14th(13th) day.-2 TAIL EINS/銀の星 - ルーム -/HUNGRY BUG
G.T. 11:32
夜明けとともに最短距離で"銀の星"の拠点探しを再開した。アギトとジューダスが怪しいと踏んだのは4つだが、3つ目にして"当たり"を引き当てたようだ。
「―――この廃墟が"銀の星"のアジトと見ていいだろう」
アギトが指差した先―――窓ガラスが割れ、扉も朽ち、屋根が落ちた礼拝堂の廃墟であった。外から見ても建物内の荒廃っぷりは明確で、すでに床はなく、草花が生い茂っている。野ざらしになった石造りの壁だけが残された『元建物』があったという印象しかない。
「悪趣味だな。まるで"アーサー王の墓"の再現だ。見てくれはともかく、やはり周囲が完全に"異界化"している」
アギトが云う"異界化"―――見た目の状況とは別に、その領域に入り込むことで知覚できる"空間"があるといる。私達の見た目では朽ちた建物でしか無いが、あと数歩近づけば、目に見える風景が一変するそうだ。その中がどうなっているかは、現状では認識することは出来ない。以前、ジーンが話をしていた『城壁と化した結界』と同等以上の存在だという。
アギトが朽ちた建物へ拳銃を構える。パンッ、と乾いた音が森に響くが、その弾丸は空間に小さな波紋だけを残して消失した。まるで湖に小さい石を投げたように、先のわからない向こう側へと姿を消してしまった。
「反響もなし、か。第二の手を―――」
「―――んふふふふふふ。なんだなんだなにごとだね。まさか、ヒトの敷地に銃弾を送るなんて野蛮な非凡な傍若無人。非礼な招かざる客はどなたかね?」
虚空の先から、姿なき声がする。男性とも女性とも取れる中性的な声色。出処がつかめない空間に反響する声が、昨夜遭遇した人形のような口調で聞こえてきた。
「これはこれは、ようこそおいでなさった招かざる者たちよ。昨日ぶりだ久方ぶりだ。よもやこれほど早くたどり着くとは驚愕衝撃驚きだ」
なにもない空間から、大きなゴーグルに鳥の嘴のようなマスクが出現した。黒々とした嘴には光沢があり、ヌメリとした革のような質感のマスクが宙に浮いていた。
「こいつは―――"銀の星"のペストマスクといえば、七人会『魔術医』―――ドクターKだな・・・・・・」
「この身を知っているとは僥倖至極光栄だよ、協会の狗よ。いかにも、この身は"銀の星"の七人会。何人いてもいいが、生憎この崇高なるマスクを持つのはこの身だけ。なぜだれもマスクをつけないのか疑問疑惑懐疑だよな。そうは思わないかい―――お嬢さん」
その言葉の後に、突如身体を引っ張られる。突然の衝撃に声も出ず、前のめりに倒れ込んだ。気づけば、周りにジューダスとジーン、アギトの姿はなく、荒れ果てた教会のような建物の中にいた。先程まで見えていたむき出しの天井ではなく、廃れてこそいるがきちんとした石造りの建造物だった。
「んふふふふふふふうふふふふ。いらっしゃいお嬢さん、丁重に迎えようお嬢さん」
「つっ―――!?」
姿なきマスクの声が建物内で反響する。突如、左腕が見えない何かで頭上に引っ張られ、高い天井まで釣り上げられた。地面まで数メートルある高さまで片腕だけ引っ張られ、肩に全体重がかかり激痛が走る。
「いい。いい身体だお嬢さん。いい実験体だお嬢さん。これはいい患者だ」
耳元で先程の声がする。全身を舐め回すような視線に吐き気を催す程の嫌悪感を覚える。外の空気とは違う、湿気の多いところのように重たく全身を包んでくる。
「んふふふふふふふ。使い魔の姿が見えないなお嬢さん。もしかして死んだか? 逝ったか? ならば幸先良い好い。出来損ないの患者たちもよくやってくれた。魔術という病から開放されて、この身の手足になってさぞ幸運だろう。お嬢さんも使い魔から開放してやったんだ、この身に万謝感謝感激頭を差し出してもいいぞ」
手が届くほどの目の前に先程のペストマスクが現れる。シルクハットを被り、ボロボロな黒い法衣を着ているが、布の隙間からはガリガリに痩せた肌が見えていた。その姿を見た途端、眼の前のマスクの言葉に対する怒りが湧き上がる。
「―――アルスのことをバカにしないで」
ポケットに仕舞っていたデリンジャーを取り出し、ペストマスクの眉間に向ける。込めていた弾丸は魔力加工のされていない通常の銀弾。だが、この距離でなら、外さない。
「ぎゃあああああああああ!?」
乾いた銃声の後にペストマスクの絶叫が建物内で反響する。威力こそ弱い弾丸故に致命傷にはならない。だが、ペストマスクの上半分が割れ、額から血を流しながら落ちたドクターKが床の上でのたうち回る。
続けざまに、2発目に装填してた弾丸を建物の入口へ向けて射出する。込めた弾丸はアルスが用意した魔力弾。扉に当たると同時に耳が痛いほどの甲高い音を立てて炸裂する。
以前ジューダスが教えてくれたアルスの特性―――『弾貫』。物理的・魔術的に左右されず、事象そのものを撃ち抜く魔弾。たとえ弾かれようとも、魔術回路そのものを破壊する。宗次郎の強力な"魔灯剣"に阻まれても、魔炉そのものを損傷させるほど。アギトの企て通り、その弾丸ならば、"銀の星"が拠点に施しているであろう結界を突破できるはずだと。
魔力弾が炸裂した衝撃で左腕を締め上げていたものが急に消滅した。蜘蛛の糸が切れたように、硬い地面へと落とされた。
「―――よくやった、アオイ。もう大丈夫だ」
落ちてきた私をジューダスが受け止める。同時に、アギトとジーンも建物内に侵入し、ドクターKへと神剣の白刃を振るう。領地への侵入を感じ取ったドクターKは額を抑えながら後方へ飛び退き、無数のメスを投げつけた。
「はっ―――!」
横薙ぎに払うジーンの剣。飛翔する斬撃がメスを切り落とし、ドクターKへと肉薄する。身を引き裂かれ、血を撒き散らしながらも反撃のメスを投げるが、ジーンの後方から冷静に照準を合わせていたアギトの銃弾が射出される。
「がっ―――!?」
急拵えの魔術障壁を展開されていたようだが、それを貫通して胸を撃たれたことにより動きが鈍ったドクターKの脳天を、2発目の大口径の弾丸が疾走する。眉間を撃ち抜かれことにより頭蓋が割れ、後頭部から脳漿が飛び散った。倒れ込んで全身の筋肉がビクビクと小刻みに動いていたが、次第に動きがなくなり、数秒で沈黙した。
「ふう。なんとか奇襲で出し抜けたな。相手は七人界の一角、よもやここまで手際よく行けるとは驚きだ」
敵を制圧し、なんとか"異界化"した本拠地へ侵入が出来たことで、アギトが息を漏らす。
―――昨日の夜から本拠地を発見するまでに話し合った作戦―――作戦と呼べるほどのものではないが、最大の問題はどうやって侵入するかだった。
アギトの見立てでは、長年悟られずにいた"銀の星"の本拠地は『城壁化』ないしは『異界化』した結界で守られているはずだという。
以前、ジューダスたちと協力して作った自宅の結界こそ『城壁化』であり、他者の侵入を拒む強固な守りが出来上がっていた。あのときは宗次郎の"魔灯剣"によって容易く破壊されてしまったが、本来なら魔術師一人の力量で突破できるものではないという。
また、『異界化』の場合は拠点の探索自体も困難であり、用途とすれば最大の効果を発揮する『対死徒用』だと考えていた。許しのない者の侵入の一切を拒む設計をしているはず、なら何らかの形で中に入れたのなら、そこから侵入する手順を考えていた。
その中で、一番事がスムーズであるのが、―――私だけの侵入だった。敵側が快く入口を開けてくれるなら正面切って入れたが、今回はあのペストマスクが私だけを引っ張り入れた。それは、私自身が一番『弱い』と判断できるから。魔術も使えず、耐性もなく、あまつさえ使い魔であるはずのアルスすら欠落している。夏喜の養子であることすら判明しているなら、その事実を知らないはずがない。なら、アルスの魔力弾を使って中から入り口を破壊すれば、そこから3人を中に入れるはずだと。
まずはどうしようかと考えていた矢先、こちらを侮っていたドクターKは私を挑発した。その事が、私の悩みを払拭した。いつか来る、アルスの魔力弾を使わなければいけなくなる状況。覚悟は決めても、その場になれば躊躇するかもしれない。いざ使用しても、心の何処かで蟠りが残るかもしれない。
その悩みは、―――挑発によって払拭された。許せない気持ちが強くなった。私はひとりじゃない。アルスは使いっぱしりではない。形は契約者と使い魔かもしれないけど、私とアルスの絆はその程度じゃない。その気持ちで銃口を向け、トリガーを引いた。それは私とアルスは一緒に戦っているという証だ。そのことを侮辱することは許されない。だからこそ、私達は出し抜くことができたのかもしれない。
「外の風景とはまるで違いますね。これが"異界化"の結界内ですか・・・・・・」
「こうも立派な聖堂教会を作り上げるとは驚きだが、世界の神秘を蒐集している異端とも言われる集団が教会に身を置くなんて、まるで皮肉に肉付けしたみたいだな」
アギトの言葉にジーンがまったくですと返す。昨日衝突した2人とは思えないほどのコンビネーションは圧巻だった。最高幹部とまで称される七人界の一人を不意打ちとはいえ討ち取れた。今後の敵側の抵抗がどれほどのものになるかはわからないが、幸先が良いことに変わりはない。
_go to "coming soon - promise day".




