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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第5章 天と地の狭間

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12th day.-4/その【先】にあるもの - 赤い影 -/CRUSH





 ―――赫色の街が広がる。海は朱く、空は(あか)い。この街並みも自分の記憶には淡く、薄く残る。


 以前に訪れたのは初めて妹が自分を引っ張ってきた時だけ。やっと人として少しずつ戻り始めて、その時に最初で最後、二人でこの場所に訪れた。たった二度目の訪問でも、記憶には淡くともこの景色は目に深く残る。この景色は妹にとって自分自身の存在を確かめるための場所だったのかもしれない。後方に広がる廃墟の公園は妹の心の奥底にある潜在意識に似ていた。廃れた心は錆びた滑り台。壊れた感情は鎖の無いブランコ。その塞ぎこまれた感情で構成されていた彼女の唯一の光がこの景色だ。壊れた心を繋ぎ合わせて、一度なくした自我を再び築き上げた。

 そう。人の心は折れても、尚その力を取り戻せるのだ。一つ一つの繋がりが脆くとも、たった一つの軸を建てれば何度でも甦る。


 ―――それが"人"だ。


「―――蒔絵。お前も見ているんだろ・・・・・・」

 今は()ない妹に話しかける。最期の時も、最期の姿も知らない。妹のために邁進し、守ると決めたのに、そんな妹はすでにいない。だが、この景色には魂の残り香として遺している。

 淡く残った魂の残り香を、貪欲なまで繋ぎとめる。妹の過ごした日常を、どんなに儚くとも自分の中に繋ぎとめる。それが今の自分にとって、彼女に対する唯一の愛情だ。すでに亡くしたモノを、救えない手で繋ぎとめる。

「すまんな。俺はまたお前との約束を守れなかった」


「―――なら、もう一度()()と良いよ」


 振り返れば廃墟に一人、白杖の女性が立っていた。黄昏に佇むその赤毛は夕に溶け、その翻る長い髪はどこか妹に似ている。

「・・・・・・誰だ?」

「キミと同じよ。命の前に魂を失くした愚か者」

 その淡い言葉は儚く、見ればその両の瞳は蒼く、脆い。

「その目、見えていないな・・・・・・」

「ええ。魂の代償に払ったワタシ自身の対価よ。これでも不自由なく、無様にも生に貪りついて生きている」

 淡い言葉を明るく放つ。廃墟にはその女性の不自然さも何処となく溶けている。


 ―――その儚さはよく知っている。この人は、()()だ。


「―――お前は、誰だ?」

「ふふ。キミが思っている通りの魔法使いさ」

 盲目の女性はあっさりと、自分の正体を明かした。その非常識さも、この場所、この空間でなら自然に流れた。

「不思議な所ね、ここは。光のないワタシにも、ここは眩しい」

 輝きのないその瞳に西日が微かに反射している。繋がる事のない神経回路が微かに繋がる瞬間。


「―――それだけに、実に見苦しい。だから人ってのは愚かなのよ」


 刹那にして、彼女の雰囲気が変貌する。陽炎の如く彼女の背後が歪んだ。

「何が言いたい?」

「キミだってそうさ。ワタシだってそう。人は古より発生した時点で"悪"なのよ。実に黒く、愚かで、汚らしい。虫唾が走る。背徳の中でしか生きられないのに、人が哀れに自らを偽善し、肯定し、すべての愚行を正当化している姿にね」

 うっすらと笑う盲目。その微笑は歪で、その感情は狂っている。

「ワタシはね、人の愚かさをもう何年もこの目で見てきた。光を失ったワタシにだって判るぐらい、人間の悪意はこの世界全体に広がっている。行き場のない悪意は災いしか呼ばない。それは慈愛の欠片もなく、助ける価値も見出せないほどの悪そのものだ」

 盲目の手が挙がる。その演説の中には、彼女の心の黒さの分の悪意があった。

「・・・・・・貴様は臭うな。嫌な臭いだ。その全身にこびり付いた魔術師の血の臭いだ」

「へぇ、キミも()が効くのね? この子と同じだ」

 陽炎に現れる黒い影。それは菊が今まで見たことの無い、異様な魔力の結晶だった。

「―――貴様、それは・・・・・・」

「キミでしょ? 最近ワタシたちの周りを嗅ぎ回っている聖堂騎士(パラディン)ってのは。正直ウザいのよね、それって」

「その魔力、人間の境地ではないな。なるほど、()()()()()()

 菊の瞳に敵意が宿る。目の前の女を、倒さなければいけない敵だと認識した。

「話が早くて助かるよ、聖堂騎士。ナイト様の腐った正義、ワタシが殺してあげる」

 収束されていく。吹き出た魔力の結晶は更に重なり、三頭の狗が精製される。その魔力は彼女のものではなく、ヒトではない別の悪魔性な魔力の塊。各々の見せるは数多の魔術師たちを喰らってきた必殺の(あぎと)

「いやはや、こんな所で会う破目になるとは思わなかったな。お前がそうなんだろう、―――『()()()()』」

「ワタシは初めからその目的でこの街に来たのよ、キク=クリザキ。ワタシはあの方の為に、ワタシたちの敵を消してゆく。キミの次は()()()()()だ」

「そうはさせんぞ、盲目の番犬。貴様の相手はワタシだ。蒔絵の友達に、夏喜さんの娘に手を出すことはワタシが許さない」

「そうかい。それなら見せておくれよ。ヒトという名の"悪"がもつ正義をさっ!!」

 吠える獣。三頭の狗は俊敏な動きで、一瞬にして離れていた距離を零にする。



「―――『壱の月(ドル・ドナ) 弐の撞き(ドル・ドナ) 参の憑き(ドル・ドナ)』―――」


 その伸びる顎は三つの軌道を取り、我が身を喰い千切らんとばかりに飛び掛る。その牙を――――――


「―――『二十二のアルカナよりラムラ・テトラスク・テトラムナ 十八の月ルナ・トネリ・トナレニコ』―――!!」


 ―――瞬殺で制圧する。


「その程度の力でね。――――あの方の御導きの儘に」

 世界を飲み込む咆哮が西日の廃墟に響き渡る――――



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