14th(13th) day.-8 TAIL ZWEI/釘、扉、鍵 - 地獄でなぜ悪い - /MORE MIGHTY EVIL
J.T. 22:03
「アディオス、ニーニョ」
闇夜の空に、悪魔の魔力により空間に歪み、禍々しさを孕んだ石杖が、菊の頭上へと振り下ろされる。
触れることは、許されない。受け止めることも、許されない。
けれど、脇腹の痛みと、撃ち抜かれた肩の激痛は、容易に菊の動きを縛り付ける。
悪魔祓いに失敗し、『月』のタロットカードによる権能を持ってしても、バロン=エスパニョーラの影の刃に対処ができず、打つ手がない状況で―――『運命の輪』は、未だ彼に窮地を脱する警告を出さない。
遠くから、―――鈴の音が聴こえた。
「―――なん、だ、コレはっ!?」
驚愕の声を発したのは、他ならぬ悪魔であった。
振り下ろした石杖の先端がない。きれいに消滅しており、それによりバロン=エスパニョーラの攻撃は文字通り空を切った。
そして、―――菊とバロンの間に、袴姿の剣士が割って入る。
狐の面をした、角の生えた袴姿の女性―――に見えた。柄も刀身も異様に長い日本刀を携えて、何より、ヒトならざる気配を撒き散らしている。
「誰だね、無粋な真似をするのは」
苛立ちの声が零れる。それほどにも、石杖が破損させられるまで、その存在に気付けなかったことに、憤りを禁じ得ない。
「―――これ以上、この町を汚さないでくださるかしら」
菊の後ろから、別の声が聴こえ、振り向けば、そこには袴姿の新守渚が立っていた。
吹き荒れる冷たい風の中、乱れる髪を抑え、堂々とした姿で菊と悪魔の間に立ちはだかる。
「今のは貴様の使い魔の仕業かね、小娘。随分と味な真似をしてくれるじゃあないか」
使い魔と評された剣士が刀の柄を握る。腰を低く落とした姿は、居合の構え。周囲の空気を奪うほどの異様な緊張感が生まれた。
「ぬっ―――!?」
バロン=エスパニョーラが高速で後退する。まるで、目の前の驚異から逃走するかのように、数十メートルの距離を瞬きの速さで飛び退いた。それとほぼ同時に、キンッ、と小さく納刀の音が響く。
見えなかった。菊には、目の前の剣士が、居合の構えを見せていた剣士の抜刀が、一瞬たりとも見えていなかった。
そして、それを間一髪で察知し、刃が届かぬであろう場所まで回避行動をとれたバロン=エスパニョーラとの力量の差を、まざまざと魅せつけられる。
「やるじゃない。燕、下がっていいわ」
名前を呼ばれた剣士が、構えを解いて踵を返す。新守の表情は明るく、余裕綽々という顔に、バロン=エスパニョーラの苛立ちが増加していた。
「セニョリータ、我輩を愚弄する気か」
「なにを勘違いしているの。燕を下げたのは、私が出るからよ。光栄に思いなさい」
袴の裾から和紙を取り出すと、紫色の炎に包まれ、―――
「―――『奔れ』―――!!」
黒い影が悪魔目掛けて疾走する。
「ぬぅっ―――!?」
「あら残念、性質まで乗せるまではできなかったようね。所詮は贋作か。やっぱり要らないわ、それ」
現れた黒い影は、バロン=エスパニョーラが発動した黒い影の模倣であり、けれど、空間を蝕み、悪魔祓いの術式すら一蹴するほどの性質を乗せることはできなかった。
「やっぱり、西洋寄り魔術は私の肌に合わないわね」
「西洋寄りだと、なんだというのだね」
「なら何も問題ないわ。あなたは間違いなく私の敵よ、西洋の悪魔さん。最も、この街で暴れるのなら、誰であろうと私の敵だけれども」
「ほう。では、ここで死にたまえ」
振り下ろす石杖。破損したものでも、彼自身の魔術を阻害するものではない。振り下ろす合図を持って、幾十ものグールが唸り声を上げて出現した。迫りくる亡者の津波に、
「グールならワタシが相手だ」
菊の持つ『雪白』の一振りが、亡者たちを停止させ、霊子へと分解する。新守の後ろに立つ剣士は、柄すら握らず静観していた。
「ふん。ニーニョ、貴様では役不足だよ。我輩はすでにニーニョへの興は失せた。早々に退場するといい――――」
再び奔る影の刃。菊では対処できないとわかっていての攻撃は、
「―――『爆ぜろ』―――」
新守の言葉とともに消失する。
「とんだ獣ね。品の欠片も感じなくてよ」
「ぬぅ、邪魔をするなセニョリータッ!!」
「女を尻目に他人に目を向けるなんて、マナーがなってないのね。つまらない。だから獣って言うのよ」
「よくぞ吐いたな。ならば先に逝け」
バロン=エスパニョーラは石杖を掲げた。渦巻く魔力は、次第に微光を放ちながら形を成す。
「ふふん、それでいいのよ」
「・・・・・・何をする気だ?」
「―――『黙っていなさい』、魔法使い」
「がっ―――!?」
菊の声が枯れる。呪を孕んだ言葉が、彼から一時的に声を奪った。
「ふん。貴方の出番は終わったのよ。今よりここは私の舞台なの。邪魔しないでくださる?」
「なにを今更ゴチャゴチャと。仲間割れをするなら、まとめて冥府へと送ってくれるわ―――!!」
悪魔が石杖を振り下ろす。
「―――『爆ぜろ』―――!!」
何度目だろう。彼女に向けられたグールの群れが姿無き魔力の塊により四散する。いや、―――それは魔力ではなく、限りなく呪詛に近い意志。
「奇怪な術だな、セニョリータ。―――だが、その程度で我輩を止めることはできんぞっ!!」
一際トーンの低い声で悪魔が吼え、菊と新守は明らかな魔力の集束を肌で感じていた。
「―――『契約せよ』―――」
バロン=エスパニョーラの変化を読み取り、呪術師の言葉が奔る。グールを駆逐した時よりも早く、言葉に乗せた呪が世界に浸透する。
「―――『我、三句の言霊より契る』―――」
「―――『第一にして身に至り、第二にして心に在らず、』―――」
「―――『第三にして呪詛が如し、』―――」
新守渚が腕を掲げ、その手には、三枚の札が握られていた。
「―――『我、"神"と合す』―――」
渚の周囲に、呪力の渦が巻き起こり、袴の裾は風で舞い上がり、呪の世界が構築される。
「―――『前鬼』―――」
唱えた言葉と共に札が炎に焼かれ、その煙から異形な魔物が顕現した。
「ガハハハッ、これではどちらが悪魔がわからんぞ」
バロン=エスパニョーラはさも可笑しそうに、目の前の異形に殺意を一瞬忘れるほど、腹を抱えて笑い出した。
皮肉にも、その言葉は間違ってはいない。見る限り、人型であるバロン=エスパニョーラに比べ、新守渚が召喚したものは紛れもなく『鬼』であり、それは人の形ではなく、怪に他ならない。
筋骨隆々とした、単眼の大鬼。赤黒い皮膚からは蒸気が上がり、額には一対の角が天を衝く。あまりにも大きく発達した前腕が、大きな体を支えるために前かがみにして拳を地面に当てていた。
「―――『狐火』―――!!」
紫色の炎が悪魔を取り囲む。その炎は尾を伸ばし、悪魔を縛り上げた。
「ぬっ、なんだこれは!? クソ、離れろっ!!」
バロン=エスパニョーラは炎の尾を振り解こうと暴れだしたが、それを見て、新守渚は唯々笑って、全てを見下すような視線で、悪魔の足掻きを傍観していた。
「これを、―――解かんかっセニョリータ・・・・・・!!」
石杖を無理やり振り下ろし、影刃が彼女へ向かって駆け出した。その刃に雑じり、亡者の津波が幾重にも襲いかかる。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッーーーーーーーーーーーー!!」
雄叫びと共に、単眼の鬼が影刃を屠り、新守の後ろから飛び出した剣士によって亡者たちが一瞬で駆逐された。
「ぐっ―――、ふザ、けるナァアア!!」
憤りが限界を迎え、バロン=エスパニョーラの周囲に魔力の渦が集積される。空間には魔力の残渣が跳ね、それにより歪みが生まれる、その濃度は、もはや地獄の権能を体現しているほど。
それを感じ取った単眼の鬼が身構え、剣士は再び居合の構えを取った。
「―――『AF=HEMAH』―――!!」
急速に展開される魔力の解放。悪魔の真名の詠唱と共に、バロン=エスパニョーラの外套が爆ぜ、解放による暴風により、悪魔に縛りついた炎の尾は消滅した。
「グォオオオオオオオオオオオオーーーーーーー!!」
人型の皮を剥いだ悪魔は、鬼の壁へと突進する。その先にいる、自身を愚弄し続ける人間に対し、全身から毀れ出る魔力が空間の淀みとともに迫りくる。
「―――『退』―――」
言葉と共に二体の怪が消え去る。それは、新守渚とバロン=エスパニョーラの間にはなにもなく、迎え討つ覚悟の現れ。
「愚かなっ!! そのまま死ねっ―――!!」
悪魔の爪に膨大な魔力が収斂されていく。空間すら切り裂く爪が、新守渚へと向けられ、
刹那―――
「―――『閻鬼』―――」
「なっ――――!?」
バロン=エスパニョーラから、戸惑いの声が溢れた。
それは、悪魔の前に現れたそれは、地獄に鎮座する、鬼の王。全てを見通し、全てを許さぬ、西洋とは違う地獄において、絶対的な暴力の権化。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■っーーーーーーーーーーーー!!」
一瞬。巨大な地獄の鬼王の拳が振るわれた後には、悪魔の存在は完全に殲滅していた。
それは、魔力の残渣すら残さぬほど。そこにいた存在の全てを否定する、拳の軌道に沿って、空間を削り取る、無慈悲な一撃。
「―――『封』―――」
菊にとって、あれほど手を焼いた、封印することも叶わない悪魔を、圧倒的な戦力を持って容易く消滅させた鬼王の姿が、夜の影へと溶けていく。
「―――まさに、物の怪の業か・・・・・・」
気付けば声が出せるようになっていた。新守渚による言霊の束縛が説かれたことを物語っている。
「礼を言おう、新守さん。貴女が来なければ、危うかった」
「・・・・・・。ふん、とんだお人好しですこと。ホント、兄妹って似るんですね」
「ん?」
「なんでもありません。それでは、私はこれで退場させてもらいます。後始末、わかってますね」
「ああ、任された。わざわざ苦労を買ってくれて恩に着る」
「別に。私は唯、私の土地に虫が集るのが嫌いなだけです。それに、私は先輩との約束を守っただけ。貴方如き洋式に魂を売った人間に、恩を売った覚えはないわ」
袴姿の少女は憎まれ口を吐いて踵を返す。菊はそれを肩を竦めて笑い、彼女が立ち去るのを見守った。
月が笑う。闇夜の空に、雲が流れる。
街を覆う悪魔の抜け殻は、本体の消滅と共に衰退していった。
"死都"と化そうとしていた街は、一般住人への被害はなく、再び寝息の風が吹き出した。
_go to "zero".




