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ヴィ・ルブニール ~un reve~(仮)  作者: さはら、かなや
二章   空ノ上学園
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入学

「おっ、さき姉が来たことだし、私の出番は終わりってことで良いよね? んじゃ、お先にばいばーい」

 

 ここぞとばかりに入れ替わるように、そそくさとルナは病室の外へと駆けて行く。


 ルナの後ろ姿を見送り、いつものように溜息を吐くと、その様子に呆気になっている彼方の方へと身体を向けた。


「傷は治っているはずだが、気分はどうだ?」


 敵対していたとは思えない穏やかな声音に彼方は面食らう。ただ先程のルナとの会話が尾を引いているせいか、彼方は咲から顔を背けた。


「見て分からないのか?」


 棘のある返事に、咲は強張らせていた顔を解く。


「あいつは気分屋だからな。長い付き合いだが、私でも手に負えない。察するに不機嫌なのも十中八九ルナが原因なのだろう? 私じゃ不服かもしれないが代わりに謝らせてくれ。すまない」


 咲が頭を下げた気配を背中で感じ取った彼方は、慌てて起き上がった。


「あんたが何をしても変わらない。だから無意味なことはしないでくれ」


 直接戦闘に及んでいないとはいえ敵であることに変わりはない咲に、頭を上げるよう促したのは強者という認識の他に少なからず憧れという感情が介在しているからだ。

 

 彼方が咲と対面したのは、この前が初めてだ。それまでは様々な剣術大会の映像でしかその姿を、技を、見ることは出来なかった。それでも咲の強さは本物だと直感で理解した。


 目で追うことが困難なほど洗練された体術。大悪手を相手に押しつけ続ける理詰めされた剣術。現段階の自分の力では遠く及ばない。そんな圧倒的な存在として彼方の眼には映った。


 剣を切り結ばずとも自分の敗北を予期するほどに。


 それは正に彼方が目指した理想の剣客像でもあった。そんな人間が正当な理由も無く、ましてや他者の代わりに頭を垂れる姿が見るに堪えなかったからだ。


「そんなことより、なんで俺を助けた? あんたなら敵に生き恥を晒させる真似、しないと思っていたんだが」


 胸に秘めた感情を悟られぬよう、彼方は話題を変えた。そんな心境など知る由もなく、咲は顎に手を当てて考える素振りを見せる。


「そうだな……。確かな信念を以て戦いに挑んだ者に、情をかけるのは侮辱に等しい愚行だと理解しているつもりだ。が、むやみやたらに命を奪うのもまた間違っていると私は考えている。だから助けた。まぁその代わりに我々に協力してもらうがな」


 咲の弁明に、落ち着きかけていた彼方は、再び憤りを露わにする。


「ふざけるなッ! 彼女の――――リアの命を狙っておいて……ッ――――」

「ふふ、そう睨んでくれるな」


 彼方の激昂を一笑。咲はルナが座っていた丸椅子に腰を下ろした。


「そう生き急がず、まずはそこら辺のわだかまりを解消していこうか」

「笑わせるな。今更なかよしこよしにでもなるつもりか?」


 明確な敵対関係が成立されている状態で、和解するにはどちらかが譲歩するしかない。

 

 彼方には相手に擦り寄る気が微塵もない。よって和解を求めるのならば必然的に咲が引き下がるしかない。圧倒的に有利な立場にいるのにだ。つまり咲側が彼方を望めば、リアを諦めざるを得ないということになる。


 だからこそ彼方は強気に出ているのだが、どうやら勘違いをしていたらしい。


「そもそも我々は彼女の命までは求めていない」

「どういうことだ?」

「ちょっと待て」


 咲は思い出したかのように左手を前にして、スーツの内ポケットから小さな包み紙を取り出した。中にあった飴玉を口に放り投げると、再びポケットから飴玉を取り出した。


「食べるか?」


 咲の気遣いに視線を向けただけで、彼方はすげなくあしらう。


「はぐらかすな。リアはお前たちに命を狙われていると言っていたぞ」

「狙っているのはあくまで身柄だけだ。彼女の考えは誤謬か、あるいは……まぁ今は良い。何が言いたいかというと、我々は憲兵のような存在で、対象は罪人に限られるということだ」


 彼方は眉を顰めて思案する。


「あのアルビノはリアのことを人殺しと言っていたが――――何がおかしい?」

 

 咲は必死に声を押し殺しているが、肩を上下させる姿は誰の眼から見ても笑っている人間のそれだ。


「ゴホン。いや、何でもない。気にするな」


 咲は咳払いで一つで表情を取り戻すと、彼方に咲を促した。


 自分の考えを纏めることに集中していた彼方は、気に留めることはせずに話に戻る。


「仮にだ。それが事実だとして、それこそ本物の憲兵で事足りるだろ。なんであんたらが出張ってくる必要があるんだ?」

「憲兵では100%取り逃がすからだ」

 

 飴玉が入っていた方とは反対のポケットから、今度は板型の電子端末を取り出した。そして短い操作を終えて、彼方の下半身上部に映像が出力される。


「これは先月うちの偵察……観測班が撮影したものだ」


 真っ青なキャンパスにふわふわと遊覧し、まばらに広がる叢雲。その中央にはルークリデで最高を誇る時計塔が静かに聳え立つ景色が、映像には映っていた。


 数秒経っても変化のない景色が画面を流れ続ける。


「こんなものみせてどうしろっていうんだ? ピクニックでもしてくださいってか?」

「見てれば分かるさ」


 眼を瞑る咲に促されるまま、渋々映像を見続けること一分弱。


 小さな黒点が、いつの間にか青と白の空模様に混入していた。ピンぼけあるいはレンズに入り込んだ虫。そんなありきたりな理由を想像していたが、ズームされた画面がそれを否定した。


 人がひと一人を抱えて補助具も無しに浮いていた。


 それだけでも驚愕に値する映像だが、彼方の思考を支配したのはそんな些末な事でなかった。


「リア……なのか?」


 ぼやけていて確証を得るには不十分だが、映像の中にいる人物の背格好は酷似していた。なにより彼女の特徴的な髪形と髪色は見間違えようがない。


 彼方の動揺などお構いなしに映像は流れ続けている。静止画のようだったそれは、数秒後。リアらしき人物が抱えていた人間を落下させて、地上から悲鳴があがったところで終了した。


 在り得ない現状が起こっているというだけで、不自然な継ぎ目も切り取られたような痕跡は一切見受けられない。それでもやはり信じ難い光景に、何より映像を直視したくない気持ちが彼方の口から搾り出される。


「編集したものじゃないのか?」

「……」


 咲は依然として口を開かない。それは肯定とも捉えられるが、彼方の心情を見透かした咲が、考える猶予を与えているようにも感じられた。


 あれはリアだ。


 ある程度の時間が経ち、頭の中でしかリフレインできない映像だが、彼方は半ば確信に至っていた。もし本当に浮くことが可能なら膂力を上げることや、痛覚を鈍くすることも出来るかもしれない。そう考えると自分が腕相撲で負けたことや、腕を斬られたというのに冷静でいられた説明がつくからだ。

 

 一度信じると決めたはずの相手に猜疑心を向けている自分に苛立ちを覚え、そんな自分からも眼を背けたくて、彼方は悪感情をぶつけるように黙って腕を組んでいた咲の襟を掴んで見上げるような姿勢で食い掛る。


「俺の質問に答えろッ」

 

 そんな八つ当たりを、咲は淡々とした口調で受け流す。


「私の口から言えるのは、この映像は実際に現実で起こった出来事だということだけだ。疑うのも信じるのも、お前の好きにすればいい」


 静かに眼を開けた咲は、食い入るように見開かれた彼方の両眼をしっかりと捉える。


「だけど迷うな」


 咲の言葉にどんな意味が込められているのか、今の彼方では理解できなかった。しかしその熱が籠った眼は、彼方に溜まった毒素を抜くには充分だった。


 冷静になった頭で彼方は再度思考する。まだこの目で確認したわけではないのだから、他人の空似である可能性は捨てきれない。それに人が浮遊出来るのなら、もしかしたらリアそっくりな顔に変身した誰かの仕業かもしれない。まだ否定出来る材料は残っている。決めつけるのは早計だ。

 

 俯き気味だった頭を上げる。


「あんたらに協力すれば、またリアに会えるのか?」

「彼女の所在が分かり次第、真っ先に伝えることを約束しよう」


 それを聞いて緊張の糸が切れたのか、彼方は起こしていた上体を崩してベッドに背中を預けた。


「あんたの言う通り仲間になってやる。ただし慣れあうつもりは毛頭ない」

「ああ、それで構わないさ」


 一段落着き、咲は右手を彼方に差し出す。


 横目でそれを確認した彼方は、わざと左手を伸ばしてみせた。


「俺たちならこっちだろ?」

「その通りだな」


 咲は苦笑いして、彼方の握手に応じた。


「皓城彼方だ」


 交わった手を認めて、不本意ながらも彼方は自分の名を名乗った。


「私の名前は……まあ、今更かもしれないが……識宮だ。この学園の理事長をしている」


 根源暦五十七年五月十日。この日皓城彼方は空ノ上学園に入学する。これは一つの契機であり、一つの終幕である。

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