14th(13th) day.-4 TAIL ZWIE/釘、扉、鍵 - 火刑の魔女に祝福を -/LA PUCELLE D'ORLÉANS
G.T. 12:22
アギトが『異界化』した結界から出たのを確認したジューダスが、暗闇の向こう側から流れてくる異様な存在を睨みつける。暗く、視認することができない先に、明らかに何かがいた。
「行くぞ。先から感じる、坊主の魔力の揺れが不可解だ。先を急ぐぞ」
薄暗く、長い廊下を走り抜けると―――
「―――ようやく来たわね」
限りなく広く、ボロボロの礼拝堂の中央で鎮座していたのはいつか会った、盲目の女性だった。
「あなたは―――」
「あら。その声、アオイさんね。そう、あなたも来たのね」
長い髪を靡かせ、ノーウェンス=ダンチェッカーは静かに立ち上がる。以前掛けていたサングラスはなく、白濁とした眼が異様な存在を魅せつけていた。
「アオイ、さがっていろ」
ジューダスはすでに臨戦態勢に入っていた。棘々しい戦意が空気に響く。
「ここまで来て、最早一度引くという選択肢はない。あと一歩で終わる。あれはオレたちの―――」
「アオイ、伏せて!!」
「えっ―――?」
咄嗟に、横からジーンが覆いかぶさる。刹那―――空間を焦がす臭いが頭上を掠めた。
「ふふん。いい判断ね、幻想騎士」
焦げた臭いが鼻を突いた。空気すら焼く、黒い炎の軌道に、全身から汗が吹き出る。
「そんな・・・・・・。ノーウェンスさん、嘘ですよね」
「絶望は後になさい。現実は受け止めてこそ人間よ」
「貴様、その魔法・・・・・・」
「あのオヤジから聞いているのでしょ。ワタシはノーウェンス=ダンチェッカー。"銀の星"最高幹部七人会が一人、『番犬』のノーウェンスよ。それとも『魔法潰し』の方がいいかしら。ワタシがここにいる理由がわからないとは言わせないわ。あなたたちの道は、ここが終着よ」
彼女の周囲に浮かぶ黒い影。渦巻く影は、次第に異形な獣を成していく。
「貴様が、―――ナツキの仇」
「ええ。あなた達の仇こそ、このワタシ。それがどうして? あいつはワタシとあの方を裏切った。志のない卑屈な存在は我々には必要ない。それに、あの方を哀しませる人はワタシが許さない」
「勝手な人です。そのために多くの人の命を奪うことにもお構いなしですか?」
彼女が夏喜を手に掛けたというのなら、あの飛行機に乗っていたすべての人を殺したのもこの人になる。その事実を、彼女自身が知らないはずがない。
「ええ。あの方がいる限り、世界は死なない。なら、あの方さえいればワタシは生きていける。これはワタシの愛。そしてワタシの忠義よ。それは誰にも止めることはできないわ」
「ノーウェンスさん。夏喜は―――」
「ワタシとあの方の間に立つものは、例外なくワタシの敵よ。世界が許しても、ワタシが許さない。アオイさん、あなたも一緒よ。あの女のおかげで世界の救済は十年も遅れを取った。これ以上の障害は許されない。zeroが戻った以上、計画は大詰め。失ったヘレナもすぐに代わりが利くわ。これ以上ワタシの行く手を阻むというのなら、ワタシは手加減しない」
「そこまで言うあなたたちの計画って何? 世界の救済って何なのよ?」
「言葉そのままの意味よ。この世界は穢れている。これ以上野放しにするわけにはいかない。なら―――」
「それがお前達のいう救済か。・・・・・・粛清こそが救いだと」
「ええ。神が行ったように、今度はワタシたちの手でヒトを裁く。それが最早唯一の手段。今度は方舟なんて存在しないわ。あったとしても、ワタシが許さない。創造とは呈してそういうものよ。新しいものを創るのに、古いものは壊さなくちゃ」
「それが、貴方たちの答えということですか・・・・・・」
「そうよ。あの方さえいれば、世界は再び蘇る。裁きの下に、己らの罪を償いなさい」
「そんなの勝手よ! それだけで世界が救えるなんて、間違ってる! それじゃあ誰も救われない!!」
「アオイさん、あなたは若いが故に世界を知らない。綺麗なものしか知らないのはすでに罪に近い。ヒトは理由なく戦う愚かな種族よ。快楽の元にヒトの命を奪う彼らこそ、世界にとっての悪なの。あなたにワタシが受けた苦しみがわかって? 村を焼かれ、家族を殺され、女子供を蹂躙する汚らわしい獣を野放しにしろと? 少なくとも、そんな世界はあってはならない。苦しみの連鎖はこれ以上伸ばしてはいけないわ」
「なら、あなたたちが、新しく神様にでもなろうというの?」
「ええ。ヒトは裁きを受け、償うべきよ。そのためならワタシは、既存の神をも殺すわ」
渦巻く殺意。黒い魔力は獣の姿へと変貌する。
「あなたたちはここで滅びなさい。世界の先は、ワタシとあの方が責任を持って創り直してあげる」
獣の彷徨が礼拝堂を木霊する。床を、柱を、壁を、天井を、飛び跳ねる獣の牙が襲い掛かる。
「―――はぁああぁぁぁぁあ!!」
隻腕に握られた剣が空を裂く。襲い掛かった獣を、ジーンは一瞬で駆逐する。
「・・・・・・ジーン」
「あなたは間違っています、ノーウェンス=ダンチェッカー!!」
「・・・・・・へぇ、それはなぜ?」
ジーンの持つ神剣の切っ先がノーウェンスへ向けられる。殲滅され、粒子となって飛散する獣の先に、盲目の『魔法潰し』へ言葉を飛ばす。
「悲しみの中に生きてきたのなら、あなたの道理は正しい。蹂躙の先に残るのは荒廃と絶望だ。しかし、それでも一方的に他人を裁くのは間違っています。今あなたがしようとしているのは―――」
「黙りなさい、魂の咎人。あなたのような人を偽善者と呼ぶのよ。あなたこそ世界を知らないわ。いえ、知っていて、知らぬふりをしている」
「なんですって?」
「なぜ? はっ、ふざけたヒト。世界を見るその眼は飾りかしら?
ならここで活目なさい。世界はこんなにも歪んでいる。争いの先に再び争いを重ねて、それを『平和』と呼ぶわ。あなたが生きていた時代を思い出しなさい。今の時代と何も変わっていないはずよ。自分たちこそ正しいと言い切り、他国を敵として討伐し、自らの領土へと統合を繰り返し、その先に恒久平和を願おうとする。
それが愚かでなくてなんという。欺瞞に満ちたこの世界が歪でなくてなんていう。あなたが信じた神はどこにいる。あなたが信じた神は何を残した。
答えはいつの時代も変わらない。朽ちて、無駄に流れる血と魂。残るのは多くの者の無念と権力者の高笑いだけよ」
言葉を重ねるごとに、彼女の周りに黒い魔力が渦巻いていく。それも尋常ではない、―――まるで、世界の絶望全てを見せるかのように、漆黒の恨みが収束される。
「あなたは、ワタシのしてきたことを否定すると・・・・・・そういうのですか?」
「無論よ。あなたのような偽善者こそ、世界の悪だわ。自己解釈に現を抜かす歴代の権力者と変わらぬ卑怯者よ。『平和』なめんじゃないわよ」
「―――とんだ侮辱だ、ノーウェンス=ダンチェッカー。あなたはワタシの誇りを傷つけた。人々が夢見た、『平和』という希望をあなたは『悪』だと罵った。『世界の悪』だと言い切った。ワタシにはそれが許せない。『オルレアンの乙女』の名に賭け、あなたを許すわけにはいかない」
「『オルレアンの乙女』・・・・・・へぇ、あなたがあの聖少女なのね。お会いできて光栄だわ、ジャンヌ=ダルク。幻想騎士になってまで堕ちるなんて、まずはあなたから殺してあげる」
渦巻いた魔力が、獣となって再び駆ける。むき出しの牙は、ジーンへと一直線に襲い掛かる。
「―――『ラド・シゲル・ティール・アンスールオス』―――」
「なっ、よせっ、ジーン!!」
迷わず展開される古ルーン文字。冷たく、周囲に伝わる神剣の魔力が魔方陣を形成する。
「―――『トゥアザ・デ・ダナーン ――――
ズキンと、右腕に激痛がジーンの意識を蹂躙する。焼けるような脈動が、神経を焦がす痛みが、思考すら飲み込まんと信号を出す。消えたはずの左腕にも痛みが突き刺さる。
『―――あれはもう使わないほうがいい』
アルスの言葉が、ジーンの脳裏をかすめる。その言葉の通り、アギトと対峙したときに、自身の限界を知った。払うべく対価が足りない。ジーンの今の身体では、神剣の真価を引き出すには、あまりにも脆すぎる。再び、神剣を握る右腕に激痛が奔る。ないはずの左腕にも、意識を焦がす痛みが残る。
―――後悔など、しない。彼女を護るために、世界を護るために、ここで討つ!
「―――『フラガラッハ』―――!!」
神剣の開放により放たれる魔力の暴風が、飛び掛る獣を吹き飛ばした。床や壁に強く叩き付けられた獣は形を維持できなくなり、次々と消滅していく。
「っ―――」
頭の中で、強い衝撃が走る。視界を奪うほどの痛みに膝が笑う。
「ふふ、所詮は旗持ち小娘、どうやら相当無理をしているみたいね。そんなにもこの世界が大事かしら」
自分が作り出した獣を目の前で二度も駆逐されたのに、ノーウェンスは動揺すらしていなかった。
「ジーン、すぐに開放を解け。無茶なことをするな。今のお前では身が持たない」
「今、無茶をしないで、いつするのです・・・・・・?」
「馬鹿かお前は! ここで倒れては本末転倒だ。その状態では開放したフラガラッハは制御できない。アオイ、お前からも言うんだ。ここでジーンが戦うのは得策ではないんだぞ」
元々、ジーンに魔法の才能はない。幻想騎士として、無理やり契約した唯一の魔法も、彼女の身を蝕むだけでしかない。
「ジーン」
「・・・・・・はい」
彼女の目を見る。その瞳に、―――後悔や諦めの闇は存在しなかった。
「―――戦って、ジーン」
「おい、アオイ!?」
「あなたが後悔することは私も望まない。あなたに誇りの灯が燈っているのなら、戦って。戦って。そして、無事に私の傍に帰ってきて」
「ええ。きっと、帰ってきます」
ジーンの表情に力が宿った。ふらついていた身体も、今ではしっかりとしている。
「・・・・・・お前たちは馬鹿だ。どうしてこうも死に急ぐ」
「それは、―――馬鹿だからですよ。ワタシはこれ以上の答えを知らない。なら、進むしかないのです。ジューダス、あなたはここでアオイを護っていてください。ワタシは期待を裏切ることだけはしません」
「・・・・・・バカは死ななきゃ直らない。いつの時代でも変わらぬ鉄則だな。バカならバカらしく行け。アオイを悲しませることだけはするなよ」
「ええ。了解しました」
「―――お話はいいかしら、フロィライン。こちらの準備はよくってよ」
「待ってくれと、頼んだ覚えはありませんが」
「野暮な女ね。主君との別れを邪魔するほどワタシは鬼畜ではないわ。どうせ一時の別れでも、別れは別れ。しかと心に焼き付けて、絶望して逝きなさい」
盲目の魔術師の周囲に召喚された獣の数は十や二十ではない。彼女の周囲に、床など見えないほど、強大な群れを成して獣たちは主の命を待っていた。
「神剣"フラガラッハ"、ねぇ。太陽神の剣を持ち出すなんて、ホント幻想騎士は品がないわ」
「好きなだけいいなさい。あなたのようなヒトを止めるための力です」
深々と腰を落とす。隻腕となったことで構えこそ変わったが、それでもジーンには一瞬の隙も存在しない。
「―――!!」
大きく振るわれる神剣。閃光を放つ刃が前方の獣を薙ぎ払っていく。軽々と舞う獣の残骸はその周りの獣を巻き込み次々と消滅していく。
「品のない戦いね。それでも戦場に咲く乙女の姿かしら・・・・・・!!」
翻した手は的確にジーンへと向けられる。剥き出しの殺気は一直線に―――
「ふっ―――!!」
大きく横へと跳ぶ。刹那、空気を奪う蒼い炎がジーンのいた場所を燃やし尽くした。
「はっ―――!!」
即座に体勢を立て直し、赤い刃がノーウェンスを襲う。
「んふ。いい判断ね」
すぐさま、ノーウェンスの周囲にいた獣が刃の前に集結する。獣の壁により、断空の刃は勢いが消失した。
「そんなバカ正直に攻めるなんて、騎士の鏡ね」
再び現れる獣の壁。押し寄せる壁は最早津波だ。そして、周囲に収束される炎の渦。再び放たれた炎は一直線にジーンの元へと放たれる。
その時、ノーウェンスの背後で、背筋が凍るほどの黒炎が形成されつつあった。
―――番犬の完全顕現までに、ケリをつける!
「はぁぁああぁぁぁぁっ―――!!」
振り下ろされる神剣はその獣ごと、ノーウェンスの元へと刃を奔らせた。獣の壁も、炎の渦も、すべてを叩き割る赤い刃は、目下の魔女へと疾走し、
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッ!!」
二人の間に割って入った三ツ首の獣が咆哮する。その後ろで、魔女が卑しく笑っていた。
―――完全顕現まで、あと二分三十秒。
_go to "la porte de l'enfer".




