13th(12th) day.-5/命の代償 - 虚無の果て -/VOID
G.T. 21:14
一時間ほど森の中を移動した頃、深くなった夜の冷たさに身体の芯が冷えていることに気付いた。慣れない山道に足の痛みも感じる。気を抜けば、踏み外して足を取られるかもしれない。そんな不安を抱えながら目的地の見えない探索を続けている。
先程の襲撃を終えてから、何かに見られているような感覚は未だない。アギトによってなんとか危機を脱したが、先程の戦闘を考えれば、こちらの出処はすでに認識されている。なら、追撃の危機は常に付き纏う。
「ジューダス。一度周囲の様子を確認してから休息を取りましょう。アオイにこの山道は過酷です」
私の身を案じてか、ジーンがジューダスに休憩を提案した。
「ありがとう、ジーン。でも私は大丈夫、まだ歩けるわ」
アルスの回復を急がなければいけず、弱音を吐いている場合ではない。
「いや、ジーンの言うとおりだ。今はまだ歩けても、この山道で無理をするのは危険だ」
「うむ。少し先に開けた場所があるようだ。そこなら周囲の変化にも気付けるだろうから、そこで野営しよう」
アギトが示した先に向かうと、なだらかな場所へと出た。葉のない木々が多いこともあり、風が葉をこする音も少ない。ジューダスが近場にあった枯れ木を集めて火をおこした。
「温まる・・・・・・」
冷えた身体に焚き火の熱が浸透していく。アギトとジューダスで周囲の確認をし、いくつかの魔法陣を発動させてたことによって簡易的なキャンプ地となった。
「こんなピクニックは二度とゴメンだと毎回思うよ。敵の本拠地近くで野営など、一端の部隊なら恰好な的になるが、結界を組める魔術師だからこそできる荒業だな」
アギトが自身のバックパックからステンレスの容器と缶詰を取り出す。器用に組み立てたキャンプ道具を鍋代わりにし、缶詰の中身を温める。どうやら鶏肉を煮込んでホワイトソースと混ぜたクリームスープのようだ。
「これで身体を温めるといい。戦場で大事なのは肉体よりも精神力だ。ストレスを上手に軽減させることが生存率を高める」
「なんか、映画とかで見たことある光景ですね。まさか自分がそのなかにいるなんて」
異邦の地故に非現実感が強く感じる。いつもより長い夜がそれをより一層引き立てる。
「大抵この場合は良くない前兆があるもんだが、敵の本拠地だ、あって然るべきだろう。ジューダス、様子はどうだ」
笑えない冗談だが、否定もできまい。
「変化はない。この魔力の霧の中では、何が起ころうと直前まで予測できない」
槍を構えつつ、周囲を警戒するジューダスだが、今の所先程のような異様な気配は感じない。バサバサと、木々を切る風の音が、パキパキと、焚き火の音が鳴っている。一時の休息が、心のバランスを保っている様に感じた。
G.T. 22:10
小一時間ほどであったが、身体も温まり、十分な休息となった。火も消えたところで、アルスの回復を図るために探索を再開した。周囲は再び隆起の激しい状態となり、先程の休息場所を逃していたら十分な静養はできなかっただろう。
「ん? アレはなんですか?」
傍らにいたジーンが声を上げる。ジーンが指差す方に目を向けると、規則的に石が積まれていた。周囲を見れば、似たような者が点在している。石群は全て違った組み方をされており、その石の形に合わせて積まれている。その姿はまるで歪な祠のようにも見え、仰々しい雰囲気を醸し出していた。
「・・・・・・なあ、アギト。嫌な予感がするのはオレだけか?」
ジューダスが口を開く。周囲を見渡す目付きがより一層強くなった。
「奇遇だな、オレも同じことを聞こうと思っていたよ。なんせ、石祠が一つだけ崩れてる」
アギトの視線の先にある祠だけが、バラバラに崩れていた。自然に崩れたのではなく、何かがぶつかって崩れ落ちたように散り散りになっていた。木々の中を、這いずるような音が聞こえてきた。ガサガサと、遠くで鳴っている音だが、次第に近付いてきているのが感じ取れた。
「一つ、提案がある。西に500メートルほど行けば、どうやらこの魔力の霧から抜け出せるようだ。石祠の地域もここだけのようだし、一度そこまで全力で逃げよう」
その言葉を聞いたジューダスが―――私のことを横から担いで走り出した。
「ちょ、ちょっと何!?」
「急げ! 感覚誤認している場所で、あんなのと戦っている場合じゃない!」
アギトとジーンも同様に走り出していた。三人とも、表情に余裕はない。彼らの表情から、ただ事ではないことだけは感じ取れた。
「あの石祠自体が罠だった! 崩れていたのが一つだけでまだ良かったが、全力で走れ!」
「そんなこと言ったって、向こうの動きも速いです! このままでは、追いつかれますよ!」
ガサガサと鳴っていた音が、走り出すまでは遠くで聞こえていたのに、すでに近くまで迫っていた。この距離ならわかる。迫ってくる存在の異様な瘴気に、吐き気すら覚えた。
「■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!」
耳を抑えたくなるほどの突き刺さる高音が鳴り響く。闇の中に、碧く輝く眼光があった。離れた距離はすでに30メートルを切っていたが、魔力の霧を抜けるのにまだ100メートルほど残っていた。
「葵さん、耳を塞いで目を瞑れ!」
アギトの声を聞き、耳を塞いで目を閉じる。それと同時に、ジューダスが身体を強く抱きかかえた。それらの行動とほぼ同時に、後方で爆音が鳴り響いた。その衝撃は、ジューダスの身体越しでも伝わるほど。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッーーー!!」
甲高い音が少し遠くになったように感じたが、異様な気配はより一層強くなった。迫りくる異質な存在の怒り狂った雄叫びが聞こえてくる。
「魔力の霧を抜ける! すぐに戦闘準備だ!」
「ジューダス! アオイはワタシが!」
「任せた!」
木々を抜けたと同時に、魔力の霧からも抜けたようだ。ただ、抜けた先は開けてさえいたが、いつまでも地面は続いてはいなかった。切り立った崖の上、決して広いとはいえない場所が、私達に残された土地だった。いつのまにか、高い位置まで来ていたのだろう。崖下は遠く、落ちれば助かることはない。三者三様に武器を構え、迫り来る怪異に備えた。
「■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!」
「あれは、―――デルピュネーか!」
木々の奥から現れたのは―――上半身は皮膚が鱗で覆われた女性、下半身は蛇の胴をも思わせる姿をしていた。上半身こそは成人の女性の大きさだが、下半身の尾はその数倍もある。針金のように硬さのある髪を振り回し、爬虫類のような眼でこちらを睨み付けている。
「―――ンフフ。たいした逃げ足だ関心慢心。まさかまさか気付かれるなんて不覚慢心」
デルピュネーと呼ばれた化け物のそばに、先程破壊されたはずの人形が出現した。こちらを嘲笑うようにケタケタと笑い声をあげている。
「ちっ、5体目がいたか」
「ンフフフフ。この身のことなど気にしなくていい。先程のおもちゃたちのことも、気にするべきではない。招かざる客よ。この身の土俵から逃げるのはいいが、どこへ逃げる? ンフフフフ。空こそ飛べるなら飛ぶがいい。それならば待ちましょう待ちましょう。さあ、さあさあさあ」
「魔力の霧を抜けたと思えば、前も後ろも地獄、か。飛べるなら、鷲みたいに飛んでみたいものだが―――」
「残念無念。命乞い減らず口は不要だよ。動かない動けないのなら、この身のデルピュネーは誰も逃がさない逃さない!」
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
「―――『アンスールオス』―――!!」
デルピュネーが火球を吐き出す。一切の予備動作もなしに魔術を行使し、合切を燃やし尽くそうと火球が迫り来る。それをジューダスが展開した魔法障壁で受け止める。地面を抉るほどの火球の威力に魔法障壁が甲高い音をたてて崩壊する。土煙の奥で―――更なる魔力が蠢く。
「何度も好き勝手させるかよッ!」
アギトが懐から取り出したのは―――手榴弾のようなもの。ピンを抜いて土煙の奥へと投げつけた。
「■■■■■■■■■■■■ッーーー!!」
爆音と共に化け物の叫び声が響き渡る。土煙が爆風と共に晴れるが、その先にいたデルピュネーに無数な光の刃が突き刺さっていた。刃同士が絡み合い、地面へと刺さることによってデルピュネーを拘束している。
だが、その拘束も力ずくで抜け出そうとしているのがわかる。光の刃の数でこそ未だ抑えつけているが、次第に刃が破損し光の粒と成って霧散する。
「三人とも、合わせろ!」
アギトの声を聞き、ジューダスとジーンが雷撃と斬撃を繰り出す。アギトはアサルトライフルを構え、銃弾が襲う。
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
動きこそ怯んでいるが、ダメージを与えれているようには見えない。魔物の雄叫びが響き渡り、拘束を解こうともがいていた。
出遅れた形だが、鞄からアルスの魔力加工を施した銃弾を取りだし、デリンジャーを構えた。デルピュネーへと構えると、視界が絞られていく錯覚に、心臓の鼓動が強くなっていることが知覚できた。撃鉄を起こし、引き金を引く。空気の壁を突き破る弾道は音すら置き去りにして疾走する。弾丸を払おうとデルピュネーが爪で横薙ぎにする。その弾道は―――爪を砕き、肉体へと邁進する。
弾丸はデルピュネーの胴体を突き抜けた衝撃で、肉片の多くが飛び散った。ジューダスとジーン、アギトの攻撃ではまだ負傷していないように見えたが、アルスの弾丸の威力により、デルピュネーの活動が完全に沈黙した。
「なんだなんだなんだなんだ! いまのはなんだ! 知らない知らないデータにない! でき損ないめ! データ取りもまともにできてない!」
沈黙したデルピュネーの近くにいた人形が騒ぐ。データ取りとよくわからないことをのたまっているが、今の出来事に納得がいっていないようだった。
「―――よう人形。お前ももう黙ってろよ」
アギトが別の銃を構える。真っ黒に装飾された仰々しい拳銃が轟音をあげて弾丸を射出する。人形に着弾すると同時に爆発を起こし、人形が粉々に粉砕された。
「ふぅ、色々焦ったがどうにかなったな。だが、アルスの弾丸の威力が明らかにおかしかったぞ」
「炸裂術式か。火力調整が想定外だが、アオイ、身体に何か影響は出ていないか?」
「あっ、うん。今のところ魔力酔いもないよ。えっ、やっぱりおかしかったの?」
練習以外で目標に球が当たったのが初めてだったせいか、威力のことは考えていなかった。ジューダスたちの攻撃をも耐えれる相手にあれだけの被害を発生させたことが驚愕だ。
「あの、アオイ······それ、大丈夫ですか·····?」
「んっ?」
ジーンが指差したのは、デリンジャーだった。
デリンジャーをよく見てみると―――グリップ部分の宝石が割れていた。
_go to "farthest land".




