14th(13th) day.-5 TAIL ZWEI/釘、扉、鍵 - 黙示録 -/LA PORTE DE L'ENFER
G.T. 12:31
吹き荒れる猛襲に、ジーンが手に持つ神剣が唸る。地獄の番犬の出現により、周囲の温度が急激に上昇した。巨大な炎の塊から形成された異形の化物は、もはや動く太陽だ。皮膚を焦がすほどの熱が、建物全体を焼いていく。その炎の中心で、隻腕のジーンが刃を振るう。
「ちっ―――、なんて、魔力の塊ッ」
「死に損ないの幻想騎士め。今回も焼き殺してあげるわ」
―――『オルレアンの乙女』、ジャンヌ=ダルク。フランスにおける英雄であり、彼女の存在が、当時のイギリスとフランスで行われていた百年戦争を終結させる兆しとなった。神託を授かり、劣勢の軍勢の中で旗を振り、自国の勝利を信じ、―――そして火刑により命を落とした聖少女騎士。
そのジャンヌ=ダルクが、地獄を体現する黒炎の獣へ立ち向かう。焼ける肌が痛みを発する。過去のトラウマが彼女の心を揺さぶる。だが、それでもジャンヌ=ダルクの太刀筋を鈍らせるには足りていない。神剣の加護が、焼けた肌の痛み和らげる。掠める爪が傷を負わそうとも、『耐える者』の礼装が瞬時に傷を癒やす。いかなる攻撃であろうと剣戟は衰えず、赤く輝く神剣が不完全な番犬を削いでいく。
―――届くッ!
振り切った刃が、番犬の足を切り落とす。炎で象ったものであるが、わずかに猛襲に隙が生まれた。そのチャンスを逃さず、踏み込んだ一歩は、ノーウェンストへと肉薄する。
「なん、ですってッ!!」
「どいつもこいつも、使い魔を越えたからって舐めんじゃないわよ」
振り下ろされた斬撃を、ノーウェンスが右手で掴み阻止した。黒炎が篭手となって神剣を抑え、ジーンの一撃を凌いでいる。
「力が弱いわね、ジャンヌ=ダルク! この程度では、ワタシの首は取れないわ!」
神剣の刃を掴みながら、ノーウェンスが反対の拳で殴りかかる。とっさに躱した拳が空を切り、剣先に魔力を集中して掴まれた黒炎を引き剥がす。
「チッ、逃したか」
「なんて人・・・・・・。あのケルベロスすら、あなたにとっては駒の一つでしか無いなんて」
「そういうことよっ!」
今度はノーウェンスからジーンへと飛びかかる。神剣フラガラッハを開放したジーン相手に、完全顕現できていないケルベロスではもはや役不足と判断した。両手足に黒炎を施したノーウェンスが、ジーンの刃を振るわせないと距離を詰める。
繰り出される蹴りは空気を焼き、掠める拳の衝撃は肌を焦がた。目にも留まらぬ速さで繰り出される打撃に、ジーンが紙一重で躱し続ける。絶え間ぬ連打がジーンの反撃の機会を削っていくが、―――それで手が止まることはない。
躱すだけで手一杯だったジーンの眼が、ノーウェンスの動きに慣れていく。次第にノーウェンスの拳を刃で弾き、反撃できるタイミングが増えてきた。それでも、ノーウェンスに刃が届くことはなく、互いが必殺の一撃をすんでのところで躱していく。あと一歩、あと一手が届かない。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッ―――!!」
ノーウェンスの背後にいたケルベロスが咆哮する。気付けば―――地獄の番犬が完全顕現を完了している。空気を揺らす雄叫びが、圧倒的な熱量を放出していた。
「これならッ!」
ノーウェンスの動きに合わせ、ケルベロスの牙が襲いかかる。あと一手届かないジーンの前に、それを覆すかのように迫る猛攻。同時に迫る挟撃を打破するだけの手は、今のジーンにはない。
―――なら、それを打ち破る衝撃が、ケルベロスへと襲来する。
―――アルス、ジーンを助けて。
「月天を穿て! ―――『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』―――!!」
アルスにより錬成された魔弾と、神鎗の一撃がケルベロスの猛襲を弾く。余りある衝撃に、巨体を揺らし、その勢いはノーウェンスの動きを鈍らせた。
「―――取ったッ!!」
絶好の機会と、ノーウェンスの背後に廻ったジーンが白刃を突き立てる。
「ぐっ―――!!」
深々と突き刺さる刃。あふれる血がノーウェンスの肉体を汚していく。胸を貫通し、口からは血が吐き出される。死闘を決する一撃に―――
「認めるわ。あなた達は強い。―――でも、これで終わりよ」
ノーウェンスから吹き荒れる魔力は、一切の衰えがない。
「なん、―――アツッ!?」
ノーウェンスを中心にして炎が発生した。あまりの熱量と暴風にジーンが吹き飛ばれる。腕を焼かれた痛みに、―――
「―――へぇ。綺麗な顔をしていたのね」
炎の中心に立つノーウェンスの姿が変貌していた。充血していた両目には光が灯る。胸に突き刺さった神剣を引き抜き、遠くへ投げ捨て、血の流れ続ける傷口は炎に焼かれ、次第に塞がっていく。衣服すら燃え、全身の素肌を露わにしたかと思われたが、―――その肉体は最早ヒトのものではなく、炎が獣の体毛の様に広がっていく。
「盲目だったはず・・・・・・、いえ、それよりもそれは―――」
「―――神獣化だと!? ヒトの身でありながら、ケルベロスと同化しようというのか!」
炎の渦がノーウェンスを包み込み、その炎が消滅したころには、私達が眼にしていた彼女の姿はもはやどこにもなかった。長かった髪は炎と化して蠢き、四肢にも炎を纏っている。胸には赤黒い結晶なようなものが埋め込まれていた。その姿は、ヒトの域を越えた、獣にしか見えなかった。
「まだ主導権はワタシにある。神獣化だなんて、そんな堕ちた獣になるもんですか。でも、ここまでワタシを追い詰めたのだから、あなたを同じ結末にしてあげるわ、ジャンヌ=ダルク」
ノーウェンスが一歩踏み出すと、その熱に地面が溶けた。触れるものを溶かす程の熱量を一身に纏った姿に―――
「―――油断、しましたね」
「なにっ―――!?」
ノーウェンスが投げ捨てたはずの神剣が疾走する。その姿は―――黒塗りの釘。先程突き立てた白刃は、ギリギリで急所を外していた。それ故にノーウェンスの反撃の機会を許すことになったが、形を変えた神剣は魔剣となってノーウェンスの心臓目掛けて迫る。
「がっ―――」
―――太陽神の剣がジーンの腕に戻ると、ノーウェンスの心臓を串刺しにした魔剣の刃が血で濡れる。左胸に大穴を開け、ノーウェンスが倒れ込んだ。
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