14th(13th) day.-16 TAIL ZWEI/釘、扉、鍵 - 世界を恨む眼の先に広がるのは天国か地獄かは神の賽ですら知らないまま運命が混ぜたカードを切る - /PROVIDENCE
G.T. 13:45
硝煙と火薬の臭いが辺りに充満し、乱暴に折られた木々の傍らには大型の魔物が転がった。
頭蓋を炸裂弾で破損させ、尾鰭を折られた―――鯨の身体を持つ大犬・ケトン。
各頭を擲弾や榴弾により破損させ、主たる頭も炎によって焼かれた―――九つの頭を持つ蛇・ヒュドラ。
大口径の特殊弾頭により翼を撃ち抜かれ、地に落ちた―――炎を喰らう大鷲・エトン。
膨大な落下エネルギーの下敷きになり、肉体を飛散させた、―――蛇と山羊と獅子の頭を持つ獣・キマイラ。
四肢の腱を切断し、両の脳天に深々とナイスが突き立ててられた―――双頭の黒犬・オルトロス
数多の頭を射たれ、切られ、焼かれ、千切られ、最後の一つになろうとも襲い続けた、―――百の頭を持つ金色の竜・ラドン。
そして、最後に残ったスキュラとの対峙に、ラドンに奪われた礼装を回収したアギトが睨みつける。
「またせたな、神の魔獣。残るはお前だけだぜ」
アギトの両腕の輝きが収まると、両腕に礼装の籠手が装着されていた。ドクターKの人形を破壊した右の籠手『穿つ牙』、左の籠手『裂く爪』に、更には全身に強化が施される。
「隊長、こっちは弾切れなんで、あとはよろし―――」
アギトと三基だけでなく、神話の獣であるスキュラすら身を震わせる恐怖が辺り一面を染めていく。
「HA、HAAAAAAA、HAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
怯えている。それは誰が見ても明らかなほどの動揺の咆哮。ケルベロスと同等とすら評されるスキュラが、未知の感覚に溺れていた。
「これ、なに・・・・・・。隊長、気持ち悪い・・・・・・」
ホムンクルスの三基ですら、不調を訴えるほど。あまりの異常の出処は、―――
「漏れているのか、結界の中から・・・・・・」
圧倒的な存在。魂に響く嘆き。その間欠泉が結界の深部とすれば、中が危険だということはすぐに理解できた。
高濃度に圧縮された、―――怨嗟の声。怨讐の炎。憤懣、瞋恚、ありとあらゆる怒りや恨みを詰め込んだ蠱毒の壷。それが、"異界化"した結界から滲み出てくる異常事態に焦りが生まれる。
***
G.T. 13:29
「階段見つけた! ねぇちゃん、こっち!」
廊下の先はより光量が減り、暗闇に慣れた眼でもうまく視界を得ることができていないが、宗次郎が引く手を頼りに足を進めた。わずかに見えた陽光が差し込む窓により地下に通じる階段を見つけ、結界の深淵にから吹き出る気配がより濃くなる。
「行くよ、ねぇちゃん。下には灯りが点いてるみたいだ」
階段自体は暗く、足元に不安が残るが、その先にはわずかに光の気配があった。壁伝いにゆっくりと降りていくと、上の階とは違って規則的にランタンのようなものが廊下の端に取り付けられ、廊下の全容が見て取れた。
だが、その中でも、上の階で感じた以上の気配と、赤い十字架がすべてを塗りつぶしている。
廊下の両端にはドアすらない部屋が多くあり、腐臭のするところ、机や紙が乱雑に散らばっているところ、そして、―――なにかの亡骸が山のように積まれていた。
その部屋の前で、宗次郎の表情が変化する。目の前の惨劇を見ているのはどちらの存在か、あるいは、両方が共通した認識をしているのか、とても悲しげで、怒りが混ざった顔をしていた。
亡骸の傍に置かれた大きなテーブルには赤黒いシミが広がっており、何本ものメスや注射器が置かれ、巨大な水槽らしきものもあり、緑色の液体が満たされ、その中にはシワだらけの人体が漬けられている。それが何なのかは、宗次郎だけでなく、私にもわかった。
醸し出される雰囲気だけではなく、かすれてはいるがわずかに見えるプレートに『zero』と記されている。なら、彼は『zero』になれなかった者の一人であり、乱雑に積み上げられた亡骸の一部なのかもしれない。
「・・・・・・行こう、ねぇちゃん」
言葉をかけれずにいた私よりも先に、宗次郎が踵を返した。
もしかしたら、そこにいたのは自分だったのかもしれない。『zero』という存在として生きていても、"銀の星"として失敗作と見られれば、ああやって処理されていたかもしれないと、想像するだけで心が痛んだ。
私が感じているものよりも、本人には感じるところがある。だからこそ、私から声をかけることができない。
優しさでも、憂いでも、ましてや同情でもない。ただ単に、言葉が出てこなかった。
「あれは、ボクじゃない。ボクはここにいる。だからねぇちゃん、そんな悲しい顔でボクたちを見ないで」
背を向けた宗次郎の言葉で、自分がどんな顔をしていたのかなんとなく理解した。だからこそ、宗次郎は私よりも先に亡骸から視線を外して踵を返したんだ。
私が、これ以上この惨劇を見ないように。脳内に焼き付けないように。それが、倉山宗次郎の優しさであり、勇気であり、強さなんだと。
「ここだ。この部屋だよ、ねぇちゃん。ここだけ異様に胸が苦しくなる」
先を歩いていた宗次郎が扉の閉まっている部屋の前で足を止めた。近付けば、宗次郎の言う通り胸騒ぎがするほどの存在感がある。
この赤い十字架も、吹き付ける気配も、魔術的なものだということはわかる。魔法に疎い私ですら、この違和感が異常なものだと理解できた。
全身を刺すような寒気、心臓を締め付けるような圧力、瞳孔が開くような眩しさ。そして、次第に早くなる鼓動が、ここは危険だと訴えてくる。
「開けるよ。何かあったらすぐに逃げれるように、ねぇちゃんは後ろにいてね」
けれど、ここで引き返す選択肢はない。地獄すら踏破し、ようやくたどり着いた。ジューダスが時間を稼いでいる間に、"銀の星"の計画を破綻させることができるのなら、私たちにできることを完遂しなければ。
そして、―――扉の先に足を踏み入れると、目の前に広がる異常に、宗次郎が身を震わせながら昏倒した。
「宗次郎! しっかりして! 宗次郎!?」
倒れた宗次郎の上体を起こす。見れば、痙攣しながら意識を失っているのがわかった。
「宗次郎! ねえ、宗次郎!!」
身体を摩り、意識の糸を手繰り寄せるように声をかける。わずかだが、まどろみの淵から宗次郎が戻ってきた。
「ね、・・・・・・ちゃん。ここ、は、やば・・・・・・う゛ぅえ゛え゛」
意識が戻っても、すぐに嘔吐して苦しみ出し、この部屋が宗次郎に対してだけ何らかの影響を与えていることが伺える。
「一度ここから出るわよ! 宗次郎、しっかり!!」
宗次郎の両脇に手を入れて引っ張るが、足の怪我の影響で背が小さく、体重も軽い方の宗次郎でも、動けない人間を運ぶのがこんなにも難しいとは思わなかった。体重が倍はあるほど重く感じる。引きずられた足が地面に吸い付くように邪魔をした。
「もう・・・・・・すこ、し・・・・・・」
歩けば数歩の距離に時間がかかる。それでも、宗次郎の状態を考えれば、無理矢理にでも引きずり出さなければ。
ようやく入り口まで来た時、―――部屋の天井が大きな音を立てて崩れだした。その先に、巨大な赤い眼の壁画の中心に、黒い渦のようなものが見えた気がした。
***
G.T. 13:27
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
神槍ブリューナクを握るジューダスが肩で息をする。こちらの魔力をいくら使おうとも、いかなる攻撃も致命傷とならない相手に攻めかねていた。
幻想騎士ジューダス―――真名『イスカリオテのユダ』。神の子に仕えた12番目の使徒であり、神の子の死の原因となる裏切りを銀貨30枚で請け負ったとされる男である。
―――為すことを為せ。それは、神の子の言葉だったのか。あるいは、悪魔の誘惑だったのか。今となっては彼には知る由もない。
だが、するべきことはわかっている。あのときも、そして、今も、彼自身に課せられた使命だけは、わかっていた。
だからこそ、―――目の前の男を止めなければならない。
「哀しい男だな、イスカリオテ。貴様は、幻想騎士となってすら、一つの縛りのために身を捧げるというのか」
「何が言いたい・・・・・・」
「わかっているのだろう。『奉り子』である私にすら、貴様の使命は悲劇だと理解できる。貴様自身が、それを認めていないということもな」
誰にでも使命はある。幻想騎士ならば尚更だ。使命の基に召喚され、それを了承しているからこそ受肉している。ならば、それは覚悟と同義であり、自らそれを否定することない。
「使命とは呪いだよ。契約も、運命も、呪いの一部だ。かくあれかしと叫べぶだけで事足りる。それが、誰のためとも知らずにな」
「貴様、師を愚弄しているのか!?」
「愚弄、で済むのならいくらでもしよう。貴様に感謝して倍の銀貨をくれてもいい。だが、私の苦痛は、それだけで済むのなら勘定はいらないのだよ」
金の穂先が暗闇を駆ける。先程までとは違う、砲弾のような威力にジューダスの身体が浮いた。腕に伝わる衝撃が痺れとなる。臓腑に響く重みが鈍痛となる。
「もうすでに、貴様の出る幕ではないぞ、イスカリオテ。気付いているか? なぜzeroとナツキの娘を、私が易易と見逃したのか。ここで潰す気ならば、貴様の幇助など無意味だということだ」
その言葉が確かならば、―――
「もう遅い。すでにzeroは到着した。そして、あの『眼』を見た。すべては、計画通りに進んでいる」
「貴様、―――」
「だからこそ、貴様の出る幕はもう終わっている」
はしる槍撃は今までのもので最も速く、強く、鋭く向けられた。展開した障壁も、捌くための刃も、一切合切を突破し、深々とジューダスの腹へと突き刺さった。
「ぐっ―――!!」
その勢いは、ジューダスを石床へと叩きつけ、地面すら砕き、地下へと墜落する。崩落する地面とともに、暗闇の煉獄へと堕ちてゆく。
///
―――これは、まずい。
上の階を破壊されたことで地下へと堕ち、瓦礫と土煙に包まれた中で、ジューダスは聖槍による腹の傷を確認する。
明らかな致命傷。金色の穂先から不治の呪いが全身に広がっていく感覚。傷自体が、呪いの中心。これでは、治療のための術式は機能せず、出血が嵩み直に動くことも叶わなくなるだろう。
ジーンの"耐える者"の祝福すら無効化にする呪詛が、ジューダスの死期を手繰り寄せた。
「―――ジューダス!」
視界を奪う土煙の向こう側から、守るべき者の声が聞こえた。なら、この程度では止まれない。まだ動けるのなら、命を燃やせ。身体に残る血と魔力を潤滑油にして、―――動け!
***
G.T. 13:41
「何が、あったの・・・・・・?」
突如崩れた天井の瓦礫から逃れるように、宗次郎を引っ張って脱出した。轟音とともに堕ちてきた石の雨は、巻き込まれればひとたまりもない。ギリギリのところではあったが、なんとか宗次郎と共に難を逃れた。
土煙が覆う部屋の中心に、わずかだが人影が見えた。槍のような物を持つ姿はどちらかなのか。
ここまで、私を助けてくれた、群青の騎士。あの人が、こんなところで倒れるはずがない。
「ジューダス!」
自らも鼓舞するように、影に声をかける。その中で、
「良くぞ動いた、ナツキの娘。これで、私のすべてが揃った」
瓦礫を降り、目の前に立っていたのは、呪われた聖槍をもつ、討つべき仇の男だった。
「『扉』の準備は整った。見たであろう、あの黒き星を。すべての根源でありながら、唯一の門。それも、鍵と釘でようやく開ける」
まるで、ヘレナの聖釘がすでに手に入っているような言い方。静かに宗次郎へと歩みを進める男に、―――これ以上奪わせない。
「なにをしている、ナツキの娘。貴様も、イスカリオテと同様に幕は降りた。そこを退け」
宗次郎に近付く男の前に出る。恐怖で膝は笑い、全身に脂汗が浮かぶ。それでも、私にできることならばと、身体が自然に動いた。
容赦のない言葉と向けられた視線には明確な敵意と殺意。その恐怖は悪寒として全身を巡った。瓦礫の中から平然と姿を表したのなら、これを行ったのは彼だということは理解できる。なら、ジューダスは―――
「イスカリオテの心配をする必要はない。あの瓦礫が墓標となるだろう。運命に惑わされ続けた哀しき娘よ、命が惜しければそこを退け」
その言葉に嘘偽りはない。彼の最終到達点がすぐそこならば、zeroは必要だろう。そのために産まれ、生かされていた。けれど、だからといって家族を見捨てる理由にはならない。
「私は、宗次郎を助けるためにここまで来た。私にとって大切な家族よ。それを、あなたなんかにはやらない! 宗次郎も、―――zeroも、私の大事な家族だから!!」
諦めるのならば、始めの夜に事は済んでいる。だけど、私の心はそうはならなかった。
だから前に進んだ。覚悟を決めた。蒔絵を失っても、ジーンを失っても、立ち止まらなかった。
これが、倉山葵の覚悟だから。私が詰めるべき問題だ。
「退けと、言っている!!」
「っ゛―――!」
燃えるように感じた痛み。横薙ぎに振るわれた聖槍の柄が容赦なく脇腹を殴打し、飛ばされるように石造りの廊下を転がった。
余りある激痛。内臓に響く衝撃に、視界が霞む。土埃に全身を汚し、むせ返る中、カランと鳴る首からかけた銀弾と、倒れ込んで動けない宗次郎の首を掴んで持ち上げている姿が映る。
「や、ゴホッ・・・・・・やめ、ゴホッ」
宗次郎の左足に、―――聖槍がそれを引き千切り地面に落ちた。傷口とはもはや言えない、乱暴な切断面から引き抜かれた何か。血糊で汚れたそれを、―――宗次郎の左胸へと突き刺した。
「宗次郎ッ―――!!」
痛みでかすれる声で叫ぶも、宗次郎は動かない。為す術もないまま、―――
―――アーネンエルベの手には、血塗られた宗次郎の心臓が握られていた。
_go to "true tears".




