1-3.貴族令嬢暗殺 逃走(3) 森の魔女様
リタが目を覚ますと、目の前に少々妙な格好をした少女が立っていた。
リタは命からがら逃げてきて、力尽きてここで一休みしていた。
一休みと言うよりは、力尽きてここで動けなくなった。
気付いたときそこに立っていたのは危険な野生動物でも、リタを殺そうと追ってきた者たちとも異なる者だった。
町の住民にも見えない。
伸ばし放題で邪魔な部分は編んだり結んだりした緑色の髪。
リタとさほどかわらないような背格好。
着ているのは、ほとんどボロきれと化した服。
話に聞いた魔女様の姿に近いが、聞いたままの姿だった。
だが、あれから20年も経っている。
……魔女様は、母と近い年のはず。
服だけは経年劣化しているようだが、魔女様の娘だろうか?
「このようなところをお見せして失礼いたしました。
事情があり、魔女様のところへお伺いしようと、ここまで参りました」
「おそらく、そうなのであろうな」
言わずとも想像は付くだろう。
ここに他の用事で来るものは居ないだろうから。
「失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「知らずに来たとは思えぬが」
リタは魔女様以外に人が居るとは聞いていなかった。
「申し訳ありません。
事情があり、話を聞く前にここに来ることになってしまったため……」
「まあ良い。お主は誰じゃ?」
「マルグリット・ラスカリスと申します。母よりこれを受け継ぎました」
そう言って木彫りの取引証を見せる。
※取引証というわけではないのですが、サンドラさんの関係者である証拠にはなります。
「母ということはサンドラの娘か」
「はい」
「サンドラはどうした?」
「母は亡くなりました」
「そうか。お主も追われていたようだが」
「はい。助けていただけたようで、ありがとうございます」
「服は持っておるか?」
助けたことには触れなかったが、この方か魔女様が助けてくれたのだろう。
「はい。ここに」
妙な格好の少女はケースの存在を確認しただけで、中身まで見ようとはしなかった。
「うむ。もう来ないかと思って居った。家に案内しよう」
”もう来ないかと思って居った” これは少々引っかかる。
母は何度も遣いを出したのに、魔女様の家に辿り着けなかったのだ。
だが、リタは運よく魔女様の家に行けるようだ。
……………………
それはそうと、目の前の少女のことが気になる。
リタは自己紹介したが、この少女が何者なのか聞けていない。
魔女はあまり名を広めないとも聞く。
名を聞くこと自体が失礼になるかもしれないが聞いておきたい。
そこを配慮して尋ねる。
「もしよろしければあなた様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
娘は少々不思議そうに見るが、こう答える。
「この森に誰が住んでいるのかサンドラから聞いていなかったのか」
魔女様は40歳位の方だ。
魔女様以外にこんな若い子が居るとは聞いていなかった。
「申し訳ありません。十分話を聞く前に母が亡くなりまして」
「まあよい。わしの名はリップル。その名より”森の魔女”の方が通りが良いか」
リタは思わず足を止める。
この人が森の魔女様……そんなはずはない。
母が会った森の魔女はリップルと名乗った。
目の前の人物も同じ名を名乗った。
だが、母が”森の魔女様”に会ったのは20年以上も前なのだ
そんなはずはない。母がここに来たのは20年以上前。
目の前にいる少女はリタと同じくらいの歳の子だ。
「あなたがリップル様??」
「わし以外、誰もこの森には住んでおらぬ」
「母と同じくらいの歳の方と聞いておりました」
「わしとサンドラは同じくらいではないか?」
森の魔女リップルはリタが生まれるより前には母と同じくらいの歳だった。
それから20年経っているのに目の前の少女は15歳前後に見える。
「娘の私がこの歳ですので、母はその倍以上の年齢です」
「それではわしと同じくらいではないか?
わしは今、45か、そのくらいだと思ったが」
「そのお姿で?」
「仕方ないであろう。
若い頃にお主の母が持ってきた服しか持っておらぬのだから」
そういう意味では無かったのだが、黙ってついていく。
20年物の服。既にかなり崩壊しており、元の形を維持していない。
それを今でも愛用している。
本人は年を取らず、服だけが20年分劣化した。
そう考えればつじつまが合うが、母は、この20年の間、何度も使いを出している。
服を届けようとしたのだ。
魔女様の家に着く。
おそらくこの森に家は一軒しかない。
聞いていた通り、そんなに大きな家ではない。
元は木製の家屋を、無理やり何かで固めたような妙な家だった。
かなり、おどろおどろしい見た目だ。
「服は持ってきてくれたか」
「はい」
「それは助かった。明日見せてもらおう。
今日は食事をして休むが良い。相当疲れて居るようじゃからの」
……………………
家の中を見渡す限り、布製品が無い。
話に聞いていた通りだった。魔女様は布も碌に持っていない。
故に、布製品を持っていくと凄い財宝と交換してくれる。
ただし、母はここには1度しか辿り着けなかった。
それを聞いていたので、リタも辿り着けるとは思っていなかった。
それでも、町に潜伏するよりは生き残れる確率が上がると思ったのだ。
魔女様は、実際に会ってみると想像していたのとは全然違う印象の人物だった。
リタを恐れる様子は無い。
母は魔女様は人間を恐れているように見えたと言っていた。
20年以上前と見た目も変わっていない。
母が言っていたのと同一人物であるかすら怪しいが。
「食べられるものがあればどれでも食べるが良い。
お主の母の口に合うものは少なかったが、芋をよく口にしていたようじゃった」
「はい。お言葉に甘えて、いただきます」
まあ、味の方は正直美味しいものでは無い。
それについては母からも聞いていた。
でも、食べ物を口にし、それが美味しいものではないという感覚が、生きているという実感に繋がる。
母と兄は死んでしまった。そして自分も、危うく殺されかけた。
あと僅かの時間遅かったら、魔女様の助けが無かったら、おそらく自分は死んでいた。
涙が溢れる。
「お母様……」
今になって死んでしまったのだという実感がわく。
遺体すら見ていないのだ。
亡くなったと聞いてすぐに逃走した。
それでも、リタは追手に殺されかけた。
だからこそ亡くなったと確信できる。
母が存命なら、あんなに目立つ集団に命を狙われることは無い。
母は死んでいるとみて間違いない。
一緒に逃げた侍従のカリーヌの生死も不明だ。
逃走資金は渡してある。うまく逃げてくれたろうか?
「空き部屋は1つしかない。そこで休むが良い。
腹が減ったら、そのテーブルの上のものは勝手に食べて良い」
「ありがとうございます」
ベッドの寝心地は凄く悪かった。
でも、生きてここで眠ることができたことが嬉しい。
カリーヌも、どこかで生き延びてくれれば……