1-2.貴族令嬢暗殺 逃走(2)
人間が他の獣とは異なる確固たる地位を得て数百年。
数百年前、人間は、はじめて他の動物からの脅威の無い町を作ることに成功した。
それまでは他の生き物と生活圏を奪い合う時代が続いていたが、強固な町ができて以来、人間は町を拠点として、さらに生活圏を広げていった。
人間が安全に暮らせる生活圏を得たとはいえ、未だ、世界のほとんどは人間が安全に暮らせる場所ではない。
都市という安全圏を得た人間であるが、安全圏から出た人間が生き延びるのは難しい。
今は優れた武器も道具もある。
準備を整えて、十分な人数の集団であれば都市と都市の間を安全に行き来することは可能である。
逆に、その十分な条件を揃えられない者は、町を追われるのと命を奪われるのは、ほぼ同じ意味となる。
ここにも、その条件を揃えられない少女が居た。
その少女は町から離れ森を目指した。
誰もが恐れる悪い魔女が住む森を。
その森は、今でも人間が自由に入ることは許されず、人々は恐れ、近寄らない場所となっていた。
その森は月に一回、数日ほど炎に包まれる。
魔女の森の境界を示すかのように、森を囲むように円形の炎の壁が現れるのだ。
その炎の範囲には草木が生えないので、燃えていないときでも魔女の森の境界は明確にわかるようになっている。
この炎の輪の中央付近に魔女の家がある。
この魔女は侵入者を許さず、見つかれば釜で煮て食われてしまうと恐れられている。
リタ(マルグリット)は魔女の家を目指していた。
そこが一番安全だと思ったからだ。
母と兄が亡くなり、同時期に周辺の町の協力者も消されたはずだ。
町がリタ(マルグリット)にとって危険な場所となった結果、魔女様の森の方が安全な場所になった。
相対的な問題だ。
人々に危険と恐れられる場所の方が、今のリタ(マルグリット)にとってはまだ安全なのだ。
リタ(マルグリット)は、周辺の町の協力者たちが消される以前に行動を起こした。
リタ(マルグリット)は地方領主の次女であり、領主が亡くなった時点で、生かしておいても政治的影響は小さいはずだ。
それでも見逃してもらうことはできなかったようだ。
理由は、かつて何もできないと思って軽く見られ難を逃れたリタ(マルグリット)の母が、見事に返り咲いたから。
そんなところだろう。
母が健在であれば問題無かったが、母が敏腕であった一方で協力者はあまり強力では無かった。
母が亡くなれば、母の後ろ盾で凌いできた周辺の協力者が一気に失脚する可能性が高い。
あと10年後であればだいぶ状況は変わったかもしれないが、現時点ではそこまでしか足場を固めることができなかった。
リタ(マルグリット)は、屋敷に残れば早々に消される可能性が高いとは思っていたが、同時に、消される前に早々に行方をくらませれば、そこまで力を入れて追われることは無いと思っていた。
リタ(マルグリット)は次の領主の座を脅かすほどの存在ではない。
そんなに力を入れて、しつこく追ってくるとは思っていなかった。
それは予想ではなく、見逃して欲しいという願望だったのかもしれない。
母は領の運営がうまく、領民にも慕われていたが、周辺貴族からは嫌われていた。
周辺の貴族と足並みを揃えるのを嫌っていたためだ。
そのため、本拠地で危なくなった時点で周辺のどの町に行ってもリタ(マルグリット)は安全に暮らせない可能性が高かった。
そんなことは、母の存命中からわかっていた。
リタ(マルグリット)の母は賢い人だった。
このような状況が発生してしまったときのために、取るべき行動を娘にしっかり教えていた。
”魔女の森”に行く。
普通の庶民の服を着て、母と同じくらいの女性の町民が着るような服を持っていく。
魔女の森には、人食いの恐ろしい魔女が出ると言われていた。
だが、リタ(マルグリット)は魔女は人を食べたりしないことを知っていた。
以前母は魔女の森から生きて帰ったから。
母はこの時、逃げ場が無くなり火の内側に立てこもった。
母が森に入って早々に炎が上がった。
ところが、この炎は3日程度で消えてしまう。
仕方なく奥へと逃げると魔女に会った。
母の会った魔女様は蛮族のような恰好をしていたという。
だから出会った瞬間には、本当に人間を食べてもおかしくは無いと思った。
ところが、魔女は言葉を話し、人を食べたりはしなかった。
そして、魔女が欲しがったのは母の命ではなく服であった。
きれいなドレスではなく、どこにでもある平民の服。
母は変装用に持っていた服を差し出すと魔女様は交換に褒美をくれた。
これはその後の母の活動資金となり、これが決め手となって復帰できたと言っても過言では無かった。
森の魔女は100年以上前からそこにいるはずなのに、話をしたと言う人物は母くらいしか居なかった。
その母が言っていた。魔女は多くを語らなかったが、極端に人を恐れていたと。
母はその後何度も魔女様に接触を試みたが、会えたのは最初の一度きりだった。




