14th(13th) day.-7 TAIL EINS/銀の星 - トゥアザ・デ・ダナーン -/MAIGE TUIRED
G.T. 11:04
「―――直にここに到着するでしょうな」
老人が口を開く。古びた教会の奥底で、面前に立つ男と対峙する。アレイスター=クロウリーと対峙する男こそ、彼を幻想騎士として呼び出した張本人に他ならない。
「クロウリー卿。貴方の―――」
「事情は聞きませぬ。それで、事実が変わるわけではないですからな。ワタクシにとって大事なのは、ワタクシたちの契約を反故にしないかどうかだけ」
「それに関しては滞りなく。我々がここまで到達できたのは、前身である貴方の存在があってこそ。私は貴方に感謝している。朽ちぬ私を見つけ、ここまで導いた。その貴方を切り捨てるなど」
「ふむ。本来到達するべき終着駅が違う以上、利用していたのはお互い様。そのことについてはこれ以上言及致しませぬ。ドクターの件は不問としましょう」
「心配りに感謝する、クロウリー卿」
「なに。ワタクシたちの問題など関係なしに、彼らは止まらない。ワタクシの決着も、時間が解決すること。主よ、彼は―――イスカリオテは、決して挫けない。それは、誰が相手であろうともあの娘を守るでしょう。たとえ、自身の罪に押しつぶされようとも」
「彼の者に固執する理由が私にはわからない。貴方の志を阻んだ張本人だ」
「なら、一度相手をするといいでしょう。直に来る。イスカリオテだけではない。共にいる騎士も、太陽神の加護の元、その刃は強靭です。彼らこそが、主にとって最大の『壁』となる。その価値は銀貨30枚では惜しいほどに」
///
G.T. 11:52
「―――あれ。傷が癒えない?」
ジーンの口からこぼれた言葉は予想打にしないものだった。そして、ジューダスの顔の傷は、癒えないまま血を流し続けている。
「どういうことだ。"耐える者"の効力が失効して―――るわけではなさそうだな」
アギトがジーンの腕を見ると、先程ジーン自身が付けた傷はすでに癒えていた。ジューダスの頬に腕を付ける前は、確かにまだ傷はあったし、血は出ていた。しかし、ジーンの腕の傷だけが消え、ジューダスの顔の傷は健在だった。その傷だけ、癒えることを拒否しているかのように、止血されることもなく、ゆっくりではあるが、ただただ血が流れている。
「―――ロンギヌスによる呪傷ですな」
聞き覚えのある声。暗闇の先より、アレイスター=クロウリーが出現した。
「やはり、ワタクシの見立通りの方々だ。あの呪槍を前にして、頬に切り傷一つとは」
「エド翁、呪傷・・・・・・と言ったか。ならこれは―――」
「左様。ロンギヌスの穂先には不治の呪いが定着してます。いかなる軽傷でも、止血もできぬ身体となる」
―――故に、"耐える者"の術式であっても、治癒されることはない。
「そんな・・・・・・」
ジューダスですら一太刀も入れることはできないどころか、ジーンの攻撃すら出し抜き、無詠唱で強力な魔法障壁を展開し、異形な化物を召喚するほどの実力者。それでいて、一撃でも喰らえば致命傷となりかねない不治の呪いを持つ槍となれば、その存在は脅威だ。
「生きていれば"死"を定着し、死んでいれば"芥"すら残さない。聖遺物とは名ばかりの"生"からの救済か。やはりあれは―――」
「然り。貴方の考えている通り、本来のロンギヌスではない。性質だけ上書きされた、呪いの塊。だが、あの穂先はロンギヌスそのもの。やはりこれも、救済の形として定着している」
神の子の"死"を確認する際に使われた槍が、"死"を決定付ける。死してなお復活を遂げるという逸話を完遂するために、いかなる理由があろうとも死ななければならない。そして、再臨の前に訪れる世界の終焉。完結された世界は一巡し、新たな世界の扉を開く。それそのものを体現する聖槍。
「エド翁。お前がこうしてここに来たということは―――」
「然り。貴方との決着を。三度先送りした終着を。今ここで達成しなければ、ワタクシには時間がない」
アレイスター=クロウリーの両手には、金色に輝く双剣が握られている。
「ああ、―――決着を、付けよう」
石壁に背中を預けていたジューダスが立ち上がる。腹の傷自体はジーンの"耐える者"によって癒えてはいるが、先程の戦闘のダメージからの回復は万全ではない。それでも、彼の眼には、いつか着いたはずの戦いの続きをしようとしている。
「アオイ、下がっていてくれ。ジーンもアギトも、こいつとの戦いに手出しは無用だ」
構えられた神鎗。いつかの敗北から、彼の中に何が残ったのか。見据えた先に、魔眼の老人が鎌首を構える。
「余言は、必要ありませんな」
「ああ。オレたちの小競り合いは、これで終いにしよう」
魔力を乗せた静かな風に、二人の棘のような殺意が徐々に広がっていく。あの日、私の家での戦いの様子は、私達は見ていない。だが、魔眼の影響で、ジューダスは敗北に決した。アルスの魔弾によって魔眼の束縛から解消され、アレイスター=クロウリーは何故かそれを受け入れた。彼らにしかわからない駆け引きが確かに存在し、そして、長い間続いた関係に終止符を打とうとしている。
「葵さん、ジューダスは本気だ。なら、余波に巻き込まれぬようオレたちの後ろにいてくれ」
アギトが私を庇うように前にでる。そして、手出しは無用としていても、いつでも戦闘に参加できるようにと、懐から魔法の筒をとりだす。
「―――『トゥアザ・デ・ダナーン ――――
「―――『泡沫に消えろ ―――
瞬時に展開される、互いの詠唱。出し惜しみはしないと、最初から全力。瞬間的に増幅された魔力の渦が、互いの間で火花を散らす。
「―――『ブリューナク』――――!!」
「――― 雷』――――!!」
舞い上がる土煙。眩く輝く雷霆が互いを貫かんと衝突する。凄まじい衝撃に魔力が摩耗され、辺りに暴風となって吹き荒れる。視界を覆う白いカーテンの中に、―――
「出し惜しみはなしだ、アレイスター=クロウリー!!」
再び怒号を上げ、神槍の顎が老人へと疾走する。
「そうしましょう。ワタクシも、寄り道をする余暇はないのですから!!」
疾走する騎士。神鎗の刃が老人の首を刎ねんと横薙ぎに振るわれる。それを、短剣で受け止めたアレイスター=クロウリーはもう一方の刃でジューダスの心臓を狙い刺し穿つ。互いがギリギリで捌き、躱し、互いが数ミリの距離を詰める。
重ねて数合。魔力を込めた穂先と白刃が火花を散らす。金属の衝突音が聖堂内に木霊する。刃を打ち付ける衝撃で、離れている私達の元まで土埃が届くほど。近距離で放たれる雷撃も、全身に施した強化の術式で躱していく。
「―――『ラグ・イス・ティール・ウル・アンスールオス―――
アレイスターの刃を弾き、離れた間合いに合わせて詠唱を唱える。
「―――『転生の神威、万丈の理を現せ』―――!」
「見えて、いますよっ―――!!」
空間転移で一瞬のうちに間合いをつめる。アレイスターの頭蓋を砕かんと振り下ろす刃が、双刀に阻まれ眩い火花が飛ぶ。ジューダスの神鎗に込められた魔力が脈動する。完全な近距離でその真意を見せつけようと―――
「―――『 〜 dawn, dawn, dawn. The THREE spells are penetrated to the atmosphere. 〜 』―――」
「なにっ―――!?」
刃を交えながらの高速詠唱。ジューダスに隙を与えまいと、アレイスター=クロウリーの内に膨大な量の魔力が収束していく。
「ちっ―――!!」
「―――『宇宙の終焉』―――!!」
刹那にして、アレイスター=クロウリーの面前の空間が―――グニャリと、ジューダスの姿が歪に湾曲する。周囲の空気、―――いや、空間、光さえも飲み込み、凝集する。その圧倒的なエネルギーは、もはやエネルギー自身も飲み込み、ゼロへと収斂する。
もはや生きている間では聞くことのできないだろう鼓膜を刺す破裂音が建物全体に響き渡る。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
ジューダスは咄嗟の判断で無詠唱による跳躍で距離を取っていた。一瞬でも判断を間違えれば、先程の魔法に飲み込まれていただろう。大きく離された距離は、二人の力量の差をも彷彿させる不安があった。
「はぁ、はぁ、・・・・・・いい、判断でしたな」
「減らず口を。空間ごとオレの魔力すら喰ってよく言う。だが、それを至近距離で使用するのは、お前にとっても毒のようだな」
「気づいていましたか。さすがはワタクシが求めたヒトだ」
「当然。お前の魔力が急激に消滅している。それに、その分の回復が見られないからな。どうやら、お前の切り札は不発だったようだ」
呼吸を整えたジューダスは少しずつ神槍へと魔力を蓄積させていく。
対して、アレイスター=クロウリーは苦い表情をして、行動を起こそうとしない。
「何があったか知らんが、今のお前ではオレには勝てんぞ、アレイスター=クロウリー」
「なにを馬鹿な。あなたは何もわかっていない。第二魔法がなくとも、ワタクシがあなたに負ける要因にはなりえない!!」
アレイスター=クロウリーが腕を大きく広げ、目を見開く。その眼は以前の魔眼のように蒼く輝き、―――次第に鮮やかな紫色へと変貌していく。
「さぁ、構えなさいイスカリオテ。ワタクシにはまだ、―――『バロールの魔眼』が残っています!!」
アレイスター=クロウリーの後ろに浮かぶ、黒い影。渦巻く影が次第に球体を象っていく。ありとあらゆる物を煮詰めたような、黒々と蠢くその球体は、次第に―――眼球のように形成されていく。巨大な一つ目が、紫色に輝く眼が出現した。
_go to "villaine, come in".




