号が青に変わって、歩き出して、横断歩道を渡り終えたところで鈴は、やっとそのあとに続ける言葉を思い出したかのように、喋りだす。


「どうして高地さんのためにあそこまでしようと思ったんですか?」

「そうね、自分でも最初は少し不思議だったんだけどね」


 本当に不思議だ、最初は嫌で嫌で仕方なかったはずなのに、気付いたらこの有様だ。理想の私が優しすぎるのもあるのだろけれど、それ以上に、きっと情が移ってしまったのだろう。

 最初から私の事を知っていた鈴とは違う、男の店長とも違う、私の秘密を知ってそれを受け入れてくれた女の子。

 初めて出来たそんな友達だったから。


「私のこの秘密を知って、口ではなんだかんだ言ってきたけどさ、認めてくれてたと思うの『私』の事を。クラスメイトとはいえそれまで殆ど話したこともなかったんだからさ、関わらないようにするのが一番だったはずなのに、そりゃまぁ私に利用価値があったからかもしれないけど、それでもやっぱり、根本的なところでは否定されてなかった気がするから」


 素直に思うままの気持ちが口をついて出る。


「それに高地のためだけじゃないし、和人をこのまま騙しているのも気がひけたっていうのもあるけど、それ以上に私自身が納得できなかったから。自分だけ安全な場所にいて外野から野次を飛ばすだけなんて臆病者のすることでしょう? そんなの私じゃないと思ったの」


 結局行き着くのはたぶんそこなんだろう。私が理想と思う私になるために。私は究極のナルシストであり、それが私の流儀だから。


「そうですか……そういうことにしておきましょう」


 鈴はため息を吐いてぽつりとそう零すと、普段どおりの無表情に戻る。納得はいっていないようだが、一応疑問は解決したようだった。


「ま、なにか問題がおきたら、最悪引っ越して別の高校にでも転入すればいいのよ。人の噂も七十五日っていうし、なんとでもなるわ」

「姉さんはそれでいいかもしれませんけど、監査役のあたしの事も少しは考えてくださいよ」


 嫌そうな顔で言ってはいるが、裏を返せばそれは、もしもなにかあったとしてもついてきてくれると、そういってくれているのだ。この幼馴染は本当にいつもそばにいてくれて、私を助けてくれる。本当によく出来た妹のようだ。


「他言無用だからね」

「わかっていますよ。今日の夕飯はカレーでも食べたいですね」


 にやりという擬音が似合いそうな鈴の笑顔。遠まわしな脅しのつもりなのか、ただの悪ふざけなのか、どちらにしろ苦笑がもれる。


「はいはい、それじゃ帰りに足りないもの買っていかないとね」


 野菜の類はあったはずだけど、肉がない。今日はなんの肉が安かっただろうかと思い出そうと首をひねっていると、騒々しい、地面を蹴る音が近づいてくるのに気付いた。

 音の方向、背後を振り向くと。

 こちらへ向かって走ってくる和人と、その後ろをついてくる高地の姿が視界に飛び込んでくる。

 何かあるかもしれないとは思っていたが、まさかこんなに早く事が起きるとは。私は足を止めて二人がやってくるのをじっと待つ。

 ほどなくして目の前までやったきた和人と高地。和人は肩で息をしながらも私の事をまっすぐにじっと見つめている。対して高地は、ぜぇぜぇと体を揺らしながら、不安そうな目で私と和人の様子を交互に伺っていた。鈴の表情は、私の後ろにいて確認はできないが、多分、高地と似たような表情をしているんじゃないかとそう思う。

 再び和人と向き合う緊張から体が震えている。

 大丈夫、と自分に言い聞かせる。もしかしたら直接また相対することがあるかもしれないとは思っていた。大分予想よりは早かったが覚悟は決めていた。

 どんなに酷い罵詈雑言を浴びせられようとも、思い切り殴られても、この秘密を全校生徒にばらされても、泣き言を言うつもりはなかった。それだけ大きな傷を彼に負わせたのだから、どんな罰でも受けようと、最初からそう決めていたのだ。

 しばらくの間じっと見つめあっていた。ぴりぴりとした空気、きっかけがあればこの静寂を打ち破る、なにかもっと大きな事が起きてしまうのではないかという緊張感。

 和人は息を整えると、一歩ゆっくりと踏み出す。

 ついにその時が来た。

 彼が拳をグッと握ったのがわかる。

 思わず私は目をつぶって足に力を込める。

 顔はできればやめてほしいな、なんて、場違いに思ってしまうのは、私が私である所以か。

 身構えながら十秒待って、二十秒を待って……たっぷり一分ほど待っても、いつまでたっても拳が飛んでくることはない。

 不思議に思って恐る恐る目を開く。

 目に映る光景は、理解しがたいものだった。

 和人が深々と頭を下げていた。

 頭の中で混乱が膨らんでいく。

 だがこの程度の混乱はまだまだ序の口で、次に彼から発せられた言葉に私の頭はパンクした。



「男だっていい、俺と付き合ってほしい長月さん!」



 自分の耳を疑って、ふっと高地の方に視線を振る。高地は、口をぽかんと開けて固まっていた。鈴の方を向くと、彼女は対照的に目を見開いてわなわなと震えていた。

 私たちの驚愕をよそに、和人は下げていた頭を上げると、熱く、想いを語り始める。


「確かに、確かに驚いた。謎だった長月さんの正体が遊里だったなんて絶望した、男にしかも、親友だと気付かずに恋をしていたなんて……」


 本当に絶望に打ちひしがれたかのように、和人は頭を抱え、肩を落とす。


「そうして目の前が真っ暗になっていたところに、高地さんが全てを説明してくれた。長月さんのことも、彼女の気持ちも」

「だったら、高地と付き合えばいいじゃない」


 きっと誰もがそう思うであろう。

 しかし、我が親友はあろうことか首を横に振って否定する。


「俺は全てを聞いてやはり、貴方ではないとだめだと悟ったんだ。高地の気持ちは嬉しい、だがこのあなたへの想いを抱えたまま彼女の気持ちに答えることなど出来るはずがない。たとえ男だとしても、本当の貴方がどこにもいないとしても、俺は貴方に恋をしたんだ、他でもないあなたに。理想を求め自らを磨き続けるあなたに!」


 和人はありのままの、私を、全てを知った上でそれでも、尚、好きだと、愛するに値する人だとそう語ってくれている。私という存在を認めてくれている。それは嬉しい、素直に嬉しいのではあるが。


「正気なの……?」

「オレは大真面目です」


 だから困ってるんだって……。

 額をもみながら考える、頭が痛い。

 驚愕から引き戻された高地がいつかのように俺を視線と感情で呪い殺さんばかりの表情を浮かべているのが見える。いつの間にやらその隣に移動していた鈴もこちらをあきれたような顔で眺めている。おかしい、こんな事になるなんて誰が予想出来ただろうか?

 私の考えどおりなら今頃高地が和人を慰めながら私が悪者になっていたはずなのに。

 とにかく、なんとか諦めさせないといけない。


「いや、だってそもそも私そっちの気はないし?」

「大丈夫です、俺もその気はないと思っていましたが全然いけます」

「全然大丈夫じゃないよ!? 落ち着いて!? そもそも和人の想いがどうであろうと私は既にふってるんだからね!?」

「長月さんに下の名前で呼んでもらえるなんて」

「都合のいい所だけ拾い上げないでくれる!?」


 だめだ、和人は完全にだめになっている。主に私が可愛すぎるせいでというのが笑えない。理想の私、さすがだと言いたいところだが今だけは理想の私をやめてしまいたい。


「これ以上付きまとうと、警察に通報するわよ」

「出来るものならどうぞ、ただし貴方の正体を知った時国家権力はどちらを異常者としてみますかね?」

「ほんとに都合のいい時だけなにそれ!? 最低すぎる!」


 私一人では埒があかない、助けを求めるように高地と鈴の方に視線を放るが、二人はやる気なさげに携帯をいじったりしながらなんとなしの瞳でこちらを眺めている。


「あーもうめんどくさいから二人つきあっちゃえばいいんじゃないの? どうわたし眼中にないみたいだし」

「ちょっと、高地投げやりにならないでよ! あんたがこいつと付き合ってくれないと私がそりゃもう、ものすごく困るんだから!」


 詰め寄りながらそう言ってみても彼女はしったことかといったふうに舌打ちをするとそっぽを向いてしまう。本当に使えないやつである。なんで私はこんなやつのためにこんな事になってしまっているのか。私の決死の覚悟で挑んだ作戦だったというのにこの扱いである。たまったものではない。


「大体、私は私が好きなんであって、他は眼中にないんだから!」


 そう、周りにどう騒がれようが私は私以外誰も好きになったりはしない。だって理想の私がいるのに他の人なんてどうでもいいでしょう?


「それでもいいんです! 俺は貴方のそばにいられれば!」

「だってさ、お熱いわ」

「姉さんお幸せに……」


 頭をぐしゃぐしゃとかき乱したくなる衝動にからられる。あーもうほんとにどうしろっていうのよ私に!

 ふざけるんじゃないわよ、私は静かに私として暮らしていたいだけだっていうのに。

 全員自分勝手に好きなように言って。

 湧き上がる感情をぶつけられる所なんてなくて。

 ふつふつと湧き上がり続けるそれを発散するように私は叫ぶ。


「もう、勝手にしてなさいよ! 私も勝手にするから」


 自分でも耳がきんきんするくらいの声量で叫ぶと私は走り出す。あふれ出す感情に突き動かされながら、ただ走る。振り返らなくとも三人が追いかけてくるのが分かる。

 まだ当分の間私の望む日常は戻ってこなさそうだった。




 秘密を打ち明けた日から数日。夏休みももう間近に迫る七月の頭。

 我が家で着替えを済ませた私は台所に立って冷蔵庫を漁る。暑くなってきたしちょっと体力のつきそうなものでも作ろうか。

 リビングからは鈴がつけっぱなしにしているテレビの音声が流れてくる。六時を少し過ぎたこの時間特に見る番組もないのかニュース番組のキャスターの声がかわるがわるに聞こえてくる。

 そこまではいつもと変わらない日常の風景。

 気局、あの後学校での私の扱いが変わったりだとか、他校に転校することになる、などといった事件はまったく起きず、私の秘密が広がる事もなく、いつもどおりの地味な男子高校生として学校に通う日々。

 放課後になれば飛ぶように家へと帰り着替えを済ませて街へ出かけ……とはいかない。

 自分の置かれた現状を思い出すと深いため息が漏れる。


「長月さんため息なんてどうしました? 夕飯作るの手伝いますよ?」

「長月、今日の晩御飯何にするのよ? 私、ざるうどんがいいんだけど」


 なぜだか当然のように放課後の我が家に上がりこんでくるこの二人こそが私の目下の悩みの種である。

 どこに行くにしても私の姿だと和人はついてくるし、高地はその和人を追ってついてくるしで、私の楽しみである私の姿で街中を歩くという一番の楽しみが台無しになってしまうのである。

 不機嫌そうな美少女につき従う爽やかな笑みを浮かべるイケメン、そしてその後をついてくる苛立ちを隠さない少女。こんな珍妙な集団に羨望の眼差しなど向けられるわけもなく、動物園の珍獣でも見るような目で見られるだけで非常に不快である。

 かといって和人を邪険にすることもできない、この男実に爽やかにゲスな脅しをしてくるため警察に届けることもできないのである。我が頼れる親友を返してほしい。


「いっつもいっつもあんたたちはなんで我が家に勝手に上がりこんできて当然、見たいな感じで私生活に踏み込んでくるのよ! しかもご飯まで勝手に食べていくし!」


 積もりに積もったストレスがもはや爆発する寸前で、思い切り調理台を叩きながら叫びを上げる。


「愛するが故に近くに居たいと思うのは当然の事、それに勝手にしなさいといってくれたのは長月さんじゃないですか」

「そうそう、好きな人のそばに居たいってのは当然の感情でしょう? それにだいたいあんたがいろいろ失敗したのがもんだいなんでしょ。最初からわたしと吉池くんが付き合えるようにちゃんと成功させてればこんなことにならなかったんだから、他人に責任擦り付ける前に自分の失敗を恥じなさいよ」

「あんたら二人ともそういうのはストーカーっていうのよ! いい加減にしないと住居不法侵入で通報するわよ!」


 勝手な持論を展開する二人に私はますますヒートアップするのだが、当の二人は気にした様子もなく冷静で、


「ほう……?」


 和人が面白いといった風にそう呟いて、笑みを浮かべる。背筋が薄ら寒くなるようなニタァっという擬音が似合いそうな粘着質な笑みだ。

 そしてその笑みを受けた高地も同じような笑みを浮かべる。


「別にいいけどさぁ……あんたの秘密、ばらしちゃうけど?」

「しかたないですよね、警察に事情を説明するのに、どうしても言わないと」


 漫画の悪役がしそうなクックックという笑い声を二人が息ぴったりにあげる。もう二人で付き合っちゃいなさいよほんとに、それで全部解決するんだから。

 二人をいくら追い払おうとしても毎回こんな感じに返されてしまって埒があかない。私の心労はたまるばかりで、いっそのことこれなら秘密をばら撒かれたほうが楽なのでは? と最近ではそんな考えまで浮かびはじめる始末である。ため息が今までに以上に増えるのも仕方ないというものだ。


「そんなに嫌ならやめたら、その格好?」

「絶対嫌」


 高地の言葉に間髪要れずにそう答える。

 苦境から逃げるために私でいなくなるなんて事は絶対にしたくない。理想の私ならそんんあ苦境だって絶対に乗り越えて見せるはずだ。だから私は、まだまだ私として未完成なのだろう。

 それでもまぁ、私の周りには私を認めてくれている人がそれなりにいるわけで、それだけはきっと喜んで言い事のはずだ。そのうちの二人が悩みの種だとしても。


「姉さん、ごはんはまだですか」


 こちらの騒動など気にした様子もない鈴が、ソファに寝転がってテレビを眺めたままそんないつもどおりのマイペースな言葉を投げかけてくる。そんなよく出来た妹の変わらぬ態度に苦笑が漏れる。

 私でいられる時間があといったいどれだけあるのか分からない。だから私で時間を大切にしたいと思う、その気持ちに変わりはない、けど。

 こうして、私のまま普通に接してくれる、私を認めてくれる人たちと過ごす時間もそう悪くはないはずだ。

 ただ、まぁ。


「食費くらいはいれなさいよ」


 言いながら包丁を握る。

 ちらと部屋の隅に置いてある姿見に映る私の姿を見つめる。

 何者にも勝る可愛い笑顔。

 今日の私も実に完璧だ。

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