第一章 Episode:2 セルレイナ
紅璃は、何もわからないまま、石で作られた道を進んでいた。
見る限り、高速道路や横断歩道がない。まず、車が無かった。馬車や、人力車のようなものが走っている。自転車も走っていなければ、バイクも走っていない。
次に、スーパーマーケットが無い。全てのものが、市場に集結していた。食べ物も、衣服も、雑貨も。
そして、電子機器がない。誰一人として、スマートフォンを持っていない。市場に電子レンジらしきものはあるが、電子看板なども見当たらなかった。
「ほんとにどこなのここ…」
かれこれ歩いて一時間、何一つヒントになるものがない。
「スマホは使えないし財布も持ってないし…」
そして今紅璃が一番気にしている問題は一つ。
「カップラーメン食べてないしっ!」
歩き疲れた果てに、紅璃は路地裏に入る。
そこにあったベンチに座り、スマホの画面を開く。しかし、状態は変わらなかった。
『こ҉͓̄͜͝の̶̟̯̟̊̕͢デ̷̧̬̣̐͝バ̴̢̣̞҇͋ͅイ҈̩̩͓҇̀̆̔͢ス̴̢̛̝̽̾は҈̧̙̟̐̇̍͡使҈̨̛̜̮̒͒͆用̵̣̋̈͢͡す̶̧̱͙̦͊́̊͝る̴̢͖̣͓͆̚͝こ҈̧̛̟̠͆と̸͍̬̓͋͜͞が҉̨͇҇͆で̷̢͙̩̰̃̕き̸̛͙̞̾͜ͅま҉̮̟̽̂̿͜͠せ̶̡̟͇̈͡ん҉̢̰̓͆͠ 』
「………」
壁にもたれかかると、体の力がだんだんと抜けていく。ひんやりとした壁。
「…おどろいたよ。こんな路地裏に人なんて」
「っ?」
突然の声に、紅璃はベンチから落ちそうになる。
「あぁ、驚かせてすまないね。君は…」
「…あ、は、初めまして。私は、江櫻紅璃」
とっさに、紅璃は自分の名を名乗った。前に立っている青年は、紅璃と同い年くらいだろうか。白色の髪、左目に付けたモノクル、黒色のマントを羽織った青年は、紅璃の容姿を見るなり、少し黙り込んだ。
「…えざくら…、風祝か…?鳳蓮華にしては響きがナチュラルだし…」
ぶつぶつと、青年は呟く。
紅璃は首を傾げ、青年の顔を覗き込んだ。
「あなたの、名前は?」
「…っああ、僕は―――」
「――――――夜乃羅葵、そう、名乗っておこうか」
「へぇ、変わった名前をしているのね。日本でも聞かない名前」
夜乃羅葵と名乗った青年は、僅かに視線を逸らした。
「ニホン…?君は、どこの国の出身なんだ?風祝か?」
「日本よ、日本」
「ニホンという国は、存在しないはずなんだが…」
「えっ…」
紅璃の手から、またスマホが滑り落ちる。
「えっ、嘘でしょ?だってさっきまで私、宇宙の、太陽系の、地球って星の…」
「あー、ちょっと待て待て―――」
「ユーラシア大陸の、東アジアに位置する…」
「待て待て待て待て―――」
「日本の、質素なアパートの一室でカップラーメン食べようとしてたじゃない!」
「待て待て待て待て待て!!!」
紅璃の口から次々と飛び出す聞き慣れない言葉に、羅葵は混乱する。
「えーと、ウチュウっていうタイヨウケーの、チキュウユーラシアタイリクの、ヒガシアジアのかっぷらーめん…?」
聞こえた限りのワードを、なるべく紅璃の発音に寄せ、しかし混乱しながら、羅葵は言った。
「まぁそういうこと」
「いや絶対違うな!?」
普段路地裏に響くはずのない声が、いくつも響く。
「んん、…っと、とりあえず君…紅璃は、ニホンという別の世界から来た、っていう認識で―――」
羅葵が咳払いをし、そう説明しようとしたとき――――――
「っ!危ないっ…!」
ドーーーンッ………
紅璃を庇った羅葵の目の前に、ずっしりとした大きい黒色の玉が落ちる。地面から上がる塵煙が、視界を覆った。
「…?」
「…紅璃。下がっていてくれ」
「…うん…」
曖昧な視界の中から、黒い二つの人影が二人に近づく。
「さっき街道をうろついてた女、みーーーっけ!」
煙の中から、二人の男が飛び出した。背の低い小柄な男と、背が高く大柄な男。
「あーれぇ、兄貴ぃ、女以外にも、誰かいるっぜぇ」
手に巻き付けた鎖をチャリチャリ鳴らしながら、小柄な男が言った。
「まぁいいだろう。こいつごと、人質にしちまえば良い。きっとオイラたちの収入も上がるってもんよ」
羅葵に怪訝な目を向ける小柄な男に、大柄な男は言った。
「黒翼か…」
黒翼は、最近話題になっている迷惑集団だ。
「なんだァ兄ちゃん、知ってんのか、オレサマたちのことォ」
「あぁ、もちろん。存じ上げているよ。お前たちは、ガイラとズヤウだろう」
ガイラとズヤウ、それは、小柄な男と大柄な男の名前だ。
「なんッで、テメーがオレッサマたちの名前知ってんだ?」
「…覚えていないか。僕の、この顔を」
「んぁぁ?」
羅葵は、モノクルを外し、後ろでまとめていた白い髪を解いた。
「ら、羅葵…?」
そんな羅葵の後ろ姿を見る紅璃は、ようやく、自分が危険な状態に陥っているのだと理解した。
「ガイラ、ズヤウ。僕を、覚えていないか」
「はっ…?ズヤウ、こいつ…」
「おいおい、ガイラ…まさかお前…」
羅葵の姿を見るなり、ガイラとズヤウは額に汗を浮かべて後ずさった。
「今は名前を名乗ることを控えているんだ。あまり、手間は掛けたくないんでね」
「すっ、すみませ」
「この、裏切り者」
その瞬間、羅葵の指先から放たれた赤色の閃光が、ガイラとズヤウの頭を撃ち抜いた。
「羅葵…今、何して…」
紅璃は、肩を少し震わせる。
「何回も驚かせてしまってすまないね。この人たちは犯罪集団なんだ」
「普通、そういうのは警察を呼ぶんじゃないの?普通の人間が殺人だなんて…それこそ犯罪が」
「ケイサツ…聞き慣れない言葉だね。それに、殺人事件なんて日常茶飯時だろう?」
「何言って…」
「ここは、セルレイナ世界群だよ。君がいた、ニホンじゃない」




