あの人の傘は、コバルトブルー
私が女子高生1年生の時、野球部の応援に駆り出されて、幼馴染の翔の剛速球でスタンドが静狩帰って、
10年。私はベンチの中で野球部長。そして主人の祥は息子の陽翔をかかえてベンチ上で応援。いろんなことがありました。翔も学校の子供たちも私を育ててくれます。そして父も母も弟も。あの私が理系コースを選んで困惑した数学先生も。そしてすっかりお爺ちゃんになったわが校伝説の県大会ベスト8のメンバーの監督も。
視界を遮る雨粒の向こうに、一点だけ、鮮やかなコバルトブルーが揺れています。その色を見ただけで
私の心臓は少しだけ速いリズムを刻み始めます。
「あの人……」
あんなに遠くにいるのに、人混みに紛れていてもすぐに分かってしまう。あの傘の色は・・・
私の旦那の翔、いつも私たちを置いて先に行ってしまう。そう、あたしの足元には小さい男の子が一人。彼の傘もコバルトブルー
あんなに遠くにいるのに、人混みに紛れていてもすぐに分かってしまう。あの傘の色。アメリカへ旅立つ前、最後の日曜日に二人で選んだ、あの抜けるような青。
私の夫、翔はいつもそう。歩くのが速くて、気がつくと私たちを置いて先に行ってしまう。でも、今はもう一人、その背中を追う小さな影がありました。私の足元には、長靴を履いて水たまりを跳ねる小さな男の子。
息子の陽翔。彼の手にある傘も、父親とお揃いのコバルトブルー。
今日は雨の日曜日。自称、強豪校のわが校の甲子園予選2回戦。エンジニアとして帰国し、今は建設機械メーカーで辣腕を振るう翔と、彼にそっくりな負けず嫌いの陽翔。
二人は今日、ベンチの真上のスタンドに陣取り私達の戦いを見守ってくれていました。10年前はエースの翔がグラウンドに、野球に興味ない私は三塁側応援席に出席扱いで動員された1年生女子。なんの因果かその私がベンチに野球部長としているのだから神様も気まぐれ・・・
ベンチからスタンドを見ると、雨に濡れながらも身を乗り出してこちらを伺う翔の姿が見えました。
(……翔、ちゃんと魁人を見てるかしら。あの子、目を離すとすぐグラウンドに飛び出しちゃうんだから)
そんな私の心配を余所に、試合は非情な局面を迎えていました。8回裏、1点リード。しかし無死満塁のピンチ。新任の野球部長としてベンチに入っていた私は、マウンドを降り、悔しさに肩を震わせるエースをベンチの隅でなだめていました。彼はかつての私と同じ、数学が苦手で、でも誰よりもまっすぐな放物線を描こうとする少年。
「いい? 計算外のことが起きるのが野球よ。でも、ここまでの努力は決して無駄じゃない」
肩を壊し、マウンドを降りる彼の無念を一番理解しているのは、かつて「三歩後ろ」を歩くのをやめ、
自分の足で立つことを選んだ私のはず。
結局、試合は逆転サヨナラでの惜敗でした。降りしきる雨の中、泥だらけのユニフォームで号泣する
部員たち。その中心で、私もまた、堪えきれずに涙を流していました。
「……先生、ごめん。夢見せてあげられずに」
震える声で謝る主将の横で、私は無理やり笑顔を作りました。最後に撮った記念写真。ファインダー越しに見た彼らの顔は、負けた悔しさ以上に、全力で駆け抜けた誇りに満ちていました。
「……はい、整列! 十分泣いたら、明日から受験にむけて数学の補習よ! 新しい戦いよ今度まけたら許しませんからね!」
私の檄に、さっきまで泣いていた部員たちが「ええーっ!」と一斉にずっこけます。その光景を見て、
後ろから聞き覚えのある、少し意地悪で、でも温かい笑い声が聞こえてきました。
「相変わらずだな、お前は」
振り返ると、そこには魁人を肩車した翔が立っていました。その隣には、かつて私を「熱血すぎる」と
可哀想な目で見ていた数学科主任の、あの“数学野郎”こと、今や教頭先生まですが、珍しく目尻を下げて
笑っています。
「教頭、笑いすぎですよ。これでも私は真剣なんです」
「いや失敬。君の導き出す『教育的解法』には、いつも驚かされるばかりだ。……いいチームだったよ」
教頭にそう言わしめたことが、私の10年間の正解だったのかもしれません。翔がゆっくりと歩み寄り、私の濡れた髪を大きな手で拭いました。
「俺の160kmのストレート、完璧に打ち返したか?」
私は彼の目を見つめ、あの日レストランで見せたのと同じ、いたずらっぽい笑みを浮かべました。
「いいえ。今はまだ、全力でダイヤモンドを一周している途中。次は……優勝旗っていう特大のホームラン、見せてあげるわ」
「……ああ。期待してるよ、部長先生」
もうすっかり老人になって孫みたいな選手を率いる監督も笑いながらいいます。今度、校長や理事長に監督報酬の値上げ交渉するつもりの私。
そして、10年前、理系コースを選んだ私を馬鹿にして噴飯した父も、笑いすぎてお腹を壊した母。そう母には今一番お世話になってる。
私が産休明けで復帰してすぐ野球部長になって、陽翔を実質面倒見てくれてる母。私は幸せ者です。
そしてあの時、軽蔑した弟も皆ベンチ裏で笑った。
雨上がりの空に、うっすらと虹が架かろうとしていました。
それは、アメリカへ飛んだ彼の放物線と、日本で踏ん張った私の放物線が、ようやく一つに重なった瞬間。私たちの「二回戦」は、ここからまた、新しいイニングへと突入します。
「あの人の傘は、コバルトブルーぅ♪」私は口ずさんでいました。
(完)A.A.
今年も2回戦で負けちゃった。でもいいんだ。とっても素敵な旦那様と息子、そして学校の子供達。私は今朝も駅までの坂道を歩いていきます。「あの人の傘は、コバルトブルーぅ♪」私は口ずさんでいました。




