141 降臨
ゲームと現実は違う。頭ではわかっていたはずだが、どうしても知っているゲームの世界であるせいか、ゲーム基準で考えてしまっていたようだ。
無意識に頭をガシガシと掻く。レイシーが言い放った「でもアンタ達が守ってくれるんでしょ?」という言葉が耳を素通りしていった。ついでに「やべぇよやべぇよ」というセリフが、脳内でお笑い芸人の声で再生された。
どうしよう。正直戦力として当てにしすぎていた所はある。流石にルイちゃんから預かった魔石を使う訳にはいかないし、だからと言って他に魔石は……あるにはあるけど、実質銃の弾だ。これが無くなったら、両手で数えられる程度の弾数しか無い実弾でしか戦えない。弾の無い銃なんてほぼ鈍器と一緒だ。こちとら接近戦は苦手なんだよ。ああでも一応権能の【複製】を使えば増やせることは増やせるのか。でもそれなりに使った中古品だから、もしかしたら性能が落ちるとかいう可能性無きにしも非ずだよな?
時間にしてほんの数秒だったが、脳内ではそんな思考がぐるぐると巡る。
そうして最終的に下した結論は。
「火属性の魔石で良いのなら私が持っているし、魔力供給のためのマナポーションもある。大丈夫だ、問題無い」
立っている者なら親でも使え。性能が多少落ちようが、戦いは数だよ。
うえぇ、とあからさまにレイシーが嫌そうな顔をしたのが視界の端で見えた。
「三二一で突入……ああそうだ、その前に念には念を入れて、ね」
突入前に、レイシーの手の甲に刻印を刻んでおく。頑強、石肌の二種で防御特化だ。
三つ目に何か別の刻印を入れても良いのだが、下手に防御に特化しすぎた組み合わせにすると、激しい動きをした際に全身肉離れになりかねないデメリットが発生するため止めておいた。それに何かしらの時に、別の刻印を貼り付けてすぐに発動させられるという拡張性もある。
これが最適、とはいかないまでも最良ではあるだろう。多分。
「ちょっ、これ刻印じゃん! 何の呪文か知らないけど、いきなり刺青入れるってどういうこと!?」
「私のスペルを使えばいつでも自由に切り貼り出来ますんで」
「う……そ、それなら別に良いけど……」
じゃあ問題無いな、と突入カウントをしようとした、その瞬間だった。
「モズ、どうした?」
「来る」
何が、と再度問いかける前に、その何かの声が周囲に響き渡った。
「皆さん、もう大丈夫ですよ!」
若い女の子の声。どこかきゃぴきゃぴとした作り物感のあるアニメ声は、聞き慣れないもののどこかで聞いた事があるような気がした。その声は不思議と直接鼓膜を震わせるような感じがして、どこから聞こえて来ているのか分からなかった。
しかし、モズが鯉口を切ってじっと見据えているその視線の先を辿ると、そこに彼女は居た。
「この私が――聖女ユイカが助けに来ました!」
天高く宙に浮いてそう高らかに宣言する人物は、黒を基調とした服装に、この世界の世界観に似合わぬ前面の丈がやたら短いスカートを履いて足のラインを曝け出し、この寒空の下で胸も肩も太股も肌を晒す薄着をしている――少し前に偶然出会った、聖女であった。
普通なら遠すぎて顔なんて判別出来ないはずなのに、何故か海風にたなびく青みがかったカラスのような黒髪も、整った日本人顔に青緑系の碧眼も判別出来た。
聖女と言うにはあまりにも毒々しい。様々な創作物で真っ当な聖女から聖女(笑)まで見て来た私個人としてはそう思うのだが、この世界では、あの青みがかった黒髪は勇者の黒髪と言われている事に加え、碧眼であれば勇者の素質があると言われている。この世界の住人にとっては、正に聖女の降臨と言えるだろう。
隣に居るレイシーが希望に満ちあふれた声で「ユイカ! やっぱりきてくれたんだ!」と声高に言った。きっと顔を見たら、キラキラと目を輝かせた笑顔を浮かべているのが見れたのだろう。
私は地雷故に直視出来ないけれど。
「絶対ここまで声聞こえないはずなのに何で聞こえるんだ?」
「風属性の魔力には拡散の特性がありますから、風属性のスペルで何かしているんだと思います。拡声器と同じ手法でしょうね」
「こっちの世界のメガホンとかマイクってそういう構造なのか……」
「というか気になる所そこです?」
「自分でも思った」
距離的に豆粒サイズにしか映らない人物の外見を何でここまでハッキリクッキリ見えるのかも気になる所ではあるが、まあ、これもスペルとか魔力特性とかそういうアレなのだろうと心の中で自分を納得させた。
まだ聖女が何かを語っているようだが、バラットが襲われる事を予言して云々、という特に気にする程でもない能書きを語っているだけだったので、特に注目する必要は無いと判断して聞き流す。
「とりあえずさっさと中に突入するよ」
「エッこう言う時って大人しく静聴するのが創作物のお約束では」
「創作物ならね。ここ現実だから。はい三、二、一」
ユリストさんの言葉に、我ながら情緒の欠片も無い返事を返し、目の前の氷の壁に向かって「切り取り」と呟き、権能の【分離】を行使する。幅三メートルはあろうかという程の分厚い壁が瞬時に四角く切り取られ、目の前に氷のトンネルが現れた。
開通した瞬間、たっ、とモズが駆け出す。私もそれに続こうとしたものの、レイシーが聖女に釘付けになっていたせいで気付いていなかったので、仕方なく腕を引いて連行し、少し遅れて私達もトンネルをくぐって行く。
トンネルを走るわずかな時間だが、そのわずかな時間の中の数秒間で、派手な甲高い音が氷の壁の向こう側から鳴り響いた。
そうして突入した氷の壁の向こう側には、北極の流氷と見紛うような氷漬けになった埠頭と、数え切れない程のディープワンの死体と、割れた流氷の隙間から上半身を出したセレナと、忌々しそうに聖女を見上げ睨み付けるダニエル女公爵と。
そして、空を覆い尽くさんばかりの、数多の光の剣が見えた。
少し聖女から注意を逸らした間に何があったのだろう。それは分からないが、ぱっと見た感じ、半数程のディープワンの死体は、氷漬けにはなっていなかった。
地面を埋め尽くす程のおびただしい数の半数を、あの聖女は私達がトンネルをくぐっている間のわずかな時間で倒したとでも言うのだろうか。
思わず聖女を見上げる。彼女は丁度、ドヤ顔とはまた違う、愉悦に近い笑みを浮かべて高らかに宣言する所だった。
「予言します! この私が宙族を打ち倒し――皆さんに平和をもたらすと!」
聖女が片手を天に掲げる。瞬間、光の剣が動き出し、組体操のウェーブのように順繰りに角度を変えていき、ある方向に剣先を向ける。
その切っ先は――セレナに、向いていた。
考えている暇なんて無かった。足が勝手に動いていた。
足を動かしながら刻印を付け直す。俊敏と、跳躍と、そして神速。
動作を素早くする機敏、文字通り跳躍力を強化する跳躍、脚力を極限まで強化する神速、それら三つの刻印が共鳴し効力を何倍にも増加させ、肉体強化のスペルに勝るとも劣らない効力でファンタジーじみた脚力を生み出す。
肉体の補強をするような刻印が無いため、足が地を蹴る度に肉体への負荷で激痛が走る。その代わりに、音すら置いていくような速度で文字通り水の上を走り、たった数歩で辿り着くことが出来た。
ヘーゼル、と声をかける前に、彼は私の意を汲んでくれた。ぴょいんと跳ねて、迫り来る数多の光の剣に呆気にとられているような、逃げ切れないと絶望しているような表情をしているセレナの頭に飛び乗ると、ヘーゼルはいつもの防壁をセレナの全身を守れる大きさまで拡大して展開する。
私もセレナの触手に掴まろうとしたものの、粘液と海水で滑って掴まれずに滑り落ちる。挙げ句、落ちた先が流氷の隙間で真冬の海へと着水してしまった。
それと同時に、数多の光の剣が防壁に弾かれる甲高い音が水の音にかき消されない程の爆音で鼓膜に届いた。
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滅茶苦茶ひっどい風邪を引いていましたが、無事完治しましたᕙ( ˙꒳˙ )ᕗ
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