13th(12th) day.-1/命の代償/OBLIVIOUS
J.T. AM 3:13
「―――アレイスターに動きが出た。どうやら結界の処理を放棄したらしい」
夜中にジューダスに叩き起こされ、号令を聞いたアギトが再び来訪した。庭には幾人の武装した傭兵が列をなして待機している。
「警護用に再編成した部隊だが、どうやらここでの使い道はなくなったのかもしれんな」
「ああ、そのようだ。結界が感知した気配から、どうやら『魔法潰し』も同行している。"異空扉"を使っての跳躍だ。この街からは完全に気配が消失している」
「ねえジューダス。結界も処理しないでノーウェンスさんも一緒に消えたって、なら宗次郎は?」
「もちろん坊主も一緒だ。消えた気配は3つ。だが、どうも様子が変だ。坊主の魔力がほとんど感じないくらいに弱い」
弱い? たしか、アルスとの戦闘で魔炉が損傷していたとはいっていたけど、感知しずらいほどの状態なのだろうか。
「なら話は早い。宗次郎の治療のための帰投だろう。このチャンスを逃す手はない」
「だがどうする。移動先はどうやらヨーロッパの森のようだが、これほど完璧な"異空扉"は経験したことがない。方向はわかっても、流石に遠すぎて移動手段に困る」
ヨーロッパ、だと。"異空扉"というのはよくわからないが、この街から一瞬で移動したと考えると、追いかけるにもハードルが高すぎる。
「―――そのことなら問題ない。一回しか使えないが、オレが"異空扉"の代用をしよう」
アギトはそう言うと、ベルトに付けられた筒を取り出した。手にした筒にはローマ数字で"Ⅶ"と書かれており、何か呪文のようなものを唱えると眩く輝き出した。光が収まったときには、手には目の模様が象られた大きな鍵のようなものが握られていた。 全てを見通すような目の存在に寒気がした。
「片道切符ではあるが、この"銀の鍵"なら、奴らが向かった先へ"異空扉"を開くことができる」
「めちゃくちゃな古代魔具だな。だが、凄まじい魔力の蓄積を感じる。たしかにこれならば、向こう側へ行けるだろう」
「葵さん、覚悟ができたならすぐにでも開けれる。この先何があるかわからい異邦の地だが、すぐにでも行くか?」
「・・・・・・ええ。覚悟なら、とうに出来てます。宗次郎のためなら、この先がたとえ地獄でも」
私の覚悟は、―――蒔絵の時に、クゲンとロキが襲撃した時に、ジューダスが敵の手に落ちた時に、そして戻ってきてくれた時に済んでいる。私にとって蒔絵を失った以上の地獄なんてない。より深淵になるなら、宗次郎を失う時だ。なら、その先がなんだろうと、私がくじける理由にはならない。
「良い返事だ。ああ、それに良い目をしている。この家のことならオレの部隊に守らせよう。帰る場所は大事だ、そのことの心配事はこちらで対処する。だが、昨日の話の通り、―――」
「ノーウェンスさんが出てきたときは、一度距離を引きます。はい、それは重々承知してます」
「わかった。なら開けよう。出撃するのは、倉山勢力4名とオレの合わせて5名だ」
アギトが庭先にいる部隊へ声をかける。数十人の部隊だが、その誰もが百戦錬磨の古強者であることは彼らの気配から見て取れる。
「お前たち、ここをよろしく頼む。オレの信じたお前たちだ。オレたちが見てきた戦場はいつも果がない。だが、オレたちはそれを踏破してきた。そして、地獄そのものをもこの身を持って経験した。そして、その地獄がいないこの土地に、お前たちに敵うやつなんていない。好きにやれ。ここは戦場ではなくお前たちの狩場だ。不届き者にはさらなる地獄を! やつらのクソを悉く踏み潰せ!」
高まる軍勢。アギトの言葉を聞き、彼らの士気があがる。鼓舞の言葉にこそクセはあるが、飾らない言葉故に隊員たちにはよく響いていた。
「アオイ、あなたの目指す先を、ワタシ達も共に行きましょう。あなたの覚悟をワタシ達に託してくれますか」
傍らのジーンが口を開く。彼女の言葉にも、確かな覚悟があった。
「ええ。もちろんよ、ジーン」
ジーンの表情は明るく、力強い。ジューダスもアルスも、同じ表情をしている。立ちはだかる壁は高くとも、進む道が険しくとも、私達と止めることは出来ないと感じた。
「マスター、昨日言ってた魔力加工済みの弾ッス。とりあえず5発分持っておいて」
アルスから手渡された弾丸を握る。小さな刻印が刻まれた弾丸は、他のものとは違った雰囲気があった。
「"異空扉"を開く。準備はいいか」
アギトが鍵を虚空に差し込むと、空間が歪み、無数の目のような不気味な造形をした扉が出現した。出撃に際し、必要になるだろうものを詰めたカバンをアギトが差し出す。重すぎないバックパクを背負い、アルスが用意した弾丸も、他のものと間違えないようにしまった。
先の見えない―――闇へと通ずる先へと歩みを進める。
命の代償/13th(12th) day.
J.T. AM 5:34
―――意識を奪うほどの激痛があった。経験したことのない痛みは、熱さとも冷たさとも違う感覚に体中の神経がショートする。肉体の感覚は電気信号やホルモンによる影響とするならば、全ての許容範囲を逸脱していた。閾値を超えればどうなるか。脳内麻薬の鎮痛作用で耐えれた痛みも、意識を蝕む刃となって全身を蹂躙する。どれほど深淵に墜ちたかはわからないが、穿たれた身体に新たな脈動が広がるのがわかる。徐々に浮上する意識とともに、横腹に違和感を覚えた。
―――ここは、どこだ。
ぼんやりとした意識で視線を周囲に向ける。身体を動かそうとしても、うまく力が入らない。自分の身体じゃないような感覚に、金縛りのように動けない肉体に宙に浮いているような意識を同期させる。
「意識が戻りましたか、クリザキさん」
マスク姿の男性の顔が視界に入ってくる。こちらの瞼を広げ、ライトのようなものを無理やり向けてきた。眩しいと感じても、瞼を閉めさせてくれず、若干の苛立ちを覚える。
「失礼、眩しかったでしょう。瞳孔はしっかりと動いている。もうしばらくすれば、麻酔も切れて身体を動かせるはずです。声も直に出せる。ただ、そのときには腹の痛みも一緒です」
その言葉を聞いて、意識を失う直前のことを思い出した。盲目の魔女との戦闘。腕に巻き付く黒い炎。聳え立つ獣。横腹を穿つ炎の牙。その全てが、地獄を体現するに容易なほど。あの場にいて、今生きていることが幸運だ。
「クリザキさん、隊長からの伝言です。『ここは任せた』、と」
男の言葉の意味を反芻する。意識を失っていた間に何かがあったことは明白だ。だが、それを理解するだけの情報が足りていない。
「隊長と倉山陣営は"異空扉"を使用して、"銀の星"本拠地へと出陣しています。あなたはあと1日もすれば動けるように我々がどうにかする。戦力として、共に戦ってほしい」
こちらの表情を見て、理解が足りていないことを推測したようだ。だが、状況が状況だけに、賛同できない。
「状況を強行したことは謝罪していました。だが、今更止まれない、が我々の総意です。『魔法潰し』も本拠地へ戻ったが、この地にヘレナがある可能性がある以上、厳重にしなければ。そのために我々の部隊は残留し、あなたと百人結界と称して上級魔術師を招集しました」
何卒理解を、と言葉を締めた。言いたいことは山程あるが、声が出ない以上仕方がない。然らば動こう。最大の目的は聖釘の発見であり、"銀の星"の最大の脅威がこの地にいないのならば、我々にも勝機がみえよう。
明日にもなれば、戦線に戻される。―――然らば、戦おう。
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J.T. AM 4:07
青色の溶液に満たされたタンクに仰々しい機械が多く繋がっている。タンク内に漬けられた三基の生首は―――すでに上半身まで再生していた。青色の液体には『補肉促進剤』が加えられており、三基という存在に適合・肉体の再構築を進めている。だが、生首になる以前の三基と比べ、肉体年齢が幾分か幼い。再生に際して時間の逆行のような、若返りにも近い現象に、当の本人は不満そうな表情を浮かべていた。
「ねぇ~、今回若すぎない? 前くらいの肉体年齢がいいんだけど~」
常人が聞けば理解し難い言葉を並べる。タンクの近くで作業していた男性は、機器がはじき出した演算結果を見比べて考察する。
「今回のお前の肉体を適合させるために必要な肉体年齢というわけだろう。『成長促進剤』で数年の肉体成長もすぐ終わる。同じ技術で生まれたオレの立場から言わせてもらえば、お前のホムンクルスとしての性質は埒外すぎてため息すら出るよ」
『ホムンクルス』―――三基。錬金術が可能としたフラスコの中の小人、叡智の結晶。魔法協会の魔法技術の"可能性"の全てであり、試作体。いくつかの試作体の中、戦闘に特化しているのは三基1体であり、発展途上の個体である。メンテナンス係としてアギトの部隊の衛生班はすべてホムンクルスの素体であり、治療魔術全般を担っている。脳と脊髄さえあれば、生命活動が喪失していても補肉促進と成長促進により肉体を再生・再構築する性質をもつホムンクルスは、その際、肉体を失う前のデータを参考に"より耐性を得るように設計"される。その特性を最大限に昇華させるために三基はアギトの部隊の鉄砲玉でありながら最大戦力の立ち位置に君臨していた。それでありながら―――『魔法潰し』には達していない。ノーウェンス=ダンチェッカーが三基相手に本気を出していない以上、今回の肉体でも、遠く及ばないだろう。
「今日中に肉体の再生自体は終わる。完全な成長促進の完成は3日はかかるだろうが、『魔法潰し』がいない以上、そこまで支障はないだろう」
「へぇ~そう~か~」
明らかに不貞腐れている声だった。理由は明白だ。斎藤アギトに置いていかれた事に他ならない。
「ねぇ。あなた、私よりも先に生まれたんでしょ? 『魔法潰し』のこと、なにか知ってるの? 隊長と知り合いみたいじゃない」
三基が作業中のホムンクルスに尋ねる。三基よりも先に肉体構築成功体として生まれた男は、頭をポリポリと掻きながら悩んでいた。
「やっぱり何か知っているんだ。私には言えないこと?」
「いや、そうではない。理由は至極くだらないからだ。『魔法潰し』―――ノーウェンス=ダンチェッカーは元第五魔法協会の魔術師だ。ああ、隊長と同じ穴のムジナだ。その頃の隊長との関係性について少し知っているに過ぎない。彼女が隊長を恨む理由とかな」
「やっぱ恨まれてんだ。何しでかしたの?」
「う~ん。直前の事情は知らないけど、―――隊長がダンチェッカーのお尻を触ったかららしい」
三基は空気が明確に白むのを感じた。ああ、思っていたよりもくだらない、と。
「・・・・・・最低」
「触ったと言うか、叩いた、が形容としては正しい。若気の至りか、スキンシップのつもりだったか。隊長の気持ちと、それを受けたダンチェッカーには確実に認識の差がある。それでダンチェッカーが激怒して、当時のセクションは全壊。責任取らされて隊長は更迭。その後は不明だが、ダンチェッカーがケルベロスと契約したことにより協会より逃走、といったところだ」
「それで恨まれてるのかぁ~。なんか、『魔法潰し』に同情しちゃう。ハハッ。よし、隊長が帰ってきたら私が殺そう」
冗談半分の言葉だったが、三基の目は笑っていなかった。どこまで本気かに興味のない男はそのまま作業に戻った。
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