14th(13th) day.-7 TAIL ZWEI/釘、扉、鍵 - 未来への咆哮 -/CALL ME CALL ME
<未来への咆哮/CALL ME CALL ME>
G.T. 12:39
「がっ―――」
黒々とした魔剣により背中から心臓を撃ち抜かれたノーウェンスは、その衝撃により前のめりに倒れる。
大穴を開けた胸からは、向こう側の景色が見えるほど。多重構造を持つフラガラッハのもう一つの刃により、一つの戦いの幕が降りようとしていた。
―――はずだった。
前のめりの倒れ込んだノーウェンスだったが、完全に倒れる前に踏みとどまる。力強く踏み出された事により、かつ高温を纏う肉体故に、地面が溶け出す。
その中で、
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
眼の色を変えたノーウェンスが、ジーンへと肉薄する。
「ぐっ―――!?」
振りかぶったノーウェンスの拳が、ジーンの持つ刃に阻まれる。が、その威力によりジーンが壁まで吹き飛ばされた。
石壁への衝突を逃れようと身体を翻し、壁に着地したジーンであったが、―――その時にはすでにノーウェンスが面前に迫っていた。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
吹き荒れる衝撃波に、視界を奪うほどの土煙が上がる。
***
壁まで吹き飛ばされたジーンが体勢を立て直そうと、石壁を蹴り出してノーウェンスへ対峙しようとした刹那、獣の如く変貌した魔女の拳が振り抜かれた。
神剣の刃でそれを受け止めようとも、片腕となった騎士の腕力では抑えきれず、再び壁に叩き込まれる。
乱打。乱暴に、強引に、暴力的に繰り出される拳には、黒炎へと変貌した魔力の凝集。空気を焼き、門前の騎士を屠ろうと、研ぎ澄まされた殺意とともに繰り出される。
「ぐっ―――ぎっ!!」
壁を背にし、荒ぶる猛襲の全てを神剣で受け止めるが、ノーウェンスの拳には傷一つ付かず、その勢いは留まることを知らない。しかし、その勢いを持ってすら、ジーンを潰す決定打にならないことに苛立ったのか、鋭い牙をむき出しにして噛みつこうとする。
「GUUUUUUUUUUUUUUUUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
とっさの出来事に、けれど討ち取る為に、ジーンが魔力により赫色へと変貌している白刃を突き立て、―――その刃に噛み付いてでも邁進しようとノーウェンスの肉体に力が籠もる。
「あ、あなた―――まさか―――!?」
ジーンが何かに気付く。
ジューダスが口にした、―――『神獣化』。
自らの肉体を贄に、超越種とも呼ばれる神秘の獣をその身に宿し、一体化するという一種の召喚術。それを、主導権を握ったまま、地獄の番犬を取り込もうとしていたノーウェンスだが―――
「GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
唸る声は、―――すでにヒトのそれではない。
魔剣によって打ち抜かれた左胸の穴も―――黒炎が蠢き、すでに塞がっているようにも見える。
初めに突き刺した刃は、急所を外れていた。それは、ノーウェンスが卓越した戦闘能力が故、咄嗟に神剣の切っ先を交わしたに過ぎない。
本来なら、人間なら、それでも致命傷となろう。
ノーウェンス=ダンチェッカーは人間離れした魔法使いで、幻想騎士以上の実力を持ち、『地獄』に愛された故に視力を引き換えにしてケルベロスと契約するも、―――その身は人間の範疇を逸脱することはない。
ケルベロスの権能をその身に宿していても、幻想騎士であったアレイスター=クロウリーの様に胸に大穴を開けても生きていけるほど、埒外な設計など無い。たとえ心臓が止まろうと、大量出血を起こそうとも、脳髄があれば蘇生に近い形で息を吹き返すホムンクルスとは違う。
彼女は、あくまでも人間である。
致命傷を負ったことで、そのカードを切らざるを得なくなった。
ケルベロスとの融合、―――『神獣化』により、自身の死を覆し、自らの前に立ちふさがる不届き者に鉄槌を下そうとして、―――
そのノーウェンス=ダンチェッカーは、―――アンサラーにより心臓を喪失したことで、ヒトをやめることとなる。
イニシアチブの天秤は、自身の存在を護るために、ケルベロス側に傾いた。
「はなっ、―――れろッ!!」
神剣の刃の輝きが激しくなる。
高濃度に圧縮された赫色の斬撃は、"魔灯剣"に近い性質を持つ。
それ故に、噛み付くという原始的な攻撃では、受け止めることすらできない。
振り抜かずとも、太陽神の権能は容赦なく、いかなる障害も斬り伏せるだろう。
その顔すら斬り裂くほどの衝撃に―――ノーウェンスの身体が宙を舞った。
顔を大きく裂かれたが、その傷口に黒炎が発生し、胸の傷同様に次第に塞がっていく。
蘇生にも近い現象に、ジーンの攻撃でダメージを与えきれているかすら判断できないでいた。
「GUUUUU―――AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
渦を巻く、炎の翼。前かがみになり唸るノーウェンスの背後に、いくつもの黒い炎が巨大な翼のように広がっていく。
そのどれもが、先程まで顕現していたケルベロス以上の魔力を孕んでいることは、ジーンはおろか、―――葵ですら理解した。
「アオイッ!!」
ジューダスがそう叫んだ一瞬後に、―――黒炎の翼から、無差別に炎の弾丸が放たれた。
一発一発が、人の身など消炭にするほどの火力の凝集。掠ることすら許されない必殺の魔弾。
ジューダスが葵を担ぎ、炎の魔弾をいなす。障壁を展開しても、その出力には耐えれず、―――
「しまったっ!」
一発の魔弾が、葵の持つバックパックに被弾する。持ってきたいくつかの銀弾とともに、残り一つとなっていた、アルスの魔力弾ごと消失させられた。
「アルスの弾が!!」
焦げたカバンの臭いが鼻を付く。その臭いが、魔力弾を失ったことを証明していた。
「一度離れる! アオイ、捕まっていろ!」
***
躱す。建物全体に散弾する炎の魔弾を躱していく。
捌く。一つでも被弾すれば、この身体はきっと元には戻らない。
躱す。三度目となる神剣の開放は―――徐々にこの身体を蝕んでいく。
捌く。対価はもうない。つまるところ、この力を使い切れば、きっと剣すら握れない。
だからこそ―――止まれない。
「ぐっ―――ああぁああああああああああっ!!」
ジーンの咆哮に、神剣に集約される魔力の圧力に、―――放たれた赫色の斬撃が、ノーウェンスの身体を袈裟斬りにした。
吹き出す血が、蒸気を上げる。飛び散った先々で炎となり、次第に消失していく中で、―――
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
ノーウェンスの周囲が、未知なる状況へ変貌した。
「なんだ、これは・・・・・・」
ジューダスから疑問の声が溢れ、近距離で対峙していたジーンの表情も曇る。
体を大きく斬り裂かれた獣が唸り声を上げる中、ゆっくりではあるが、その足元から徐々に小さな炎の輪が広がっていく。
地面を焦がすその輪は―――内側と外側を隔てる境界線。世界を蝕む、変質した空間。結界とは違う、未知なる存在。
―――踏み込めない。隙だらけなのに、向こう側に行けない・・・・・・
困惑する。身体が、前に進まない。頭が、拒絶する。ノーウェンスを中心にした、あの空間に、魂が怯えていた。
ジーンが―――ジャンヌ=ダルクとしての存在が、あそこは危険だと訴える。
「まさか、神獣化の影響で―――周囲を『地獄化』しているのか!? ジーン、すぐに離れろ! 巻き込まれるぞ!」
ジューダスの叫ぶ声がする。その言葉が真実ならば、火刑の魔女として失墜した魂の怯えに納得できる。
「uuuuu―――」
一瞬、縮んだ魔力の流れ。うめき声が小さくなっていく最中、―――ノーウェンスの眼を見たジーンは、
「いけない―――!」
嫌な、予感がした。その、決してブレない殺意を。魔獣に堕ちた、敵意の眼差しを。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
獣の咆哮が、ゆっくりと進んでいた周囲の『地獄化』が、黒炎のドームと共に急拡大する。
建物すら焦がし、溶かし、変質させる。教会の形をした『地獄』が、目に見えて出現し、この場にいる全てを飲み込もうと襲いかかった。
「ぐっ―――あ゛ぁあ―――」
喘ぎにも似た、苦痛の声が聴こえた。
視界を覆うほどの黒い炎の檻は、空間そのものを塗りつぶし、文字通り『地獄』へと上書きするもの。
ジューダスの判断で、ジーンとノーウェンスが戦う場から離れても、その距離すら瞬きで埋める境界線が襲う。はずだった。
「ジーン・・・・・・?」
赤い影が、目の前に立つ。立ち尽くす。立ち、―――空間をつなぎとめる堰となった。
神剣か、あるいは、身に付けた祝福礼装の加護か。
皮膚を焼き、魂すら焦がす業火を背に受け、私とジューダスに迫る『地獄』をその身で受け止めている。
「ジーン! よせッ!」
「―――い゛え、これ゛、で、いい・・・・・・」
声が枯れている。灼熱の空気が喉を焼いている。なら、その声が、彼女が受けている驚異を物語っていた。
「ジュー、ダス・・・・・・アオイ、を、おねが、い、します・・・・・・」
炎の眩しさに、彼女の顔はすでに見えなかった。影しか無い、小さな身体でも、大きな存在が、地獄を背負っている。
「アオイ。あなたは、ワタシの、姉であり、妹であり、良き友、でした」
僅かに戻る声。"耐える者"の効力が、業火に溺れる身を、無理矢理にも修復する。
まるで、火炙りに処された魔女の最後の再現。魂を焦がす、裁きの丘。身を焼いてもなお、許されない罰。けれど―――
「彼女は、ワタシが討つ。この炎は、コアを潰さなければ、消えない。この地獄は、ワタシが止めます」
「ダメだ! 戻ると約束したはずだ! お前は、ここでいいのか!?」
「ええ。ワタシの役目は、きっとここでした。アオイにはまだ、貴方がいる」
ジューダスの言葉すら跳ね返す、聖女の意志。その姿は、紛れもなく聖女のそれだ。決して、魔女などではない。
神託の受け皿として、戦場を駆ける騎士として、国を導く旗振りとして、罪を背負った魔女として、―――そして、鋼の意志を持った聖女としての全てを。
「行きなさい! 決着はすぐそこです! なら、迷わずに進みなさい! 命を! 魂を! 誇りを! 覚悟を! アオイの未来に祝福を!」
『オルレアンの乙女』の咆哮が、業火の音すら置き去りにする。
吹き荒れる暴風に、焦げ臭い鉄の匂いが混ざる。聖女の身を飲み込む黒炎が、境界線がジリジリと歩みを進めようとしていた。
「行けッ!!」
「クソッ―――!!」
「ちょっ、ジューダス! 離してッ!」
ジーンの声を聞いたジューダスに担がれ、その場を離脱させられた。置き去りにした仲間を、友を、その別れすら奪われた。
「恩に着ます、ジューダス。ワタシの我儘は、これで終いにします」
炎の先へと振り返る。身を焼く炎は静まること無く、その中心に立つ獣は出力を弱めることはない。
むき出しの殺意。その先に、赤黒く輝く胸の魔石がある。
ジューダスではできない。アギトでもできない。アルスの魔弾ですら不可能であろう。
地獄の中心で叫ぶ獣に近付くのは、やはりジャンヌ=ダルクでしか達成し得ない。そのピースが揃っているのは、やはりジャンヌ=ダルクだけだった。
「ナツキ。貴女はやはり恐ろしい人だ。この未来を視て、貴女はワタシを選んだ」
眼球の水分を奪う高温に、視界が霞む。"耐える者"の出力を上回るほどの火力に、もはや痛覚すら機能しない。
けれど、開放された神剣ブリューナクの権能は、彼女の身体を生かし続ける。
もはや死に体。1秒後に事切れるかもしれない身体を、魂が繋ぎ止める。
―――哀しい人。貴女も、もう休みなさい。
その口は、もう音を発せない。
けれど、白刃を握る右腕に力が宿る。踏み込む足に力が入る。目の前の『地獄』を終わらせる覚悟に炎が灯る。
離された距離を、近付くにつれて濃くなる地獄に、赫く輝く刃が疾走する。
―――赤色の地獄を、神の剣が貫いた。
業火が消えた頃、爛れた石壁の教会には誰も居らず、赤く輝く宝石が、小さく音を立てて砕け散った。
_go to "more mighty evil".




