第一章 Episode:1 日常の終わり
―――それは、何の予兆も無く訪れた
「……んー、東の方の雨も大変だね」
スマホを見ながらベットに寝そべる高校生、江櫻紅璃、十八歳。
今日は平日のど真ん中、水曜日。
そんな日に、高校三年生の紅璃が学校に行っていない理由はただひとつ。それは、ニート。
高校一年生のテストで学年一位という素晴らしい成績をとっておきながら、高校二年生から何の理由もなく学校に行かなくなった変な人である。
カッカッ…
時計の針が正午を指す。
「お昼食べるかぁー」
紅璃はベッドから体を起こし、キッチンに向かう。
ポットに水道水を入れて、ボタンを押す。
ふと、キッチンに置いてある一枚の紙に目が行った。
――――――――――――
紅璃へ
ちゃんと、勉強はやりましたか。
もうすぐダンスの発表会です。練習はしましたか。
今日のお昼ご飯は、カップ麺とサラダです。昨日帰るのが遅くなって、スーパー行けなかったから、材料が買えなかったの。
お昼ご飯作ってあげられなくてごめんね。今日はカップ麺で生きてね。
北斗明聖大学に行けそうなくらい頭の良い自慢の娘を持つお母さんより
――――――――――――
「…お母さん」
不登校の娘に、『お昼ご飯作ってあげられなくてごめんね』なんて言ってくれる優しい母親、そうそういない。
「北斗明聖かぁ…」
冷蔵庫からサラダを出して、ドレッシングをかける。
いつのまにか湧いていたポットのお湯をカップラーメンに注いで、タイマーを3分にする。
―――ピコン
「?」
メールアプリの通知が鳴った。
クラスメイトの、安堂瑠夏ちゃんだった。たしか今週は旅行に行ってるから、学校を休んでるんだっけ。
メールを開くと、何枚か旅行先の写真が送られていた。
『あかり〜!元気?お寺めっちゃでっかかったよ!』
そんなメッセージとともに、もう一枚写真が送られてきた。瑠夏ちゃんと、瑠夏ちゃんの妹が自撮りをしてる写真だ。
「相変わらず自撮りが上手だなぁ」
そう言いながら、私は返信を打った。
『るかちゃん、久しぶり!とっても元気だよー!もしかして、そこって華音堂?』
多分、自撮りの後ろにある建物は、お寺である「華音堂」。
私はメールアプリを閉じて、スマホをポケットにしまった。そのまま、私はリビングのソファにダイブ。柔らかい。
「…学校ねぇ」
瑠夏ちゃんが、再来週から夏休みって言ってたな。
しっかりした大学に行くためには、高校を休まずに学校に行って、ちゃんとした教育を受けた方が良いんだろうけど。
「やっぱ行きたくないなー………」
騒がしいクラスの中で授業が進まず曖昧に勉強が終わるのなら、静かなアパートの一室で1人で勉強したほうが絶対に良いのだ。別に先生に聞かなくても、分からない問題があれば、自分で調べればいい。今はAIのチャットアプリもあるんだし。
そうしてまた、スマホを開く。
「…ん?」
スマホの画面がモザイクになっている。
「…あれ」
「もしかして壊れた…!?」
スマホの上の辺りをペチペチと叩く。昭和のテレビみたいに、叩いたら直ったりしないかと。
そのとき、つるっと手からスマホが滑り落ちた。
「あっ―――」
そのまま床に落ちて、スマホの画面がバッキバキに―――
―――ならなかった
「ふー、危なかった」
地面に落ちたスマホを拾って、再度ポケットにしまう。
そう、地面に落ちたスマホを拾って。
「…地面?」
頭を上げると、そこはアパートの一室ではなかった。
ヨーロッパの方の地域によく立ってそうな、煉瓦や石で作られた家、普段スーパーでよく見る果物が沢山並んだ市場、籠を持って歩く人々…
「………え」
紅璃は、しまったばかりのスマホを取り出して、電源を付けた。
『こ҉͓̄͜͝の̶̟̯̟̊̕͢デ̷̧̬̣̐͝バ̴̢̣̞҇͋ͅイ҈̩̩͓҇̀̆̔͢ス̴̢̛̝̽̾は҈̧̙̟̐̇̍͡使҈̨̛̜̮̒͒͆用̵̣̋̈͢͡す̶̧̱͙̦͊́̊͝る̴̢͖̣͓͆̚͝こ҈̧̛̟̠͆と̸͍̬̓͋͜͞が҉̨͇҇͆で̷̢͙̩̰̃̕き̸̛͙̞̾͜ͅま҉̮̟̽̂̿͜͠せ̶̡̟͇̈͡ん҉̢̰̓͆͠ 』
「なにこれ…」
画面に表示された文字は、あからさまにバグっていた。
温かそうな布で作られた服を着て町を歩く人々の中に、ただ一人。白色のTシャツに、黒の短パンを着ている女子が混ざっているというのは、非常に面白く、おかしい光景であった。
「えーっと、とりあえずパスポートもとらず、お金も払わずに飛行機に侵入してヨーロッパに来ちゃったってことでいいのかな…?」
あたりをキョロキョロと見回すあかりは、まだ気づいていなかった。自分が、"異世界"に来ていることに。




