12th day.-9/その【先】にあるもの - 地獄の果てに -/LIMBUS
基地に担ぎ込まれた三基はすでに生命活動をしていなかった。両腕はすでに原型をとどめておらず、出血は致死量を有に超え、顔面は蒼白としている。
「隊長だめだ。今回の三基は、―――もう死んでる・・・・・・」
治療班からの言葉がアギトに告げられる。盲目の魔女と単身戦闘を行った部下の姿は、被害を最小に抑えた称賛すべきものだった。だが、失ったものは大きい。
「うむ。では、被害状況はどうだ?」
「大量出血はもちろん、両腕の熱傷はエグいものです。一番の問題は魔炉の完全崩壊と魔術刻印が焼き切れてる。相当な無理をしたようだ」
「そんなことはわかってる。オレが知りたいのは肝心な脊髄だ」
「脳は軽い脳震盪の痕があるけど、それだけ。脊髄は―――杖が刺さった分の被害で損傷率25%といったところですね。急所としては外れてるみたいです」
「なら早急にタンクに移せ。三基は我々の生命線だ」
「タンク、用意できてます。再充填いつでもいけます」
アギトの後ろに大型の機械が運ばれてくる。青色の液体で満たされたタンクが、無数の泡を挙げている。
「三基、今回の任務よくやった。お前のおかげで、オレたちは先に進める。今は休んでいてくれ」
そう言ったアギトが、―――三基の首をナイフで切り裂く。大量出血故に、首の太い血管を切られても血は出てこなかったが、手際よく肉を切り、身体をひっくり返し、背骨に沿って骨を断つ。ボキボキと折れていく肋骨の音が治療室に響く。手際よく三基の身体を捌き、脊髄を引っ張り出す。生首に脊髄だけがぶら下がっているという凄惨な状態の三基を、タンクの中の液体に丁寧に浸す。満たされた液体の中で、―――
『すいません、隊長。ヘマしちゃいました』
生首の状態の三基が口を開いた。少し照れたような口調に、アギトを含めた隊員全体が安堵した。
「いや、ダンチェッカーにお前を当てたのはオレの責任だ。それに、被害の拡大も止められた。お前の手柄だ」
アギトの後ろで控えていたホーク部隊長が称賛の拍手をする。三基の"生還"を、部隊の誰もが嬉しんだ。
「脳髄にはほぼ問題はない。お前は前線からの離脱してしまうが、お前のデータは奴らにとって銀の弾丸になる。肉体が戻ったら、報酬をやろう。考えとけ」
『ええ~いいんですか~! なら生クリーム激盛りのウルトラペガサスタワーパンケーキでお願いしますね!』
「・・・・・・やべ、胸焼けしそう」
想像し難い要求に吐き気を催すも、生首なのに三基本人の表情は明るかった。その表情を見て、より安心感が広がっていた。
『ふぁ~。ちょっと寝ますね。後はよろしくおねがいします』
そう言って、三基は目を瞑り、眠りに落ちた。
「ああ。ゆっくり休め」
三基の無事を確認したアギトは踵を返し、菊の元へと向かった。菊の傷の状態も芳しくない。彼の離脱まで考慮し、今後の作戦を練り直さなければいけない。ノーウェンスの出方にも憂慮しなければいけない。
「菊の様子はどうだ」
別の治療室に横たわっている菊にいくつもの点滴がつけられている。全身麻酔により眠っているが、横腹の治療自体には時間がかかりそうだった。
「三基の技術を使って、欠けた傷には"補肉"を埋めました。分化して定着するまで丸一日はかかるでしょう」
「わかった。引き続き対処を頼む」
状況を確認し終えたアギトが安堵の息を漏らす。一段落したとは言え、戦況の変化を共有しなければいけない。事後処理を他の隊員に任せて、倉山邸へと足を進めた。
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「―――こちらの被害状況は以上だ。著しく戦力が低下するが、収穫も大きい」
夜になり、アギトが訪問してきた。話では、夕方に"銀の星"の『魔法潰し』との戦闘があり、菊と三基が負傷してしまったが、敵の正体が知れた。
「ノーウェンス=ダンチェッカー。元は魔法協会に所属していた魔術師で、地獄の番犬と契約したことで賞金首になった盲目の女だ」
その名前を聞いて、―――先日街で見かけた女性を思い出した。
「アオイ、その女性って―――」
「お前ら! もしかして会ったことがあるのか!?」
ジーンの言葉を遮るように、動転したアギトが口を開いた。
「え、ええ。一昨日、アギトさんが帰った後に、ジーンと街に出た時に道案内を少し・・・・・・」
「す、すでに接触していたのか・・・・・・」
「待てアギト。その『魔法潰し』の事もそうだが、それを退けた女の正体は何だ」
ジューダスが言うのは―――地獄の番犬を斬り伏せ、『魔法潰し』すら追い返した袴姿の女性のことだ。
「現状、まったくもって不明だ。突如現れ、ダンチェッカーを退かせたら消えた。ただ、狐の面をつけていたが、あの角は本物に見えた」
「角の生えた女性ってことですか・・・・・・?」
その姿はまるで―――
「・・・・・・『鬼』、みたいですね」
素顔を隠していたとは言え、角が生えた人型であれば『鬼』を想像する。刀を携えた鬼というのは何ともアンバランスな組み合わせのような気もするが、その存在がアギトたちを救ったという事実に変わりはない。
「うむ・・・・・・、こちらの敵対勢力ではないといいが、油断しないようにしてくれ。あのダンチェッカーを退けるなんぞ、敵にまわればかなり厄介だ」
「その、ノーウェンスさんは、どういった人なんですか?」
地獄の番犬と契約をした『魔法潰し』。道端で見かけ、駅まで道案内をした程度の顔見知りだが、腰の低かった彼女が我々の最大な脅威ということが未だに信じられない。
「最初は過酷な半生を過ごしてきた苦労人だという印象だった。戦争孤児でありながら、魔術の道に進み、魔法協会の一員となった。
素質は随一。神話を体現するとまで云われる幻想騎士を凌駕するほどの魔力量、練度もやつ一人でオレの部隊全員を潰せるほどだ。オレ一人では到底太刀打ちできない『地獄に愛された女』だ。それを後押ししているのが番犬の存在だ」
「ケルベロスと言えば、アルスの上位互換となる超越種だな。出力とすれば、アルスの数倍はくだらない。黒炎の召喚というのも、地獄と繋がっている故の能力だろう」
「菊と三基の戦闘データから鑑みるに、ケルベロスの召喚には3分ほどの猶予が必要のようだ。そして、ケルベロスの権能とすら云える"酸素すら必要としない炎"を操る。一瞬で上級魔術士を黒炭にするほどの火力だ。さらに盲目でありながら、全身に強化を施した三基が一撃も入れることが出来ずに屠られてるときた」
単純な殴り合いですら三基を出し抜き、無傷で倒しきるほどの体術。魔術戦でも肉弾戦でも隙のない実力者。この壁を超えなければ、宗次郎にたどり着けない事実。事の重大さがのしかかる。
「アオイに接触したというのも問題だが、ジーンを欺けた点が気になる。わざわざ危険を犯してまで接近したことに意味があるはずだ」
警戒していたのに最大な敵を見抜けなかったとジーンが落ち込んでいるが、それほど巧妙に身を隠していたのだ。何か、意味があるはずだとジューダスは言う。
「ダンチェッカーなりの宣戦布告なのかもしれない。あいつは標的と接触したがる悪癖がある。猫をかぶっているときは人当たりがいいからな、それ故に気付かなかったのだろう」
アギトのフォローに、一瞬喜びの表情を見せたジーンであったが、アギトのフォロー故にすぐに嫌な顔に戻った。
「夏喜の娘ということで顔が割れている以上、怒りに任せていつあいつが襲撃してきても不思議じゃない。三基が離脱して戦力としては心持たないが、うちの部隊が交代で警護する。何かあれば、―――お前たちはすぐに撤退してくれ」
「ここは戦うべきではない、ということですか?」
「そうだ。我々も勝てない戦いはしない。お前たちが撤退次第バラける。状況が回復するまで、人的資源を無駄にするわけにはいかない」
「それは、ワタシとジューダスがいてもですか?」
ジーンが口を挟む。その声には苛立ちが込められているのがわかった。アギトに対しての毛嫌いとかではなく、幻想騎士としての誇りを傷付けられたことに他ならない。
「お前たちが戦うことが一番の愚策だ。言っただろう、あいつは幻想騎士以上の実力を持つ。確実に討てるまでは戦うべきではない。仮に戦闘になっても、撤退戦ということを意識してくれ」
「―――わかった、そうしよう」
「ジューダス!? あなたっ―――」
「だが、機会をこちらから捨てるつもりはない。現状、『魔法潰し』に関しては撤退を念頭に置くが、討てるチャンスがあれば討つ。その判断はこちらに任せてほしい」
「・・・・・・いいだろう、妥協点だ。敵はダンチェッカー1人ではない。あちら側の増援が他にないわけがないと思うが、ダンチェッカー以上はいないだろう。そこは随時削らなければいけない」
「ならば、警戒を含めて結界の調整に入ろう。アギト、お前も部隊の編成があるはずだ。今日はここで終わりにして、各々するべきことをしよう」
ジューダスの言葉を聞き、アギトが腰を上げる。するべきこと、考慮するべきことが山盛りだ。状況は刻一刻と変化する。今大丈夫なことが、明日大丈夫だという保証はない。いつ、何があっても対処できるように心構えをする必要がある。
アギトが帰っていった後に、ジーンがバツの悪そうな顔でジューダスを見ていた。
「ジーンが気にすることではない。オレだって、思う所がないわけではない。役不足だと判断されるのは沽券に関わる。だが、アギトの判断は至極合理的でもあるからな。落とし所はつけなければいけない」
「ええ。ですが、ありがとうございます。あなたのおかげで、幾分か気持ちが落ち着きました」
戦う前から敗北を認めるように振る舞うのは、幻想騎士である彼らの誇りを傷つける。それを感じたからこそ、ジーンはアギトに食って掛かろうとしていた。ジューダスだって同じだ。だけど、彼はこの場にいた誰よりも冷静であった。そのことが、とても頼もしい。
「一応、いつでも動けるようにはしておこう。『魔法潰し』はともかく、アレイスターが動くときは、大きく状況が変化するときだ。その機会を逃さないようにしなければ」
ジューダスの言っていることはいまいちわからなかったが、私達には私達なりにできることをしよう。最大限の警戒をしつつ、今後の対応を話し合った。
_go to "beyond the bounds".




