13th(12th) day.-2/命の代償 - 嘆きノ森 -/SCHWALZWALD
J.T. AM 3:32
アギトが展開した"異空扉"は淀んだ沼のようだった。身体にまとわりつく生ぬるさと鼻をつく生臭さに吐き気を催す。魔力酔いに近い感覚に、なんとかの思いで虚空の先へと歩みを進めた。
G.T. PM 19:24
虚空を抜けると―――異国を思わせる森の中だった。見慣れない木々が生い―――多くが枯れた、葉の少ない木々が並んでいる。夜の暗さにありながら、月明かりがあたりを照らしていた。紅く染まった月は、今まで見たことのないほど大きく、神々しく浮かんでいる。
「アオイ、大丈夫か?」
ジューダスが声をかける。魔力酔いのような吐き気はあったが、"異空扉"を抜けた後からは落ち着いていた。時間とともに良好に向かっているのがわかった。
「ええ。デリンジャーの魔力酔いほどじゃない。今は問題ないわ」
異国の冷たい風が皮膚を刺す。ヨーロッパにパスポートもなしにいるという非現実的な出来事も相まって不思議な感覚だ。
「ここは・・・・・・、ドイツか。どうやらシュヴァルヴァルトの中のようだ」
辺りを見渡したアギトがGPSを使って場所を確認する。ドイツの南西部に位置する森のようだ。周囲の木々が黒々と映ることから『黒い森』と呼ばれているらしい。
「ワタシでも異常だとわかるほど、魔力濃度が著しく高いですね」
「ああ。この辺り全てが巨大な結界だ。この地の霊脈が歪むほどの濃度で感覚誤認を引き起こす幻覚が発生している」
PDAを見ていたジューダスがこちらに画面を向けてきた。青色のビーコンが3つに黄色が1つだが、それ以外が全て赤色で染められており、みんな近くにいるのに離れたところに点在していた。色の濃さも様々で、靄のように広がっていた。
「こんな映り方をしているのは初めてだ。だが、それだけにここが本拠地の近くだという証左になる」
何かに見張られているような緊張感が広がっている。これが魔力の濃さによるものなのか、暗闇の先から覗かれているようだ。
「オイラの鼻でも判別できないっす。全部が全部、魔力臭い」
「見渡す限り、闇の中か。ここから拠点を探すのは骨が折れそうだ。ジューダス、アレイスター=クロウリーの魔力は辿れないか?」
「この魔力の霧の中だ、遠くにはいないだろうが、方向はボヤけている。どの方向に向かってもいるように感じる」
夜行性の動物が獲物を見据えているかのように、目線をそらすことなく見ている。先程までぼんやりとした緊張感だったが、今ではわかる。
「とにかく、ここにいては危険だ。敵の出方もわからぬ以上、安全確保が最優先だ」
アギトがPDAとGPSを連動させて現在地を反映させる。近場に集落らしき場所を確認し、そこに向かって移動することになった。アギト、ジューダス、私、ジーン、アルスの順で前後を警戒しつつ行進する。先に進んでも、視線は後ろから常に追いかけてくる。
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G.T. PM 20:03
しばらく暗闇の森を進んでいくと、ポツリと建物らしきものが見えてきた。周囲には明かりはなく、廃屋がいくつか残されたまま廃村となった地域のようだ。人が居着かなくなってずいぶんと経ったのだろう、その多くに朽ちた痕が見て取れた。いくつかの建物の中も確認したが、カビや埃がすごく、風通しも良くない状態だったため、野営をすることとなった。現地時間としてはまだ夜になったばかりだが、異国の夜は寒く、時差ボケもあってかなり体力を消耗しているのがわかった。
空を見れば、欠けた月が昇っていた。見える月は時間こそ違うが、国が違えど同じに見える。同じ空を見ているんだという感覚を不思議に思う。向こうではしばらくすると夜が明けるのだろうが、ここではまだまだ始まったばかりだ。目を閉じて長い夜に身体を馴染ませ、眠気とも戦いながら緊張感が和らいだ。すると、少し離れたところでドサッと何かが倒れる音が聞こえた。
「アルス! どうしたんですか!?」
ジーンの叫び声に場の緊張感が一気に上昇した。突如倒れたアルスの背中に鮮血が滲む。メスのようなものが何本も突き刺さっていた。ジーンがアルスを抱え後退し、アギトとジューダスが周囲を警戒する。気付けば、先程から感じていた視線の数が多くなっていた。その視線の先にいたアルスが凶刃に襲われた。なら、その視線は、明確な敵意だった。
「ぐっ・・・・・・、痛みがあるまで、全く気付かな、かった・・・・・・」
「何が起きてるんだ。アギト、周囲の様子はどうなってる!?」
「ちっ、相変わらずPDAの表示がバグってやがる。これは当てにならん! 自己の感覚で判断してくれ!」
「そんなこと言っても、この魔力濃度では接近されるまで何もわかりませんよ!」
明らかな敵意を孕んだ視線が周囲から向けられているのに、4人共気付いていない?
「ジーンはアオイとアルスを頼む! オレとアギトで―――」
「ジューダス、左!」
私の声に反応してジューダスが左側からの猛襲に気付いた。刃を打つ金属音が木霊する。ジューダスの表情から、咄嗟の判断でとった防御態勢だが、焦りが見て取れる。
「―――んふふ。気付かれてしまわれた。この中で気付いたのか。先程の少年のようにやさしく殺してやるのに。やるせないね、許せないね」
周囲に謎の声が響く。男とも女とも判別できない中性的な声色が周囲をぐるぐると鳴り響く。
「気付かなければ楽なのに」
「気付かなければ苦しめたのに」
「だが、これも一興。たのしいたのしい」
「ようこそ、ようこそ、嘆きの森へ。ようこそ、ようこそ。ようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそ」
幾重もの声が木霊する。鼓膜に焼き付けるように四方八方から正体不明な声が重圧のように押し寄せる。あまりのうるささに耳をふさいでも、否応なしに襲ってくる。
「ちっ、感覚阻害のせいで方向がわからん。アオイ、何故気付いた?」
「ずっと視線みたいなのがあったの。野生動物の気配と思っていたけど、みんな気付いていなかったなんて・・・・・・」
「いや、その感覚は今一番大事だ。葵さんの反応がなければ一人ずつ潰されている」
「無駄だ、無駄だよ、無駄無駄無駄。諦めて諦めよう、諦めてみて命乞い。やさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしくやさしく」
「―――殺してあげよう」
「アギトさん、上!」
「―――『アンスールオス』―――!」
アギトの上部にジューダスが魔法障壁を展開する。襲いかかるメスの雨。刃物の投擲に紛れ、複雑に関節の曲がった何かが落ちてきた。障壁を打ち破るように、四本の腕が何度も刃物を振り下ろす。アギトが懐から二丁の拳銃を取り出し、障壁が割れた瞬間に飛び退いて何発も撃ち込んだ。その弾幕を、空中でひらりひらりと身を翻して避け、再び上空へと姿を消した。
「ちっ、手応えがない上に"迷彩"付きか。魔力探査も難しいのに厄介だ」
「んふ。んふふふ。んふふふふふふふふふ。野暮野暮、野暮なヒト。嘆き慄き劈き轟き叫んでやさしくしつこく苦しませて。んふふふふふ」
絶えず動き回る正体不明に意識を集中させる。私にしか気配が辿れなくても、動きが早すぎて補足できない。
「マス、ター、落ち着いて・・・・・・ゆっくり」
アルスが私の手を取る。知らずしらずに焦っていたようだ。アルスの手を通して、自分の手が汗ばんでいたことに気付いた。
「んん? なぜ生きてる? 全ての臓器にメスを刺したのに、なぜ生きてる? なぜなぜなぞなぞなぜなぜ―――」
「ジューダス、アルスの上!」
「―――『トゥアザ・デ・ダナーン ブリューナク』―――!!」
「がぁああああああついいたいあついいいいいたいいいいちあいいいあいいいいい!」
轟く閃光。一条の光が迫りくる刃を撃ち落とした。直撃した雷光に正体不明がのたうち回る。全身から焦げ臭い悪臭を撒き散らす。
「あ。でも、きもちいいいいたい」
グルリと、こちらに首だけ向けてくる。冷たい視線に寒気がした。周囲の視線の数が減っていない。
「次は何? 何何何?」
「次は誰? 誰誰誰?」
「次は何処? 何処何処何処?」
周囲を囲うように3体の人型の物体が立ちはだかる。黒焦げた物体も含め、4体とも人形のように生気の無い眼をしており、機械のようにガシャガシャと音を立て、多重関節が歪な形を模り、虫のように何本もの腕が蠢く。
「視認できても気配がアベコベだ。アオイ、他に視線は無いか?」
「今のところはこれで全部だと思うけど、自信ない・・・・・・」
「それだけわかれば十分だろう、警戒を怠らず、コイツらを処理しよう。ジューダス、3人を頼んだぞ」
アギトが懐のベルトから"Ⅴ"と"Ⅵ"と記された筒を取り出す。
「あれは、まさか・・・・・・」
ジーンの声に緊張と畏怖が混ざる。辺りの正体不明の気配を塗りつぶすほどの異様な気配を感じた。
「見えているのなら問題ないが加減はできん。各々巻き込まれないように頼む。先の目標は人形4体だ」
「なんだなんだ? あいつはなんだ?」
「なんだなんだ? あいつはやばい?」
「やばいやばい? わるいこだれだ?」
溢れる殺意と魔力が渦を巻く。先程までカタカタガシャガシャと音を立てていた人形が、アギトの魔力を察し、全身から無数のメスが現れた。1体が翼のように広げたメスを、一斉にアギトへと射出する。
「―――『第五、第六筒 開放』―――」
吹き荒れる魔力の暴風が、放たれたメスをあらぬ方向へと吹き飛ばす。眩い光に包まれたアギトに対し、人形たちがガチャガチャと暴れだした。
「やばいやばい? こいつはやばい?」
「失敗しっぱい? 戦力不足?」
「殺せ殺せ! こいつをバラせ!」
「「「バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ」」」
「うるせぇよ」
光が収まると同時にアギトの姿が虚空へ消える。グシャリという音と共に、1体の人形の頭が叩き潰された。アギトの右腕には歪な杭のような物がついた篭手が装着され、左腕には鋭い爪を備えた篭手があった。頭を潰された人形が関節を歪ませて、アギトの動きを封じるように右手の篭手へと巻き付く。
「ぼがぐぼがぐばらぜばらぜ」
アギトの真上へと飛びかかった人形は全身のメスを剥き出しにしたまま覆いかぶさろうと落ちてきた。離れた所いた残り1体は全身が青白く輝き、面前に巨大な光球が収斂されていく。
上空から落ちてくる人形を右手に巻き付いた人形ごと軽々と殴りつける。その刹那、空間にヒビが入るほどの錯覚に、2体の人形がバラバラに爆ぜ、轟音を上げて粉々になった。
残された1体が収束された光球をレーザーのようにアギトに射出すると、左腕の篭手で切り裂く。空間が歪む。切り裂かれた空間に当たったレーザーがボヤけ、収束されたはずの光の束が四散する。状況を把握し、形態を変形させた人形が更に大きな光球を錬成すると、それを打ち砕くように人形の眼前に現れたアギトが右腕で殴りつける。魔力の塊となった光球ごと右腕から放たれる衝撃に人形が無残にも爆散した。
一瞬の出来事に、誰もが呆然としていると、地面に転がっていた最初の1体が飛び退く。それを察したアギトが逃すまいと間合いを詰め、すかさず首元へと左腕の爪を突き刺し、胴体を切り裂くようにそのまま腕を振り下ろした。全身を縦に引き裂かれた人形は活動を停止し、地面に落ちるとバラバラに壊れた。
全ての人形を破壊したところで周囲からの視線がなくなっていることに気付いた。どうやらこの人形たちがずっと遠くから監視していたのだろう。アギトが使用した二種類の篭手により、すべての人形が破壊された。その篭手も、敵の脅威が収まったと判断したアギトによって、光と共に筒の形に戻った。
「マス、ター。オイラ、少しデリンジャーに、戻りやす。傷が思ったより、深い・・・・・・」
アルスは一言だけ言うと、宗次郎の姿からデリンジャーへと姿を戻した。同時に、背中に刺さっていた大量のメスが地面へと落ちた。すべての臓器に突き立てられた凶刃が塵になり風と共に消滅する。
「精霊族故に補肉剤や蘇生魔術は使えないし、この霊脈ではアルスの傷の回復はできまい。魔力消費を抑える観点からも良い判断だが、手痛いな」
筒を仕舞ったアギトが近付いてきた。
「アルスの"弾貫"の性質は生きているはずだが、損傷も多い。まずは霊脈の恩恵を得られるようにしなければ。アギト、近場で候補になりそうな場所はないか」
ジューダスの言葉を聞き、アギトが再度PDAを確認する。が、現状の回復に至るところはない。
「この状況だ、足で探すほかあるまい」
アルスの治療を目下の課題とし、野営を中断して先を急ぐことになった。目的地が曖昧なまま、先程の脅威の正体が何だったのかわからぬまま、先に進む。
―――その姿を、壊れた人形の眼が捉え続けていたことを私達が知ることはない。
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